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ミステリアス・パラメータ  作者: なべりゅー
不死者を殺す密室
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「出てきやがれ。中にいるのはわかっているんだ、人殺しめ!」

 

 皮のよろいを着た戦士が扉を叩きながら大声をあげている。

 万理ばんりとラミアは二階の廊下でそんな場面に出くわした。ふたりが宿をとったのは、戦士が立つ扉よりふたつ先の部屋である。


 ――面倒ごとの気配だ……。


 いったんフロントに逃げ戻るべきか、無視して背後を通り過ぎるべきか。

 万理が頭を悩ませていると、そんな彼を気にとめるふうもなく、ラミアは戦士のほうへとまっすぐ進む。


「どうしたの?」


 尋ねてしまった。

 万理はしぶしぶラミアについていき、ネームプレートを確認した。

 戦士の名は『リザッド』というようだ。


「ああっ、オレのところのリーダーが殺されたんだ。犯人は――、え……?」


 リザッドは途中で言葉を詰まらせた。

 振り向いた先にあったラミアの姿が、予想外に幼かったからだろう。

 ラミアは13歳。古びたキセルパイプを左手に持ち、ケープ付きの赤いローブを着こなす姿は遠目に淑女じみて見えるが、顔立ちは年相応でかわいらしい。


「それで、犯人は?」


 ラミアのするどい眼光に、リザッドは射抜かれたように立ちすくんだ。人殺しのような刺激の強い話を、年端もいかない少女に聞かせるべきではない。だが彼女にはそんな配慮を打ち消させるような威圧感がある。

 万理はリザッドを助けるように言った。


「あ、そ、その、気にせず話してください。ラミアはこういうこと初めてではないですし、だ、大丈夫です」


 おまえこそ大丈夫か、とリザッドのいぶかしげな表情が語っていた。

 万理はラミアより年上だが、保護者にしては若すぎるし、たよりない雰囲気をかもし出している。黒い髪も服装も無難に整っていたが、その無難さがむしろ彼の自信のなさを表しているようだ。


「……犯人がまだこの部屋の中にいるはずなんだ。隊長の死体と一緒にな」


 リザッドは結局、事情を説明した。ドアの取っ手を何度も強く押しこんで見せるが、はげしく錠の音が鳴るだけで、とても開きそうにない。


「ぼ、僕が宿屋のおばさんを呼んできましょうか。合いかぎが必要でしょう」


 万理の提案にリザッドは首を横にふる。


「いや、意味ねえよ。掛かってるのは内かぎのほうみてえだ。外からじゃ開けられねえ」

「開けられないならぶっ壊そうよ」

「簡単に言ってくれるぜ嬢ちゃん……。だが時間が惜しい。たしかにそれが一番だ」


 リザッドは背中から剣を抜いた。


け斬り!」


 なにやら技名らしいものを言い放ってドアを斬りつける。

 しかし格好の悪いことに斬りつけたドアはまったく無傷だった。リザッドは気色ばんでふたたびドアを斬りつけたが、やはり効果がない。だが三度目の攻撃でようやくドアが大きく変形した。

 押し開いて部屋の中を見ると、ドアに向かって前のめりに倒れている大男がいた。


「隊長っ! くそっ!!」


 リザッドは悪態をついて大男に駆け寄った。

 すぐあとにラミアがつづき、大男の生死を確認した。


「だめだ。本当に死んじゃってる。治療しようにも手遅れだね」


 淡白に言い切って遺体の顔をのぞきこむ。ラミアのまゆ根がけわしく歪んだ。

 

「信じられない。この人、有名な『護煌甲羅ごこうこうら』の守護戦士ダールトンでしょ?」

「ああ、そのとおりだ。……まさか隊長が殺されるなんて」

「だれに殺されたの?」

「だれって、そりゃあ部屋の中に犯人が残って――」


 リザッドはまわりを見まわした。しかし、部屋のなかにいるのは彼とラミアだけである。

 ひもに吊るされて室内干しされた洗濯物のせいで視界は悪い。念のため部屋を一周して、ベッドの下や収納棚など隠れられそうなスペースも確認したが、やはりだれも見つけられない。

遺体の足側に位置する唯一の窓は、人が出入りできる大きさこそあるものの、ドアと同じく内かぎが掛かっている。

万理は部屋に入らずに壊れたドアの前で待機していた。ラミアたちがダールトンの遺体に気を取られているすきにドアから抜け出すことはできなかったはずだ。


「そんなバカな」


 リザッドが頭をかかえる。


「隊長はだれもいない部屋の中で殺されちまったってのか……?」

「それが本当なら二重の不可能犯罪になるね」

「二重?」


 ラミアの発言に万理は首をかしげた。

 密室殺人が不可能犯罪であるのはわかるが、もう一重の不可能性がなにを示すのか見当がつかなかった。


「ダールトンを殺すこと。それ自体が不可能犯罪だよ、万理さん。もしここが密室じゃなくっても、ダールトンは強すぎるからだれにも殺すなんてできないはずなの」

「ま、待ってくれラミア。人間なんてちょっとした油断を突かれれば、どんな達人でもあっさり殺されるものだろ」

「え?」


 今度は万理の発言にラミアが首をかしげる番だった。そばで聞いていたリザッドまでも怪訝そうな表情を万理にむけた。

 なにかおかしなことを言ったのか。わけがわからないまま万理は例を示す。

 

「た、たとえば、僕は見てのとおり貧弱だけど、ダールトンさんが警戒さえしてなければいくらでも殺しようはあると思う。寝込みをねらって喉もとにナイフを突き刺すとか、無防備な背後から後頭部を殴ったりするとか」

「ああ、そういうこと。でも無理だよ、万理さん。もしも本当に万理さんがダールトンの喉もとにナイフを刺したとしてもね」


 えいやっ、とラミアは万理に向かってナイフを振りかざす動作をして見せる。

 そして喉もとではなく、肩まわりに浮遊している「バンリ」表記のネームプレートを叩いた。


「万理さんのちからのパラメータは27ポイント。ナイフを装備して35ポイントに攻撃力が上がってもクリティカルヒットで70ダメージ。ダールトンのライフポイントは少なく見積もって2000は超えるから、ぜんぜん殺せないよ」


【バンリ】

 ライフ:390/390

 スキル:20/20

 ちから:27

 まもり:22

 はやさ:18

   ・

   ・

   ・

   ・


 ネームプレートはたてに大きく伸びてステータスを表示する。

 万理は言葉をうしなった。

 わかっているつもりだったが、こちらの世界の法則が自分の常識からかけ離れていることを、改めて思い知らされた。


「まあ万理さんでも無抵抗な相手を何十回、何百回と攻撃しつづければ殺せるよ。ふつうはね。だけどダールトンはダメ。この人はたしか自動回復スキルを持っていたはず」

「よく知ってるな。たしかに隊長は毎ターン500ポイントのライフを回復する。たとえ気を失っていてもだ」


 つまり万理が何百万回攻撃しようとダールトンのライフをゼロにすることはできない。

 そして低レベルな万理は論外として、その他の人物にもおおよそ同じことがいえる。ダールトンを相手にターン毎500以上のダメージを与えられる高レベルプレーヤーは数少ない。ましてやダールトンが反撃しないわけないのだから、返り討ちにあうのは相手のほうだ。ゆえにダールトン殺しは不可能犯罪と同じ――というのがラミアの主張である。


「だが現に隊長は殺されている。そりゃあ殺しかたは想像もつかねえが、犯人を問い詰めればわかる話だろ」


 リザッドは切り替えて言った。


「オレのパーティメンバーの『クロコ』と『フーグ』。ふたりのうちどちらか、もしかすると両方が隊長を殺した犯人だ。あんたたち、ここに来る途中でそいつらの姿を見なかったか?」

「――あら、ひどいわリザ。ひとに罪をなすりつけるなんて」


 万理の背後から女性の声がわりこんだ。

 ぎょろりとした目玉とぎざぎざの歯が目立つ細身の女性だった。そばに浮かぶネームプレートには「クロコ」と表記されている。


「私はあなたが殺ったものだと思って駆けつけて来たのだけれど」

「なんだと。オレじゃねえことはオレが一番よくわかってる。そうなるとおまえかフーグのどちらかってことになるだろうが。……フーグはどこにいる?」

「すぐ来るわ」

「――はあ、ふう、ぜえぜえ……。待ってよ、クロコぉ……」


 廊下から低い声と重い足音がひびいた。

 まもなくあらわれたのは、風船のように丸々とした身体つきの女性だった。

 ネームプレートの表記には「フーグ」とある。

 ダールトンの死体を見るや悲鳴をあげて、つぶらなひとみをしばたかせた。


「……まさかおまえらふたりとも『自分はやってない』というつもりか」

「当然よ」

「ぜえぜえ、ワタクシも、やってないわぁ」

「パーティのなかでいちばん早く現場にいたのはあなたよ。私たちのだれかが犯人なのだから、あなたが一番うたがわしいわ」

「ちがう。オレじゃねえ。オレが尊敬する隊長を殺すものか。おまえらのどちらかがやったんだろう……!?」

「お、落ち着いてください。外部犯の可能性だってありますよね? どうして自分たちのなかに犯人がいると決めつけているんですか」


 万理が仲裁に出ると、クロコが冷めた目つきを返す。


「パーティ経験値よ」

「えっ? けいけんち……?」

「5分ほど前かしら。ダールトンがいきなり私たちのパーティから離脱したと思ったら、途方もない量の経験値が入ったわ。パーティのだれかがダールトンを倒したからよ」

「そ、そうなんですか……」


 たじろぐ万理に、ラミアが補足する。


「パーティ外の第三者がダールトンを殺したなら経験値は入らないもんね。まさか彼の離脱とまったく同じタイミングに、ほかの手段でダールトン級の経験値を得られたとも考えられないし。今回の犯人は残されたパーティメンバーのだれか。つまり、リザッド、クロコ、フーグのなかにいるのは間違いないってわけ」

「なんなのよ、あなたたち」

「す、すみません申し遅れました。僕はリザッドさんと一緒に遺体を発見した万理と申します」

「わたしはラミア。名探偵だよ」


 万理の自己紹介につづいて、ラミアが何のてらいもなく言った。

 自分の肩にかかった金髪をふり払り、ローブのなかからチェック柄の両つば帽子を取り出した。


「だれが犯人か。どのように密室を構築したか。そして、ダールトンという最強クラスの戦士をどうすれば殺せるか。じつに興味ぶかいね。……この殺人事件の謎、わたしたちに任せてくれない?」


左手で帽子を目深にかぶり、右手でパイプをもてあそびながら、容疑者三人を見まわした。

そしてラミアは、力強く宣言する。


「すぐに解決してみせましょう」


 背中を丸めて自信なさげに立ちつくす万理のかたわらで、ラミアは堂々と胸をはり、不敵に笑った。

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