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灰色の故郷

作者: 炬燵天秤

 ※注・皆様が想像する道具の名称と性質が大きく乖離している場合があります。また、描写を婉曲に表現するため、意図的に説明を省いた箇所も存在します。


 

 ……ドウシテコウナッタ。


 では、どうぞ。


 あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。




 女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。




 そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。




 ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。




 冬の女王様が塔に入ったままなのです。




 辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。




 困った王様はお触れを出しました。




──冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。


 ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。


 季節を廻らせることを妨げてはならない──





 王様のお触れを見た人々は、皆こぞって自分たちの住む家へと駆け出します。




 ある男たちは地位や名誉を求め、地下の倉庫から新品のソリを引っ張り出しました。




 ある母親たちは旅の途中で男たちが飢えないよう、せっせとお米を握り、パンを焼いてソリへと積み込みました。




 学校に通う少女たちは、彼らが冬の寒さに凍えないようにと、毛糸を編んで暖かいセーターや毛布を贈りました。




 人々は皆、早く冬が過ぎ去ることを願い、いつも春への憧れを口にしていました。春が来たら結婚するんだ、とか。




 やがて彼らの出発する日がやって来ました。




 元気な少年たちが旗を振って見送るなか、男たちはソリに乗って銀色の世界へと出発します。




 道のりは長く、そして険しいものでした。




 屈強な男たちの何人もが過酷な道中に耐えられず、ある者は寒さに動けなくなり、またある者はソリが壊れて立ち往生してしまいました。中にはあまりの過酷さに逃げ出してしまった者もいます。




 それでも男たちは後ろを顧みずに進んでいきます。彼らの後ろには、寒さに凍えながらも己の帰りを待つ、愛する妻と子がいるのです。




 家族のために必ず春を訪れさせなくてはいけないと、意気揚々と男たちは進みます。




 野生の動物を銃で追い払い、極寒の地域を毛布にくるまってやり過ごし、女王たちが住まう塔へと目指しました。




 そしてついに、数多の危地を乗り越えて、ある四人の勇敢な若者たちが塔へとたどり着きました。ソリを降りた彼らは、薄い桃色に染まる塔へと乗り込みます。




 自動で上へと昇る床に乗り、塔の外に見える灰色の景色を見下ろして、その時を待ちます。




 やがて動く床は止まり、部屋の扉が開きました。若者たちは肌を撫でる暖かな空気に驚きつつも、しっかりとした足取りで前へと歩みを進め、




────辺り一面を桃色に染める、満開のサクラを目の当たりにしました。




 ぼーっとしていた青年の鼻を、甘い香りを漂わせたそよ風がくすぐります。それで我に返った青年たちは、目の前の美しい光景に見惚れながらもサクラ並木を前へ前へと進みました。




 寒波が襲う地上とは違う、太陽の陽射しのような暖かい空気を青年たちは不思議に思いながらも、皆が嬉しそうな表情を浮かべて談笑を交わします。




 俺たちが旅をしている間に春が来てしまったんじゃないか? という一人の男の疑問に、他の三人も苦笑いを浮かべます。それでも女王に確認を取ろうということで、四人は塔の最奥へと向かいました。




 長い通路を歩く彼らは、やがて綺麗なサクラが描かれた扉の前にたどり着きます。青年たちは覚悟を決め、その扉をゆっくりと開けました。




 扉の先はサクラの花びらが舞い散る美しい空間でした。再び見惚れそうになった彼らですが、広い部屋の中央にポツンと座る一人の少女を見つけ、彼女の元へ近寄ります。




 やがて、桃色の髪を伸ばしたその少女も四人の若者に気が付き、驚いた表情を浮かべながらもニコリと微笑みました。




「あなたは春の女王様でしょうか?」




 一人の若者が跪き、四人を代表して尋ねます。桃色の髪の少女はコクリと頷きました。




「はい。わたしが春を務めている女王です。わざわざこんな遠い地まで訪ねてくれたこと、嬉しく思います」




 可愛らしい春の女王の言葉に、四人はホッと胸を撫で下ろしました。どうやらここにたどり着いた頃にはもう、春を迎えてしまっていたのだと。




 冒険が無駄になってしまったことを残念に思う彼らでしたが、春が訪れることの喜びも大きく、笑顔を交わします。やがてこの暖かい空気が故郷にも吹き降りるのだと。




 しかし若者の一人が首を傾げます。どうして春の来訪が遅れてしまったのだろうか、と。そして、その若者は少女に理由を尋ねてしまいました。




「え、遅刻してないですよ? 今年も三ヶ月、しっかりとお勤めさせていただきました」




 返ってきたのはそんな言葉。思わず四人は顔を見合わせてしまいます。なぜなら、彼らの旅は長かったとはいえ、一ヶ月も経ってないからです。




 一体どういうことなのか。混乱する彼らを余所に、若者たちが入って来た扉とは反対側の扉が開き、若葉色の髪のボーイッシュな少女が姿を現してこう言いました。




「おーい春の女王、もうすぐ夏だぜ。交代しに来たぞ」




「はい。夏の女王さんも三ヶ月のお勤め、頑張ってくださいね」




 四人の若者は、信じられない思いで二人の会話を聞いていました。春の訪れどころか、もう夏の時期? 故郷を覆うあの雪は一体なんだというのか。




 焦燥に駆られ、少女たちに詰め寄ろうとする男をリーダーが押し留めます。そして彼は感情を押し殺した声で尋ねました。




「故郷では未だに雪が降り続き、皆が苦しんでいる。君は今が夏の季節だと言っていたが、何かの間違いではないか?」




 その問いに言葉を返したのは、困り顔の二人の少女ではなく、また別の扉から姿を見せた白髪の少女でした。




「わたしは冬の女王。あなた方の疑問に答えることができます。答えが知りたいのなら、ついて来てください」




 それだけを告げて通路の奥へと姿を消した、冬の女王を名乗る少女。四人は突然のことに少し躊躇いましたが、春と夏の女王に別れを告げてその後を追い掛けます。




「あれを見てください」




 既に陽の落ちた塔の外縁部で冬の女王は足を止め、すっとある一点を指差しました。追いついた彼らには、その指の先に灰色の円状の「何か」しか見えません。




「あれが何か?」




「あなたたちの故郷です」




 一瞬、彼らは何を言われたのか理解できませんでした。




 闇に覆われた大地の底に、ぽっかりと空いた穴のような灰色の輝きを見せるソレが、彼らの故郷。円状の故郷を覆うようにして周囲に瞬く小さな輝きは、彼らには故郷の外側に住まう小さな集落の営みに見えました。




「昔、大きな戦争がありました」




 呆然と立ち尽くす彼らの隣で、冬の女王は独り言のように語り出します。彼女の瞳に映る灰色の輝きを見たリーダーは、その寒々しくも妖しい輝きから目を離すことがどうしても出来ません。




「戦争で大地は燃え上がりました。緑を焼き払い、積もる雪を溶かし、雪の代わりに灰を巻き上げました。あの色は雲ではなく、灰の色なのです」




「あなた方がシェルターに避難した長い年月の間に日の光は遮られ、その冷たさに星は凍りつきました。最早、あなた方の故郷に光が戻ることはありません」




「待ってくれ。我々は王の頼みでここまでやって来た。君は、君たち女王は一体何者なんだ?」




 リーダーは混乱する思考を必死に落ち着かせ、冬の女王に尋ねます。この旅は一体何だったのか、旅の途中で朽ち果てた同胞は、何の為に──




「わたしは……わたし達は、故郷の空を見つめ続ける、ただそれだけの存在。……ここには、あなた方が求めるものは有りません。

 空を覆う灰を払う方法を探すのも、このまま故郷へと帰るのもあなた方の自由です。何百年掛かるのかはわたしにも分かりませんが、あなた方が空を取り戻すことをここで願っています」







 四人の若者は旅の疲れを癒すために数日間塔に滞在し、女王も快く歓待しました。




 暫くの間塔の中の珍しい風景を楽しんでいた彼らですが、故郷に残した家族が心配だと言って元来た道をソリに乗って帰りました。




 若者と女王は再会の約束を交わしましたが、どちらも無事に再会できるとは思わないまま、別れを告げることになりました。







「良かったのかい? 彼らを帰してしまって」




 四人の若者が立ち去った後も、窓の外をじっと眺めていた冬の女王に背後から声が掛かります。彼女が振り向くと、焦げ茶色の髪に中性的な容姿の少女が微笑みを浮かべて立っていました。




「秋の女王。いつからそこに?」




「ついさっきだね。夏の女王に叩き起こされたお陰で中々寝付けなくってさ」




 やれやれと肩を竦めて笑う秋の女王。その目元には薄っすらと隈が浮かんでいました。




「そう。何かマズかった?」




「マズいというよりも……これからどうするんだい? 君はああ言っていたけれど、わたし達は不死じゃない。物資が途絶えて久しい今、食料が尽きかけてしまってるこの状況は詰んでいると言っても差し支えないんじゃないかな?」




 秋の女王の問いに、冬の女王は諦観して頷きます。




「どうしようもない。それに故郷が灰に覆われてしまった以上、わたし達はその使命を果たすことが出来ない。なら、わたし達は」




「その役目を終えて活動を停止するべきって? わたしはそうは思わないかな。だってほら、あれを見てみなよ」




「え?」




 冬の女王の言葉を遮った秋の女王は、彼女の手を引いて塔の入口へと連れて行きます。始めこそ困惑していた冬の女王でしたが、四人の若者達が立ち去ったはずの入口に積まれた物に、思わず目を丸くします。




 それは、彼らが故郷から運んできた食料を詰め込んだたくさんの箱でした。少なくとも女王達が生きるのには十分過ぎる量に見えます。




「どうして……」




 唖然として箱の山を眺めていた冬の女王は、箱の一つに一通の手紙が貼り付けられていることに気が付きました。




 恐る恐る手を伸ばした彼女は封を切り、秋の女王や、いつの間にか近くに来ていた春と夏の女王にも聞こえるよう声に出して読み上げます。




 やがて、最後まで読み終えた四人の女王は堪えていた嗚咽を漏らし、静かに涙を流し続けました。




『親愛なる女王様へ。




 突然の来訪にも関わらず、盛大なおもてなしで迎えてくれたことを嬉しく思います。僅かですが、箱の中には故郷の同胞が育てた自然の恵みが入っております。全て女王様に贈る為の品ですので、どうかお受け取りください。




 我々はあの光を遮る灰を取り除くことを決めました。想像も出来ぬような艱難辛苦が待ち受けているかもしれませんが、あなた方に空を見せることが出来ると思えば苦にはなりません。




 最後に。厚かましい願いを申し出ることをお許しください。数十年、数百年経って我らの故郷を覆う灰が晴れた時、塔を降りてその景色()を見上げて欲しいのです。




 我々が灰を払い退け、故郷に季節を取り戻すその成果を女王様方に見ていただければと四人で願っております。




四人の若者より』

 大気圏離脱可能なSORI。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 お伽噺のような作風なのにも関わらず、シェルターなどの現実的な用語が出てきたとき、多少は戸惑いましたが、不思議としっくりきていたので、よかったと思います。 [一言] 雲では…
2017/01/02 22:06 退会済み
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