新たな冒険者の少年達 シーン1
「シグナ、クリム。 あなた達、冒険者になりなさい」
すべては育ての親であり師匠でもある女性の、その一言から始まった……。
「……冒険者?」
怪訝な顔で聞き返したのはシグナだ、多少くせっけのある黒髪の十四歳の少年である。 そして少年の隣に並んで座っているのがクリム、薄いピンク色のポニーテールが特長的な十三歳の少女である。
そして二人と向かい合う形なのが師匠であり育ての親でもあるエターナリア、外見的には二十代前半の銀髪の女性だが、実際の年齢を知る者は村には誰もいない。
三人はいつも食事をしているテーブルの椅子にいつも通りの位置に座っているのだ。
そのテーブルの上に三人分の陶器のカップが空の状態で置かれていて、その近くには四角い台の上に金属の円盤を張り付けたような装置に載ったヤカンがり、中からはお湯が沸騰している音が聞こえている。
「あなた達もそろそろ世の中を見て来てもいい頃合いだと思うのよ。 ちょうど知り合いが”冒険者の店”を始めたらしいしね?」
「世の中を見る……?」
クリムには師匠の言っている意味がよく分からなかった、水色の瞳に困惑の色を浮かべている。 世間では”永遠の賢者”などとも呼ばれているらしい師匠なのだが、普段はどうにも大雑把でどこか適当な性格のお姉さんという風なのだ。
そんなクリムとは対照的に「冒険者か、実はやってみたかったんだ俺!」とやる気十分という様子なのがシグナだ。
「あら? そうなのシグナ?」
言いながら立ち上がりヤカンのお湯をティーポットへと注ぐエターナリア。
「だって冒険者だよ? カッコいいじゃないか師匠!」
二人共この村で生まれたが、幼い頃に揃って両親を亡くしたのは不幸な事故ではあった。 それからはエターナリアに引き取られて育てられ、今では兄妹同然の間柄であった。
そんなシグナの様子に「また簡単に言う……」と呆れるクリムは、冒険者というのは危険な仕事だとは知っているからだ。 どちらかというと大人しい性格で平穏な人生を送りたいと願う彼女であるから、正直関わりたくないのが本音である。
「あ……でも師匠、クリムはやめといた方がいいんじゃないか?」
「……ってシグナは言ってるけど、どうするのかな、クリム?」
ティーポットの紅茶を三人分のカップに淹れ、更にそれを弟子達に配ってから着席し明らかに困惑していると分かる少女を見つめた。
シグナは純粋に自分の事を心配してくれているのも分かれば、エターナリアの方は半ば答えを分かってて言っているもよく分かる。 そんな師匠の意地悪にムッとしながらも、おそらく彼女が予想してるであろう答えを返すしかなかった。
「わたしも行きますよ……シグナがどんな無茶するか分かったものじゃないですから……」
ここではないどこかのセカイには冒険者と呼ばれる者達がいる。
その由来は諸説あるが、元々は遺跡荒らしだったり前人未到の危険な場所に挑むような者達の総称のような言葉であった。
当然というべきか半ば無法者のレッテルを貼られていた冒険者の中から、やがてその能力を使い人々から依頼を受けて問題ごとを解決する者が現れた。 それは冒険をするための資金集めと、そして冒険者という仕事のマイナスイメージを払拭するためだったと言われている。
また魔物などという存在や社会の治安の問題も大きかった時代、彼らの能力を民衆が必要としたのもあったのであろう。
そして現代では、冒険者は国の人々に受け入れられ当たり前の職業として存在していた。 特にこのアドヴェント王国はかつて世界を滅ぼそうとした”魔神”を倒した一人の冒険者が建国した国であり、優れた冒険者は寧ろ英雄扱いされてすらいた。
これはそんな時代を生きる、若き冒険者の物語である……
シグナとクリムが故郷を旅立ってから一週間後、彼らはファーラストの町にある酒場兼宿屋にいた。 もっともそこはただの宿屋ではなく、冒険者の店とも呼ばれる場所である。
簡単に言ってしまえば冒険者が寝泊まりしたり依頼を受けたりする拠点であり、店主は引退した冒険者が務めている事も多い。
この店――〈紅の誓い〉の店主ストークもその一人であり、大柄で体格も良くいかつい顔はいかにも荒事を生業としていたと思わせる。
「おう。 お待ちかねの依頼だぜ?」
カウンターの椅子に並んで座る少年と少女を見下ろす視線は鋭い。
四十も過ぎ冒険者を引退したストークはこの店を始め、それを聞いた二人の師匠から彼らの面倒を見てくれと頼まれた。 弟子達もそろそろ世界を見始めてもいい頃合いだというのが理由であった。
かつて苦楽を共にした冒険者仲間であった者の頼みでもあるし、まだ一人も店の冒険者がいなかった事もあってストークは引き受ける事にしたのである。
「待ってました~! で、どんな内容なんです?」
シグナは機体の目でストークの言葉の続きを待っている。 アドヴェント王国にあるファーラストは田舎町という規模だが二人の故郷の村と比べれば遥かに都会であった。
そのため町をあちこち見て回るのも退屈ではないが、ここに来た目的を忘れてはいない。 一方のクリムもそれは分かっているが、それでもあまり気乗りしないという気持ちが表情に現れていた。
二、三十人程度が食事を出来そうなスペースの店内に他に人がいないのは、まだ昼という時間には早すぎるからだけではない。 冒険者の店の宿屋や食事処としての機能は冒険者のためという意味合いが大きく、一般人を相手にするのはもののついででしかない。
なので、そもそもそんなものもないという所もあるのだ。
「あー、それはだな……」
ストークが言いかけた時に。「ちょっとお父さん! それは私の仕事でしょう!」という少女の声が店の奥から聞こえた。 それからすぐに出てきたのは、十代後半くらいの緑のメイド風の服の少女だった。
ピンクの髪のショートヘアの少女に「……アイビス」と少し困惑した様子のストークである。
「冒険者に依頼を伝えるのは私みたいな若い女の子って決まってるんだからね?」
「決まってねーよ……」
店を手伝わせている娘の意味不明な理屈に呆れた顔で返す、そんなやりとりはシグナ達にとってはまだ見慣れた光景にはなっていない。
「そうなの?」
「いや……俺に言われても……」
小声で言い合う新人冒険者達である。
「だいたい……お前は依頼の内容を知ってるのかよ?」
「大丈夫! お父さん達の話はちゃんと盗み聞きしてたから!」
「何!? 俺は全然気が付かなかったぞ?」
ストークは驚きの娘の勝ち誇ったような顔を見つめる、こっちの仕事を娘に手伝わせるつもりはなかったから依頼人との話の時は追い出していた。 それに仮にも冒険者だった自分が盗み聞きされて気配に気が付かないはずだ。
自分が衰えたのか娘の気配を隠す能力がプロ並みなのか……というか、そもそもそんな技術を教えた覚えもない。
やがて「はぁ……」と溜息を吐くと好きにしろという風に顎をしゃくった。
「……えっとね、君達への依頼内容なんだけど、簡単にいうとゴブリン退治なの」
我が意を得たりという風にニヤリとし説明を始めるアイビスはの態度は、どこか二人に対しお姉さんぶった風だった。
「ゴブリンって……あのゴブリン?」
「そう、そのゴブリンよクリムちゃん」
体長一メートル程の小型の魔物であるゴブリンは、多少は知性もあるのだが人間と友好的な関係とは言えない存在だ。
「……で、近くの村でそのゴブリンに農作物を荒らされたりとかされて困っているから退治してほしいんだってさ」
提示された報酬が高いのか安いのか分からなかったが、「十分に適正価格だぜ」とストークが補足してくれた。
ゴブリンは単体ならともかく集団となると村の有志などでは厄介な相手だ、役所に駆除依頼を出すとお金は掛からないが、いつ動いてくれるか分からないというのが実情だ。
故に多少お金は掛かっても冒険者に依頼をするというのは、この世界では珍しい事でもない。
「どうするのシグナ……って、聞くまでもないよねぇ……?」
「もちろん! 困っている人達を助ける、カッコいいだろ?」
予想通りの力強い返事に肩をすくめながら溜息を吐くクリムではあるが、彼女にも困っている人を助けてあげたいという気持ちはもちろんある。 だから多少気は進まないものはあっても、依頼を何とかして断ろうとまでは考えない。
二人の表情をしばらく見つめていたストークが「決まりだな」と言ったのに、シグナとクリムは頷いて見せた。