シーン2
ゴブリンの出没する村までは歩きで二日ほどらしいので、きちんと道中の食糧や野宿の準備もしてから出発した。
一日目の道中は特に何事もなく、空が赤くなり始めた頃に手頃な場所を見つけた二人はそこで夜を明かす事にした。 テントはないが幸い暖かい季節なので寝袋だけで十分であろう。
明かりの付いたランタンを挟んで並んで横になっている少年と少女は、しばし一言もしゃべらず無数の星を眺めていた。
「……ねえ、シグナ……」
「ん?」
「わたし達、本当に冒険者やってるんだね……」
クリムにはまだ実感が湧いていない、確かに師匠やシグナと故郷の村で小型の害獣退治は何度か経験はあるが、それは日常とは違う特別な事という感覚であった。 だが冒険者とはそんな危険な事を半ば日常的にしていくのだろう。
「そうだな……まあ、まだ新人……いや、見習いってレベルなんだろうけどな」
そんな苦笑交じりの答えが返ってくる。 シグナとて不安がないわけでもないだろうが、憧れてもいた冒険者をしている事に喜んでいるようにも聞こえた。
ゴブリン……クリムも一度目にした事はある、その時は師匠であるエターナリアは何の事はない様子で倒したいたから自分達はただ見ていただけだったが。
しかし、自分達ではどうなるのかは分からない。 多少の怪我をしても勝てればいいのだが、負けた挙句に大怪我したり最悪命を落としたりしないかと、そんな心配がグルグルと頭の中を巡る。
「大丈夫だよ」
不意にそんな言葉を言われて「え?」となるクリムは、シグナが心の内を読み取ったのかとも思えた。
「お前は俺が守るから、大丈夫だ」
シグナの一言でクリムはぎょっとなり、次の瞬間に浮かんだのは血だらけで倒れている幼ない少年の姿だった。 「……違う」と心の中で呟きその嫌な思い出を振り払う、あの時よりもシグナはずっと強くなっているし自分だってあの時とは違うのだから。
「そうだね。 わたしもシグナを助けるから、きっと大丈夫だよね?」
その問いかけにシグナの答えは返ってこず、代わりに寝息の音だけが聞こえてきた。 よく眠れるなと半ば呆れつつ、「まぁ、シグナらしいかな」とも思うクリムであった……。
翌日の昼前に依頼者の村に到着し、村長から説明を聞いている時にちょっとした騒動は起きた。 ゴブリン退治は自分がするという少女が現れたのである。
リシアという名のその少女は、村長の家で打ち合わせ中のところへ押しかけて来て「冒険者なんかに頼らなくたって、この村はあたしが守るの!」と言い放ったのである。
「……そう言われたってさ、俺達だって頼まれて来たんだし……」
「流石に、はいそうですとは帰れないんですけど……」
二人は揃って村長の顔を見ると、初老の男は困った風に腕を組んだ。
「リシア、お前の気持ちは分かるが、これは皆で決めた事じゃぞ?」
短い緑の髪型が少年っぽさを醸し出しているリシアは、シグナを睨み付けた。
「だいたい! あんた達みたいな子供に何が出来るのよ!」
「君だってそうじゃないか……」
村長にリシアと呼ばれた少女は自分達と同じくらいに見える、もちろんエルフとかなら見た目通りでもないのだろうが、彼女の耳は尖ってはいない。
「ぐ……!」
「……っていうか、あなたにその気があるなら、どうしてわたし達に依頼が来る前に退治しなかったの?」
クリムの疑問は至極まっとうなものであり、「……ぐっ!?」と言葉に詰まる少女。
「し、仕方ないでしょ! あたしは昨日まで修行の旅をしてたんだからっ!!」
どういう事?と聞き返すより先に「とにかく!」とシグナに向かって人差し指を突き付ける。
「この村はあたしが守るの! あんた達の出る幕なんてないんだからっ!!」
実際駄々っ子のように一方的言い放ってから、クルリと踵を返して走って行った。
残された二人は唖然となっていたが、やがて揃って村長を見る。
「……あの子、リシアの父親は村でも腕利きの剣士でこの村を幾度も守ってくれました……ですが、数年前に亡くなってしまいました……」
それは戦いの中で不覚を取ったのだ、気の毒ではあるが戦いに身を置く以上は誰にでも起こりうるし、その覚悟はあったであろう。
その後、リシアは父の意志を継ぐべく剣の修行を始め、数か月前から村の外へ修行に出ていたと説明する。
「リシアの母親も儂らも当然止めたのですが……」
気の強そうな子だったし一度決めた事を簡単には諦めないだろうとクリムには思えた。
「おそらくは、儂らがあの子の帰りを待たずに冒険者に依頼した事で自分は必要ない、あるいは力不足と思われていると考えたのでしょうな……」
それが誤解なのか本当にそう思っているのかはシグナには分からない、どちらにせよ次にあの少女がどんな行動をするかはだいたい予想が付いた。
「シグナ、それって……」
同じ事を考えたのだろうクリムの表情に焦りが浮かんでいる。
「ああ、急いだ方がいいかもな」