七重奏 四幕《後》
意識が不明瞭なユキを抱き止め、シキがトワに視線を送る。
「畏まりました。治癒の方はわたくしにお任せを」
「ああ、頼んだ」
トワがジルヴァの音色を二重にし、治癒の魔力を乗せた。極僅かではあるが、これでユキの傷は癒えていく。
「さて、どの手を使うべきか……」
シキは僅かに思案し、魔方陣を描くことにした。幸いユキの血液は回収しており、使用に際しての問題は無い。
「魔方陣・玖參《虚ろなる騒霊》」
魔法陣が完成すると同時に、シキの周囲に多量の光が舞う。その騒霊たちの数は、現状は百体前後。この魔法の特徴は、母体の魔法陣が消滅しない限り、理論上は無限に増殖すること。そして騒霊は自律思考し――例えば《女帝》や《皇帝》の周辺、シキの援護に残るもの、トワとユキを守護するものなど――行動に統一性が見られないことだ。裏を返せば行動を制御出来ない、という問題点でもあるが。
「温い……我も嘗められたものよ」
周囲に生まれる炎熱や霧氷、鎌鼬などを見て言う。人間相手であれば有用だが、確かに威力は大したことが無い。どちらも騒霊を難無く消し、攻撃としての意味は成さなかった。
そこでシキは騒霊の魔力を撹拌し、魔法陣の位置の特定を妨害。これでシキの魔法も気取られない。それに気付いた《女帝》は、《皇帝》に対して進言する。
「しかし御前様、妾でも魔力が掴めぬ。彼奴らめは妙策を企ててるやも――」
「小賢しい真似なぞ、この我には無意味。圧倒すれば良いのだ」
《皇帝》は不満そうに鼻を鳴らし、《女帝》の言葉を下らぬと捨てた。
「泥黎《須臾に囚われし咎人》」
シキはその声を無視し、七十柱の式神を投げる。それらは個々に弾幕を張り、不規則な速度と軌道で飛び交う。直ぐに透き間の見えない程に、《女帝》らを各々覆い尽くした。
その外見は弾幕結界、と形容するのが相応しい。
内側の弾幕は決定打に欠けるが、それでも動きは制限する密度だ。それに加えて騒霊も居る、と言うことでより防戦を強いる。
「あら、見たことのない魔法ですわね。魔法大全には零式ですら、機密として保管されている筈……」
シキの魔法を見たトワは、疑問を口にする。
「……ああ、シキ兄のオリジナルかな。色んな型の魔法の合成?って感じなんだろうけど、ボクはよくわかんないな」
「理解は出来ますが、わたくしの常識の埒外ですわ。純然たる一式に鍵詞の二式を乗せ、そして増幅する三式での相乗。零式に似て、然れど非なる魔法形態か……?」
傷の癒え始めたユキの言葉に、トワは考察をした。《解析》の特徴を使用すれば、判断はそう難くないもの。しかしこの魔法が存在し得るのか――と言っても事実目の前の事象は、疑う余地も無いが――、トワの疑問は尽きなかった。
「咒詛《那由多の星屑の泣哭》」
更に追加で二十柱の式神を投げ、それらは空中で分裂。視認するのも難しい程細かくなり、その一つ一つが魔力弾を撃つ。これが先の弾幕と重なることで、最早回避不能なものに近い。
「そろそろ移動するか……?」
「あら、でしたら位置の特定をさせる、と言うのは悪くないかと」
シキの言葉にトワが提言する。現状大幅な場所移動はしておらず、魔力拡散で位置を濁しているだけ。戦況の膠着を鑑みると、打破の策としては有用だろうと。
「一理あるな。その策に乗ろう」
シキは式神の軌道を少し変えて、回避しやすい包囲に変化させる。これで下準備は完了。僅かに遅れて、後ろからユキの声が聞こえた。
「それなら、ボクもそろそろ戦うよ」
「トランスの副作用、治癒状況からしても休んでおけ。今は俺に任せれば良い」
ユキのこの言葉は、確かにシキにとって有難い。だが、魔力が非常に低下している――と言ってもシキの最大値程度で、明らかに常人以上ではあるが――上に、傷も完全には癒えていなかった。そんな状況で戦闘をするとなると、重傷を負いかねない。ユキがシキを傷付けたくないから、とトランスを発動したのと同様。シキもユキを傷付けたくない。
ユキはその意図を推し量り、今は歯痒いが待つことにする。
「うん、ごめん。じゃあシキ兄、無理だけはしないでね?」
「善処する。さて、落ちないように掴まっておけよ?」
素早く優しい手付きでユキを抱える。
「え?ちょっ、待って待って!」
所謂お姫様抱っこ状態で、ユキはシキの首元に腕を回す。単純に位置関係的な理由が一つ。ユキに王子様と言われたことへの、軽い意趣返しも含んでいる。
スレイプニルを走らせ、その後ろをペガサスでトワが追従。弾幕結界から見て百三十度程、反時計の方向に回った。
「乗るものがペガサスなどで、絢爛な衣装であればたしかに、より様になるでしょうね?わたくしは今のままでは、騎士のように見えますわ。それも、姫を奪還しているようで」
などと道中で揶揄してきて、ユキは嬉しくもあったが、多少恥ずかしくもあり複雑だった。もう一人の当事者のシキは、完全に聞き流していたが。
「では、冗談もここまで。アテナ、頼みますわ」
トワはシキを見て頷き、シキは弾幕結界を見据える。
「ユルルングル、セタンタ、下がれ」
シキは召喚していた――ユキの召喚したユルルングルも、魔力を同調させたお陰で問題無く。本来は他人の物であれば、魔力解析と阻害の作業が必要――二体を還し、僅かな隙――時間的にも攻撃に転じられず、魔力痕的にもわかりやすいように――を作る。それと同時に、放っていた筈の弾幕が飛来した。
シキはトワに目配せをし、トワはアテナに命じる。アテナはアイギスを構え、弾幕を受け止めていく。その範囲外にある魔法陣は、概ね一柱分の式神に囲われ破砕。シキは遠距離から血液を回収し、ローブの内側へ仕舞う。
弾幕は直撃させずに包囲しただけ、しかし彼らはそれを跳ね返した。《女帝》には不可能な芸当であり、消去法的に《皇帝》の仕業だろう。ならばこれで《皇帝》の能力が、引力と斥力――と言っても正負の逆転、実態は変わらないようなものだ――の操作だと確信。
「これで問題無いのですか?」
「ああ、能力が確信出来た。本質は重力ではなく、引力と斥力の操作だろうな」
「ふむ、重力も大地との引力ですから、納得は出来る内容ね」
シキはその間も相手の観察をする。姿が明瞭に見えた《女帝》は無傷、《皇帝》は服の一部が焦げた程度だ。想定内どころか、結果はそれを超えた。成果を二つも同時に手に入れ、更に情報を整理し始める。
《女帝》の化勁には、接触という制約がある。それならば、《皇帝》の引力操作は?推測は単純。質量の限度という制約だろう。シキはこれを受け、次の魔法を模索する。
一方下では、このような会話がなされていた。
「御前様、戯れも潮時かえ?」
飽きたような《女帝》の言葉に、重い頷きを返す《皇帝》。
「我らを弑殺せんとする咎、赦免の酌量など無し」
《皇帝》は言葉と共に、右手で空を横に薙いだ。空間が裂けるように不自然に歪み、そこから剣や槍が現れる。それは暫く歪み付近に留まり、急速に撃ち放たれていく。歪みへの引力とその反発の斥力、片方が消えればその逆に飛ぶ。引力を大きくすればその分だけ、負担も掛かるが威力も上がる。
アテナは真正面から受け止め、勢いを殺す頃にアイギスが軋んだ。
それを見た《皇帝》は、極僅かな感嘆を禁じ得ない。これで砕けない盾など、そう安い代物ではなく業物だと。それでも幾つか撃ち込めば、どうせ崩壊すると慢心しているが。
事実、受け止めれば受け止める程、アイギスの軋みは大きくなる。往なすには重く速い。着実に追い込まれていく状況だ。
それに輪をかけるように、《女帝》が様々な色の矢を撃つ。胸の前で両手を組み、手の内から迸る光を変換して。それも受け止めるアイギスは、もう一分も保たないだろう。
シキは最早猶予は無いと判断し、仕方無しに賭けに出る。
「犀利《阿頼耶を束ねし音色》」
アイギスが受け止め損ねた槍が、シキの右肩を穿った。シキはそれを何の感慨も無く見て一瞥、同時に投げていた一柱の式神は、一秒未満で砕け散る。その場の誰もが――仕組みを知るシキとユキを除き――思惑を読みかねて疑念を抱いた。それでも、これだけで良かった。
何故ならこの魔法は、式神を細く伸ばし強化するもの。それは糸の繊維に満たない細さ。それは金属も斯くやの強さ。これで既に《女帝》も《皇帝》も、動けないよう縫い付けられている。
「逕庭《無量大数の禍殃、涅槃寂静の誘掖》」
誰かが何かを口にする前に、シキは次の手を打った。それは現在使用出来る最大の魔法。残る百余柱の式神に血液を吸わせ、鮮紅色になるそれを束ね縦に斬る――その際に使用した、ナイフの形状のレーヴァテインは、顕現の限界を向かえて還った――。赤黒いような血赤色を経て、暗紫色になり散らばっていく。
この魔法は法則の範疇――飽くまでも夥しいまでの対象を、矛盾を孕む理不尽なまでの効果を、選択することが出来ないだけ――で敵を害し、同時に自身には多少の強化――例えば小さな傷を癒したり、魔力を極僅かに増幅したりで、攻撃性能に対しては無に等しいが――を行えるもの。
選択するのは全て魔力抑制。一つでも日常生活程度の魔法なら、間違いなく発動しなくなる程度だ。ここまで束ねれば、ユキの魔力ですら封じられる効果――平常時であれば恐らく完封。魔物の数倍になるトランス状態も、半分は削り臨界点超越を妨害する――を持っている。
式神は頬の傷や足の火傷に被さり、極僅かに癒してから飛んでいった。治癒が重なりその部分は完治する。それでも回復性能は著しく低く、流石に穿たれた肩までは治らない。後で治すのが面倒だ、と思いつつシキが呟いた。
「……チェックメイト。後は任せるぞ」
「畏まりました。行きなさい、ペガサス」
トワはペガサスを地に下ろし、カードを手にする。
「周く生命を統べ率いる者よ、汝は我らが強き意思の根幹。汝が英断を以て、須らく我らを衛るべし」
シキの言葉に呼応して、トワがカードを投げて言った。
「強き意思の傍らで佐く者よ、汝は我らが魂魄の根幹。汝が慈愛を以て、須らく我らを護るべし」
間髪を容れずに続けて言い、再度カードを投げる。
「……仕様が無い。散るにも潔く美しくじゃのう?」
目を伏せて《女帝》が言った。
「此度の謀叛、賞賛に値する。誇るが良い」
尊大な態度で《皇帝》が言った。
静かにカードに吸収され、長い戦闘は終わりを告げる。
カードはもう、空ではなくなった。彼らを縮小したような絵が、その中には描かれている。
「ふむ。快適、とまではいかぬが、大した障りは無いのう」
――何故か《女帝》の声がした。どう考えてもカードの中から、としか言えない。それにカードの中の絵が変化した。中で動いているように見えるが、どういうことなのだろうか。
「あら、封印と言ってもこの程度ですか。まあ、別に何だって構わないけれど」
特段驚いた様子も見られず、トワが呟いた。それを見ていたシキは、ふと嫌な予感が頭を過る。
「まさかこのまま増えて、煩わしくなるのか……?」
「斯様な憂慮は要らぬ」
「うむ、応答は可能じゃがな。妾側から大きくは動けなんだ」
《皇帝》の言葉に、《女帝》が補足する。彼らは既に多少ではあるが、内情について把握したようだ。
「そうじゃ、一つ知恵を授けようぞ」
「我は既に汝ら――否、卿らに害心を持たぬ」
「妾も同胞も同じ。遊戯などと変わらぬ故に、潔い者ばかりであろうよ」
それは封印さえ出来れば問題無い、と言うことだろうか。
遊戯とは言っているが、真剣に勝利を掴みに行く。確かに知識――経験に基づくわけではない、データの集合体としての――はあったとして、誕生してから長くない故の好奇心、享楽への探求心を考えれば妥当だ。彼らの態度を見ても、真っ赤な嘘とは思えないのも事実。
そうは言っても、やはりつい先程まで敵対していた――彼らに言わせてみれば、遊び相手なのだろうが――のに、そう易々と信用は出来ない。
「それが事実なら助かりますが、そう上手く事が運ぶかしら……」
「まあ、ボクは何でも良いんだけどね。二人とも召喚した子は還さないの?」
シキの思考を代弁するようなトワ。それを暫く見ていたが、召喚したままの二人にユキが言う。ユキ自身は無意識であったが、シキに返還を任せていた。
「そうですわね。アテナ、もう十分よ」
「ペガサス、スレイプニル、下がれ」
その言葉に召喚した者を還し、これで漸く休めるというもの。カードを仕舞い、トワが声を掛ける。
「お疲れ様でした。これで今回の依頼は完遂で。一先ずグロリアに戻りましょうか」
「うん、疲れたし治療もしたいしね。ここじゃゆっくり出来ない」
トワに渡されていた翼――インスタント・テレポーターで帰還した。転移先の景色から察するに、聖樹セフィロトの膝元に位置する、オラクル神殿の入口付近のようだ。
「――レイ、後ろから肩を組もうとするな」
シキは転移直後、レイの気配を感じて先に言った。痛みは殆ど無いが、この状態では流石に問題がある。
「何でバレたの!?」
レイが心底驚いたように、間近で大声を出す。
「うん、何でボクたちだってわかったの?」
逆にユキが言葉を返し、レイは少し考えた。
「直感?というか魔力か気配かな?」
「そう言うことだ」
理解したようなしていないような、曖昧な表情で頷く。それはシキにとっては些末なこと。丁度良いから、とレイを巻き込むことにする。
「レイ、どうせ時間は余っているな?」
「当たり前じゃん!オレはどんな時でもフリーだぜ?特にシキの用事なら、何があっても空けるからさ」
「うわー、さらっと重い発言してるし」
ユキが若干引いている。シキもトワもこれに関しては、同意見と言う他無かった。
「……まあ良い、取り敢えず話がある」
「おう、オレに出来ることなら任せてくれ」
「それなら付いてきて。内緒話には良い場所あるから……っと、その前にシキ兄の治療しなきゃ」
ユキがシキに近付き、治療の為に魔力を練ろうとする。
「あー、何か疲れてるっぽいし、オレやろっか?」
「……そうだな、ユキに無理はさせられない」
シキはレイの申し出を受けた。本調子になるまでは、魔力の使用は控えた方が良い。そう判断した。それはユキも理解している故に、今回は仕方無く任せることにする。
「シキ兄がそう言うなら任せるけど、ちゃんと治してよね?」
その言葉に応えるように、レイは頷いてから詠唱を始めた。
「他人を守る為に戦う者が、誰にも守られない不条理よ
しかし誰もが、見ぬ振り聞かぬ振り
ならば祈り捧げて帰りを望み、少しでも長く穏やかに、彼の者に癒しを与えられるよう」
治癒型三節創成魔法、名称は存在しない――と言うより固定でない故に、名付けの意味が無い。《御伽噺》などの例外は、ある程度型がある物だから。レイのこの魔法こそが、正しく創成魔法なのである。
レイの詠唱が終わると、シキの傷の付近が淡く光る。それは緩やかに癒えていき、程無くして完全に元通りになった。
「こんなんでいいっしょ?ゆっくりの方が、身体に負担もかかんないしさ」
「助かった。流石だな」
紛れも無いシキの本心からの言葉に、レイがはにかむように笑む。何が流石なのか、と言われれば、節と噛み合わない効果があること。多少創成魔法が使えたとて、五節から七節で漸くこの効果だ。鍵詞の設定の組み合わせで、殆どのことを指定出来る。それを最大効率で行える腕は、到底真似出来たものではない。
「……成る程、想定以上ですわ」
「ほんと、これだけはいつ見ても驚くよね」
それを知っているからこそ、トワとユキが息を巻く。
「んじゃユキ、案内頼んだぜ!」
「了解。そんな長くないけどね」
ユキが先導し、オラクル神殿の奥に進む。純白の内装は神聖さの現れだが、得も言われぬ不気味も湛えている。神殿はセフィロトの樹を囲う、円形になっている。そのため左右どちらから行っても、突き当たりは何も無い壁。ユキはその壁の中心部を押した。静かに壁が沈み、それを左に引く。
「はい、お待たせ。ここなら安心だよ」
「そのようですね。しかしこのような場所、教えて宜しいので?」
「ああ、俺とユキ以外開けられないしな」
ここは遮断性能に突出している。内側から見れば純白の密室。外側から見れば純白の壁面。実際は出入口が三つあるのだが、《預言者》でないと開けられない。そんな本物の隠れ家だ。
「成る程、では話を始めてもいいかしら。資料は持っておりますので」
トワが紙の束と、空のカードを渡して言う。三人は首肯しそれを受け取った。
「と言っても、わたくしが先程お伝えしたこと。アルカナシリーズの実験と、その能力と対処法ですわ。そこは各自お読み下さいな。後は――」
「話に水を差すようで悪いが、一つ構わないか?」
「ええ、構いませんよ。少しでも情報は多い方が良い。それに疑念は払うべきですわ」
シキに発言を促し、トワは資料を確認する。
「あの能力についてだが、資料上のものは参考程度だろう。今回の戦闘では二体とも、記述とは異なる能力を使用した。個々に改良されていった、と見るのが最も妥当だな」
「うんうん、分かりやすく言うと?」
レイは今一理解出来ていない様子。シキは再度要点だけを伝える。
「端的に言って……能力強化が想定されるが、この能力の発展的な要素を持つ。故に鵜呑みではなく、派生を考えておくことが望ましい、と言えば伝わるか?」
「……全く分かりやすくなってないよね!シキらしいと言えばらしいけど、もっと簡単にしてほしいぜ?」
どうすれば伝わるのか、とシキは頭を悩ませた。ユキは仕方無い、と具体例を出して説明する。
「じゃあボクから言うね。資料の能力の欄に書いてあるのが、多分強くなってるかもってこと。書いてあることでは、今回の《皇帝》は重力強化。だけど実際には、引力と斥力の操作だった。まあ重力も地上への引力だし、斥力は引力の反対だしね。要はこんな感じかな」
「微妙に分かったような気がする。まあオレは頭使うの苦手だから、その辺りはぼんやりでいいかな」
結果この問答に意味はあったのか、と疑問に思うことになった。
「あ、集合方法は?見つけたとして連絡出来ないと……」
ユキがふと思い付いたことを言う。確かにその手段が無ければ、最悪単独戦闘になるだろう。
「その点は失念しておりました。確かに今回はある種の特例。次回以降は相手側に知られている。ともすれば知覚した時点での襲撃、或いは迎撃準備は免れないでしょう」
何か良い案は無いだろうか、と思案する四人。
「あの式神は使えねーの?前飛ばしてきたやつ」
「あれは時間が掛かる。一日待って、と言うのは無意味だろう」
「発煙筒とか信号弾的なのは……ってこれじゃ街は跨げないか」
「創成魔法は使えるかしら?その腕があれば可能ではないか、と思ったのですが」
「うーん……ちょっと考えてみる」
レイは適する鍵詞を探し、文に組み込んでいく。少しずつ推敲して纏めるが、果たして効果が期待通りか。
「見えぬ聞こえぬ暗闇の中、届く声は誰の元か
どうか、どうか、待ち人来たれ」
試験的に一度唱えてみるが、大した伝達能力は無い。恐らく街一つ分に満たない範囲。これに節を増やして拡張可能だが、精度が落ちるのが致命的だ。精度と距離どちらも求めるなら、三十を超える節が必要だろう。それに加えてレイの魔力は、そこまで多くない。節が増える度に消費魔力は増加――それも指数関数的に――する特徴から、実現不能と考えるべき。
「無理っぽいね……これで広げても、他の人にも知られちゃうだろうし、そもそもオレじゃ魔力不足だ」
「ふむ、そうですか。わたくしは申し訳ありませんが、何も出来ることは無さそうですわ」
暫く話し合ってみたものの、これと言ったものは見当たらない。仕方無いので一旦この話は止めて、後日検討することにした。
「他に何かありますか?無ければ解散としましょう」
全員特に何も無いようだ。それを見て、ユキが手を合わせて言った。
「じゃあ今日はもう遅いし、ここに泊まっていってよ。話も纏まってないし、近くに居る方がいいでしょ?」
「確かに有事の際を考えると、纏まって行動するのが得策だな」
「……では、お言葉に甘えさせて頂きますわ」
「オレは別に何も無いし、それでいいぜ」
ユキの発案に全員が乗り、神殿内部で夜を明かすことに。
「しかし、どこに部屋があるのでしょう。部屋の扉など無かったようですが」
「まあまあ、それは見てからのお楽しみで」
ユキが入ってきた場所とは別の、やはり何も無い壁を押す。今度は両手で左右に引き、そこには下への階段があった。暗いそこを降りていくと、左右に別の扉が見える。その二部屋しかないが、中は非常に広い。
「ボクはシキ兄と同じ部屋が良い、けどこれもボクたちが開けないと、ってやつだからね。どっちがどっちでも大丈夫だよ……」
「わたくしはどちらでも構いません。お好きにどうぞ」
「じゃあオレがシキの部屋で!」
「別に構わないが、寝る時間は静かにしろよ?」
と部屋割りは滞り無く決まり、各自身体を休めることにした。
またもや非常に遅くなり申し訳ありません……。
部屋のお掃除をしていたら、設定表を誤って捨ててしまいました。メンタルヘルス・フィジカルヘルスはどちらも大切だ、とここ数月で痛感しました。(一応頭では分かってたつもり)
取り敢えず四幕は落ち着けました。少しでも楽しんでいただけていれば、幸甚に堪えません。出したかった例の魔法は、後程語る時が来るはずです。
次回は一応間を開けずに、戦闘パートにする予定。展開がまだ若干定まってないのですが、スケジュール通りに投稿出来るよう頑張ります。