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青春ムスビ  作者: 大石 陽太
9/16

つかちゃん登場の回

自分でもよく分かりません。

「おはよーう!」

 純が教室に入ってくるやいなや、大声を響かせる。

「朝からうるさいぞ! 真壁」

 教室の誰かが叫ぶ。

「いや、すまないすまない。つい気分が高まってしまって。で、旭……」

 言いながら席に座る純は碇ゲ○ドウよろしく、顔の前で指を組むと真剣な表情で言った。

「ーーーー新キャラは?」

「出るか!」

 そもそも、学園モノの新キャラは転校生と相場が決まってるんだ。

「純みたいにな」

 それを聞くと、純は机にアゴを乗せてぐったりとした。

「くっ、そうか。それなら仕方ない」

「だいたい、新キャラが出たら俺たちの出番少なくなるじゃないか」

「それもそうだな」

 ははは、と二人の笑い声が重なる。

「ところで教室の端のあの席がずっと空いてるが、誰の席なんだ?」

 純は、右端の空席の方に視線を向ける。

「ああ、あれはつかちゃんの席だな」

 すると、純は立ち上がって俺をビシッという文字付きで俺を指差した。

「旭! たった今、新キャラは出ないと言ったじゃないか! 」

「つかちゃんはインフルエンザB型で休んでただけだから」

「ぐぬぬ……理由になっていない……」

 ぐぬぬって言う人初めて見たぞ。

「つかちゃんってどんな人なんだ」

 座り直した純は、つかちゃんのことを聞いてくる。

「そうだな、一言で言うと……可愛い」

「なるほど……それは期待ができるな」

「顔が気持ち悪くなってるぞ」

「いやあ、すまないすまないすまない。なるほど、可愛いのか……」

「リズム的にすまないが一つ余計だろ」

「そこは字余りの川柳とでも思ってくれればいい」

「わけ分かんねえよ!」

 そこで、教室の空気がほんの少し、けど確実に変化する。

 いや、違う。

 変化したのは俺の心だ。

 教室に入ってきた黒髪の美少女に対して、自分の心が変化したのだ。

 そう、乙宮春香に対して。

「その少女は眉目秀麗、才色兼備、森羅万象をそのまま擬人化したような感じだった……」

「明らかに三つめの四字熟語のチョイスがおかしいと思うのだが、これはツッコミ待ちというやつなのだろうか」

 俺の心の声まで読んでいるお前は何者なんだ。

「俺の心にツッコミ入れるのはやめてくれ。恥ずかしいから」

「いや、声に出ていたぞ」

 それを聞いて時が止まったみたいに体が固まる。ゆっくりと乙宮の方を見ると、乙宮もこちらを見ていた。

 つまり、目が合う。

 くっ、なんて恥ずかしさだ! この間読んだ少女漫画の主人公ヒロミの気持ちが今分かった! 体の内側が焼けるように熱い。いや、内側というより後ろ側か。いや熱い熱い。本当に燃えてるみたいに……。

「旭、背中燃えてるぞ!」

 純の言葉で正気に戻る。首だけ回して背中を確認しようとした俺の顔に熱気がぶつかる。

「うわぁぁぁ! アッッッッッッッッッッッッッッッッッッチッッ! なんで俺の背中が燃えてるんだ⁉︎」

「うわあ! こんなところにマッチとライターと火打ち石が!」

「いや、なんで⁉︎」

 俺たちが火事だ火事だと騒いでいた頃、教室の反対側では乙宮の頭突きを黒板が受け止めていた。

「春香! 何やってんのよ!」

 浅沼さんがそれを必死で止めようとするが、乙宮は止まらない。ドン、ドン、という重い音が教室に追加された。

「おはよーう、ってこれはどういうことだ!」

「ワンコ! 水! 水をくれ! 水」

「水? ああ、それならここに……」

 そういうと、ワンコはカバンからコップ式の水筒を取り出した。

 そして、コップに透明な液体がコポコポと気味のいい音を立てながら注がれる。

 そしてそして、液体はワンコの口元へ運ばれる。

「ふう……」

「飲んどる場合かーッ」

 ワンコの手から水筒が滑り落ちる。

「あっ、待ってくれぇぇ!」

 俺は背中の熱さも忘れて水筒の元へ飛び込む。あと少し、あと少しで届く。

「火事だぁぁぁぁ! 火事ドァァォア! 火事ガァァァァァ! うワァァダァァァ!」

「うるさいわよ!」

「ブヘッ!」

 パニック状態の純を容赦なく殴る浅沼さんは正真正銘、鬼だった。

「危なかった……グァァ!」

 無事に水筒をキャッチした俺に吹き飛ばされた純が激突する。

「まずい! 水筒が!」

「ぐぁぁぁぁ! 引火したぁぁぁぁ!」

 水筒は俺の手を飛び出して宙を舞うが、ついに床へ落ちることはなかった。

「お前が欲しいのはこれだろ? 旭」

 そこには、床に落ちるはずだった水筒を手にして、カッコいいポーズをきめている男がいた。

 真人に負けないくらいの長身におとぎ話に出てくる王子様と言われても疑わないくらい整った顔立ちで、肌が餅のように白い。

「つかちゃん!」

 俺は思わず男の名前を呼んだ。

「えっ、つかちゃん⁉︎ 男じゃないか!」

 轟々と燃えている純が驚いた声を上げる。

「誰も女なんて言ってないだろ」

「可愛いと言われたら普通、女性を思い浮かべると思うんだが⁉︎」

「まあまあ、喧嘩はそれくらいにしとけっ……て、なんでお前ら燃えてんだ⁉︎」

 つかちゃんの言葉で俺と純はお互いの状況を確認する。うわ、純めちゃくちゃ燃えてるよ。焦げ臭いし。それにしても、制服の袖ってこんなに短かったっけ。

「「あッッゥィィィィィィ!」」

 二人とも自分たちが燃えていることを思い出して叫ぶ。というかなんで忘れていたんだ!

「くっ、待ってろ。今俺が火を……!」

 水筒を持ってこっちへ来るつかちゃん。ダメだ! つかちゃん! つかちゃんが動くと!

「つるん」

 次の瞬間、つかちゃんは滑った。教室の床で。だが、滑り方が常人のそれとは明らかに違う。足を伸ばしたまま、空中で一八〇度回転しているのだ。つまり、落下は、

「っぶ!」

 頭からだ。

「つかちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁ!」

 つかちゃんは、大きいリアクションを取ることもなく、動かなくなった。

「旭! つかちゃんが動かなくなったぞ!」

「くっ、出てしまった……つかちゃんの『ドジっ子』が」

「ドジっ子⁉︎」

 驚く純に俺は冷静につかちゃんのことを説明する。

「つかちゃんは生まれついてののドジっ子なんだ。しかも、めちゃくちゃ照れ屋で、女装が似合う。だから、つかちゃんはすごくすごくイケメンにもかかわらず、同性からの嫉妬はなく、むしろ可愛いと言われている。去年の文化祭で開催された女装コンテストでのつかちゃんの女装写真は今でも高値で売買されているんだ」

「この状況でしっかりと説明した……」

 体が燃えるように熱い。というか燃えている。

 そう思いつつ、つかちゃんが落とした水筒を、やっと手に入れる。

「これで……!」

 急いで水筒の蓋を開けようとする。

 が、しかし。

「むね……ん……」

 水筒を持つ手から力が抜けていくと同時に視界が大きく揺れてぼやける。俺もここまでか……。まだ、乙宮とろくに話せていないのに。まだ、高校に入ってからラッキースケベを一度も体験していないのに。ラッキーなスケベがまだなのに!

「大丈夫かぁぁぁぁぁぁ!」

 自らの死期を悟り、誰もが同情し、涙してしまうような後悔をしている俺に冷たい液体がぶつけられる。

「ブハァッ!」

 意識を完全に取り戻した俺が最初に目にしたのは、バケツを二つ抱えて息を切らしているワンコだった。

 次に目にしたのは、呆然と立ち尽くしているずぶ濡れの純だった。アフロだった。

「…………」

 教室にどうしてか気まずい空気が流れる。

 さっきまでの騒ぎが嘘のように誰も口を開かなくなり、ドン、ドン、という重い音だけが響いていた。

「何がどうなったら、こういう状況になるんだ……」

 教室に入ってきた真人の言葉で、いよいよ、俺たちは正気に戻ったのだった。

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