4話 クリスの旅立ち
「ふう。よく寝た。なんだか、今日は久しぶりによく寝れたな。」
当然、客人とはいえ温かい毛布などない。
俺がいるこの町は、その程度の生活水準なのだ。
硬いベッド一台と布団が1枚もらえるだけ、この大陸では贅沢な暮らしらしい。
それなのに、俺は、今日はずいぶんと心地よい目覚めを迎えることができた。
俺は、ふと自分の体を見る。
すると、何かが抱きついていた。
「おはよう。お兄ちゃん。」
温かさの正体はクリスだったようだ。
俺は、思わずクリスの頭をなでなでする。
とても幸せそうな顔をするクリス。
クリスの体は正直言って汚れているのだが、まあ、許そう。
俺も、濡れたタオルで体をふくくらいしかしていないしな。
「おはよう。クリス。そのなんだ・・・。これからは、このタオルで体をふくように。」
「でも。」
「これは、俺が客人として借りているタオルだ。それをクリスに貸して文句を言われる筋合いはない。どうせ、この家をもうすぐ出るんだ。気にすることないだろう。」
「わ、わかった。」
俺は、水の桶をもってきてタオルを濡らしてクリスに渡す。
クリスは、タオルでごしごし顔をふく。
顔の汚れがとれて、かわいいクリスの顔がよくわかる。
おおお。すごいな。想像してた以上にクリスはかわいい顔をしていた。
「あっちを向いているから、体も拭くんだ。」
「はい。」
クリスが布きれを脱ぐ音が聞こえる。
興奮はしないぞ。
ロリコンじゃないもの。
「お兄ちゃん。背中がとどかないよ。」
こ、これは仕方あるまい
そもそも相手は7歳くらいの女の子。
裸を意識するほうがおかしいな。
そうだな。
俺は、ゆっくりと体をクリスのほうに向ける。
すると、クリスはこっちを向いていた。
当然、大事な部分が丸みえだった。
俺は努めて冷静に、クリスに背中を見せるように伝える。
俺は、緊張から自分の手が震えているような気がしたが、それがばれないように慎重に背中をふいていく。
「よし!完了!」
あとで、クリスの髪もきれいにしてやりたいな。
クリスとの旅楽しみだな。
というか、今更だがクリスはブレスさんの奴隷なんだよな。
果たして勝手に連れて行けるのだろか・・・・。
その辺りのことを全然考えていなかった。
困った。
クリスが服を着終えると、なにやら外が騒がしくなってきた。
俺は、窓から外を見る。
すると、全く同じ制服をきた一団が家の前に押しかけていた。
俺が外の連中を見ていると、ブレスさんが慌てて俺の部屋にやってきた。
「ここにいたのか。クリス!」
きれいになったクリスを見て驚くブレスさん。
「そうか・・・・。レン君が・・・。レン君!。この通りだ頼みがある。クリスを連れて今すぐ北の大陸に行ってくれないか。これはわずかばかりだがお金だ。まず東大陸の港でラクサンという男を探して、この紹介状を渡してくれ。北の大陸まで連れて行ってくれるはずだ。それから、北の大陸でクルトという男を探すんだ。きっと空への行き方を知れるはずだ。」
「いったい急にどうしたんですか。」
「頼む。理由は聞かないでくれ。急な話で本当にすまない。レン君。君には本当に感謝している。それから、これがクリスの拘束具を外すカギだ。レン君。これを君に渡そう。外すもつけたままにするのも君に任せよう。」
俺は、全く躊躇せずに拘束具を解いた。
あまりのためらわなさに、クリスもブレンもハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「クリス行こうか。」
「・・・・。うん。」
クリスは、ブレンさんの顔をやや躊躇しながらも見たあと、ゆっくりうなずいた。
俺とクリスは、ブレンさんの指示通り、屋敷の裏門から出て、言われたとおりに走って、ブレスさんの家から遠ざかっていく。
俺は、クリスの顔色を窺う。
どこか思い悩んだ様子だ。
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そのころ、ブレンさんの家で大変なことが起こっていた。
「貴様がブレンとかいう商人だな。」
「は、はい。そうですが。帝国兵の皆様がどのようなご用件でしょうか。」
「聞いているぞ。貴様が悪魔の子をかくまっているとな。」
「そ、それは。」
ブレンが言葉に詰まっていると、使用人が異議を唱えた。
「それは違います。旦那様は、決してかくまっていたわけではありません。しっかりと奴隷拘束具をつけて、いつでも帝国兵の皆様に引き渡せるようにしていたのです。」
「ほう。そうか。ならすぐに連れてこい。」
「はい。ただいま。」
使用人がクリスを探しに屋敷にもどる。
しかし、当然クリスはどこにもいない。
「だ、旦那様。大変です。どこにもいません。」
「そうか。よかった・・・。」
ブレンは、思わず本音をつぶやく。
だが、帝国兵はそのつぶやきを聞き逃さなかったがいた。
「よかっただと!貴様。やはりかくまっていたのだな。言え!どこに隠した!」
「さあ。どこでしょうか。」
「ふざけるな!」
帝国兵がブレンを殴り飛ばす。
「いえ!」
「さあ?」
帝国兵は何度も殴りつける。
しまいには、剣をブレンの腕に切りつけた。
それでも、ブレンは笑っていた。
ブレンにとって、妻と娘はすべてだったと言っていい。
その二人を失ったのにいままで生きてこられたのは、クリスがいたからだった。
クリス自身が、自分の娘の敵だと知ったときも不思議とクリスを恨みはしなかった。
いや、まったく恨む気持ちがなかったかというと嘘だ。
ただ、復讐しようとかはこれっぽっちも思わなかった。
ただ、どう接していいかわからず、クリスの顔をみるのがつらくなっていった。
自然とクリスと距離を取るようになっていった。
そして、ウミヘビ事件が起こる。
この事件が起こったことで、ブレンは自分が本当はクリスを恨んでいると思うようになってしまった。大切に思う気持ちもあったはずなのに・・・。自分の自分の気持ちがわからなくなった。
どうしていいかわからなくなった。
正直、クリスと一緒にいるのがつらくなった。
クリスの奴隷拘束具を見るたびに、自分の娘を奴隷にしているような気分になっっていった。どうして、自分の娘を殺したクリスを自分のそばに生かしているのか。娘に怒鳴られているような気分になった。
そもそもどうして、自分はあのときクリスを助けて自分のもとにおくようになったのか、あの行為自体ヴァンパイアの力で操られてのことじゃないか。どんどん疑心暗鬼になった。
クリスもクリスのお母さんと一緒に死んだ方がよかったんじゃないか。
クリスを助けたことで、自分もクリスも余計につらい思いをしているのではないか・・・。
どうしようもなく、考えがまとまらない日々を過ごしていた。
そんな状況の中、レンがクリスの心を開いた。
昨日の夜、クリスがレンの部屋を訪れるのを見た。
まるで兄弟のように仲良く寝ていた。
なんだかようやくクリスという存在から解放された気分になった。
ブレンにとって唯一の生きる意味であったクリスはもういない。
今すぐ死んでもいいような気がしてきた
ただただ、クリスが逃げる時間を稼ごうと思った。
自分の娘の敵であるが、その名前を同じくするクリスが逃げる時間を・・・。
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「クリス!ちょっと。」
「ごめんなさい。お兄ちゃん。でも私・・・。気になって・・」
俺は、クリスと一緒に林の中を走っていたわけだが、突然クリスが逆走し始めた。
「ま、まじかよ・・・。」
重りがなくなって、本来の力を取り戻したクリスは、俺をどんどん突き放していく。
ついには、クリスの姿は見えなくなった。
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クリスは、急いで戻った。
胸騒ぎがした。
ぜえぜえと息を切らしながら、家まで戻ってきた。
そこには、恐ろしい光景が広がっていた。
「貴様!死にたいのか!言え!魔族をどこに隠した。なぜ、魔族をそこまでしてかばう。」
ブレンは、ぼろぼろになりながらも立ち上がる。
なぜ、ここまでするのか。
いっそ、死ねば楽なのに。
少しでも長く、クリスを遠くに逃がそうとしてる。
これほどの肉体的苦痛を受けているというのに、全然つらくなかった。
ブレンはようやく心から気が付いた。
「帝国兵様。それは、簡単なことですよ。クリスは、確かに魔族かもしれない。人族でないかもしれない。それどころか、俺の娘を殺した張本人ですよ。はは。」
「ならなぜだ!!」
「そんなの決まっている。クリスが私の娘だからだーーーーー!!!」
「娘?これは、何を言い出すかと思えば。ははは。なるほど、どうやら魔族にすっかり操られてしまっているらしい。お前ら、おそらく、このブレンだけじゃねえ。ここの町民はすっかり魔族に洗脳されている疑いがある。皆殺しにしろ!」
「サー。」
「きゃあああああ。」
ブレンだけでなく、ほかの屋敷のものまでとらえようとし始める帝国兵。
使用人たちはあわてて逃げ始める。
「ますはお前からだ。」
ブレンをいたぶっていた指揮官と思われる帝国兵が剣を振りかぶり、ブレンに振り下ろす。
ブレンは死を覚悟した。
だが、ブレンは生きていた。
「クリス・・・。どうして。」
クリスは、指揮官の手をつかみ剣を止めていた。
それだけではなかった、周囲の帝国兵十数人も動きを止めていた。
「なんだ。これは、体が動かないぞ!」
「どうなっているんだ。」
帝国兵たちが慌て始める。
「落ち着け!ヴァンパイアの操りの術だ。強い意思を持てば解除される。それにしても、ここまでの人数を同時に操るとはな。かなり高位の魔族のようだな。とはいえ、まだ子供。私の敵ではないな。ふん!」
指揮官が、周りに激を飛ばす。
そして、剣を持つ手に力を入れて、クリスを振り払う。
クリスは、すぐにその小さい体からは想像もできない大きな力をもって殴りかかる。
だが、指揮官の男は軽々とそのこぶしを受け止めて見せた。
「軽いな。噂に聞いたヴァンパイアの攻撃とは思えない・・・・。なるほど、そういうことか。周りの帝国兵の動きを止めるのに力を割いてしまっているのだな。自分の操り人形である町民がそんなに大切か。」
「そんなんじゃない!」
拳がだめなら足でと、クリスは指揮官にけりかかる。
だが、それも指揮官に止められてしまう。
確かに、町民は、屋敷にいる人も含めてクリスにひどい扱いをしてきた。
でも、それは自分と自分母親のやったことを考えれば当然のことだと思った。
ただ、今は、ブレンさんの大切な屋敷の人を守りたいと思った。
だから、帝国兵の動きを自由にすれば目の前の男に勝てるかもしれないと思っても、その動きを解放することはできなかった。
「ふん。馬鹿な魔族だ。」
「うっ!」
指揮官の男は、クリスののど元を握ってクリスを持ち上げる。
クリスは必死に抵抗してもがく。
「ははは。苦しそうな顔だな。お前が死ねば、そのあとは後ろのブレン。それから屋敷のものたち。そのあとは町民だな。魔族をかくまっていたのだ。当然の仕打ち。」
苦しいよ・・・。ブレンさんは、私を娘だって言ってくれた。私のためにあんなにぼろぼろになってくれた。ブレンさんがいなければ、私はお母さんと同じように死んでいた。それなのに、私はブレンさんのために何もできなの。誰か・・・・助けて・・・。誰か・・・・・。お兄ちゃん・・・。
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びゅん。
クリスの横を一本の刀が通り過ぎた。
その瞬間、クリスが解放された。
刀をよける為にクリスを指揮官が手を放したのだ。
そして、ゆっくりと、クリスのもとへ歩く少年が一人。
もちろん俺だ。
「待たせたな。クリス。」
「お兄ちゃん!?」
「もうしばらく、周りの帝国兵を抑えられるか。」
「・・・・・。うん!」
「なんだ。お前は・・・?剣を投げたのはお前か?」
「ああ。わるいけど、クリスは俺の妹なんでね返してもらうよ。」
「妹?魔族に見えないが?」
「確かに、俺は人族だが、それでもクリスの妹なんだよ。」
「帝国兵にたてついてただで済むと思っているのか?」
「さあな。けど、俺はどのみちこれからクリスと一緒に冒険者になるつもりだから。」
「魔族を従えて、犯罪者である冒険者になるか。笑えないな。」
「だったら、どうする?」
「今のうちに殺すしかないだろうが!」
「来い!戦神封刀!」
指揮官が俺に剣を振り下ろしてくる。
それと同時に、俺は刀を呼び寄せる。
突然現れた刀に指揮官は驚くが、さすがは指揮官。
構わず剣を振り下ろしてくる。
俺は、刀でそれを受ける。
だが、力の大きさが違いすぎる。
俺は、吹っ飛ばされる。
「お兄ちゃん!」
「ははは。弱すぎるな。魔族を従えているからどんなに強いやつかと思えば、お前も魔族に操られているだけだったか。」
「いてててて。」
「ほう。受け身だけはかなりうまいらしい。あれだけ吹き飛ばされて無傷とはな。」
「思った以上に身体能力が減少しているな。ウミヘビの時は、もっと力が出せたんだがな。まだ、あの時は刀による力の封印が完全ではなかったということか。まあ、でも負ける気はしないな。」
俺は、刀を手にもう一度指揮官の男のところへ近づく。
指揮官の男は、構わず再び剣を振り下ろす。
「龍滅流剣術、必殺。その2。<流剣>。」
龍滅流剣術は、俺が戦神との闘いで作った剣術だ。
下界では、龍族というめちゃ強い種族がいると聞いていたので、その龍族をも倒してやるとの心意気から名付けた剣術だ。
そして、流剣は、自分より力のある攻撃を華麗に流して受ける技だ。
「なに!なぜだ!」
何度も、指揮官の男は力任せに俺を切りつけようとするが、そのすべてをきれいに流していく。
「こんなものか。」
俺は、やや距離を取り刀を鞘にしまう。
「なんだと!貴様!この俺を馬鹿にするのか。俺はアガレス帝国3等兵だぞ!」
3等兵?それって威張ることなのか?
まあ、大陸においては強いほうなんだろうな。たぶん・・。
けど、あいにく俺は世界最強を目指しているんでね。
こんなところで負けるつもりは毛頭ない。
「龍滅流剣術、必殺。<抜剣>。」
鞘走りの力を利用し、さらに体の気を足と手にみ集中させて、一気に力を解放する。
相手の剣を真っ二つにして、そのまま指揮官の頭も真っ二つにする。
回りの帝国兵はもちろん、ブレンさんの屋敷の使用人なども、指揮官があっさりと、しかも真っ二つにされるという衝撃的な倒されかたをしたことで驚き、恐怖している。
ブレンさんさえも。
ただ、クリスだけは俺を尊敬のまなざしで見てくれているような気がする。
「さて、後の連中はどうするか。」
このままだと、またこの町をアガレス帝国兵が襲うかもしれないな。
「クリス。クリスの力でうその情報を帝国兵たちに信じ込ませることはできるか?」
「この人たちはみんな弱いからできると思う。」
「それじゃあ、この町でクリスをかくまっていたのは嘘だと信じ込ませてくれ。そのうえで、冒険者(予定)レンが魔族のクリスを従えて、指揮官であるアガレス帝国兵の3等兵を殺したが、生き残っていたアガレス帝国兵と町民とが協力して、町から俺とクリスを追い出したことにするんだ。」
「うん。わかった。」
クリスに操られた帝国兵は嘘の情報を支部に持ち帰るために帰っていった。
これで、この町が帝国兵に襲われることはないだろう。
それから、ブレンさんの傷がいえるまで、クリスのことを考えて滞在することになった。
そして、ブレンさんの傷がいえた2週間後のこと。
旅立ちの時がやってきた。
____
「お父さん・・」
クリスは、ブレンさんのことをお父さんと呼ぶようになっていた。
それから、屋敷の人たちもクリスに対する態度が柔らかになった。
クリスによって助けられたことを知ったからだろう。
「クリス。お前の中には、私の本当の娘の血が流れている。そしてクリスお前自身の血も。
だから、お前は、私にとって二重の意味で私の娘だ。死んでしまった娘は、よく言っていた。空に行ってみたい。世界を見て回りたいと。そんな夢を持っていた。だから、クリス、空にいっていろんなものを見てきてほしい。そうすれば、クリスの中にいるもう一人の私の娘も喜ぶだろう。それから、つらくなったらいつでも帰ってきなさい。」
「うん・・・。お父さん。本当にありがとう。きっと、いつかまた戻ってくるね。私の中のもう一人の私にたくさん世界を見せた後で。」
ブレンと仲直りしたクリスが、レンと一緒に旅立つことに迷わなかったといったらウソになる。
でも、クリスは自分が一緒にいればまた迷惑をかけていまうかもしれないと思った。また、ブレンに、自分の死んだ娘にいろんな世界を見せてやってほしいといわれた。
それに、何よりもレンと離れたくなかった。
ついこの前あったばかりのレンが、誰よりもそばにいたい人になっていたのかもしれない。
だから、クリスは、今、旅立つことに揺るぎはない。
むしろ、希望に満ち溢れている。
それなのに、悲しかった。
ブレンと、つまりは父と、別れるのがつらかった。
「レン君。娘を頼む。」
「任せてください。」
「お父さん。私、私の中に流れるもう一人のクリスの分までたくさん生きて、世界を見て回るから。そして、必ずまた戻ってくるから。だから、またね。」
「ああ。クリス。応援しているよ。
・・
だって、クリスは、私の二人の娘なんだから。」
レンとクリスの冒険の始まりである。