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冒険者の店での生活 シーン1


 冒険者の店、それは名前の通りこの世界に存在する冒険者と呼ばれる者達をサポートするための店である。 冒険者に宿や食事を格安で提供したり彼らのために仕事の依頼を捜したり、そして宝物のありそうな遺跡の情報を仕入れたりといった事をするのだ。

 〈紅の誓い〉もそんな冒険者の店の一軒であり、元冒険者であるストークが店主をしている。 そのストークは、一見すると酒場にしか見えない店内の朝の掃除を終えたところだった。

 「ふぅ……」

 四十代のいかつい顔の男は小さく息を吐くと手近な椅子に腰を下ろす、一応一般市民もお客としているとはいえあくまでついでの酒場であるから、早朝から誰かがやって来るという事もない。

 そこへ「おはよう、お父さん」と二階から降りて来たのは娘のアイビスだった。

 短いピンク色の髪の十七歳のその少女は、この店でウエイトレスの仕事をしているので緑色のメイド服風の恰好をしている。 偶にお客からお父さんに似なくて良かったなとも言われる美しい容姿の娘に「おう、おはようさん」とストーク。

 「……ん?」

 外から何かをぶつけ合うような音と人の声が聞こえて「何? この音?」と父に尋ねたアイビスに「……ああ、シグナとリシアだよ」と返ってきた。

 「あー今日もやってるんだねぇ」

 感心した様子で店の出入り口まで行き、ゆっくりと扉を開き外の様子を伺う。

 店に前の道は広く人通りのない時であれば剣の稽古は可能であった、そんなわけでまだ若い冒険者の少年と少女は木刀をぶつけ合っているのである。

 気合の声と共に打ち込むシグナという名の十四歳の少年は妹分である少女と共に師匠の指示で冒険者をする事になったのだが、それは決して嫌々ではない。

 いつの頃からか”格好の良い生き方をする”を信条にしているシグナにとっては冒険者は憧れの仕事であるが、それは彼だけが特別ではばい。腕に自信のある若者達にとってはそう思えるのが冒険者なのである。

 一方シグナの木刀を受け止めた少女の名はリシア、同じく十四歳の彼女は元々冒険者になろうと思っていたわけではない。 生まれ育った村を守るとために剣の腕を磨いていたが偶然にシグナ達と知り合い、冒険者が修行にはもってこいだと考え半ば強引に彼らの仲間となったのである。

 数度打ち合いの音を響かせた後、まるで申し合わせたかのように同時に後ろへ跳んで互いに距離を開いた。

 「おはようございます」

 「おう、おはよーさん」

 クリムも降りてきた、薄いピンクのポニーテールの少女はシグナより一つ年下の妹分で魔法使いだ。 そう聞くとすごそうに聞こえるかも知れないが操れる魔法は治癒の魔法だけで、それも大怪我も呪文ひとつでパッと癒せるというものではない。

 もっとも、そんな事の出来る魔法使いなど存在しないではあろうが。

 「……さて、全員揃ったし朝飯にするか」

 ストークはまだ入り口から外を見ている娘を呼ぶと、「は~い!」と返事をしてから外の二人へ声を掛けた。

 冒険者の店〈紅の誓い〉の、この日の始まりはいたって平穏なものである。


 アヴェント王国は比較的平和で文化も進んだ国である、マナテリアをエネルギー源とし光や熱を作り出す装置を始め水道なども整備されている。 なので平均的な家庭であれば蛇口を捻れば簡単に生活用水を使う事が出来た。

 厨房のシンクで洗い物を終えたクリムが「こっちは終わりましたよ」と手をタオルで拭きながら言ったのに、「ああ、ありがとねクリムちゃん」とアイビスは冷蔵庫の食材をチェックしていた。

 冷蔵庫は多少は裕福な家でないと持てないものではあったが、酒場などでは珍しいという設備ではない。

 「それにしてもさ、一週間も何もないと退屈じゃない?」

 「いえいえ、正直に言っちゃうとその方が私はいいんですよねぇ」

 クリムは冒険者をしたくて始めたわけではない、師匠の指示であるという事とシグナを放っておくわけにもいかなかったからだ。 だからこうして何もなく店の手伝いをしている方が良いのだ。

 それを言うと「はぁ、そうなんだ」とアイビスは意外そうな顔になった。

 「クリムちゃんとシグナ君のお師匠さん……エターナリアさんだっけ? お父さんの昔の仲間だった人?」

 「はい、そう聞いています」

 「どういうつもりで君達に冒険者になれって言ったんだろうねぇ?」

 腕を組んで首を傾げる仕草をするアイビスに、少し考えてから「さあ、分かりません」と答えるしかない。

 「ふ~ん……あ! ところでさ、クリムちゃんてシグナ君の事をどう思ってるのかな?」

 唐突に話題を変えられてキョトンとなったクリムは、次の瞬間にはその意味に気が付いて「えぇぇえええええっ!?」と大声を上げてしまう。

 「うふふふふ、期待通りの反応ねぇ?」

 顔を赤くするクリムに更に揶揄うように続けた。

 「ち、違いますよ? シグナとは……その、兄妹みたいなものなんですから!」

 「兄妹ねぇ……」

 疑惑の眼差しを向けられながら、とにかく落ち着こうと数回深呼吸をする。

 「二人してお父さんとお母さんが死んじゃって、お師匠様に育ててもらって……ずっと一緒に生きてきたんです」

 両親の事はほんとうに朧気にしか覚えていない、今となっては顔もちゃんと思い出せない、そのくらいに幼かった。 だからクリムにはエターナリアとシグナは本当の家族なのである。

 「だから、シグナはわたしにとって大切な人ですけど、アイビスさんが思っているようなものじゃないんです」

 少女の真摯な水色の瞳に見つめられれば流石にこれ以上は揶揄う気にはなれない、「そっか、ごめんね?」と素直に謝るアイビスは、心の中で”今はまだ……かもだけどね?”と付け加えた。

 「でさ、ごめんねついでに頼みがあるんだけど、いいかな?」

 「……はい?」

 



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