漫画なら大活躍なんだけどね……な能力
ある日、俺は友人の増田に呼び出されて近所の居酒屋へと出向いた。彼は大学時代からの友人で、社会人になった今も時々一緒に遊びに出掛けるくらいには仲が良い。
そして彼にはいくつか変わった特技があり、それの相談相手としても良く呼び出される。メールの文面からして、今回も多分そういった相談だろう。
居酒屋に着くと、顔をほんのり赤くした増田が上機嫌で俺を手招きした。テーブルには空のグラスが数個。待ちきれなかったのか、結構飲んでいるらしい。
「おーい、こっちこっち!」
「よう増田」
俺は手を上げて増田の挨拶に応えながら彼の対面の席に座った。
「で? 今度はなにができるようになったんだ」
「へへ、驚くなよ……」
ニヤニヤ笑いながら手を俺の前へ突き出す。
次の瞬間、増田の手のひらからボッという音と共に炎が上がった。
「おお、また凄い技身に着けたな」
「だろだろ? びっくりした?」
「ああ」
とは言ってみたものの、本当はそれほど驚いてはいなかった。なぜなら、昔から増田にはこういった不思議な力があるのだ。スプーン曲げだってお手の物、風を操ることもできるし、簡単な天気予報もできる。
だから今更手から火が出たところで驚くに値しない。
だが一応驚いておかないとヤツは俺が驚くまで力を使い続ける。それこそ、この居酒屋を燃やしてしまいかねない。
単純な増田は俺のリアクションに満足いったのか、火を引っ込めて腕を下ろした。俺も胸をなで下ろす。
しかし次の瞬間、俺を悩ませるような一言を増田はこともなげに言ってのけた。
「これをどうにかして飯の種にしたいんだ。こんな会社辞めてこれで生活していきたい」
「またお前はそんなことを……」
これもまぁ、いつもの事だ。そして増田の企みを阻止するのに俺がひどく苦心するのもいつもの事。
「頼むよ、知恵を貸してくれ!」
「あのなぁ、そう簡単に金が稼げるわけないだろ? 今会社を辞めたら大変だぞ」
「まぁ今までの能力ならダメかもしれないけどさ、この力ならいけるだろ! 漫画なら主人公級の能力だぞ」
こうなってしまうと厄介だ。
確かに漫画の主人公ならこの力を遺憾なく発揮して敵をバッタバッタと倒していくだろう。だがここは漫画の世界ではない。悪者は出てこないし、もし悪者がいたとしてもヒーローを職業として食っていくことはできない。
何度そう言って説得を試みたか分からないが、なかなか増田は分かってくれない。
だが俺はコイツを諦めさせるノウハウを持っている。だてに長く付き合ってはいない。俺は少し考え、そして増田の喜びそうなことを言ってみせた。
「そうだな……じゃあ火力発電とかどうだ? 今は石油が高いからな、うまく電気を作れれば石油王並の金持ちになれる」
「すっげー!! それ良いじゃん」
「じゃあ試しに全力で炎を出してみてくれ。できるだけ長く」
「分かった! ふんっ」
増田がいきむと、手のひらから火柱が上がった。天井に届かんばかりの炎だ。周りの客もビックリしている。
だがゴウゴウと燃える火柱が天井を焦がしたのは一瞬のことだった。それは風船がしぼむ様に急速に小さくなり、最後は情けない音を出しながら消え失せた。
増田は全力で100メートル走った後のように肩で息を切らしながら顔を歪めている。
「ど……どう?」
増田の問いかけに俺はゆっくりと首を振る。
「これじゃあ自転車をこいで発電したほうがまだマシだろうな」
「マジかぁー……じゃあ他には?」
増田はまだ諦めきれないようだ。昔からテスト勉強はすぐ諦める癖にこういう事の諦めは悪い。
「じゃあそうだなぁ、手品とかはどうだ? 炎を使ったイリュージョンとか」
「おお! それは素晴らしいな!」
「あっ、でもちょっと待って」
俺は携帯を取り出し、『手 炎 マジック』で検索をかける。すると出るわ出るわ、たくさんのマジックグッズの数々が。
俺は携帯の画面を増田の目の前に突き出して、さも残念そうな顔をしてみせた。
「残念だが、手から炎が出るマジックは子供の小遣いでも買えるくらい手軽なようだ」
「そっ、そんなぁ。でもでも! 俺のマジックにはタネがないぜ?」
「マジシャンは皆『タネも仕掛けもありません』って言うだろ。本当にタネがないかどうかは大きな問題じゃないんだよ。第一、炎のマジックだけじゃ食っていけないぜ。本当に飯が食えるくらい稼ぐなら他のマジックもできるようにならなきゃ。瞬間移動とかな。無理だろ?」
「うーん、瞬間移動はまだ習得できてないなぁ。練習はしてるんだけど」
練習してるのかよ……
その言葉を何とか飲み込み、俺は寂しそうな笑みを浮かべた。こいつと付き合うようになってから演技力が向上したような気がする。
「残念だが、マジックは無理だ。やっぱり会社を辞めるわけには――」
「あっ、傭兵とかどうよ? この力を使って存分に戦ってやるぜ。俺の能力を認めてくれないなら日本なんか捨ててやるっ!」
……なんてこいつは馬鹿なんだッ!
俺はこみあがる苛つきをやっとの思いで押さえながら、大きく首を振った。
「お前さ、今兵士たちが何を使って戦ってるか知ってる? 銃だぞ、銃! 槍や刀使ってる時代ならともかくッ! お前の手の炎と銃、どっちが殺傷能力高いかな? 3メートル先の敵も殺せないお前と20メートル先からでもお前を殺せる銃とどっちが有利だ? なぁ? おい?」
「ごっ、ごめんって……」
「時代が悪かったな増田。戦国時代に生まれていれば凄い武士、卑弥呼の時代なら神にもなれたかもしれないのに。まぁ仕方がない、諦めてサラリーマンやってろ」
増田は少し黙って、そして力強く頷く。
「ようやく分かってくれたか……仕事がんば」
「分かったよ。俺、神になる」
「うんうん、頑張るんだぞ……あれ?」
増田は今まで見せたことのないような情熱に満ちた眼差しをあさっての方向へ向け、居酒屋を飛び出した。
三年後、増田は「掌炎教」教祖となり、いかんなくその才能を発揮するのであった。