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七重奏 二幕《後》

「あ、行っちゃったね。ボクたちはどうしようか?」

「俺は買い物に行く。結界触媒を買っておきたい」

「じゃあボクも一緒に行くよ」

 二人でギルドを出て、セレニアの露店街へ向かう。トレーサーの討伐前は、全く人気が無かったが、今ではそれが嘘のようだ。

 セレニアは水と音楽の都、と呼ばれるだけあって、楽器や霊水の品揃えが多い。露店街を眺め歩くと、大体どの露店にも置いてある。

「あ、あれ触媒じゃない?」

 ユキが少し遠くを指して言う。シキはよく見えなかったが、取り敢えず近付いてみると、結界触媒に違いない。青の濃淡のみだが、背景と調和した露店。シキは触媒を観察し、品定めをしていく。

「店主、この結晶は合計幾らだ?」

 シキが指で示して尋ねる。

「……それなら銀貨六十枚だな」

 店主の男性は少し考えて答える。シキは金貨を一枚渡す。

「毎度あり!」

 男性は結界触媒と、お釣りの銀貨四十枚を渡す。

 二人はまた露店街を歩き出し、何か良い物でもないか見回す。その中に前にグロリアで見た、橙色の露店があった。先程の露店とは逆に、補色調和で互いを映えさせている。

「いらっしゃい。何をお求めかしら?」

 グロリアの露店で会った女性を、少し落ち着かせたような印象。

「トリュフにしようかな……どうしよう」

 可愛らしく包装されたお菓子を、じっくり眺めて悩む。

「別に幾つ買っても構わないぞ?」

「そういうことじゃなくて、甘い物食べ過ぎると体重が……」

「気にする必要は無いと思うが……ユキはユキだからな」

「そうは言っても気にするし!」

 この言葉の理由は、《夢見の闘技場(ドリームトコロシアム)》で動いた分は、カロリー消費が無いから。傷が消えるのと同じ原理で。だが、実際動いた記憶はあるし、倦怠感も残る。効果は地味だが、かなり嬉しくない。というか寧ろ、この機能はとても度し難い。理論上は理解するが、納得はしたくない、と思っている人が大半だ。

 ユキが口を尖らせていると、店員の女性が薄く笑う。

「ふふっ、妹の言っていた通りね。……ああ、この露店は各地に出してあるけど、そこの売り子は私たち姉妹なのよ」

 妹、と聞いて疑問符を浮かべる二人に、店主の女性が説明する。二人はそれを受けて合点がいった。

「……因みに何と?」

「色々と言っていたけど、特に君たちの話はしてたわ。可愛いカップルに猫……だったかしら、兎に角編み包みを渡したとか、嫉妬とかを超越した美形とか」

「そうか……」

 間違いなく誤解が拡散している。その事実はシキにとって重かった。……別に嫌なわけでは無いが、一応の外聞やら世間体やらも、気にしなくてはならない。

 深く嘆息し、頭を抱える。

「うーん……やっぱり初心忘るべからず、トリュフにしようかな」

 そんなこととは露も知らず、横ではユキが漸く決断した。どうやら今回はトリュフらしい。

「お姉さん、トリュフは幾ら?」

「銅貨七十枚よ。四つ入ってるので良いのよね?」

「うん、大丈夫」

 ユキが銀貨を一枚取り出し、それを手渡す。店主の女性はトリュフの袋と、クッキーが一枚入った袋を、合わせるようにリボンを結んだ。それと銅貨を三十枚、お釣りとして手渡す。

「そのクッキーはおまけよ。うちで買い物をしてくれた人に、毎回渡しているの。じゃあ、どこかでこの露店を見たら、その時はよろしくね?」

「絶対とは約束できないがな?」

 シキが素直じゃないことを言い、露店を離れる。暫く他愛ない会話をしながら、二人は露店街を回った。シキはフルートを買ったり、マリンバを買ったりと、楽器収集をしている。対してユキは雪兎の置物など、小物類を買い集める。それに加えて、レースやスパンコールなど、手芸用品も買い集めていた。

 そして少し日が傾いだ頃、露店街を抜けてギルドに戻る二人。

 グロリアに戻り、セフィロトの森へ入る。その途端、シキの表情が強張った。と言うのも、遠くにレイの気配がするためだ。全く見えないが、嫌な予感は得てして的中する。

「あ、シキじゃん!やっほー」

 案の定遠くから声を掛けるレイ。このかなり遠い距離から、鮮明に声が届く程度の声量。一言で言うなら、喧しい。それに手を振りながら、満面の笑みを浮かべて走る姿は、シキより年上とは到底思えない。金の髪が揺らめき、光を受けて光っている。

 このレイ・エンヴィーは、性格を良く言えば元気溌剌で、幼いと言うか純粋と言うか、シキが昔に捨てた要素の塊だ。しかし――或いは、だからこそ――シキにとっては、あまり得意では無い相手。顔を見たくない程嫌いではないが、もう少し――否、かなり落ち着きが欲しい。それさえあれば、もう少し柔らかい対応をする。

 だがこうなった以上、もう対策は無い。前に《不可視(インヴィジブル)》を使って、クラウディア――霞の都と呼ばれていて、温暖と冷涼を緩やかに繰り返す、濃霧に包まれた街――まで逃げ隠れたが、何故か見付かった。あの時は野生動物並の嗅覚か、と本気で驚いた。

 そんなわけで最初から優しくは、絶対にしてやらない。

「なあなあ、今度オレに――」

「断る。じゃあな」

 シキはレイの言葉を遮り、オラクル神殿へ歩き出した。レイは一瞬驚いたような顔をして、頬を膨らませて文句を言う。

「ちょっ、まだ何も言ってないじゃん!話くらいさせろよー」

「どうせ碌な話をしないだろ?」

「何だよ素っ気ないなー……まーいっか、話するまで一緒に行くから」

「好きにしろ。別に聞かないが」

「まあまあシキ兄、取り敢えず聞くだけは聞こう?」

 常のことだが対応が悪すぎたか、ユキに場を収められた。レイも最初は悄然としていたが、既に慣れたのか気にしていない。

 完全に普段通りの展開で、シキは飽くまでも仕方無く、レイの話を聞くことにする。

「……手短に済ませろよ」

「ありがと!立ち話もあれだし、カフェでもいこーぜ?」

 レイは嬉々として言う。シキは手短にとは言ったが、そうならないのは既に慣れた。別に急いている予定は無いから、別段支障は来さない。だから最後まで付き合う代わりに、勿論カフェでは奢らせる。それ位して、やっと割に合うだろう。

 そんなことを考えていて、シキが肯定も否定もしない内に、レイは勝手に歩き出す。いつも誘う方向とは真逆に。

「また探したのか……」

「うん。少し前に出来たばっかりで、気になって行ってみたんだ」

 シキが呆れ気味に言っても、レイは笑って返す。その行動力を別のことに使え、と言外に伝えているのだが、気付いているのかいないのか。

「シキ兄、どうしたの?早く行こうよ」

 ユキはシキの返答を待たずに、強引に引っ張っていく。二人とも少しは待つことを覚えろ、と胸中で不平を唱えながらも、結局は付いていくシキ。

 レイの言う新しいカフェとは、恐らくグロリア中心区のものだ。それも、シキの家から数分程度の。収容人数は少ないものの、連日多くの人が訪れる人気を博す。そのため最近は予約制らしい。

 見慣れた景色を横目に、嵩張る荷物を抱えて歩く。

「二人とも着いたぞ」

 指し示されたのは、予想通りの場所だった。シキは一旦荷物を置くのに、ユキの荷物を受け取って家に入る。早く戻らないとレイが騒ぐ、と取り敢えず玄関に置いておく。

「あれ、シキは?」

「一旦荷物置きに帰った。別にすっぽかしたわけじゃないよ」

 レイの疑問にユキが返す。それが聞こえていたシキは、レイに謝る。

「待たせた。先に言っておけば良かったな、済まない」

「いーよいーよ、来てくれたし。何だかんだシキって優しいよなー」

「シキ兄は素直じゃ無いだけで、優しいし可愛いところもあるしね」

「まじで?その話も含めて中でするか」

 レイの一言で、カフェ・ド・セクレと言うらしい、隠れ家のようなカフェに入る。

「いらっしゃいませ。レイ様とお連れ様で、三名様ですね。どうぞ、お好きな席にお掛け下さい」

 痩身の男性に接客され、奥の方のテーブル席に向かう。シキが窓際に、その隣にユキが並び、レイがシキの向かいに座る。

「あら、《預言者(オラクル)》のお二人さん、奇遇ですね。それと貴方は……《嫉妬(エンヴィー)》でしたかしら?」

 三人分のメニュー表を片手に、優雅な女性がやって来る。それはグロリアのギルドで、稀に見掛ける女性だった。シキが昨日、緊急依頼を渡された相手でもある。

「そうだけど……何でオレのこと知ってんの?」

「ふふっ、その程度見てわかりますよ。ですが恐らく、言葉を交わしたことは初めて」

 メニュー表を置き、笑みを浮かべる。

「わたくしはトワ。以後、お見知り置きを」

「オレはレイ。よろしくな、トワ」

「ええ。では注文が決まりましたら、お呼びになって」

 そう言って踵を返すトワ。

 シキは適当にメニューを開く。存外豊富なカクテルを見ていると、レイが声を漏らす。

「不思議な人だな……でも何か引っかかるような?」

 暫く唸りながら考えていたが、どうにも合点がいかないようだ。

 このままでは、徒に時間が過ぎるだけになる。そろそろ声を掛けようか、とシキが思ったと同時に、レイが話を始める。

「まーいいや、一旦置いといて、シキに頼みがあるんだ。今度オレに、お菓子作り教えてくれ」

「どういう風の吹き回しだ?」

「いや、この前シッキム買ってきたのに、そのまま飲むだけじゃ勿体ないし。だからクッキーでも焼こうかと……」

「え、シッキム買ったの?ボクも飲みたいなー」

 シキが言う前に、ユキが割り込んでくる。そしてレイに視線を送っている。デザートに集中していた割に、反応が良い。

「別に良いけど、シキは?」

「仕方無いな。それなら教えてやる」

「よっしゃ!ありがとな、ほんと助かるぜ」

 レイは心底嬉しそうに言う。

 シキはマリアージュを考えて、教えるお菓子を決めていく。シッキムには、クリーム系のお菓子が合う。となると、ケーキが一番無難だろうか。それとも他のお菓子にするか。悩ましいと頭を抱えたが、別に一人で決めなくて構わない、と思い直した。

 とすると、話をする前に注文しておけば、話の最中に届く筈。シキは二人にそれを提案する。

「何を作るか話す前に、取り敢えず注文しないか?」

「それもそうだね。すみませーん」

 ユキが店員を呼ぶと、入店時に対応した男性が来る。

「お待たせ致しました」

「クローバー・リーフを一杯。レモンジュースの方で」

「マンデリンのブラック。シティーローストのやつね」

「ディンブラとスコーンのセットで」

「ディンブラの等級について、何かご指定はありますか?」

「ダストワンのストレートで、お願いします」

「はい、畏まりました」

 三者三様の注文をして、メニュー表を渡す。

「さて、レイ。シッキムとのマリアージュだが、クリーム系が良い筈だ」

「とゆーと?」

「ケーキとか何とか、フレッシュクリームは使うよね」

「ああ、プロフィトロールは悪くないよな。フレッシュクリームの物と、カスタードクリームの物、それ以外も作れるだろう?」

「それなら流用はできるけど、わざわざ小さくする必要ある?」

「そこはネックだが、食べるときにも丁度良くないか?」

「まってまって、よくわかってないんだけど」

 二人だけで盛り上がっていくのを、蚊帳の外で見ていたレイが止める。全く知らない単語が羅列していて、右から左へと抜けるだけ。流石にそれでは良くない、と言うか聞いた意味が無い。せめて事前に知識を入れておけば、少しはわかっただろうな、とレイは僅かに後悔する。

 それに気付いたシキとユキは、レイに説明をすることにする。

「あ、ごめんね」

「済まない、先ずは説明をするか」

「おう、頼んだ」

「マリアージュは組み合わせのこと。特に相性の良いものだ」

「シキ兄の言うプロフィトロールは、シュー・ア・ラ・クレームだよ。一口サイズなだけでね」

「ふむふむ……」

 何となくはわかったらしいレイ。果たして本当に理解できたか、傍目から見ても本人も微妙だが。

「お待たせしました、皆さん」

 そこで丁度頼んでいた物が届き、トワがそれぞれテーブルに置く。

「では、ごゆっくり」

 トワが去って行く中、三人は思い思いに飲み物を飲む。

 シキはカクテル・グラスを片手に、その味を堪能している。グレナディン・シロップの原料、柘榴の独特の味と糖の甘味に加え、レモンジュースによる酸味や苦味、そしてドライ・ジンのアルコール。よく泡立てられた卵白は、滑らかな口当たりに繋がる。それらの上に飾られたミントは、爽やかな香りを演出している。クローバー・クラブではなく、クローバー・リーフも悪くない、と感じた。

 レイは熱いのを我慢して一口、口に含んだ。フレンチローストでは、苦味などが強調される。だがシティーローストでは、酸味なども活きてくるのだ。特にマンデリンは、柑橘類のような酸味。それ故に味に奥行きが増し、爽やかさも加わる。フレンチローストとは、また違った良さだった。

 ユキは先ずはそのまま飲む。均整の取れた風味、と表現するのが適当だろうか。何かしら突出した味は無いが、味として弱くはない。渋味がしつこくないため、柔らかくはありながらも、強い風味を感じられる。一息を吐いて、ユキは誰にともなく言う。

「やっぱりディンブラは安定かな。ダストワンは久々だけど」

「まじか。てかそのダストワンって何?」

「紅茶のグレードだよ。揉捻時に細かくなったやつとかで、別に質が悪いわけじゃないんだ」

「へー、紅茶も結構奥が深いんだな。オレはよく珈琲飲んでるけど、豆の種類と挽き方で頭が限界……」

「結構色々あるもんね、珈琲でも紅茶でもさ。それでもシキ兄のカクテルよりは……」

「そうか?別にそこまで難しくないぞ?」

「いやいやいやいや、わけわかんなくなるだろ!名前とレシピが一致しないとか、レシピごっちゃになるとか、少なくともオレには無理だぜ?」

「ボクも流石に覚えられないかな。カクテルは種類が多すぎるんだよ」

 ユキの一言がきっかけで、このような他愛ない会話をする。

「このまま話してても良いけどさ、そろそろどのお菓子を作るかとか、話し合わない?」

 レイの一言に二人が首肯し、本格的に話し合うことに。

「俺はプロフィトロールが良いと思う。パート・ア・シューさえ作れば、後はアレンジも簡単だしな」

「ボクは王道で、ショートケーキかな。まあシフォンとかでも良いけど」

 二人はレイの方を向き、言葉を待つ。正確には、無言の圧力でどちらか選択させる。

 これはオレが何かを言わないと、全く先に進まないパターンだな、とそれを感じたレイは思う。それでも残念なことに、レイには決断するための知識が、それはもう圧倒的に不足している。その自覚も十二分にあるレイは、やはり二人に委ねたかった。

「オレは二人に任せるよ?よくわかんないし」

「いや、このままだと埒が明かない」

「そうそう、意見がずれると収拾つかないから」

 別に喧嘩するわけではない、と二人で付け加えながらも、レイに決断を迫る。

「本当にオレが決めて良いんだな?」

 二人は同時に首肯する。

 それを見たレイは、やっぱり二人が決めて、とは言えない。どちらにしようかかなり迷う。ケーキは安定で美味しいし、プロフィトロールも多分美味しい。ケーキなら誕生日祝いに焼けるし、プロフィトロールは配れるし、アレンジも楽らしいし、それぞれ違うだけで、どちらにしても良いだろうし。

 そんな思考を彷徨わせて、少し長めの沈黙を経て、口を開く。

「オレ、プロフィトロール作ってみたい。別にショートケーキとか、作りたくないってわけじゃないぜ?ただ今回は気になった方で、ってことで」

「了解っ!」

「ああ、ケーキは別の機会だな」

 レイが想定していた以上に、すんなりと話が通った。ユキは自分でレイに委ねる、と決めたのだから別に構わない。実質的に自分の決定だし、と思っている。仮にレイがケーキを選んでも、シキも同様に思っただろう。

 因みにシキの別の機会に、という言葉は完全に無意識だ。

「おう、よろしくな!」

 レイは普段以上の笑顔を、二人に向けた。本当なら抱き付きたいところだが、流石に店の中なので自重する。それにシキには近い、とか言われて殴られるだろうし。

「いつにしよっか?ボクはいつでも大丈夫だけど……」

 ユキが忘れる前に、と尋ねる。

 シキは明朝に聖樹の朝露を採取し、ルカに渡せば暫くは暇だ。恐らく当日の夜かその次の日に、ルカが魔導具の調整を終える。その時に差し入れるのも悪くない。とすると、明日の昼頃で丁度良いと思う。

 レイは今後一月程度は予定が無い。そのため別にいつでも大丈夫だし、シキに合わせることにする。

「オレはまーまー暇だから、シキの好きな日にしてくれ」

「そうか。それなら、明日の昼頃で。場所はどうだ?」

 日程は問題無いが、問題は場所。そう思って尋ねると、レイが間髪を入れずに言う。

「二人ともオレの家知ってたっけ?」

 二人とも首を横に振る。

「まじか、じゃーフィーユのギルドに来てくれ」

「フィーユね、わかった。材料はボクたちに任せて」

「助かるぜ。材料用意しろって言われても、正直よくわかんねーし」

 概ね話が纏まったので、後は雑談をすることに。シキの手短に、と言ったのは既に忘れ去れている。最後まで付き合うのは想定内。

「そーいやユキ、さっき言ってたシキのことだけど、何か聞かせてくれよ!」

「ああ、それなら寝てるときに猫耳着けた――」

「おい、それ以上言うな」

 ……話の中身は全く想定外だったが。だからシキは思わず止めてしまい、失敗したと思った。レイの好奇心に拍車を掛けるのは、どう考えても明白だろう。

 そうして案の定、レイが食い付いてくる。

「シキが止めるってことは、そーゆーことだよな?……ダージリンで手を打たないか?」

「ダージリンオータムナルなら」

「おっけー、今度用意する」

 ユキに売られたシキは、どうも出来ないと察した。ユキの好きな紅茶に繋がったので、仕方無いから良しとする。正確には、そう思い込むことにする。

 一際大きく溜息を吐き、追加の注文を提案。

「……はぁ、先に追加注文にしないか?」

「ボクはいいかな。ゆっくり食べてるからね」

「オレもいらねーや。猫舌だから熱いの飲めねー」

 見れば、二人とも確かに残っている。シキは既に飲み干したので、一人だけ頼むことにする。

 シキが店員を呼ぼうとしたところ、それに気付いたトワがやってきた。

「追加の注文は何でしょう?」

 トワがグラスを下げつつ尋ねる。シキはある程度強いカクテルで、取り敢えず気分を誤魔化したい。

「ロングアイランド・アイスティー。取り敢えず二杯頼む」

「……クローバー・リーフが、概ね十七度。そして、ロングアイランド・アイスティー……これは二十度から三十度程度ね。無理はいけませんわ?」

「心配には及ばない。その程度ならな」

「でしたら構いませんが、悪酔いなどせぬように」

 トワが戻り、レイが話を切り出す。

「じゃーユキ、さっきの続きから頼むぜ?」

「寝てるときに猫耳着けて、起きてくるの待ってたんだ。それでボクに声を掛けるときに、噛んだのかなんなのか、にゃっとか言ってた」

 本人の目の前で言うことなのか、とシキは疑問に思いつつ聞き流す。ここで反応をするより賢明だろう。何か僅かでも反応すれば、レイが食い付くに違いない。

 当のレイは普段のシキからは、全く以て想像出来ずに硬直。

 少し長めの沈黙が訪れ、それを砕いたのは男性店員だった。

「お待たせ致しました。ロングアイランド・アイスティーです」

 シキの前に二杯分を置き、一礼して去っていく。

 シキはコリンズ・グラスに口を付け、口内で炭酸の弾ける感触を味わう。紅茶を一滴も使っていないが、紅茶のような味と香りだ。レモンジュースとスライス、シュガー・シロップにより、一口に紅茶とは言っても、その味は甘いレモンティーのよう。そのため非常に飲み口が良く、これで四大スピリッツ――ラム、ウォッカ、テキーラ、ジン――を全て使い、ホワイト・キュラソーも使う、などとは想像に難いだろう。

 シキが考えている間に、流石にレイの硬直が長すぎる、と感じたユキは声を掛ける。

「レイ、大丈夫?」

「ん、ああ、悪い、大丈夫だ。……かわいーなそれ」

 レイはユキの言葉に反応し、先程の話に対して独り言ちる。丁度シキがグラスを置く音で、小声の一言は掻き消されたが。

「ユキ、他にもなんかあるっしょ?めっちゃ気になる」

「じゃあ、こんな話はどうかな……」

 レイの言葉にユキが返し、それは暫く終わらなかった。その間のシキはと言うと、二人の話を完全に聞き流して、様々なカクテルを注文。例えばカミカゼ、アイリッシュ・コーヒー・デラックス、アレクサンダーだ。その他多くの種類を飲んでいた。

「……お、暗くなってきたな。そろそろお開きにすっか。てか予約の時間が終わる」

「そうだね。そろそろ帰ろうか」

「……レイ、勘定は任せたからな」

「ん、おっけー」

 そこから概ね一時間後、漸く話が終わった。そして男性店員がやって来て、代金を告げる。

「レイ様。金貨五七枚、頂戴致します」

「シキどんだけ飲んだんだよっ!別にいーけどさ?」

 レイはその金額に驚いたものの、銭袋から五七枚の金貨を出す。

「それでは、丁度頂きます。又のご予約をお待ちしております」

 三人は店を出る。

「じゃーまた明日、フィーユで待ってんな」

「ああ、明日な」

「楽しみにしとくよ!」

 レイはギルドの方へ向かい、シキとユキはオラクル神殿へ。いつものように聖樹に祈りを捧げ、家へ戻る。

 玄関に置いてあった荷物を、それぞれ部屋に運んでいく。そして明日の準備に、プロフィトロールの材料を確認。

「パート・ア・シューって鶏卵、小麦粉、バターで大丈夫だっけ?」

「そうだな。鶏卵は卵白用の分も必要だ」

「うん、大丈夫。全部揃ってるよ」

「そうか、良かった」

 明日のレイとの約束は問題無い。

 二人は今日は早く寝て、明日に備えることにした。聖樹の朝露を採取するためには、早く起きねばならないのだ。そう言うわけで、シキは部屋に戻る。

「はぁ……疲れたな。取り敢えず寝るか」

 布団に潜り、目を閉じる。

「いや、その前に風呂だな」

 そう思い直したシキは、階下の風呂場に向かった。直ぐに身体と服を洗う。服は絞り、吊り干しにしておく。後々髪が傷んだり、身体に悪影響が出たりしないよう、丁寧に。且つ、早く眠るために急いで。

 結果、二十分しない内に床に戻り、眠りに就いた。

 一方ユキは、トリュフを食べて寝よう、と袋を取り出した。

「うん、美味しそう」

 一つを口に含むと、薄く硬いビターチョコレート、その被膜の内側にはガナッシュ。それもミントチョコレート味の。ビターの苦味と、ミントの爽やかさが合う。ユキはミントチョコレート好き、と言うのもあり密かに喜んだ。

「美味しい。今度真似してみようかな」

 四つ全てを食べきり、作り方をゆっくり思案する。

 シキが風呂場から出たのを見て、ユキも身を清めることに。

「まあ今日はちょっと時短で……いっか、大丈夫だよね」

 時間を掛けずに風呂を済ませ、ユキも直ぐに眠りに就いた。

携帯がバグって書きにくい涼音です。

体調不良で動くのが辛い時期が一週間程あって、自分の想定通りに進んでいません。更新はもっと早くしたかったのですが、出来ずに申し訳ありませんでした。

今回も次回も物語は大きく動きません。四幕からはそれなりに動かしたいと思っています。

因みにどうでも良いですが今回でてる珈琲やら紅茶やらは、涼音の趣味です。プロフィトロールは昔ですが、シュー生地買って作ったので、今度は生地から焼いて作りたいです。

追記:前回幕間を作ると言いましたが、諸事情(携帯破損によるデータ消失etc.)により三幕を先にします。すみません。

幕の中に入れられそうな気もするので、幕間という扱いにするかは流動的にしたいと思います。


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