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七重奏 一幕

 街を歩く少年が二人。

 一人は肩甲骨程度まで伸ばした、セミロングのポニーテールに、桃色と水色のオッドアイが印象的。その眼光の鋭さからは、怜悧さを感じられる。

 もう一人は腿の上まで伸ばした、ロングストレートに、可愛らしい笑顔が印象的。

 少年は二人とも、端正な顔立ちである。また、皮膚や頭髪が極端に白い。端的に言えば、アルビノ体質だ。

 和気藹々と話す姿は、二人の仲の良さを窺わせる。

「シキ兄、今日はどうする?」

 オッドアイの少年――シキの黒色のローブを軽く引き、もう一人の少年が尋ねる。

「そうだな……ユキはどうしたい?」

 シキは問い返す。ユキと呼ばれた少年は、少し考える素振りをして、思い付いたままに答える。

「ここ二、三日は討伐系依頼やってないし、そろそろやりたいかな!」

「わかった」

 取り敢えず、ギルドの掲示板を見ることにする。賑やかな市場を横目に、グロリアの街の中心部に向かっていく。と言うのも、グロリアは円形の街で、中心部にセフィロトの森がある。ギルドはその森を囲うように、建てられているためだ。

 因みに、市場に売られている物は、お菓子や軽食、雑貨やアクセサリーなど多岐に亘る。色取り取りの屋台が並び、客寄せの声が響く。

「あ、金平糖美味しそうだね。買ってきて良い?」

「それなら俺も買っておくか。最近、魔法理論の勉強で疲れてるしな」

 橙色を基調にした、可愛らしい露店に向かう。快活な女性が二人に目を留め、話し掛けてくる。

「いらっしゃい。何かお気に召すものはあるかしら?」

「うーん……お姉さんのお薦めは?」

「そうね、私はこれなんか好きだけど」

 そう言って彼女が手に取ったのは、白色の中に桃色や橙色、黄緑色などが一粒ずつ見える、金平糖の詰め込まれた袋。色味が主張し過ぎず、かと言って無彩色でも無い。色彩のアクセントで、視覚的にも楽しめる一品だ。

「じゃあ、それにします」

「俺も同じものを一つ」

「それなら、お代は銀貨一枚よ」

 シキは懐から銭袋を取り出し、銀貨一枚を手渡す。

「うん、確かに。これはサービスにしておくわ」

 女性店員は金平糖の袋と、猫の編み包みを手渡す。

「仲の良い恋人っぽいから、ぴったりだと思うの」

 そんな余計な一言を添えて。

 ユキは、傍目に見れば女子に見える、と言われたのを思い出し、自分たちを冷静に見てみる。自慢では無いが、それなりに可愛い自分と、格好良い兄。人の往来が多いから、逸れないよう、手を繋いでいる。

「ふふっ、そう見えます?」

 ユキは意外といけるかも、と便乗してみた。言葉だけでなく腕を組んで、軽く身体を預けてくる。

 シキはこの所為で、誤解が解けない気がしている。伝えるべきか、受け流しておくべきか。別に双子だと知れていないなら、そんなに問題は無いと思い、誤解を解くのは諦める。別に嫌ではないから。

「ええ、また二人で来てくれると嬉しいわ」

「じゃあまた今度、見掛けたら寄るね!」

 ユキは女性店員に手を振り、シキを引っ張って進む。シキに介入の余地は与えない。恋人ではないけど、それに近い程度の好意はある。まあ、少し浮かれても良いよね。そう思ったユキは、頬が緩むのを抑えられなかった。その顔を見られたくないから、下を向きながら歩く。

 先程の露店があったのは、市場の末端部分。そこから先は、人通りはそう多くない。若干長い殺風景な道を、前方に見える聖樹セフィロト――或いは、生命の樹セフィロト――を目指して歩く。

 因みに、セフィロトの樹は通称であり、真名を知る者はいない。

「ユキ、着いたぞ」

 ユキが顔を上げると、ギルドの前だった。

「あ、ほんとだ。何がいいかなー?」

 依頼を物色しようと、掲示板に目を向ける。

 そこに、一人の女性が走ってくる。緊急、と書かれた依頼紙を持っている。

「あら、《預言者(オラクル)》のお二人さん。依頼は決めてらっしゃいますか?」

「いや、まだだけど……」

「それなら丁度良い。こちらは緊急依頼です。是非一度、目を通して下さい」

 差し出された紙に、目を通す二人。曰く、『魔物討伐依頼です。セレニアの、セイレーンの海に、ミストタイプの魔物が出没しました。恐らくディスペル種、トレーサーと見られます。街に被害が出ない内に、共闘をお願いします。ルカ・ファータ』だそうだ。

 二人で顔を見合わせ、首肯する。

「助かります。緊急且つ難敵ですので、腕の立つ方でないと困りますもの」

 女性が礼を言い、ギルドの中へ入っていく。二人は彼女を追い、カウンターへ向かう。

 彫刻やシャンデリアなど、絢爛豪華なものは無いが、木目調の洗練された内装。時折、桃色の薔薇を挿した花瓶が、色彩的にも、素材的にもアクセントとして良い。

「どうぞ、依頼票です。テレポーターは開いておきました」

 依頼票には、依頼種と場所などの概要、依頼者の名前、そして請負人のサイン欄がある。

 二人はそれぞれサインをし、カウンターに出す。

「確かに。では、ご武運を祈りますわ」

 確認印を押され、依頼票を返される。自身の準備の確認をして、テレポーターへ向かう二人。

「転移、セレニア」

 シキの言葉と共に、光柱に包まれる。次に目を開くと、セレニアのギルドだった。

 全体的に寒色系で統一され、随所に珊瑚を模した装飾がある。

 カウンターへ向かい、依頼票を渡す。

「はい、確認しました。ルカさんを呼ぶので、少しお待ち下さい」

 少年が依頼票を返し、カウンターの奥へ行く。

「シキ兄、いつも言ってるけど、無理しないでね?」

「ユキこそ気を付けろよ?」

 両手を握り合い、魔力を調和させていく。双子は一般的に、魔力の親和性が高い。二人で調和させることで、一時的に相乗効果が得られ、魔力量の増幅が出来る。

「お待たせしました。ルカさん、こっちです」

 声に反応し、奥から出て来る少女――のように見えるが、既に成人である――。水色のラビットツインテールと、大きなリュックが目を引く。

「ルカです。よろしくね」

「ユキだよ、よろしく」

「シキだ。敵の概要は?」

 簡易な自己紹介を済ませ、本題に入る。

「セレニアには、結界が張ってあるの。だから、トレーサーはディスペル種かな。ミストタイプだから、基本的には物理攻撃も効かない」

「じゃあ、どうすればいい?」

 ルカの言葉に、ユキが尋ねる。

「多分、核があるから、破壊すれば大丈夫だと思う。物理も魔法も、効くかは分からないんだけど……」

「戦闘中に対応するしかないか……」

「そうだね。まあ何とかなるって!」

 事前情報が少ないので、見てみない事には何とも言えない。先ずは、自身の目で確認する必要がある。

 不安がるルカと嘆息するシキ、飽くまで楽観的なユキ。三者三様の態度で、セイレーンの海へ向かう。水色や桃色、黄色と言った、パステルカラーの街並みの中、垣間見える真青が映える。

「こっちだよ、付いてきて」

 ルカが先導し、シキとユキが追従する。住宅や露店が並ぶ方とは、反対側へ向かう。人気の無い静寂の中に、幽かに響く風や波の音。誰が何を言うわけでも無く、向かっていく。

 セレニアのギルドと、セイレーンの海は近くにある。そのため、移動に要した時間は僅かだ。

「あそこに靄っぽいやつが見える?あれがトレーサーなんだ」

 言われて見れば、エメラルドグリーンの水の上に、靄が掛かっている気もする。

「取り敢えず、ディスペルの確認からだな」

 ローブのポケットから、マルキーズ・ブリリアントカットの、橙色の結晶を取り出しつつ、独り言ちるシキ。その結晶型の式神は、周囲の光を反射し、美しく煌めく。

式神結界(フィールド・オブ・)氷柱(アイシクル)》」

 結晶に魔力を込めて、術式を発現させる。

 呼応して掌上から離れた式神は、分裂と拡散を繰り返して漂う。それらは不可視の線で結ばれ、複雑な空間図形を描いていく。

 刹那、結界内に夥しい量の、鋭い氷柱が生成される。

 それは傍目から見れば、芸術作品に見えるだろうか。或いは、捕らえた者を逃さない、氷の檻に見えるだろうか。そう思われる程、精緻な氷柱の集合。

 しかし、トレーサーに触れた刹那、全ての氷柱が掻き消される。式神である結晶の、唯の一欠片でさえ残らない。

 そのトレーサーは、霧のまま漂っている。目立った変化や、反撃などは見られない。

「やっぱりディスペル種だね」

「そうだな。どうしたものか……」

 ユキの言葉に、対策を練りつつシキが同意する。だが、ルカも含め、三人の表情に焦燥は無い。

 人型に切った紙を取り出し、掌で弄ぶシキ。その胸中には、既に幾つものプランがあった。

 例えば、魔法照射の刹那の反撃や、実体化した後の物理攻撃。或いは、概念的な非魔法攻撃。僅かでも可能性があれば、試す価値がある。

「一回わたしもやってみるね」

 ルカがリュックに手を伸ばす。取り出したのは、一挺のハンドガン。

 その間にも、ユキは魔力を練り高め、シキは思考を整理する。

「魔導銃フェイ」

 ルカは魔導具の銘を告げる。次いで魔力を込めると、フェイは淡い光を放ち、弾丸を自動装填していく。

 撃鉄を起こし、即座に引き金を引く。一度ならず、二度三度と。

 撃ち出された弾丸は、白く発光し、トレーサーへ向かっていく。それは相手に当たる――若しくは、破壊されたり、追尾不能の速度を出されたり――までは、追尾可能だ。

 しかし――やはり、というべきか――全ての弾丸は、トレーサーに当たる前に掻き消える。

 トレーサーは未だ、目立った変化は無い。

「うん、魔導具も効かないみたい。攻撃種としては若干違うし、いけるかと思ったんだけど……」

「なら、極僅かにタイミングをずらして、二人で攻撃してみてくれ」

「時間差ね、わかった」

「それなら……この子かな」

 シキの作戦――或いは試験――は、ディスペルが永続かどうか、確認するもの。

 仮にディスペルが永続なら、二人の攻撃は霧散する。

 そうでなければ、ディスペルのラグが生じる。再度纏うにはもう一度、唱えなければならない為だ。その隙を衝けば、理論上は有効打になる。

 ルカはフェイをリュックに仕舞い、別の魔導具を取り出す。

「魔導弓カトル」

 魔導具の銘を告げ、持ち替えた弓が起動する。手中には、いつの間にやら矢が一乗。

 一条を咥え、示指と中指、中指と環指、環指と小指でそれぞれ一条挟み、矢を番える。

 ユキは、威力の低い魔法を選択。魔力を空間に流し、宿る魔力を揺する。ユキの魔力と、その空間の魔力が馴染み、幾分か魔法が使い易くなる。

 両者とも準備は調った。

 ユキが目配せをし、ルカが応じる。

「光焔《炎槍(ブレイズランス)》」

 ユキとルカが、僅かな時間差で放つ。炎が高速で撃ち出され、その後ろを三条の矢が飛んでいく。

 先ずは炎槍がトレーサーに触れる。勿論、魔法は消失。

 続く矢がトレーサーに触れたのは、狙うべき理論値より、少々の誤差があった。然れど、上々。

 だが、矢も消失。

 従って、ディスペルは強固で、発動後のタイムラグは一秒未満か、或いは存在しない。

「うーん……核が見つからない」

 ルカは咥えていた矢と、カトルを仕舞いつつ呟く。シキも同意し、次の作戦を伝える。

「ああ、仕方無い。次はディスペルの限界値だな。ユキ、何でもいいから――」

「大魔法ね、わかった」

 ユキは直ぐに意図を汲み取り、魔力を練り集めていく。

 ここで遂に、トレーサーが、三人の姿を認識した。空間中の魔力の変質に、気が付いたのだろう。

 途端、霧が集い、セイレーンの形にに変化する。それはどれ程の戦闘能力なのか。三人は警戒しつつ、観察を始める。

 セイレーンは徐に手を掲げ、振り下ろす。その動作だけで、三人に向けて雷撃が降る。

式神結界(フィールド・オブ・)反射(リフレクション)》」

 シキは懐から手鏡を取り出し、咄嗟に結界を張る。割れた鏡の破片が三人を囲い、それは幾条もの雷撃を跳ね返す。反射した雷撃でも、セイレーンには効かない。

「長くは保たない。今のうちに退避するぞ」

 シキの言葉に首肯する二人。可能な限り、セイレーンから離れる。だが、セイレーンの海は開けた場所。遮蔽物は全く無く、彼我の距離が遠ざかっただけ。揚げ句の果てには、結界まで消える始末である。

 その数瞬後に雷撃が止み、辛うじて直撃は避けられた状況。三人は胸を撫で下ろす。

 成る程、これは確かに難敵だ、と思うシキ。

 式神のストックはまだあるし、ユキの魔力も潤沢。ルカの魔導具は豊富だろう。だが、長期戦は確実に相手に分がある。出来るだけ早く、活路を見出さなければ。ユキの大魔法の後は、取り敢えず物理を試すか。まだ焦る必要は無い。冷静に考えろ。

 シキは列挙した可能性を精査し、優先順位を付けていく。無論、警戒は怠らず。

 ふと、セイレーンが手を胸元で交差させる。刹那、暗赤に輝く幾十もの輪が現れ、それらが順に炎槍を撃ち出す。

 とは言え、先程取った距離が功を奏し、炎槍が届くまでの間は、それなりの余裕がある。

「わたしに任せて!」

 リュックから大盾を取り出しつつ、ルカが告げる。

「魔導盾ステラ、いくよ!」

 次々と撃ち出される炎槍を、大盾を操作し受け止める――正確に言うなら、受け止めて吸収させる――。右か左か、下か上か。瞬時に判断し、操作し続ける。残りの炎槍が半分近くなり――と言っても五秒も経っていないが――、セイレーンが二十程度の炎槍を、纏めて撃ち出す。

 全方位に乱れ撃たれたそれは、とても大盾一帖では受けきれない。ユキはもう少しで魔力を練り終わる。シキの式神は消耗品。だからルカは、任せて大丈夫と眼で訴える。

 わたしに今できることは、二人のサポートだから。

 その意図を酌み、シキは思考を、ユキは魔力練成を続ける。

 ルカはリュックから小瓶を取り出す。それには、鮮紅色の液体――自身の血液が入っている。蓋を開け、宙に放る。血液は自身の体液。魔法陣を描く材料としては、御し易く非常に優良だ。

「魔法陣・貳捌《怨嗟の隔壁(グラッジウォール)》」

 血液は、魔法陣の完成形を想像すれば、独りでに魔法陣を描いていく。芒星図形の組み合わせは、幾何の中でも非常に複雑。だから想像だけと言えど、そう容易くはない。普段から魔法陣を描く、魔導具製作技師だからこそ、使用に至る魔法である。血液が刹那にして、魔法陣の原型に変わる。

 そこに文字を加えて――勿論、血液を文字の形にするだけだ――魔法陣を完成させる。止め処なく、漆黒が溢れていく。誰かの抑えきれない怨嗟が、空間すら侵蝕するかの如く。漆黒は三人の前に壁を成す。音も無く炎槍を喰らい尽くし、消失する。

 本来、地面などに予め描いておく、完成に時間の掛かる魔法。代わりに、術者の魔力次第ではあるが、長時間の持続運用ができる。だが、血液による即席魔法陣――通称、インスタント・マジックサークルでは、陣自体が数秒程度しか持続しない。

 また、魔力を通され固形化した血液は、ルカの手中に収まる。二度と流体化しないため、同じ血液は魔法陣には使用出来ない。

 但し。固形化した血液は、実は魔導具の調整や修繕、製作にも使える優れ物。勿論、血液の元の持ち主に限るが。

 ルカは大盾と血液を仕舞い、その間にユキが前に出る。

「光焔《熔融界(ムスペルヘイム)》」

 大魔法を児戯の如く放つユキ。触れるもの全てが、蒸発ないし融解する程の、圧倒的熱量の塊。青色球形のそれが撃たれ、急速に拡散する。固体の存在を否定する、青の世界。セイレーンを囲い、動きを封じた上で、炎が圧縮される。

 セイレーンに触れる寸前、それも直ぐに消失。詰まり、純粋な魔法の強さだけで、ディスペルを上回ることは出来ない。

「……ボク、結構頑張ったんだけど」

 ユキが舌打ちして不満を言う。

 それに反応する間も無く、セイレーンは両腕を広げ、天に掲げる。今度は水を操り、毒を含ませて降り注がせる。

「召喚・メディア」

 シキが毒薬の女王、メディアを喚ぶ。メディアは応じ、解毒して無害化させる。但し、水に触れると言うことは、体力を奪われることに繋がる。そこまで見越しているのなら、セイレーンは余程考えている、と言うものだ。

 完全に後手後手。三人寄れば文殊の知恵、なんて諺は聞くが、果たして本当にそうなのか。そう思う程には策が浮かばない。

「これどうしようもなくない?」

「うん、あれ以上の魔法でも、効かない気がするし。退却するにも難しいよね」

「それに加えて、攻撃方法も多彩とくるか……」

 会話をしても、時間を浪費するだけ。

「取り敢えず、俺が物理を試してみる」

 シキが言い切らぬ内に、虚空に手を翳す。

「顕現・レーヴァテイン」

 黄金色のウィップソードを喚び、一振り。身体を軽く捻り、遠心力を乗せていく。これでウィップソードは伸長し、彼我の距離を埋める。刃がセイレーンの首を刎ねるも、元が霧のため無意味。

 シキは舌打ちして鞭剣を手放し、それは虚空に消える。

 同じ行動を取るあたり、一見すると対照的でも、やっぱり双子だなと思うルカ。しかし直ぐに思い直し、意識をセイレーンに向ける。

「本格的にどうしようもないよね」

 困ったような笑みを浮かべつつ、ユキが言う。

 シキは答えず、金平糖をもう一度噛み砕き、思考実験をしていく。

 そんな三人を、まるで嘲笑うかの如く、セイレーンが揺らぐ。その指先から、細かな氷塊――霰と言って差し支え無い程度――を撃ち出す。それは空中でぶつかり合い、大きいものが作られていく。

「庇保《聖域(サンクチュアリ)》」

 ユキが厚い光の防護壁を作り、三人を囲う。壁にぶつかった氷塊は砕け散り、残骸は光を反射して煌めく。数秒後に攻撃が止み、ユキが魔法を解く。

「トランス使うしかないかなー?」

 まあ、しょうがないよねと笑い、ユキが言う。

 トランスとは、大抵誰もが有する能力のこと。トランスの代償は――一部の例外を除き――能力に比例する。従って、安々とは使えないのである。敢えて言い換えれば切り札だ。

 だが、シキは思考実験の結果、或る一つの解――未だ試してはいないし、正しい保証も無いので、解と呼ぶべきではないが――を得ていた。

「いや、それには及ばないかも知れない」

「何か思い付いたの?」

「今更気付いたのかって位、単純な事だけどな。奴が魔法を使うなら、その隙を狙えば――」

 言い切らぬ内に、セイレーンが腕を突き出す。

式神射法(ショット・オブ・)烈風(ゲイル)》・ 孔雀(パーウォー)

 シキは即座に反応し、七柱の人型の式神を投げる。それらは一度シキの腕や脚、首といった身体の一部を廻り、前方で滞空していく。孔雀座の形状に拡散し、形状を変える。それは、圧縮空気を撃ち出す擬似砲台。

 対してセイレーンは、両腕に水を纏わせ、指先に圧縮していく。腕全体を覆っていたそれは、最終的に非常に小さい球形になる。

 ――刹那、シキが圧縮空気塊を撃ち、セイレーンは示指と母指を立て、銃を撃つジェスチャーをする。七つの空気塊が、二つの水弾が、交差する。

 空気塊の一つが、セイレーンの腹部を貫き、数瞬の後に消失する。シキの推測は真であった。これで光明が見えた。三人の胸を安堵感が過ぎる。

 だが、セイレーンの放った水弾も、シキの左腕を貫いた。ローブが裂け、血液が流れる。それは腕を伝って滴り落ち、地面が暗赤色に染まっていく。

「寛解《駆血帯(ターネケット)》」

 直ぐにユキが白色の帯を、シキの腕に巻いて止血する。それは腕に透き間無く巻き付き、白色の腕輪に変わる。と言っても、飽くまでも一時的な応急処置。完治させるには、時間と手間が掛かってしまう。戦闘中には向かないのだ。

「気を付けてよね。傷は塞げても、血液は戻せないんだから」

「悪い、助かった」

 ユキに礼を言い、シキが続ける。

「取り敢えず、セイレーンが魔法を放つと同時なら、問題無い。端的に言えばカウンターだ」

「了解!陽動はやった方がいいよね。ボクがやろうか?」

「いや、わたしがやるよ。火力はどうしても低いからね」

「じゃあ、ボクは実動かな」

「俺も基本的には実動でいく」

 三人が役割分担すると同時に、セイレーンが指で円を作る。その円の中心に、黄色の光が集まっていく。それは円を覆う程になり、三人の元へ照射される。

 各自散開し、光線を回避。自分の役割に沿って動く。

「魔導翅アンゼ、よろしくね」

 ルカの背に翅を模した、青白色の光が現れる。周囲を縦横無尽に飛び回り、セイレーンの注意を惹く。

「魔導銃レグル」

 マシンガンを起動させ、セイレーンに向けて乱射する。当てるのでは無く、飽くまでも包囲するだけだ。

 その間に、ユキが魔力を練り高めていく。空間中の魔力が、ユキの魔力と完全に馴染み、ユキは空間中の魔力を掌握する。

 セイレーンは、ルカに向けて手を掲げる。最初と同じ動作。雷撃が降る、即ち上空からの――更に言えば、一方向からの――魔法攻撃なら、防ぐのはそう難しくない。

「魔導盾ステラ」

 大盾を頭上に掲げ、雷撃に備える。

「凝聚《雹弾(ヘイルバレット)》」

 それを見たユキは、大魔法を避けて魔法を放つ。大魔法だと、ルカを巻き込んでしまう。それを避けるため、雹を降り注がせる魔法を選択。

式神射法(ショット・オブ・)猛爆(ブリッツ)》・天秤(リブラ)

 シキは六柱の人型の式神を投げ、天秤座の形状に拡散させる。擬似砲台が作られ、爆弾の発射準備は完了。

 セイレーンが手を振り下ろす。三人は殆ど同時に、且つ誤差に等しい程の時間で、準備を整えていた。

 雹が降り注ぎ、セイレーンの身体を穿っていく。そこに爆弾が撃ち出され、セイレーンが爆ぜる。ルカに雷撃が降り注ぐも、無傷のままだ。

 対してセイレーンは、右脚が完全に吹き飛び、胸部が薄くなっている。そこから正十二面体の物質が、僅かに覗いているように見える。

「何とかなりそうだね、次で仕留められるかな」

「恐らくあれが凝集核だから、あれを狙えば大丈夫だ」

 ユキの言葉に、シキが続ける。ルカは滑空し、二人の後ろへ降り立つ。

 セイレーンは自らの核が露出し、癇癪を起こしたように魔法を連発。最早それは無造作で、炎や氷塊、烈風や雷撃、水弾など、魔法にも統一性が無い。

式神結界(フィールド・オブ・)消失(ヴァニシング)》」

 漆黒の塊を取り出し、頭上へ投げるシキ。それに亀裂が入っていき、自壊していく。三人を取り囲み、光を遮る結界が生まれる。セイレーンの魔法を、触れると同時に消滅させていく。

「魔導砲ザント」

 ルカが大砲を取り出し、セイレーンに向かって打つ。それはセイレーンの元へ、迷い無く飛んでいく。

「凝聚《氷結界(ニブルヘイム)》」

 ここでユキが魔法を放ち、セイレーンの動きがほぼ停止する。正確には、絶対零度に程近い低温で、熱そのものを否定する世界。液体は言わずもがな、気体ですらその殆どが凍てる。

 セイレーンが停止した刹那、砲弾が直撃。木っ端微塵になり、これで終。

「ふー、やっと終わったー」

「そうだな。二人ともお疲れ様」

「こちらこそ!こんな大変な依頼だったのに、本当にありがとう!」

 感謝を伝えるルカに、それには及ばない、と伝えるシキ。

 セレニアのギルドへ戻り、ルカが報告をする。

「お帰りなさい、大丈夫でしたか?」

「うん、依頼完了にしといて」

「わかりました。それにしても早かったですね」

「長期戦になったら最悪なタイプだし、早めに終わって良かったよ」

「成る程。じゃあまた何かあれば、お願いしますね」

「了解!じゃあねー」

 少し会話をして、ルカが戻ってくる。

「お待たせ。報酬の魔導具だけど、明日にまた来てもらって大丈夫?」

「大丈夫だよ。採血はするの?」

「勿論、工房はこっちだよ」

 ギルドの端の工房へ向かう。

 整然とした印象を受ける工房は、薬品や金属から布の切れ端まで、場所を分けて片付けてある。

 ルカは大きめの注射器を持って、準備していく。

「あ、ここ座ってて」

 指定された椅子に座る二人。

「じゃあ先にシキくんからで良い?」

「構わない」

 ルカはシキの腕を消毒し、注射針を刺す。既にユキの《駆血帯(ターネケット)》は消え、傷痕が僅かに見えている。

 皮膚に鋭い痛みが奔り、血管に針が入る感触がする。血液が抜かれていき、注射器の中に溜まっていく。

「これ位かな、ここ押さえておいて」

 注射器を静かに抜き、シキにその血管の少し上を押さえ、圧迫止血をしておいてもらう。絆創膏を貼り、注射器を片付ける。

 もう一つの注射器を手に取り、ユキの方へ向かう。同じように採血し、止血を済ませる。

「さて、これに魔力を通してね。固形化するまでだよ」

「流転《渦動(ヴォーテック)》」

「魔方陣・漆肆《神秘の祝福(ディヴァインブレス)》」

 ユキは血液に渦を巻かせて、シキはインスタント・マジックサークルで、血液に魔力を通す。魔方陣から光が立ち上り、輝く羽根が降り注ぐ。暫くの後、血液は固形化し、三人の肉体的疲労は、すっかり癒えていた。それに加えて、シキの腕の傷痕もすっかり消えている。

「これで大丈夫。増幅系にしようと思うけど、武具系の方が良い?」

「ボクは空中戦が出来るやつかな。飛行魔法と大魔法の併用とか、結構大変だし」

「俺は共鳴型の増幅系が欲しい。式神は消耗品だからな」

「了解!じゃあ、また明日ねー」

 ルカが工房の奥へ行き、シキとユキは工房を去る。

「今日は帰ってゆっくりしよー」

「そうだな。少し休みたい」

 《神秘の祝福(ディヴァインブレス)》は、精神的疲労は癒やせない。短時間の戦闘ではあるが、刹那を狙う、という気張りでの疲労は強い。

 テレポーターへ向かい、起動させる。

「転移・グロリア」

 光柱に包まれ、グロリアのギルドに転送される。

 二人の家はセフィロトの森にある。その中の聖樹の膝元の、オラクル神殿に程近い位置だ。

 ギルドスタッフや、《預言者(オラクル)》の名を冠する者、それ以外の人も居り、森に住んでいる人は存外多い。そのため中心区も――他の区程では無いが――賑わっている。

 ギルドの奥の扉を開き、セフィロトの森へ。深緑の植物や色鮮やかな花など、美しい自然に囲まれている。鳥の囀りを聞きながら、神殿の方へ歩いていく。

「……やっと帰ってきたって感じする」

 ユキが神殿を前にして呟く。二人は神殿の中へ入り、聖樹セフィロトへ祈りを捧ぐ。帰ってきたら、いつもやっている習慣だ。

 祈りを終え、神殿から出る二人。質素な家に入り、二人は自分の部屋に戻る。

シキは裁縫道具を取り、ローブを脱いで、裂けた部分を確認した。幸いそれは小さく、直ぐに縫い終わる。

 裁縫を終え、一息吐いてベッドに潜ると、間も無く睡魔が意識を刈り取った。

ようやっと出せました。11月中とか言っておきながら体調を崩し、12月初めになるとは……

遅れてしまい、すみませんでした。

これから涼音は再始動します。新生・涼音流花と、新生・finale du sommielを、温かい目で見守っていただけると嬉しいです。

感想があれば是非、伝えてください!励みになるので!

追記:コピペミスで最後の方が切れてました、すみません!別のツールで書いているので、気を付けます。ルビも振れてなかったので、振り直しました。

若干表現が微妙な部分があったので、少しだけ差し替えました。

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