七重奏 二幕《前》
翌日。
昼頃にシキとユキは、ルカの工房に向かった。
「あ、来てくれたんだね」
ルカが二人に気付き、函を持ってくる。二人に手渡し、開けてみて、と一粲に供する。
ユキに渡された函には、深紅のアンクレットが一対。刻まれた銘は、魔導翅ヴァン。
曰く、立体機動戦闘用の省エネ魔導具。
シキが渡された函には、深紅のブレスレットが一対。刻まれた銘は、魔導鏡ラクト。
曰く、多重共鳴干渉用の戦略的魔導具。
二人はその出来に、思わず息を呑む。滑らかな曲線型のそれらは、精緻な幾何学模様が彫られ、一見すると芸術作品のよう。
「普段から着けてもお洒落でしょ?」
二人は首肯する。シキは両腕にブレスレットを、ユキは両脚にアンクレットを装備。着け心地も悪くない。
「うん、ぴったり合う。ありがとう!」
「そうだな。礼を言う」
「お気に召したようで何より。取り敢えず説明だけしておくと、ヴァンはわたしのアンゼと同じ、飛行用の魔導具だよ。ただ、翅は切断力高いから、自分を切らないよう気を付けてね」
「ってことは武器にもなる感じ?」
「そうだよ。上手く使えばステルスと同等か、それ以上になるかも。魔力量で速度は変えられるから、適当に使って。最高速は測ってないけど、光速は超えられる……まあ、普通なら無理だろうけど」
「へー……先ずは練習して、慣れないとだね」
ユキは嬉々として、戦闘プランを考え出す。
「ラクトは結構機能多いんだけど、一気に言っちゃって平気?」
「問題ない。続けてくれ」
「じゃあ一つ目、累ノ鑑は鏡映の効果。二つ目、望ノ鑑は干渉の効果。三つ目、反ノ鑑は翻転の効果。四つ目、虚ノ鑑は霧散の効果。五つ目、併ノ鑑は融和の効果。六つ目、顕ノ鑑は創始の効果。最後に七つ目、密ノ鑑は復元の効果。使えば、全部分かると思うよ」
シキは頷き、ラクトに目を落とす。
「一応闘技場は取ってあるけど、どうする?」
思案する二人を見たルカは、苦笑しながら伝える。
ルカの言う闘技場とは、練習用の《 夢見の闘技場》のこと。夢見の名に違わず、その中で受けた傷も、消費した魔力や媒体も再生される。――但し、表面上は。
代償の無い事物など有り得ない。その代償として、傷は脳や精神に蓄積されていく。無論、ある程度の傷であれば、休養で全快する。だが、短い期間に頻繁に出入りしたり、一度でも致死傷を受けたりすると、精神障害や脳障害を患う。
その上、一人しか入れず、他者のサポートが受けられない。二人が同時に使用する時は、別の多重空間に送られる。加えて、どんな敵が出るかは予測不可能。更に、一群が現れれば、全てを殲滅しないと出られない。早い話が制約の塊だ。但し、致命傷を受ければ――その時には手遅れだが――、闘技場の外に強制送還される。
だからこそ、上手く使えば非常に有用な反面、下手に使えばかなりの危険物。故にギルドが管理し、濫用されるのを防いでいる。
「助かる。早速使ってみるか」
シキはテレポーターへ向かい、ユキもその後に続く。
「「転移・《夢見の闘技場》」」
二人で同時に言い、刹那、視線を絡める。魔力を親和させたところで、闘技場内では初期化されるため。光柱に包まれ、それぞれ闘技場に入る。
光柱が消えたと同時に、シキの多量の魔物が現れる。最初は、機動力に優れた狼――スティール・ウルフ。外観こそ狼だが、体表は鋼のように硬く、傷は付きにくい。従って速度により、防御力を攻撃力に出来る。気性も非常に荒く、連携攻撃を行う狡猾さも、持ち合わせていた。
数頭が唸り声を上げ、シキに跳びかかってくる。
「式神結界《颶風》」
シキは突進を身を捩って躱し、ラウンド・ブリリアントカットの、緋色の結晶を抛り投げる。同時に左右からの挟撃は、バックステップで躱す。結晶が砕け、結界を模っていく。
複雑な空間図形の中に、颶風が吹き荒ぶ。それに留まらず、圧縮空気塊や圧縮空気の刃も存在。結界外にいるシキの髪ですら、激しく靡く程の強さだ。これにはスティール・ウルフも、ダメージはないが僅かにたじろぎ、シキはその隙に結界に照準を絞る。
「魔導鏡ラクト、累ノ鑑」
ラクトは紅く発光し、結界を鏡映する。威力も同等と言って差し支えない、鏡映しの魔法を生成する技術。シキが鏡映結界を配置しよう、と思うだけで新たな結界が生成される。
「ラクト、望ノ鑑だ」
魔法に干渉することで、その結界の範囲も自在に操れる。
「成る程。これは面白い」
珍しく好戦的な笑みを浮かべ、指を鳴らす。より無秩序な颶風が吹き荒び、スティール・ウルフの機動力をして、シキに近付けない。最早シキの存在範囲以外は、圧縮空気が猛威を振るっている。
「こんなことも出来るか……?」
シキはスティール・ウルフを見据え、その体内に鏡映結界を設置する。幾ら体表が硬くとも、体内はその限りではない。体内が颶風に蹂躙され、見る見る内に身体が膨らんでいく。
――刹那、スティール・ウルフは破裂。肉塊が飛び、絶命する。
シキは結界を解除し、颶風が嘘のように凪ぐ。
間髪を入れず、今度は毒を吐く兎――ヴェノム・ラビットが出現。的が小さく小刻みに動くため、攻撃が当たらない。ヴェノム・ラビットの毒は、基本的には糜爛性――触れた皮膚や、呼吸器を焼け爛れさせ、酷い場合は死に至る毒――。
ヴェノム・ラビットは、シキに毒を吐き出す。
「召喚・メディア」
例によってメディアに解毒を任せ、遠距離からの毒を封じる。これで毒を含んだ体液は、恐るるに足らず。ヴェノム・ラビットは、毒を吐くのを止め、透明化状態になる。シキに気取られぬよう、自らの攻撃で毒を流し込むためだ。だが、透明化というのはその実、純然魔法の一種。霧散は魔法に干渉し、無の状態に戻す。それなら、霧散で対応すれば良い。そう考えたシキは、ラクトに魔力を一気に込める。
「ラクト、虚ノ鑑」
途端に魔法が霧散し、ヴェノム・ラビットが見える。それらは足元に集り、あわや噛まれたり、引っ掻かれたりするところだった。意趣返し――リスクマネジメントも含んで――ということで、シキも透明化で対抗する。透明化とは、極僅かな時間しか保たないものの、一時的に全てを回避出来る優れ物。
「流転《透過》」
ヴェノム・ラビットが、見失ったシキの代わりに、メディアに向かい始める。透明化したシキは、漆黒の球体を抛り、ラクトの望ノ鑑を起動した。
「式神結界《重力》」
球体が膨張した体積は、一言で形容するなら異常。闘技場が概ね満たされる程だ。
ラクトは、結界の膨張や圧縮は出来たし、霧散も問題ない。それに、魔法の融和や創始も可能だという。従って、魔法と魔導具を使い分ければ、戦略の幅がかなり広がるのだ。練習しないわけにはいかない。
「さて、取り敢えず処理するか」
思考を一時停止させ、シキの周囲の重力を強めた。これでヴェノム・ラビットの足を抑え、近距離での攻撃を封じる。
この魔法は、加重も軽減も可能だ。シキはそれを利用し、自身の座標に別に作ることで、無重力状態にして滞空している。そうした上で鏡映結界を重ね、結界内の重力を強くしていく。直ぐにヴェノム・ラビットは、原形を留めない肉塊と化した。
「しかし思いの外、魔力消耗が激しいな……」
ラクトの性能試験とは言え、流石に使いすぎた、と反省するシキ。だがこれで、ある程度勝手が把握出来た。残存魔力と照らし合わせると、そこまで長居は出来ない。
そこまで考えたところで、アルラウネが出現。人間を食して生命維持をしている、花弁を纏った女性型の魔物。今回は六茎の蔓を携えている。不敵に嗤う姿は、見る者を戦慄かせるという。
開幕速攻、蔓を鞭のようにして打ち付ける。シキはサイドステップで躱し、八柱の人型の式神を投げ返す。
「式神射法《凍結》・兎」
アルラウネは蕾を幾重にも重ね、守備力を高めていく。
「反ノ鑑」
シキはラクトを使い、元の兎座の形状と対照的な、もう一つの擬似砲台を生成。オリジナルは凍て付く光線だが、翻転砲台は焼き焦がす熱線を放つ。鏡映魔法に干渉し、その性質を反転させる技術、翻転。その低温と高温の差で、蕾は容易く壊れていく。
アルラウネは瞬時に花弁を脱ぎ、空中から種を蒔き散らす。
「顕現・レーヴァテイン」
黄金色のマシンガンを喚び、種を打ち砕いていく。僅かな討ち漏らしが、マンドラゴラとして急速に生長。アルラウネが地面に降り立ち、マンドラゴラを引き抜こうとする。
マンドラゴラを引き抜かれれば、その絶叫で死ぬ。仮に運良く死なずとも、魔力も体力も根刮ぎ奪われる。そうなるわけにはいかないシキは、レーヴァテインをダガーに変え、アルラウネに投擲。アルラウネは跳び退り、二茎の蔓を打つ。シキは双方からの挟撃に、レーヴァテインを喚び戻し、蔓を切り落とす。直ぐに蔓は修復され、その刹那に間合いが途切れた。
「式神結界《焼却》」
レーヴァテインを一時的に還し、ペアシェイプ・ブリリアントカットの、藍色の結晶を抛り投げる。深紅の炎の結界は地中にも及び、マンドラゴラを全て焼き払った。
アルラウネは蔓を壁面に絡み付け、闘技場の天井に退避。そこから花吹雪を散らす。シキに向かって高速で飛んでくる、美しい弾幕。躱しきれない分が、シキの皮膚を刻む。それでも避け続け、暫くの後に出血に気付く。
「躱しきれないとは思っていたが、ここまで切れていたとは……」
インスタント・マジックサークルを、数瞬の内に作り上げるシキ。
「魔法陣・肆玖《鏡映しの現身》」
魔法陣の中から、シキと瓜二つの分身が現れる。意思疎通は無言。分身が花吹雪を処理し、本体は回避と魔力回復をする。この僅かな間にも、着々と傷は増えていく。
二手に分かれ、花吹雪を――それを操作するアルラウネを――惑わせる。花吹雪が双方に散り、透き間が大きくなったことで、幾分か回避もやり易くなった。
「光焔《噴火》」
シキが回避し続けている間に、分身が魔法を放つ。地面から溶岩が噴き出し、花吹雪を残らず焼き尽くす。アルラウネは蔓を駆使して、縦横無尽に飛び回る。飛来する溶岩も何とも無く躱し、その様は空中での舞踊のようだ。
しかし、溶岩はシキには触れない。魔法に情報を与えると、より精緻に対象を選択したり、設置することで罠として扱ったり、多様な用途で使用出来る。シキは自身の傷――殆どが浅いものの、傷自体は多い――をゆっくりと眺め、回復は不要と判断。原形を留めていない服を捨て、上半身が露わになる。その皮膚の白色は、直ぐに血液の暗赤色で染まった。
その数瞬後に溶岩が消え、同時にアルラウネが降り立った。爪先で二回、地面を突く。地面から荊が生え、シキに襲い掛かってくる。既に分身には見向きもしない。それもその筈、分身は無傷だから。
シキは一時的に還していた、変幻自在のレーヴァテインを、双頭剣の形状で喚び戻す。ラクトに多量の魔力を流しながら、二振に分解した双頭剣で、荊を切り裂いていく。分身の方には、荊は襲い掛かっていないため、気配を殺してアルラウネに近付く。
「式神射法《酸性水》・彫刻具」
四柱の人型の式神を、掌上から飛ばす。彫刻具座の形状に拡散し、擬似砲台が零距離で放つ強酸が、アルラウネを焼き溶かしていく。アルラウネの蔓は四茎が焼け落ち、アルラウネ自身も無傷ではない。無事な二茎を使い、即座に空中に退避する。
「残りは創始と融和、復元……取り敢えず創始だな。ラクト、顕ノ鑑」
無に干渉し魔法を生み出す、霧散と対を成している技術。それは霜を降らし、アルラウネを襲う。空中では上手く回避出来ず、身体が凍結していく。
「光焔《火炎地獄》」
「式神射法《烈風》・狼」
アルラウネが制御を失い、闘技場の端に墜落。シキは九柱の式神を投げ、分身はアルラウネ全体を覆う、紅の炎を生む。
「併ノ鑑」
ラクトにシキの現在持つ、殆ど全ての魔力を流し、魔法同士を混ぜ合わせる。融和の相性は単純ではない。火は強風で消える、土に電気は流れない、という一般論よりは、風が火を煽り強力な火になる、土に帯電させた金属を含ませる、というように――ある種強引ではあるが――魔法を強化する。
例えば今回は、竜巻のような烈風が炎を煽り、その勢力が益々大きくなっていく。結果出来たものは、その見た目を一言で形容するなら、紅蓮の竜巻。
「チェックメイトだ」
シキが指を鳴らすと、より強く熱風が吹き荒び、アルラウネは刹那に灰と化す。
既に血塗れのシキは、これ以上の戦闘続行は危険と判断。分身が空に溶けるように消え、シキは次の敵が出ない内に、急いで闘技場を後にした。
「おかえり。ラクトはどうだった?」
テレポーター付近にいたルカが、シキに気付いて言う。
「全体的に使い易い。消費魔力を落とせれば、より良くなると思う」
「そうなんだよね。一応出来る限りは落としたけど……」
「何か触媒でも追加して、消費魔力を抑えられないか?」
「うーん……わたしの手元には無いんだけど、最適なのは聖樹の露かな」
「それなら用意出来る」
「じゃあ、ユキくんが戻ってきたらね。それまでは工房で寛いでて良いよ。思ったより派手にやられてたし、休んだ方が少しは楽でしょ?」
「ああ、済まないな」
「わたしはユキくんを待ってるから、戻ってきたら伝えるよ」
シキは首肯し、ルカの工房に向かう。アルラウネ戦の傷が祟り、軽い頭痛がしている。差し当たっては身体を休め、頭痛を治さねばならない。シキは少しだけ、仮眠を取ることにした。
――少し遡って、ユキが闘技場に入ってからのこと。
「どんな子が来るのかな?」
楽しそうに言い、目を開く。その視界には、大蛇が数匹。動きが異常に速いその蛇は、ソニック・パイソンと呼ばれる。
「……ボク、蛇苦手なんだけどなぁ」
嘆息しつつも、ヴァンに多量の魔力を流し続ける。ブレイドトンファーを持ち、ヴァンを起動させる。
「魔導翅ヴァン、飛ばしていくよ」
一気に加速し、速度は既に音速と同等になる。アンクレットから、純白と漆黒の翅が作られる。その翅はユキの脚の外側に付き、伸縮自在である。
「うわ、速っ……制御上手くしないとね」
ユキに同じく音速で向かってくる、ソニック・パイソン。それをアクロバティックな動きで、華麗に回避していく。それはまるで演舞のように。
「もうちょっと加速かな……」
ユキは流し込む魔力量を、二倍近くした。その速度はマッハ十。指数関数的な加速を見せ、急降下したかと思えば、天井付近で旋回している。
ソニック・パイソンは、急降下した刹那に、一匹残らず死して消滅。ブレイドトンファーと、ヴァンの翅の伸縮を使って、瞬時に刻んだのだ。
続いてハルピュイアが現れ、ユキに向かって羽搏く。暴風がユキを蹂躙する前に、ハルピュイアを三体討ち、地面に静かに降り立つ。
「磅礴《吹雪》」
二つ以上の純然魔法を混ぜる、混成魔法。ハルピュイアを蹂躙し、残りは二体に。ヴァンに流し続けていた魔力で、急激に加速する。その瞬間最高速度、マッハ四七。ユキは回転し、ヴァンの翅を伸ばす。ハルピュイアはヴァンに寸断され、音も無く消える。
しかしその勢いのまま、闘技場の天井に激突。塵埃が舞い、闘技場を満たす。
「はぁ……闘技場狭いなぁ」
ユキは嘆息し、されど痛みなど無いように見える。口を尖らせる余裕すらある。
塵埃が収まると、鋼鉄の鎧に包まれた巨大な騎士、ガーディアンが現れる。と言っても中身は無く、鎧のみが動いている。それ故か、愚直に戦うだけ。
天井付近に浮くユキを目掛け、幅広の大剣を振り下ろす。動きは遅くはないが、驚異的な速度ではない。ユキは敢えて横の壁に飛び、それを蹴って急加速。概ねマッハ七十の速度で、大剣を横から砕こうとする。
だが、非常に大きな金属音を――或いは衝撃波も――響かせ、ブレイドトンファーが崩壊。
「……嘘でしょ……?」
基本的に楽観的なユキをして、呆然。二の句が継げない。別にトンファーが壊れた、ということに驚いたのではない。それ程の衝撃でも、傷一つ付いていない大剣。微動だにしないガーディアンに、思考を停止させられた。
鋼鉄だけでは、絶対に有り得ない強度。魔力での強化、或いは高性能魔導具そのものか。そうなると、光速――マッハ八八万、即ち音速の八八万倍――でも傷付かない気がする。ユキはヴァンから意識を離し、思考に没頭してしまう。地面に、無防備に立ってしまう。
その刹那の隙を、ガーディアンは見逃さない。ガーディアンが闘技場全体を薙ぐ。ユキは焦ってヴァンを起動し、飛び退る。亜音速程度の遅さで。
ユキ自身は無事なものの、ローブが布切れと化した。
「危なかった……これ、邪魔だな」
それでも何とも無いように、破れたローブを捨てる。
ガーディアンの大剣は、油断しなければ避けるのは簡単。ユキは音速で回避を続け、ガーディアンの対策を考える。魔力消費は殆ど無いが、活路の一つも無い。何となくでも思い付いた順番に、取り敢えず試す。
先ずはヴァンの翅での攻撃。破損という概念が無ければ、上手くいくかもしれない。
マッハ百の速度で、ヴァンの翅を当てる。だが、全く傷が付かず、無意味に終わった。
舌打ちしながらも、次はユキの得意とする魔法で、様子を見てみる。
「光焔《熔融界》」
超高温の青の世界に包まれるも、液体化すらしないガーディアン。大剣を振り回し、ユキはそれを回避する。考えても考えても、思考が全く働かない。回避し続けるだけで、何にもならない時間に、ユキは苛立っていた。それでも自棄にならないように、正確に回避し続ける。
「あ!詠唱試してなかった!」
その後ユキは長時間考えた末、詠唱魔法に賭けることにした。音速で飛行しながら静かに詠う。
「民の億分の一に満たぬ祈りを、捧げましょう
神の億分の一に満たぬ奇跡を、現しましょう
幾多の煌めき途絶えして、降れ、降れ、綺羅星
嗚呼、此の願いを聞き届けしは、服わぬ神なりや
降る綺羅星の禍禍しきことよ」
美しく、丁寧に、繊細に詠うのは、詠唱魔法《流星》。五節から成る詠唱魔法でも、その難度は高い。
ガーディアンの攻撃を避けつつ、それを容易く完成させる。刹那、ガーディアンに星が一条降る。直撃は流石に堪えかねたか、ガーディアンも僅かにたじろぐ。それを見たユキは空かさず、詠い続けていく。
「民の全ての痛みを、苦しみを代わりましょう
現世の民が等しく幸に溢るるように
民の全ての祈りを、願いを捧げましょう
神の贄として、此の身全てを捧ぐために
神の與うる幾多の奇跡を、僅かであれど現しましょう
現世の憂いを、僅かであれど払えるように
幾多の星よ散り積もらん
幾多の煌めき途絶えして、降れ、降れ、綺羅星
幾多の赫き失われ、注げ、注げ、綺羅星よ
此の願いを捧げしは、服わぬ民なりや
此の願いを聞き届けしは、服わぬ神なりや
降り注ぐ綺羅星の禍禍しきことよ
空は虚ろに、地は廃す
人は惑いて、魂は失す
嗚呼、此は誠に、現し身の願いかや」
完成させたのは、十五節詠唱魔法《流星群》。《万聖節》という埒外を除けば、詠唱魔法では驚異的な難度だ。これはシキがトランスで多く使う、言わば十八番の魔法。
先程と同様に、今度は数え切れぬ星々が降り注ぐ。こうして一気呵成に攻め立てる。
漸く大剣を振り上げたと同時に、流星が直撃。幾度と無く降る星が、偶然にも兜に直撃した。
「あー……そういうことだったのか」
上空にいたユキには、鎧の内側の核が見える。
流星群が止み、ガーディアンが暴れ出す。大剣を力任せに振り乱し、牽制しつつ兜を取りに行く。
「行かせないよっ!」
ガーディアンはユキの三倍程の大きさ。ユキはヴァンに魔力を流し込み、鎧の中へ滑り込む。
「光焔《炎槍》」
鎧の内側の発光している部分に、炎を大量に打ち込む。
「ヴァンに魔法付与出来るように、改良してもらった方が良いかも」
そう独り言ちたユキは、一度鎧の中から退避する。回転しつつ退避し、ヴァンの翅で攻撃もする。全くの無傷だったが。
これだけ撃っても傷が付かないし、このまま兜を被られたくない。攻撃の度に熱や冷気が籠り、自分にもダメージがあるためだ。
「顕現・フリークダイヤモンド」
相手を殺し、自らも半分死ぬと言われる、至高の魔剣。シキの持つレーヴァテイン同様、形状変化が出来る。今回は短剣の形状で喚んだ。
「じゃあ、ラストオーダーってことで」
兜を被っているガーディアンに、笑みを浮かべて投げ付ける。短剣が触れた刹那、ガーディアンは徐に動きを止めた。ユキにはその代償として、命を削る激しい痛みが奔る。それでも笑顔のまま。
「さて、取り敢えずは抜けますか」
ユキは直ぐに闘技場を後にした。
「おかえり、ヴァンはどうだった?」
「思いの外速くて焦ったけど、良い感じ。ただ、翅に魔法を組み込めると、もっと良くなると思う」
「それなら追加できるかな。魔結晶のストックはあるし」
ルカは工房に向かい、シキを呼ぶ。
「シキくん、ユキくん戻ってきたよ」
「直ぐ行く」
シキは本当に直ぐ出て来る。
「聖樹の露はいつ持ってくれば良い?用意は明日にでも出来るが」
「じゃあ明日、用意出来たらで」
シキは首肯する。
工房に戻ったルカは、魔結晶を置いてある場所を見る。そこには見当たらず、工房内の他の場所も捜す。
「あれ?無いなぁ……保管庫から持ってくれば良かった」
ルカは暫く捜したが、全く見当たらない。取り敢えずユキに謝ることにして、ロビーへ行く。
一足先に戻ってきたシキは、ユキに闘技場でのことを尋ねる。
「ユキ、おかえり。どうだった?」
「ガーディアンが堅かったよ……最初からフリーク使えば楽だった。あれどうしたら良いんだろう?」
「それなら核目掛けて、ディスペル系の魔法で終わるぞ」
「あ、ディスペル効くんだ。ってことは、あれやっぱり魔導具的なやつ?」
「そうだな。自立思考型邪法魔導具守護様式。ガーディアンの別名がこれだ」
「長っ……取り敢えず魔導具っぽいのは、ディスペル系って覚えとこ。シキ兄は?」
「アルラウネが厄介だった。小賢しい攻撃が多い」
「確かに。あ、ルカさんも戻ってきた」
戻ってきたルカを見て、ユキが言う。
「ごめんユキくん、魔結晶保管庫に置いてあるっぽい。明日で大丈夫?」
「大丈夫!」
「ありがとう。明日は調整のためにもう一回、ここに来てもらうってことで。じゃあね!」
ルカは二人の返答を待たずに、ギルドの外に出て行った。
色々あった涼音です。
微妙な位置で止まってるのは仕様です。一応一話10000文字程度にしようと思っているので…… 次回、日常シーン(苦手なやつ)に挑戦する予定です。一応二幕を終わらせた後、設定をたらたら綴っていく幕間を作ろうと思っています。
登場人物紹介、魔法紹介などをやっていきます。
是非、温かい目で見て頂けると嬉しいです!
追記:こちらも少し差し換えました。どうしてもミスが一つは残ってしまうので、もっと気を付けます……