3話 クリスの解放
「どういうこと?」
俺は、クリスの自分がブレンの娘を殺したという発言が信じられず、反射的にその真意を問うてしまう。
「・・・・・・・・」
クリスはしばらくの間沈黙していたが、ゆっくりと口を開き始めた。
クリスは、誰でもいいから、大の大人でさえ一人では抱えるのに重すぎる自分の苦悩を聞いてほしかったのかもしれない。
「私は、ずっとお母さんに言われたとおり家の中で過ごしていたの。でも、ある日、私が5歳になったお祝いにプレゼントがあるって言われて、外に行くことになったの。そして、お母さんについていった。そこで、ある母娘に出会った・・・・・。
お母さんは、躊躇なく二人を襲った。私はその光景になんの疑問も持たなかった。私もお母さんと同じ化け物だから・・・。
そして、お母さんは、母親のほうの首もとにかみついてその血を飲み干したの。次は私の番。私は、まだ息のあった娘の血を飲み干した。血はとてもおいしかった。今まで口にした何よりもおいしく感じた。私が血を飲み干すと、部屋に男が入ってきた。
私とお母さんは、慌てて窓から逃げ出した。そのとき、私が血を飲んだ娘に縋りつく男の顔がはっきりと私には見えた。男は、泣いていた。
その顔を見たとき、途端に口の中に残っていた血がまずく感じて、それ以来私は血を飲まなくなった。お母さんに勧められても飲もうとしなくなった。理由はわからないけど、とにかく血を飲むことを拒絶するようになったの。お母さんがこっそり、人の血を食べ物に混ぜても、私は吐き出すようになってしまったの。
それからしばらくして、お母さんは捕まって殺された。私はブレンとさんに助けられた。でも、喜べなかった。私が殺した娘こそ、ブレンさんの娘だったから・・・・。きっとブレンさんは、私がブレンさんの娘を殺した張本人だって知らないから。
それなのに、ブレンさんは、まるで私を本当の娘のように扱ってくれた。よく頭をなでてくれた・・・・。
でも、それが余計につらくなった。本当は、私が殺したブレンさんの娘がこの愛情を受けるべきなのにって。
でも、本当のことは言えなかった。だって、ブレンさんだけが私に唯一優しくしてくれる存在だったから。ブレンさんから嫌われたら私はどうしていいかわからないから。
でも、もしかしたら本当のことを告げてもブレンさんは許してくれるんじゃないかって、期待している自分もいて・・・・・。
この前ブレスさんに打ち明けたしまったの。ブレンさんの娘を殺したのは、私なんだって・・・。ブレンさんは何もいってくれなかった。いっそ罵倒してくれたほうが楽だったと思う。
ブレンさんは、私から距離を取るようになった・・・・。
許してくれるわけがないのに勝手に期待して、勝手に独りぼっちになって、どうしていいかわからなくなって・・・。
そしたら、ウミヘビが現れて。とっさに、ブレンさんに復讐させてあげればいいのかなって。
それなのに、あたたに助けられてしまって。
あなたは、なぜか私なんかにとても優しくてしてくれて。
私は、死ぬべき人なのに・・・・。
でもこうして、また助けられて・・・。もうどうしていいかわからないよ・・・。生きるのがつらいよ・・・。ブレンさん・・・ブレンさん・・・。お父さん・・・・。ごめんなさい・・・。独りぼっちはつらいよ・・・。」
クリスにとって、ブレンさんお父さんのような存在なのだろう。
この世界で唯一の頼れる存在。
でも、クリスはそのブレンにとって娘の敵・・・。
こんなの辛すぎる・・・。
俺は、なんといって声をかければいいのかすぐに思い浮かばなかった。
だから、俺はただただ、ぎゅっと抱きしめた。
力いっぱい抱きしめた。
クリスは一人じゃないことをなんとか伝えたくて、必要以上に強く抱きしめた。
そして、ゆっくりと慎重に言葉を選ぶ。
「クリス。君は一人じゃないよ。俺がいる。今日から、俺が君の兄になる!」
「えっ?」
「そして一緒に、ブレンさんつまりは君のお父さんが、本当のところクリスをどう思っているかを知ろう。それがどんなことでも俺が一緒に受け止めるから。もしかしたら、ブレンさんは君のことをこれっぽちも恨んでいないかもしれない。もしかしたらやっぱり君を死ぬほど恨んでいるかもしれない。どう思っているにせよ、俺も一緒に受け止めるから。だから、こんなのところで勝手に死のうとしたらだめだ。」
「・・・。どうして?どうしてそこまでしてくれるの?私は悪魔の子なのに・・・。」
「決まっているだろう。それは、クリスの兄だからだよ。」
全然答えになってい。
だけど、クリスはつかれていて頭が回っておらず、なんとなく、温かみのあるその答えに満足したのか。
一言粒やいて俺の腕の中で眠ってしまった。
「お兄ちゃん」とつぶやいて。
_____________
クリスと一緒にブレスさんの家に帰ってきた俺。
まずは、夕食をとることになった。
クリスの姿を見たブレスさんの表情はどこかほっとしたもののように感じられた。
俺か、あるいはクリスが帰ってくるまで夕食を取らずにいたブレスさんと一緒に夕食をとることになった。
「ブレスさん。しばらくしたら、ここを出ようと思います。」
「そうか、寂しくなるな。何か、必要なものはあるか?」
「そうでうね。私は、実は強くなるために修行中の身です。どこか修行に適した場所はないでしょうか?」
「それは、もちろん空に行くことがいいだろう。レン君も、空から来たのではないのか?大陸でそれほどの腕前の少年がそうそういるとは思えないのだが?」
「すみません、実は、私はずっと父と山奥に暮らしておりまして、大陸とか空とかいうのもよくわからないのです。」
「なんと、そうであったか。では、私の知る限りのことを話そう。この世界はには、我々が住む大陸がある。そして、さらにその上に空に浮かぶ島がある。通称スカイランドと呼ばれる島々だ。」
「空に浮かぶ島ですか?」
「ああ。私も行ったことはないがな。大陸は大きく4つ、北大陸・南大陸、東大陸、西大陸、中央大陸の4つの大陸がある。ここは東大陸なのだが、もっとも大きい大陸である中央大陸の頭上にいくつもの島が浮かんでいるそうだ。」
「どうやってそんなところに行くんですか?」
「空船、通称スカイシップを使うらしい。」
「空船?」
「中央大陸には、空へ伸びていく空海が点在しているらしく、そこを昇っていく専用の船だそうだ。」
「それはすごいですね?ブレスさんは行ってみたいとは思わないのですか?」
「行ってみたいとは思ったことはある。でも、原則として空へ行くことは認められないんだよ。」
「どうしてですか?」
「アガレス帝国が禁止しているからね。」
「なぜ?」
「秩序を守るためと言われている。けど、上に行きたがる人は多いよ。それで、アガレス帝国の許可を受けずに上へ上と昇っていく人たちのことを冒険者というんだ。」
「冒険者?」
「ああ。いまから千年前に一人の男が作ったのが冒険者協会という組織さ。冒険神ジンと呼ばれているよ。彼は、世界中にメッセージを残して消えたよ。世界を支配する最強の力が欲しくないか?最上の島、神域島にいけばどんな願いも叶えられる。そこまで上がって来いってね。それ以来、世界各地の人々が空を、より上の空を目指すようになった。
でも、世界は大混乱さ。冒険者の中には、力にものを言わせて島の者たちへひどい行為をするものたちも増えていったからね。そんな中、魔帝まで復活して世界は大混乱。
そんなとき、一人の男が現れた。彼の名を勇者アルス。アルスは魔帝を倒すとその求心力で巨大な組織を作った。それが今のアガレス帝国の礎だ。
冒険者に凌辱された国々の多くが、アガレス帝国の庇護下に入った。そうして、アガレス帝国は、帝国の許可なく上にいくことをを禁止したんだ。だから、今では冒険者を犯罪者としてみる国も多い。」
「じゃあ、やはり上にいくのは難しいのですか?」
「そうだね。でも、強くなりたいなら上に行くべきだと思うよ。上には魔物もたくさん出るし、上に行けば行くほど強い魔物が出るらしい。それに上に行くほど迷宮で価値の高いものを手に入れられるとか。以前、私は、迷宮産物のパンを一度食べたことがあるが、とても柔らかくておいしかったな。」
「なんとか、上に行くことはできないですかね。」
「一つはアガレス帝国の許可を受けることだが。そのためには、アガレス帝国の許可を受けて交易商人になる必要があるな。島と島、あるいは島と大陸の間で商品や物品を販売する商人のことだ。彼らなら、一定の範囲でスカイシーを自由に行き来できる。」
「とりあえずはそれでよくても、結局さらに上に行けなくなってしまいますね・・・・。」
「あとは、そいういた商人の船にこっそりのる方法がある。けど、そこまでするくらいなら、やはり冒険者になってしまうのが手かもしれないな。実は、以前ここに来た冒険者から北大陸にある冒険者ギルドの場所を聞いたことがあるんだ。そこに行けば、空に行く手筈と整えてくれるかもしれないぞ。」
「ぜひ、その場所を教えてください。」
「もちろん、構わないさ。ただ、冒険者になるなら覚悟しないとな。君ほどの腕があれば心配ないと思うが。空も上に行けば行くほど強い人たちであふれているからね。」
「なるほど。あの、最後に・・・・つかぬことをお聞きしますが、あなたはクリスのことを本当はどう思っているのですか?本当の娘として大切に思っているんじゃないですか。」
打ち合わせ通りなら、部屋の外でクリスがこの話を聞いているはずだ。
「・・・・・・・・。娘を自分の身代わりにして助かろうとする父親がいるかい?レン君も見ていたのだろう。だからクリスをすぐに助けられた。丸のみされたところを見ていたから。私がクリスを盾にしたところを見ていたのだろう。」
「それは・・・・。でもあなたの意思では!」
「・・・。クリスから聞いたのか。ずいぶんと信頼されたようだな。確かに、ヴァンパイアには人の行動操る力があるようだ。私も賞金稼ぎから聞いて知っている。」
「そうだったのですか。」
「だが、こうとも聞いている。本当にやりたくないことを操ることはできない。強い意思をもってすれば抵抗できると。だからこそ、安心して奴隷にしているんだしな。ましてや、クリスは、まだ小さい少女。普段から食事も制限されている。そんなヴァンパイアの力などたかが知れている。結局、私はクリスを心のどこで疎ましく思っていたのさ。娘の敵だと・・・。つらい思いをして死んでしまえばいいと・・・・。」
タンタン。
部屋の外から誰かが遠ざかる足跡が聞こえる。
「クリス!」
俺は、急いで席を立ち追いかける。
クリスは、厨房にいた。
そして、自分の首元に包丁を突き付けようとしていた。
俺は、慌てて手をつかむ。
だが、クリスの力はものすごく、じりじりとクリスの首元に血が浮かんでくる。
「離して!」
「離さない!」
「なんで!」
「言っただろう。俺は君のお兄ちゃんになるって。」
「だからなんで!意味わかんないよ!」
「人を死なせたくない理由なんてどうだっていいいだろう。君は、とっても優しい女の子だ。そんな子を死なせたくないんだよ。」
「私は化け物だよ。ここにいても、ブレスさんがつらい思いをするだけ・・。」
「なら一緒にいこう。」
「えっ!」
「聞いていただろう。俺は、空のいく。空には強いやつがきっとたくさんいる。ヴァンパイアだっているはずさ。そしたら、君は化け物なんかじゃないさ。」
「で、でも・・・。私もお母さんみたいにあなたを襲うかも・・・。」
「でも、でも、でもって。妹はお兄ちゃんのいうことを聞いてればいいんです!これでどうだ!」
俺は、力でクリスにおとるとしても、戦って負けるとは思わない。
ちょっと力の方向性を変えて、地面にクリスを押し倒した。
そして、その時にゆるんだクリスの手からナイフを奪い取って、ナイフをクリスの首元に突き付けた。
「お兄ちゃんは強いだろ。ヴァンパイアだろうとなんだろうと、俺は負けない。クリスに殺されたりは絶対しない。クリスがいつまでも優しいクリスでいられるようにしてやる!絶対にだ!だから、俺を信じろ!お前の兄を信じろ!」
俺は、地球にいたころは自分にここまで自信を持てる人ではなかった。
でも、戦神との修行で変わった。
どんな困難でも乗り越えて見せる。
そんな自信に満ち溢れているのだ。
「こんなの・・・。」
クリスは、じたばたを暴れて俺の拘束を解こうとする。
だが、びくともしなかった。
正直クリスの力はかなり強い。
だが、俺はこの力の差を覆すに足るような拘束の仕方をしている。
「そんなもんかクリス。お兄ちゃんには勝てないことがわかったか?」
「・・・・・・本当に。本当に私の見方になってくれるの?ずっとそばにいてくれるの?」
「ああ。言っただろう。君の兄になってやるって。だから、もう一人で抱え込むな。独りぼっちだと思うな。クリスがどんなに一人なりたがっても、俺は絶対にクリスを離さないからな!」
「・・・・・・。ぐすん・・・ぐすん・・・・・・。うわあああああ。お兄ちゃーん。うええええーーーーん。」
クリスは、長い間俺の腕の中で泣き続けた。