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七重奏 四幕《前》

 翌日、トワを訪れた二人。トワはギルドの制服でなく、黒を基調にした服を着ている。シンプルで活動的に見えるが、黒紫色のハンドベルを携えていた。ナイフや小銃などであれば、それに違和感は無い――寧ろ、服装に相応しい。

「お早うございます。時間も惜しい、直ぐに出発してよろしくて?」

 二人は多少疑問に思ったが、ここでは尋ねないことにした。

「構わないが、場所は?」

「廃都アルカディアです。テレポーターは無いので、これをお使い下さいな」

 トワが小さな翼を二翼ずつを渡す。インスタント・テレポーターは、一方通行で一度しか使えない。加えて転移先も選択出来ず、既に定められた場所にのみ飛べる。とは言え双方向のものとは異なり、使用条件の制約――テレポーターの中にいること、二地点に設置してあることなど――は無いという利点もある。

「では、行きましょうか」

 翼を投げ、数瞬でアルカディアへ着く。そこは背の高い草原の広がる、爽やかな場所だった。崩れかけた塔の存在が、辛うじて都市があった痕跡か。

「昔は理想郷だったそうですよ。それも遠い遠い昔のこと……」

 まるでその当時を知るように、どこか懐古的にトワが言う。

「まあ、それは構いません。今となってはどうでもいい。行きましょう、歩きながら軽くお話しますわ」

 言い切らぬ内にトワが歩き出し、シキとユキはそれに着いていく。

「恐らくアルカディアの何処かに、異形の何かがいる。それを探していただきたいのです」

「それを見付けたらどうするの?」

「破壊は不可能でしょうから、捕縛致します。弱らせてしまえば、あとはわたくしにお任せを」

「わかった。それまで守衛は必要か?」

「いえ、わたくしとて魔導を修めた者。自衛は勿論のこと、戦闘にも参加致しますわ」

 周囲を観察――特に草で見え難い足元に注意――しながら、慎重に進んでいく。無限に続いている、という錯覚を受ける似た景色。自分の位置を見失わない要素は、崩れかけた塔のみ。その塔も、遠くに幽かに見える程度だ。

 ユキが俄にシキの手を取り、魔力を調和させていく。歩きながら魔力を練って、戦闘に備えるために。その内に手を繋ぐ目的が、全く無いと言えば嘘にはなるが。

 その間にトワは他言無用で、と前置きして二人に告げた。タロットカードを素体とし、個性を持たせて擬人化する。不死に加えて特異的な能力を持ち、自立思考が可能な人形の創造実験。目的は永遠の命と、理想の実現だったと言われている。

 第一世代、ルクスシリーズ。人格データの構築は成功し、画面上の表示は可能になった。器を作りトレースした段階で、器が消滅して失敗。

 第二世代、スペースシリーズ。人格データは同様のものを使用、器の素材を変更するも崩壊。前世代との差異としては、崩壊後の器の欠片が残存。大きな進歩と言える。

 第三世代、ノクスシリーズ。人格データの形式を書き換え、器は崩壊せず。自己成長過程にて致命的欠陥、原因不明の自己崩壊発生。数日後に完全に自壊し、器は殆ど全てが残存した。

 第四世代、アルカナシリーズ。人格データの形式を更に書き換え、器を固体より流体に変更。目立った問題は見られず、器の調整に移行する。その際のとある事故により、研究所は壊滅。実験体は全て人形を模れず、異形の何かとなった。そしてそれらは恐らく、各地に解き放たれている。

 トワの目的はそれらの回収で、その方法は空のカードに移すこと。本当に僅かな能力や性格、器の情報は書いていたが、それ以上の情報は何も知らない。研究員だった弟の記録のみで、情報が全て正しいかも曖昧だ、と。

 二人は特に口を挟むことも無く、観察しながら聞いていた。

「あ、向こう側に何かいるっぽいよ?」

「ここに人がいるとは思えない。わたくしの探している、奴らの可能性も高いか……」

 ユキが漸く手掛かりを見付けた、と上機嫌で歩き出す。前を行っていたトワは、警戒心を強めて歩みを進める。その何かに近付いていくと、それは人のように見えた。更に近付くと、絢爛な衣服を纏った女性と確信。

 青を基調にしたドレスに、上品な絵柄の飾り扇。一目で高貴な人物と想像出来る。その女性は三人に気が付くと、艶麗な微笑を浮かべる。

「おお、人を見たのは久し振りじゃ。どうじゃ、妾と戯れようぞ。のう、人の子よ」

 そして三人に向けて、そう静かに囁いた。それを聞いたトワが、僅かに動揺する。

「実験は失敗、被検体は全て異形と化した。その筈なのに何故……?」

「トワ、大丈夫か?」

「ええ。わたくしとしたことが、失礼致しました」

 シキが声を掛け、トワは疑念を頭の隅に仕舞う。そして二人に伝える。この目の前の女性こそ、トワの探す実験体――アルカナシリーズが一、《女帝(エンプレス)》だと。

 シキは異質な魔力を感じる、と思いつつも猜疑的に尋ねる。

「その確証は?」

「識別番号ですわ。爪の模様は全て違いますが、左手の薬指のそれ。《女帝(エンプレス)》の番号と一致しております」

「成る程、アルカナシリーズの特徴か」

「そうですね。全て番号がどこかしらにあります。まあ、これをご覧になるのが早い……」

 腰に下げていたハンドベルに、魔力を流し込んでいく。トワの持つそれは、どうやら魔導具の一種らしい。様々な音階を出せて、その音の波を利用するようだ。

「お主ら、何をしておるのじゃ?早う妾の――」

「いきましょう、魔導鐘ジルヴァ」

 《女帝(エンプレス)》の声を無視し、鐘を鳴らすトワ。重低音を一点に圧縮し、《女帝(エンプレス)》に向かって飛ばす。《女帝(エンプレス)》は冷静に豪奢な扇を広げ、静かに受け流す。

「ほほほ、愛いよのう。妾のことを心待ちにしておったか。なれば、妾が撫でてやろうぞ」

 艶やかに笑って扇を閉じ、ユキに向ける。

「やばっ……魔導翅ヴァン!」

 たった一秒に満たないその動作で、ユキの周囲が凍結した。ユキはヴァンで一気に加速し、辛くも逃れる。反応が僅かでも遅れていたら、無事では済まなかっただろう。ユキの居た場所は、氷の針で覆い尽くされている。

「《女帝(エンプレス)》は全ての攻撃を受け流す、とありました。お気を付けなさい――死にたくなければ」

 トワの忠告に、シキは無言で《女帝(エンプレス)》を見据えた。即ちそれが、肯定。

式神射法(ショット・オブ・)雷光(ライトニング)》・八分儀(オクタンス)

 シキが三柱の式神を投げる。それらは八分儀座の形状になり、雷光を打ち出した。

 《女帝(エンプレス)》は同様にして、雷光を逸らす。そのまま流れるような動作で、シキに向けて軽く扇いだ。小動物を撫でる程度か、或いはそれ未満の極僅かな力。たったそれだけで、激しい風と雷がシキを襲う。

「魔導鏡ラクト、虚ノ鑑」

 シキはその初動を見ると同時に、霧散を用いて取り敢えずは防ぐ。案の定一撃で終わる筈もなく、寧ろ徐々に激しさが増していた。

「罪を重ねし業の魂

 跪き、赦しを乞うがいい

 懺悔の刻は来たれり」

 シキが限界に近付き始めた頃、上空ではユキの《聖光(ホーリーライト)》が完成。《女帝(エンプレス)》に向かって、光が降り注ぐ。《女帝(エンプレス)》は扇でそれらを受け流し、シキへの攻撃の手を緩める。

「庇保《聖域(サンクチュアリ)》」

 シキは発動速度を鑑みて、純然魔法を選択。同時にユキが降りてきて、《聖域(サンクチュアリ)》を強化する。トワは超高音の波を撃ち、《女帝(エンプレス)》はそれを受け流す。

「こっちは任せて!」

「顕現・レーヴァテイン」

 ユキの言葉に、シキは黄金色の銃剣を喚び、《女帝(エンプレス)》の頭と足首を狙い撃つ。若干の時間差で放たれた銃弾は、片や屈んで躱され、片や扇で受け流された。

「そう簡単にはいかないか……」

「それにしても対応早くない?」

 二人は舌打ちをしつつ言う。トレーサーと言い《女帝(エンプレス)》と言い、一見対処不能な敵が多い。果たして《女帝(エンプレス)》の穴は何か。シキは可能性を挙げていく。如何せん情報が足りず、可能性は無数。取捨選択をしなければならない。

「いやはや愉快、愉快ぞ。妾もちと芸を見せようかの……そら、どうじゃ?」

 そう言った《女帝(エンプレス)》は扇を弄び、風と雷に加えて雹を降らせる。トワは超高音の波を過密にし、防護に魔力を傾げてそれらを防ぐ。

「攻防に転化出来るとは言え、このままでは徒に消費するだけ。読むことも出来ませんわね。全く、どうしたものか……」

「対応策は無いのか?」

「残念ながら。そう言う貴方はどうですの?」

「判断材料が足りないな。仮説すら立たない」

「二人とも話す前にこれどうにかして。流石に防御は楽じゃないし」

 煮詰まらない話をする二人に、ユキが涼しい顔で言う。別に言葉通りの意味ではなく、言外に悪循環になりかねない、と告げているわけだが。

 シキは同意しつつ、人形の式神を投げる。

式神射法(ショット・オブ・)毒薬(ポイズン)》・海蛇(ヒドラ)

 十七柱の式神が撃つのは、徐々に身体を蝕む毒。《女帝(エンプレス)》は斉射された毒を、扇で全て受け流す。トワが援護で撃ち出した音波も、同様に受け流された。

 ユキは魔力を練っていて良かった、と呟いて得意とする大魔法を放つ。

「光焔《溶融界(ムスペルヘイム)》」

 青色のそれは《女帝(エンプレス)》が受け流し、その刹那に拡散する。

「っ!妾としたことが……」

 僅かに焦ったようだが、その場で優雅に回転して凌ぐ。《女帝(エンプレス)》の姿は殆ど見えないが、激しい風や雷、雹が嘘のように止んだ。受け流すことに専念すると、魔法まで手が回らないようだ。

 この受け流しに対応するには、扇を無力化すれば良いのか。或いは《女帝(エンプレス)》自身の技術なのか。僅かな戦闘だけでは、前者だと断定は出来ない。シキは掴み倦ねていた。

「暑いのう……さて、報復じゃ」

 《女帝(エンプレス)》は独り言ち、《溶融界(ムスペルヘイム)》を弾き飛ばす。数瞬の安寧が破られ、三人は再度気を引き締めた。《女帝(エンプレス)》は扇を用いて水や雷、炎などの爆弾を投げ、三人の元で様々な爆発が起こる。

「ああもう面倒だな……」

「確かにそうですわね。取り敢えず防壁を作りましょうか」

「庇保《隔絶(アイソレイション)》」

 それぞれ防壁を作り、軽く作戦会議をする。

「ボクのこれで無傷って、流石に有り得ないよね」

「確かに。扇だけで防ぎきれるとは、到底思えませんわ」 

「……成る程、これなら理解出来るか」

「お、シキ兄教えて!」

 シキの予測では、《女帝(エンプレス)》の技術の原形は化勁――即ち、ベクトル変換。それに魔力を加えることで、化勁を魔法に適応させている。その状態を常時保っている、とは考えにくい。魔力の消費が激しいため、攻撃に回す余裕は少ない筈。それは先程の攻撃の停止とも、全く矛盾はしないだろう。

 この推論が正しいと仮定すると、攻撃を視認させなければ良い。

 これを手短に伝え、シキが試験的に実行する。ユキもトワも納得し、シキのサポートをすることに。

「被弾しないように慎重にね?」

「安全性を考慮して、わたくしが防壁を作りましょう。ああ、わたくしを匿って下さるかしら?」

「ん?あ、了解。じゃあこの辺りで」

 トワが超音波でシキを護り、ユキの《隔絶(アイソレイション)》の中に入る。

「助かる」

「ええ、お気を付けて」

「召喚・スレイプニル」

 八本脚の軍馬に跨がり、刹那の内に天高く駆け出した。

「流転《透過(ペネトレイション)》」

 シキは透明化ではなく、不可視化に留める。不可視化は透明化とは違い、回避は出来ないが期間は長い。そのため防壁さえあれば、不可視化の方が便利ではある。被弾すれば不自然に攻撃を受け、場所が割れるため注意は必要だが。

 素早く《女帝(エンプレス)》の後ろに回り込み、スレイプニルを降りる。扇を持つ右腕に狙いを付け、呼吸を殺して静かに近付く。

 音も無く銃剣を振り上げ、その刃が《女帝(エンプレス)》に触れる。

「なんと!お主、妾に刃を届けるか!」

 刹那、《女帝(エンプレス)》の感嘆の声が響いた。攻撃が完全に止み、《女帝(エンプレス)》は化勁に集中する。

 シキは斬撃から銃撃に切り換え、銃弾は《女帝(エンプレス)》の左首を掠める。――正確には貫通する筈が、《女帝(エンプレス)》の化勁で逸らされた。その結果傷は浅く、どちらも殆ど無傷だ。

 《女帝(エンプレス)》は扇を閉じ、天に掲げて振り下ろす。

「スレイプニル、退避!」

 言うや否や、スレイプニルがシキを咥えて奔る。殆ど同時に《女帝(エンプレス)》の周囲が爆発。その爆風はそれなりに離れた、ユキとトワでも強く感じられた。

「これを繰り返すのは、流石に時間が無駄ね」

「シキ兄は無事だろうし……あ、そうだ!」

 言うや否やユキは《隔絶(アイソレイション)》を解き、魔力を更に練り上げる。

「凝聚《氷結界(ニブルヘイム)》」

 そして《女帝(エンプレス)》の周囲を凍結させ、一時的に《女帝(エンプレス)》を閉じ込める。これにはさしもの《女帝(エンプレス)》も、服や身体に霜が降りた。トワが音波で《氷結界(ニブルヘイム)》を圧縮し、その密度を高める。

「小癪な……妾の美しき服を汚すとは、不敬ぞよ!」

 《女帝(エンプレス)》は――三人には見えなかったが――顔を歪め、自慢のドレスを直し始める。

「嗚呼、凍むようじゃ……斯様に寒き所からは、早うおさらばじゃ」

 化勁で攻撃は防げても、冷気や明暗などは防げない。飽くまでもベクトル変換なので、向きを変えられないと効果は無い。接触という前提条件もある上に、ベクトルが小さくても効果は薄い。それが即ち、《女帝(エンプレス)》の最大の欠点。

 スレイプニルは上空に留まり、シキはそこで戦場を観察していた。

 身体は無傷で済んだが、服が軽く千切れて修復不能。肌は露出していないため、多少の怒り程度で抑えられる。

 ユキとトワを探し、その会話に耳を傾ける。

「取り敢えず閉じ込めたけど、どうすればいいかな?」

「残念ながらもう出て来ますわ」

 見れば、確かに内側から溶け出していた。《女帝(エンプレス)》は身体を暖めるのも兼ね、舞って炎を撃ち出している。前回の炎の時には弾いたが、今回の氷は弾いていない。

 シキはそれに違和感を覚え、ベクトル変換の穴に気付く。弾かないのではなく、動きが無くて弾けないのだと。反作用を反転させ破壊する、と言う方法も取らない。これは身体の耐久性が、人間のそれと大差無い――不死であっても戦闘不能にはなる――証拠か。シキは作戦を立てていく。

 そう考えていたら、《氷結界(ニブルヘイム)》が破られかけていた。直ぐに手鏡を二人の元に投げ、結界を張る。

式神結界(フィールド・オブ・)反射(リフレクション)》」

 それを見たトワが顔を上げ、シキの視線が数秒交差した。これで意図が伝われば良いが、とシキはレーヴァテインを握る。

 トワはシキの意図を読み、その方法に賭けてみることに。

「……成る程。では、乗りましょうか」

「何に?」

「貴方の兄君の策略ですわ」

 トワ曰く、シキの意図はこうだ。

 自身の魔力回復の為に、上空に留まる。必要な支援は、《女帝(エンプレス)》に悟られない程度に行う。その間は、何らかの方法で魔法陣を描く。《女帝(エンプレス)》の気を逸らして、描きやすいようにしてほしい。

 《女帝(エンプレス)》は我々を侮り、油断している。或いは全力を出すなら、注意力が欠如するだろう。今までの戦闘の分析では、とトワの見解も加えて話す。

 ユキは首肯し、遂に《女帝(エンプレス)》の炎が飛んでくる。シキの結界が反射し、《女帝(エンプレス)》がそれを受け流す。これが数回続いた後、シキの結界が消滅。ユキが飛び出て、ヴァンに暴風を乗せる。《女帝(エンプレス)》はその鋭い風を受け流し、攻撃の手を緩める。トワはそれを見逃さず、ユキを音波の防壁に包んだ。

 シキはその光景を見て、自身の意図が伝わったと確信。レーヴァテインを伸ばし、《女帝(エンプレス)》の後ろ側の地面に突き刺す。先端部の形状を変化させ、地面に傷を付けていく。

 芒星図形は非常に複雑ではあるが、多角形であることは変わらない。一気に芒星図形の組合せを刻み、残りは装飾の部分のみ。だが、文字には交点が無い。一字一字刻み、地道に完成に近付ける。

 一方地上では、単調な戦闘が続いていた。

 ユキはヴァンに魔法を乗せ、魔力翅から切り離して撃ち出す。《女帝(エンプレス)》がそれを受け流し防ぐ。時折《女帝(エンプレス)》の近くを飛び、緩急を付けて攻撃する。

 《女帝(エンプレス)》は攻撃を僅かに減らし、時折魔力の刃で広範囲を薙ぐ。ユキはトワの防壁で、完全に無傷なまま。トワを狙いたいが、そうするとユキの魔法に阻まれる。

 炎、雹、冷気、稲妻、邪気、暴風、水流……様々な魔法が飛び交う戦場。《女帝(エンプレス)》の化勁とトワの防壁で、戦局は完全に膠着していた。

 それが数十分程続き、遂に《女帝(エンプレス)》が痺れを切らす。

「お主、先より面白味が無いのう。詰まらぬ、誠に詰まらぬ」

 《女帝(エンプレス)》が溜め息と共に言い、ベクトル変換を反射に転化。ヴァンは外側に魔力を放出し、それが魔力翅となっている――それ即ち、放出のベクトルを逆に向ければ、所有者に牙を剥くことになる。侮って生かしておいたが、退屈ならば生かす意味など無い。

 そんなこととは露知らず、ユキが《女帝(エンプレス)》に突進する。

 その刹那、シキはラクトに魔力を込め、ユキを引力で後ろに下がらせた。

「うわ、危ないなぁ……助けてくれたんだろうけどさ?急に引っ張らなくても、他にも方法無かったの?」

 ユキは理由は見当が付かないが、シキに取り敢えず感謝する。その反面、方法が優しくないと不平も唱える。

 シキは同時に最後の文字を刻み、魔法陣に魔力を込めて仕上げた。

「魔法陣・零參《消失せし監獄(ヴァニシングジェイル)》」

 完成した魔法陣が境界となり、不可視の壁が内外の往来を阻む。

 《女帝(エンプレス)》を閉じ込めたのを確認し、シキは静かに詠っていた。

「快楽で紡ぎし物語、此より謳うは夢の華

 闇夜で綴じた物語、其に見えしは虚の夢

 痛苦で紡ぎし物語、此より謳うは無の現

 祈祷で綴じた物語、其に見えしは現の死

 語り手は萬の言の葉語り継ぎ

 御霊宿らん何れの日にか」

 それは《御伽噺(フェアリーテイル)》と呼ばれる、不定偶節創成魔法。詠唱魔法とは異なり、文言が指定されない特徴がある。何も考えずに創っても発動しない、と言うのが唯一の欠点。言葉に宿る霊力――言霊の力を借りて、魔力を増幅させる魔法だからか、上手く作用させるのが難しいのだ。

 今回のシキの魔法は、天使の黒き槍を撃ち出すもの。

 白く輝く天使たちは穏やかに笑い、《女帝(エンプレス)》の周囲を黒槍を撃つ。

「この程度、妾が返してくれるわ!」

 《女帝(エンプレス)》は扇を差し出し、ベクトルを反転させようとした。だが、その扇は貫かれ、砕け散る。

「なっ、この妾が蹉跌を来したじゃと……」

 それに困惑し、扇を失ったことで狼狽する。その実態は化勁の失敗ではなく、これこそ《消失せし監獄(ヴァニシングジェイル)》の効果。魔法陣を描いた者を除き、陣の内側の者の魔力を失わせる。敵味方どころか生命は関係無し、無機物からですら魔力を消す。使う条件や状況次第で、戦況を正反対にする魔法だ。

「お主ら、赦さぬぞ!」

 そんなこととは露も知らず、《女帝(エンプレス)》は憤慨し始める。

 その光景を見下ろすシキは、この魔法の基にした話を思い出す。

 神は人々に僅かな楽園を与えた。そこで人々は神を信仰し、真面目に働いていたと言う。されど徐々に堕落して、自らの欲望を満たし始めた。人々からすれば、夢のような生活だった。食べ物には困らず、働かなくとも神の奇跡がある。そして、神を軽んじるようになっていった。

 そこで神の怒りに触れた人々は、天使の大軍に黒き槍を撃たれた。それは人々の夢を奪い、暗い闇に閉じ込めた。その中は今までの生活とは程遠い、苦しみに満ちたものだった。何もかもを失い、死を恐れて生きるしかなかった。

 人々は身勝手にも、神に奇跡を求めて祈った。神はそれに見向きもせず、苦しむ人々を嗤っていた。人々は神に逆らい堕落したことを、強く後悔して赦しを希った。神はしかし、彼らを生から解放したのみ。人々の魂魄は、永劫彷徨うことになった。

「悪いな、チェックだ」

 運動の殆ど存在しない空間を閉じ、《女帝(エンプレス)》を鎮圧する。

「うわ、流石シキ兄容赦ないなぁ……」

「確かにこれで頭脳戦の片手間とは、畏れ入りますわ」

 二人は敬嘆し、その言葉を口にする。

 シキは《消失せし監獄(ヴァニシングジェイル)》を解き、スレイプニルが地面に降り立った。馬上からトワに声を掛ける。

「後は任せた」

「助かりました。では……」

 トワが空のカードを取り出し、黒槍の空間へ向かう。捕縛の文言を詠おうと、息を吸った。

「嘘だろ……?」

 シキが俄に言い、舌打ちしながら声を荒げる。

「スレイプニル!ユキも着いて来い!」

「わ、わかった!」

「どういうことですの?」

「話は後だ!」

 スレイプニルは急いでトワを咥え、ユキは取り敢えず着いていく。

 黒槍の空間に亀裂が入り、そこに稲妻が落ちた。刹那の内に空間が爆ぜ、その中に新たな人影も見える。

「赦さぬ、赦さぬぞ……妾が極刑にしてくれるわ!」

 《女帝(エンプレス)》は三人に向けて、そう叫んだ。

涼音です。色々あって脱け殻になっており、どうにかこうにか書きました。展開は早い自信しかありません。

四幕は二部構成にするか、三部構成にするか悩んでましたが、三部にします。四幕は五月頭までに終わらせたい、とは思ってますが、どうなることやら……

生暖かい目で見守っていただけると嬉しいです。ではでは!

……うわぁまたやらかしました。ルビ振り忘れ本当に多くてごめんなさい……気を付けます。

小ネタの提供でお許しください……。シキの「チェックだ」の台詞は、トワが最後に捕獲するから。その一個前なのでチェックです。あと、直ぐに回収した、《女帝》さんが一手打つ、という詰みでない状態を示したものでもあります。

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