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七重奏 四幕《中》

 《女帝(エンプレス)》は考えていた。自分がこの場から逃れるには、どんな方法を採るべきか。そしてそれを実現するには、どの能力を行使すべきか。

 先ず第一に必要なのは、閉じ込められた空間の破壊。幸いにも――或いは皮肉にも――、不死の身体は朽ちることは無い。本来どんな環境でも生存出来るし、仮に死に瀕しても身体は再生する。但し、再生には多少の時間は必要だ。特に《女帝(エンプレス)》は、他者の再生を加速させられても、自分自身はその限りではない。

 それならば、誰かを恃めば良い。実験体同士は情報の同期が出来る。それを少々手を加えて使い、《皇帝(エンペラー)》を喚ぶことにした。喚ぶ瞬間の空間の歪みは、作為的に生み出したエネルギー。それを最大限反射し、空間を無理矢理膨張させる。伸縮性の無い空間は、膨張に堪えきれずに亀裂が入った。

 《皇帝(エンペラー)》はそれに雷撃を加え、空間の破壊を手助けする。

 ――その結果が、三人の目に写ったものだ。

 それを見たシキは今更ながら、自身の策の甘さに歯噛みした。かと言って、あれ以上の策は何があったか。そう問われると返す言葉は無い。純粋に相手が優れているだけ。或いは、相手の情報が少なすぎるだけ。であるならば、彼らに対抗出来るだろうか。次から次へと手を変え品を変え、想定外の行動を取られたら。最初は対処出来ないだろうし、直ぐに対応策を考えねばならない。

 良い方に転ぶ想像が、全く出来なかった。

 トワは敢えて不平を唱え、シキの思考を妨げることにする。恐らくトワの意図は、シキならば伝わるだろうと思って。

「……そろそろ離して下さるかしら?」

「ああ、悪い」

 シキは思考を中断し、スレイプニルに伝えた。そして同時に思考を切り替え、試すべき可能性を模索する。トワはジルヴァを鳴らして、その音を足場に――傍目から見れば――空中に立った。

「状況が全く飲み込めないんだけど、どうなってるの?」

「俺も把握出来てはいない。一つ確かなのは、敵が増えたことだな」

「とは言え、撤退は逆に危険ですわ。恐らく追跡があるかと」

 完全に先程と立場が逆転している。この状況での最善策は何か、と思考を巡らせる三人。兎に角、戦力増強が先決だろう。

 誰かに助力を願うのは、どう考えても絶望的。《鏡写しの現身(ドッペルゲンガー)》も考えたが、魔法陣を悠長に描いてもいられない。自傷は長期的に見ると戦力が減り、インスタントの方も却下する。

 攻撃を変換されるなら、トランス――ユキの能力は暴走、シキの能力は音響、トワの能力は互換――で強化してもこの相手には無意味。

 取り敢えずは頭数を増やす方法、召喚魔法で時間を稼ぐ。

「召喚・セタンタ」

 シキの言葉に、金色の髪の幼さが残る少年が現れた。

「召喚・アテナ」

 トワの言葉に、黄金の武具で武装した女性が現れた。

「召喚・ユルルングル」

 ユキの言葉に、非常に体長の長い虹色の蛇が現れた。

「これで取り敢えず暫くは問題無いな。さて、様子見をするか」

 セタンタは頷き、空幻魔杖デル・フリスを投げる。しかしデル・フリスは何故か――それはまるで消失したかのように――《女帝(エンプレス)》に届くことは無かった。それどころか位置を特定され、多量の炎が飛来した。

 透かさずアテナが割り込み、アイギスの盾で全ての炎を防ぐ。

「デル・フリスが届かないとなると?」

「恐らくは重力強化……《皇帝(エンペラー)》ね。物理攻撃は全く無意味でしょう」

 ユルルングルの引き起こす洪水も、同様に《女帝(エンプレス)》には届かない。現状はアテナの守護で三人も無傷。戦況は膠着したかのように見えた。

 その間に《女帝(エンプレス)》は深く息を吸い、不協和音を生むための音塊を作る。それに魔力を乗せて、不協和音の不快さを増強。体内で行われているそれは、一分程で完成した。

「逃れられぬ苦しみを!」

 《女帝(エンプレス)》の咆哮が響き渡るのと、シキが気付いたのは殆ど同時。警告も対策することも出来ず、不協和音を生む音塊が形になる。それは時間が経っても消えず、また弱まることすら無かった。

 その所為か、トワの足場が僅かに揺らぐ。追って激しい頭痛が三人を襲う。これは流石のアテネも防げない。音を誤魔化すのに、アイギスで嵐を起こした。何もしないよりは良い、という程度の対応ではあるが。

 トワは足場の維持に努めているが、その揺らぎは確実に大きく、そして激しくなっている。

「召喚・ペガサス」

 ユキが白色の翼を持つ馬を喚び、足場の揺らいでいるトワを乗せた。魔力節約と落下の危険防止を兼ね、そちらの方が合理的だ。トワは視線で礼を伝え、ジルヴァで音を相殺していく。

「これはわたくしが対応します」

「悪いな、頼んだ」

 アタッカーは一人失われたが、これで不協和音は防げる。

 これを受け、アテナは嵐を起こすのを止め、《皇帝(エンペラー)》の雷撃を受け止めた。

「ほう、この我の雷を防ぐとはな。だがそれも、後どれ程保つことか」

 多少は見込みがある、と言わんばかりの傲岸さ。

「スレイプニル、飛翔!」

 それを見たシキはある程度、攻勢に転じる必要があると判断。多少残る頭痛を堪えて命じ、《女帝(エンプレス)》と《皇帝(エンペラー)》の姿を視認した。仮に重力強化だとして、流石に身体には負担が無い筈。端的に言えば、体内からの攻撃は効くだろう。それは彼ら二人ともが人形を保ち、平然と立つことからも推察される。

式神結界(フィールド・オブ・)凍結(フローズン)》」

 淡青色の結晶を投げ、空中で展開させていく。空気中の水分が凍結し、結界内が僅かに煌めいた。その結界に照準を合わせ、ラクトで結界の情報をトレース。

「ラクト、累ノ鑑」

 《女帝(エンプレス)》の傍の《皇帝(エンペラー)》の体内に、正確な鏡映結界を生み出す。

「ふん、小賢しい真似を……」

 押し殺した低い声で言い、体内から凍結した。

 《女帝(エンプレス)》がその身体に触れると、何事も無かったように再生する。時間を継ぎ接いだように見える、圧倒的な不自然さ。超然と佇む二人は、その不自然こそ偽りだ、と言わんばかり。

 それを見たシキは思わず嘆息する。

「状況は最悪、だな。あの右手の刻印は《皇帝(エンペラー)》で確定。魔法で重力強化に通用するか否か……」

 口に出して少ない情報を確認し、一旦二人の元へ戻ろうとした。しかし身体は殆ど動かない。視線を動かせば、黒い靄が纏わり付いていた。気付かぬ内に巻かれたか、と舌打ちしても状況は好転しない。

 そんなシキを《女帝(エンプレス)》は嗤い、《皇帝(エンペラー)》は下から仰々しく問う。

「妾を甘く見たようじゃのう?」

「この我に楯突くとはな。さあ、一度問う。我こそが絶対。隷属か殺戮か、好きに選ぶが良い」

「答えるまでもない。選択肢追加、叛逆だ」

 シキは現状では策は無いが、隙を見せないよう虚勢を張る。

 それを見透かしたのか否か、《女帝(エンプレス)》が笑みを深める。

「彼奴は愛いのう?」

「面白い。どちらもということか」

「言語理解能力が無いようだな?」

 軽口の応酬を交え、《皇帝(エンペラー)》がシキに向けて雷を打つ。

 レーヴァテインを変形させても、盾として構えることは出来ない。魔法で回避する時間も無い。アテナはトワの守護をしている。直撃は避けなられないだろうが、次善策はに何を採るべきか。

 シキは思考を働かせたが、答えは全く見付からなかった。

 そして直ぐにシキに雷が直撃する――その刹那、間にユキが割り込む。ヴァンの翅を纏うように回転し、雷を全て受け止めた。

「ヴァンの改良頼んどいて良かった……」

「助かった、ユキ」

「うちの王子様は手が掛かるね?」

「お姫様に助けられるってことか?」

 冗談めかしたユキの言葉に、苦笑混じりにシキが言う。黒い靄は未だ消えず、シキの魔力を徐々に奪っていた。それに呼応するかのように、靄の黒は濃くなり拘束も強くなる。

 その間に《女帝(エンプレス)》が風を起こし、ユキは同様に対応した。しかしヴァンの翅は伸縮はしても、拡大は殆ど出来ない。風の一部はその守護を掻い潜って、それがシキの左の頬を切った。薄く血が滲み、口の端に滴る。

「ユキ、一旦退避してくれ」

「別にボクは大丈夫だよ?」

 このままだとシキが危険だろう、とユキは思っていた。

「俺も直ぐに抜けられる。霧散があるからな」

「……そういうことなら」

 ユキは結局はその言葉に従い、アテナの元まで戻った。シキは虚ノ鑑を使うだけの魔力が、漸くラクトに溜められた。

 その直後に《女帝(エンプレス)》の風に加えて、《皇帝(エンペラー)》が炎を織り交ぜてくる。

「ラクト、虚ノ鑑」

 シキが直ぐに靄を霧散させ、その第二波を回避しようとした。しかし僅かに遅れたのか、右足首を軽く焼いたようだ。ユキはそれを見て、シキの元に戻る。

「……やっぱりボクが行く。シキ兄はボクのこと、ちゃんと見てて。異論は認めないから」

 強い語調で言い放ち、ユキはトランスを発動させた。

 仮にこの場で離れたら、シキが深手を負いかねない。この状況で魔力欠乏を起こせば、死ぬ可能性すらある。それでも自分のことを後回しに、治癒の限界まで無理をするだろう。過去にそれで暫く目を醒まさず、治癒の魔法を続けたこともあった。そうなれば戦力が減るし、何よりシキを傷つけたくない。

 自身の生命力を魔力に還元し、空間内に魔力の奔流を作り出す。暴走したそれを利用することで、魔力を際限無く使えるようになる。これを使えば相手の弱点、欠陥などが一つ位は見える筈。

 シキは制止したかったが、発動させたものは仕方無い。心苦しくはあるが、ユキの言葉に甘えることにする。スレイプニルに命じ、空高く飛翔して戦況を俯瞰した。

「臨界点なんて、ボクには簡単に超えられる。ヴァン、頼んだよ!」

 ユキはヴァンに魔力を流し、ヴァンはそれを翅へと変える。その翅は透き通り、色彩が失われていく。そのまま亜光速の速度で、《皇帝(エンペラー)》を切り刻んだ。

「疾き風のようじゃな……されど妾には効かぬわ」

 言いながら先程と同様に、《女帝(エンプレス)》が身体に触れて治す。

「我らには、の誤りだ」

 再生させられた《皇帝(エンペラー)》が、《女帝(エンプレス)》の言葉を訂正する。

「あんまりボクを甘く見ないでよね?」

 そんな彼らにユキは対抗する。

「全く目で追える速度ではないわね。あの魔力も規格外でしょうが、それを受ける魔導具も同じ……ですか。しかしそれに対応する奴らを、果たして回収出来ますかしら?」

 それを見ていたトワが、そう独り言ちた。確かに常人――或いは魔法の心得があり、人並みの感覚強化が出来ても――が見れば、何も起こっていない錯覚を受ける。実際はユキの攻撃と彼らの再生が、秒未満の単位で繰り返されていた。

 ユキはヴァンに乗せる魔法を変え、或いは切断する位置を変え、また或いは斬らずに胴を穿ち、多彩な攻撃方法を使用している。対して《女帝(エンプレス)》は再生を速め、ユキが自身に向かえば化勁で反射、《皇帝(エンペラー)》は魔法で防御している。

 ユキが反射で多少の切り傷を負い、形勢は僅かに彼らに傾ぎ始めた。

「これで効かないって、歴代トップの煩わしさだね……フリークか零式で終わらせたい」

 ユキが愚痴を言いつつ、攻めの手は緩めない。どころか更に加速して、遂には光速を超越する。その甲斐あってか、彼らは攻撃は殆ど出来ていない。

 シキは冷静に観察を続け、幾つかの情報を列挙していく。

 第一に再生について。《女帝(エンプレス)》は自身を対象に出来ず、《皇帝(エンペラー)》は恐らくこれを使えない。仮にこれが違うのなら、《女帝(エンプレス)》が化勁と再生に専念せず、共に攻勢に転じられる。尤も接触という条件が存在し、《女帝(エンプレス)》の方が守備が堅牢だから、などの可能性も捨てられないが。

 第二に《皇帝(エンペラー)》の能力。周囲の重力強化以外に、特筆すべきものは見当たらない。これは魔法で対抗できるだろうし、然程脅威にはならなかった。強いて言うなら、遠距離では戦えないくらいか。これも技術さえあれば、魔法を乗せることで回避出来る。ともすれば《女帝(エンプレス)》の化勁と同等、或いはそれ以上の何か――例えば透過での回避や、重力強化ではなくその本質は操作、或いは魔力吸収など――を隠しているかも知れない。如何にしても油断は出来ず、シキは注視することにした。

 第三に《女帝(エンプレス)》の能力。化勁と再生の二つが見えているが、それだけなのかは疑わしい。しかしアルカナシリーズは、順当に考えて七十八体。一つのキャラクター当たり、二つ程度――小アルカナは一つ位か――の能力が妥当だ。仮に自分が実験をするとして、一体にデータを集中させず、多くのデータを集めるだろう。尤も傑作であれば話は別だが。兎も角シキは警戒レベルを下げ、その分の注意力を他に向けた。

 第四に現在の戦況。《女帝(エンプレス)》の不協和音は、トワがジルヴァで相殺。そのトワはペガサスに乗り、空中に留まっている。ユキは攻撃的ではあるが、現状では有効打は無い。逆に《女帝(エンプレス)》の化勁で反射され、僅かではあるが確実に傷を負う。余り好ましくない状況だ。

 しかしまだ動くべきではない。ユキのトランスが切れる直前、それが最適な時期だろう。

「彼奴は目障りじゃのう。御前様もそうは思わぬか?」

「我らの敵ではない。捨て置け」

 《女帝(エンプレス)》と《皇帝(エンペラー)》の嗤いが響く。それは正しく帝国の主、と呼ぶに相応しい泰然さだ。ユキはその態度に少々腹を立て、乗せる魔力の質を変える。

「取り敢えずスコールでいいかな?少し速度は落ちるけど、上手く留められればいけるし……シキ兄なら簡単に出来るのになぁ」

 ユキは静かに言い、翅の速度を落とした――と言っても光速以上だが。風の魔力を翅に乗せ、丁寧に《皇帝(エンペラー)》の中に残していく。漏れを生まないよう、そして感付かれないよう、少しずつ確実に。これなら再生したところで残留し、機を見て《女帝(エンプレス)》諸共刻める。

「成る程、再生と化勁は同時に行えない。そう考えれば合理的だな」

「同意致しますわ。しかしこの超速戦闘が始まって、既に十分程経過している。もうそろそろ、お止めにならずともよろしくて?」

「ああ、ユキは俺より強いからな。本当は発動前に止めたかったが、残り五分程度は我慢するさ」

 いつの間にやら上空に居たトワが、シキに話しかける。その言葉は多少揶揄の響きを持ち、しかしシキは意に介さず返答した。

「あら、それは失礼。それはそうとあの魔力量、臨界を越えて問題無いのですか?人の身には過ぎた力かと」

 トワが話題を変え、今度は臨界点の話をする。ユキの身体を心配しているようだ。

「それは全く問題無い。《預言者(オラクル)》の話は知っているか?」

「ええ、有名ですもの。逆に知らない方が珍しいわ。わたくしの知り得る情報では、膨大な知識と絶倫な魔力、そして神託を賜る、と言ったところです」

 シキは首肯し、話を続ける。

「その知力は俺が、魔力はユキが継承した。神託は二人とも聞こえる……対話は出来ないがな。魔力を受け止めるだけの身体、そしてその頑丈さは、魔力と共に継承している。と言えば理解できるな?」

 トワは興味深そうに頷いた。

 その頃ユキは、自身の魔力量を憂慮していた。トランスを使っていられるのは、恐らく残り十分程度だろう。安全面を考慮すれば、五分残っているか否か。《女帝(エンプレス)》は無意味だと嘲り、《皇帝(エンペラー)》は何をしても動じない。十数分とは言え光速なのに、効果が薄いと嘆きたくなる。

「ああもう!悪いことばっか考えない!」

 自らを叱咤するように叫び、魔力を更に高めていく。

 一撃一撃、丁寧且つ迅速に。流れるように切り結ぶ。残す魔力は気取らせない。再生されても無視。繰り返し淡々と、精密機械のように。ユキは意識を忘れずに、《皇帝(エンペラー)》を切り続けていた。

 それを見ていたシキが、ふと妙策を思い付いた。

「そう言えば、魔力は大丈夫なのか?」

 戦闘再開から八分程度、絶えず不協和音を相殺している。相殺はかなりの魔力と技術、そして経験が必要だ。トワが疲弊していないか、ということも兼ねて尋ねた。

「ええ、これでも《解析(アナリーズ)》ですから。とは言え楽をしたいのは事実。何かあるのでしょうか?」

「《精霊壁(スピリッツウォール)》で防げそうだからな。それに試したいことがある」

 シキは敢えて魔法を使い、《女帝(エンプレス)》に隙を生ませたかった。そうすれば《女帝(エンプレス)》にも、魔力を残置することが出来る。それに《精霊壁(スピリッツウォール)》であれば、トワの消耗も防げて一挙両得。

「成る程、時機的には悪くないですわ。ではお願い致します」

 シキは頷き、詠唱を始める。

「精霊の加護顕れん

 其は数多の災禍を通さじ

 其は亦幾多の悪しきをも通さじ

 我らを護りし精霊に捧ぐ

 流れ流れし魂の巡りを」

 朗々と美しい声色で詠った、五節詠唱魔法《精霊壁(スピリッツウォール)》。それは、殆ど全ての攻撃を無効化する結界。流動性は無く、設置した場所からは動かせない。そこまで大きくは作れないし、数分程度で消滅する。その上連続では使えない、などの制約は少なくない。使う時機次第で輝き、無駄にもなる。

 シキは詠い終わると同時に、敢えて指を鳴らした。

 それに気付いた《女帝(エンプレス)》が、氷柱を撃ち出した。その刹那に、ユキが《女帝(エンプレス)》を切り刻む。四撃目以降は反射され、ユキもそれなりに負傷した。それでも無傷だった相手に、初めて傷を負わせたのは大きい。

 氷柱は《精霊壁(スピリッツウォール)》に砕かれ、シキもトワも無傷。僅かに戦況が揺らぐ。

 《女帝(エンプレス)》は笑みを消し、本気で化勁に集中した。

「流石はシキ兄ってところかな……ほんといつも絶妙なんだから」

 ユキはシキの耳に届くだろう、と思いながら言った。

「さあ、ラストスパートだよ、ヴァン!この程度じゃ終われないからね!」

 自らに発破を掛けてより速く刻み、より多くの魔力を残していく。

「さてさて、これがどう影響するか……見物ね」

「上手く行けば良いんだが、果たしてどうなることやら……」

 そんなユキの様子を見て、トワとシキが呟く。

「そうですわ。貴方にはお話ししておきましょう。三分程お時間を頂きますが、宜しいですか?」

「構わないが、何の話……ああ、アルカナシリーズのことか」

「ええ。資料から読み取れたことですが、奴らはこの空のカードで捕縛可能。特殊なカードのようで、わたくしでも複製は不可能。ですが、余剰は幾らかあります。少しお待ちを」

 トワがハンドベルを腰に差し、その反対側からカードを取る。実際に見せた方が早い、と思ったトワは、シキにそれを渡して話を続ける。

「これらは多少のことで、破壊されない様子でした。各個体専用のカードなのは、ご覧の通りよ」

 確かに空とは言うものの、カードには縁取りがしてあった。そこには別の数字、名称が書かれている。その番号と対応したもののみ、効力を発揮すると想像に難くない。

「更に捕縛には文言があり、各個体毎に異なります。ですので、今回はわたくしにお任せ下さいな」

「了解だ」

「この戦闘後、複製した資料をお渡しします。一応機密情報なので、取り扱いには用心なさって」

 その言葉に従うのは、今後も捕縛に参加するのと同義。どうせ乗り掛かった船だから、とシキは了承した。恐らくユキも同様に言うだろう。

「助かります。後は戦力の増強でしょうか……」

「それならレイに頼むか?俺が言えば二つ返事で参加する、と思う」

「あの《嫉妬(エンヴィー)》は確かに、戦力としては申し分無い。では頼みますが、情報の拡散はしないよう願います」

「無論だ。任せておけ」

 シキはトワにカードを返却し、答えた。トワはその中から二枚抜き取り、各々の文言を確認する。

「では、話題は残っておりますが、雑談はここまでと致しましょう。時間になりましたし、そろそろ戦況が傾ぐ……」

「そうだな。そろそろ《精霊壁(スピリッツウォール)》も限界だ」

 シキは俯瞰を、トワは不協和音の相殺を再開する。

「これがボクのラストオーダー、ってことで……ね?」

 ユキは最後に一際強く、《皇帝(エンペラー)》を穿った。《女帝(エンプレス)》がその身体に触れ、《皇帝(エンペラー)》を再生する。それと同時に、ユキが魔力を解放した。

 暴風が彼らを隔絶し、傷を生んでいく。これである程度は好転する、と思われた矢先だ。

「――我も嘗められたものよ」

 《皇帝(エンペラー)》の声が聞こえた。一瞬の内に暴風は止み、傷は殆ど生まれていなかった。

「重力だけじゃない……?」

 ユキが僅かに呆然とし、直ぐに頭を振って退避する。

「ごめんシキ兄、上手くいかなかったっぽい」

「大丈夫だ。情報はある程度集まった。後は、俺の仕事だ」

 シキはローブの下を確認し、人形の式神の数を見た。少なくとも二百はある。

「これだけあれば使えるな……さあ、始めようか」

 シキは不敵に笑み、目下の敵を見下ろした。

漸く生き返りました、涼音です。ここ暫く不調続きで何も出来ず、気だけ急く生活でした。遅くなってしまい、申し訳ありません。

色々歯車を回し始めてはみました。構成は何となくあるのですが、全体的に短縮するかなど、若干悩んでもいます。

取り敢えず、四幕は次でおしまいです。体力がかなり落ちた上に、現実では忙殺されかけているので、次回も遅れるかも……そうならないよう努力します。ネタ自体は頭の中に残っているので、急いで文章化したいと思います。

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