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魔物

 姫がLOAロア式ナイフの刀身を出現させていた。

 二五センチほどの青白い光の刀身だ。


 魔物を見てもおくしていないところ見ると、姫はこれまでにも魔物と対峙した経験があるのだろう。


「私にまかせて、二人は下がっていろ!」


 姫のいさましい声が飛ぶ。


「やれるのか?」


「助けると言った!」


 ダイスケの問いに対する答えにはなっていないが、その様子からすると勝算がないわけではないのだろう。


 一旦この場は任せることにして、ダイスケは真っ青な顔をして震えているボックを立ち上がらせると、そこから少し離れた場所に引きずるように避難させていた。


 炎狐えんこは姫と睨み合ったまま、互いに距離を詰める機会をうかがっているようだった。

 動きがない。


 このまま時間を稼ぐことができれば、いずれヨーゼも戻ってくる。

 なにも追い払ったり、倒したりするだけが、ここを切り抜ける方法ではない。

 ここは姫と協力すれば、それも叶わなくはないはずだ。


 と、そんなことを考えてダイスケはもといた場所まで戻るのだが、姫にはそれで露骨に嫌な顔をされたのだった。 


「……どうして戻ってきた?」


 ダイスケは苦笑いしながら、ふところのホルスターからSSスネークスレイヤーを引き抜いていた。


 姫には足手まといになるとでも思われたのかもしれない。

 ダイスケの腕前が素人ではないのは、ペンの地下射撃場で見ていたはずなのだが。


 ダイスケはやれやれと首を横に振っていた。


 仕方なく釈明するように言うのだった。


「姫は確かにオレより年上だよ。けど、女の子なんだからさ」


「――!?」


 途端に慌てる姫。


 見ると、赤く染まった姫の顔から蒸気が立ち上っていた。


「な、なにをこんな時に! 私をからかうな!!」


「けど、間違ってない。……そうだろ?」


「……」


 真顔で言うダイスケに、はにかむように唇を噛んで、最後は諦めたように姫は肩をすくめていた。

 そしてその可愛らしい口のはしに、ふと小さな笑みを乗せていた。


「……わかった。ならば、気をつけろ。コイツからはなにかおかしな感じがするからな」


 おかしな感じ?


 魔物と初めて対峙するダイスケには、いまいちよく分からない表現だ。

 だが、ここに魔物がいるということだけ見れば、違和感は確かにあった。


 チッ。


 姫が舌打ちをしていた。


 直後だ。


「来るぞ!」


 炎狐のわずかな動作を見切って、姫が鋭く注意をうながしてくる。


 しかし次の瞬間、炎狐が見せた変化はあきらかに普通の魔物のそれではなかった。


「なっ!」


 二人は目を剥いてそれを見る。


 炎狐の身体を包み込んだのは、淡い白光はっこう

 それは見覚えのある発光現象だった。

 そして、その胴体の下から突然姿を見せたものに二人はうめく。


 ロアだと!?

 

 耳に届き始める、甲高い駆動音。

 それとともに、その銃口から吐き出されたものは当然――


「避けろ!」


 ヒュン!


 光の銃弾である。


 精度はいささか甘かった。

 だが、威力は目を見張るものだった。


 姫がかけ声とともにダイスケを反対側に突き飛ばして、彼女自身は横っ飛びでそれを避けていた。

 ほんのさっきまで二人がいたその場所近くにそれは着弾し、大量の砂を巻き上げる。


「どうして魔物がLOAロアを!?」


 姫は驚愕しつつも走り出していた。

 止まっていれば狙い撃たれるのは必然だ。


 ダイスケも同じように走り出す。

 姫とは反対側に。


 炎狐の注意は姫が引きつけているが、ダイスケに向けられないとも限らない。


 が、いまのダイスケにはむしろそれより気になっていたことがあった。


「なんだってオレに使えないLOAがよりにもよって魔物なんかに!」


 そもそも魔物がLOAを身につけて、それを使用するなど前代未聞のことなのだ。


「って、気にしてる場合じゃないけどさ!」


 間合いを詰めようとする姫に、炎狐がそれをさせまいと弾幕を張っていた。 

 それだけ見れば、おそろしく危うい状況なのだ。


 しかも、姫はLOA式ナイフしか所持していないのである。

 そんな攻められ方をすれば、攻める方法もないし、いずれそれらの弾を被弾する事態にもなりかねない。


 ダイスケもSSで援護をしたいところなのだが、いま炎狐の注意を引けば、ダイスケはあの銃撃を避けることも出来ずにもろに食らってしまうことになる。

 五歳児の身体能力というのは、それほどまでに非力なのだ。


 さて、どうする?


 ダイスケは眉根を寄せる。

 

 冷静に――

 努めて冷静に思考を巡らせる。


 ヨーゼが来るまでにはまだ時間が必要だった。

 その支援は、しばらくは期待できない。


 となると、ここは自力で打開する方法を模索するしかないようだ。

 そうしなければ姫がなんらかのミスを犯したとき、負うリスクがあまりに大きくなり過ぎるからである。


 なんとか炎狐のLOAを止められれば、それで姫に勝機をもたらすこともできようが――


 そう思ったとき、ダイスケはふと思いだしたものがあった。


 ひょっとしてアレが使えるか?


 炎狐の銃撃は紛れもなくLOAのものだった。

 それは光弾を放つ前に一瞬、炎狐の身体が光ったことからも明かだ。

 あれは銃火器のLOAに見られる特有の発光現象なのだ。


 それなら――


 と、ダイスケは自分のズボンのポケットを急いで探る。

 そしてそこから引っ張り出したのは――


「まさかこんなとこで使うことになるとは……」


 あの赤い小さな球だった。

 エリーゼの資材置き場でマルソーに見せたあの球である。


 これならたぶん――


 ダイスケは頷く。


「姫っ!」


 器用に光弾を避けつつジグザグに走り続ける姫を呼ぶ。


 姫と一瞬視線がかち合っていた。

 声は聞こえているようだ。


 周囲の状況も、いまの姫にはしっかりと見えているのだろう。


「姫! これからオレが炎狐のLOAを黙らせる! そしたら一気に片を付けろ!」


「……片? ば、バカを言え! どうやってそんなことを!」


 姫が出来るわけがないと思うのも当然だ。

 自分ですら近づくことも出来ずにこうやって苦戦しているのに、どうしてダイスケにそれができるというのか。

 

 だが、ダイスケには考えがあるのだ。


「待て! いまは何もするな! そんなことをしたらお前に――」


 ――炎狐の敵意が向けられる。

 そんなことになったら、ダイスケはたちまち餌食えじきになってしまうだろう。


 姫の言いたいことはダイスケも理解していた。


 だが、ダイスケはその言葉を聞かなかった。


「まかせろ!」


 行動に移す。


 球――フレアとダイスケが名付けたその球の、わずかなくぼみを強く押し込んだまま、炎狐に向かって真っ直ぐ走りはじめたのだ。


「ダイスケ!」


 姫の悲鳴のような声が上がっていた。


 炎狐との距離が縮まる。

 その距離約一〇m。


 そこでようやく炎狐がダイスケの気配を察知して、迎撃態勢を取ろうと身体を向けていた。


 だが、先制はダイスケだ。


「くらえっ!」


 ダイスケはフレアを炎狐に向かって思い切り投げつけていた。


 パシュン!


 だが、それは届きはしなかった。

 飛距離が足りなかったワケではない。

 それは直前の、中空で真っ赤な光を飛び散らせぜたからだ。


 光は強烈だったが、手榴弾のようなものとは少し様子が異なっていた。

 生み出された衝撃も、音もほとんどない。


 一瞬、驚いたように白い鼻を退いた炎狐だったが、実害が何もないと悟るとすぐにその銃口をダイスケに向けていた。


 この距離で光弾をもらえば、ダイスケの命など一溜ひとたまりもない。


「ダイスケぇぇえええっ!!」


 姫が絶望的な顔をして絶叫していた。


 誰がどう見ても、ダイスケの窮地だった。

 失策だ。

 無謀すぎたのだ、と。


 ボックなど、目を覆ってすらいた。


 だが、ダイスケは違う。


 笑っていた。

 そう、笑っていたのだ。


「!?」


 そして次の瞬間、その場で奇妙な現象が起きていた。


 姫がごくりと息をのんでいた。


「なぜ……?」


 かすれた声で姫がそうこぼしていた。


 ダイスケは悠然とSSを構えていた。


 なぜかはわからない。

 炎狐は光弾を撃たなかったのだ。


 いや――


「あいにく、お前のLOAは使えなくさせてもらったよ」


 そう――


 撃たなかったのではない。

 炎狐は撃てなかったのだ。

 ダイスケのせいで。


 ダイスケは、戸惑いふためく炎狐えんこの胴体の下に見えている銃口に狙いを定めていた。


「ガキだってやれば出来るんだ!」


 トリガーを引き絞る。


 タァン!


 銃口から白煙が散っていた。


「姫!」


 ハッと我に返った姫が慌てて状況を飲み込んでいた。


 炎狐のLOA。

 その銃口が不格好に曲がっていた。


 そうたらしめたのはダイスケのデリンジャーに込められていた、散弾ショットシェル

 散弾と言えど、LOAを使用不能にするには十分な威力があったのだ。


「姫!!」


 もう一度呼ぶと、姫は今度こそこくりと頷いて炎狐に襲いかかっていた。


 あとは、あっけないものだった。


 ダイスケも念のために最後までSSを構えたまま、そのやりとりを見守っていたが、姫は手慣れたもので、危なげなく立ち回り、勝利を掴み取っていたのである。

  

 どさりと倒れた炎狐の横に立ち、姫はいま、肩で上下させながら酸素をむさぼっていた。


「……ったく……ハァハァ……無茶を……ハァハァ……するな……」


「それはお互い様だろ?」


 ダイスケはそう言って姫に近づくと、ねぎらうように少女のその華奢な腕を、手の甲でノックするように軽く叩いていた。


「だが、それより……だ。さっきのアレは……なんだったのだ?」


「さっきの? 投げたヤツ?」


「あぁ」


「あれはフレアって言うんだ。LOAの媒介器、その制御系を混乱させる電磁パルスを放つ手投げ弾なんだ」


「フレア……? パルス?」


 ちょっとなに言ってるか分かんないとばかりに顔をしかめる姫。


 ダイスケはそれもそうかと、ガリガリと頭を掻いていた。


「早い話、ほんの一瞬だけLOAを使えなくする武器みたいなものかな」


「武器? ま、待て。そんな武器聞いたことがないぞ!?」


 ダイスケは至極当然と頷いた。


「だろうとは思うよ。オレが作ったヤツだからさ」


「ハァッ!?」


 大げさなくらいに姫が驚いていた。


「ダイスケが!?」


 それでもしばらくは信じられなかったらしく、姫はマジマジとダイスケを見ていた。


 どういうことだ、とそのまま追求してきそうな勢いだったので、ダイスケははぐらかすように姫から顔を背けて、魔物に注意を向けていた。

 かがんで魔物の検分をはじめる。


 炎狐は一撃で姫に仕留められていた。

 のど元を深く掻き切られていた。


 無人機ドローンとは言え生体。

 その弱点もまた、生物とほとんど替わりがないのだ。


 ダイスケは炎狐の身体を転がして、その胴体の下に取り付けられていたLOAを確かめていた。


 銃身以外の部分は生身の部分に埋没しているようだった。

 だが、はじめからそういう状態であったわけではないだろう。

 何ものかに取り付けられた、そう見るのが自然な気がした。


 そしてもう一つダイスケは気になるものを見つけていた。


 なんだ?


 前足だ。

 その内側の部分になにやら、記号らしきものが書かれていたのである。


 AC-10-P1020


 識別コード?

 しかもこのコードの形式、どこかで見たことがあるような……。


 そうか!


 ダイスケはひら手を打っていた。


 LOAの試作品プロトタイプに付けられていたコードにそっくりなのだ。


 以前、マルソーの知人からそれを見せられたことがあったのである。

 なんでもメーカーから市販前の銃を供与されて、その耐久テストをしていたとか。


 ってことはこの魔物も、実は自然のものじゃなくて――


 そう思ったとき、突如としてその思考を中断させる、その声は聞こえていたのだった。


「おい! 無事か!?」


 ハァハァと息を切らせてようやくやってきたその人物は、ヨーゼだった。


 ダイスケの前で死んでいる魔物を見て、ぎょっとしつつ、それをやったのが姫であることを聞いてさらに驚いていた。

 もはや何を言っていいやらわからないような顔をしている。


 だが、全員無事であることは確認できたので、


「よ、よかったぜ。まさかこんなところに魔物が出るなんてな」


 引きつった笑いを浮かべながらも、とりあえずは安堵していた。


「そっちも大丈夫だったんですか?」


 ダイスケは聞いていた。


「あぁ、こっちに魔物は来てねぇからな。たぶん、この一頭だけなんだろう」


 だが、それでも100%安心していいかと聞かれれば、そうとは言い切れないとしか答えようがない。

 魔物がこの先、さらに現れないという保証はどこにもないからだ。


 そしてそれをダイスケは深刻に受け止めていた。


 しばしかんがみ、その末に――


 ヨーゼを見上げ、聞いていた。


「……やっぱりここで中止ですか?」


 洗礼のことである。


 継続する否か。

 ここはそれを判断しなければならない場面だった。


 ダイスケの言葉を聞いて、ヨーゼは苦い顔をして考え込んでいた。


 姫はダメだダメだと横で必死に首を振って騒いでいたが、その意志が尊重されるかは微妙なところだろう。


「ま、オレっちとしては続行したいんだが、とりあえず教団の方には連絡を入れておいたほうがいいだろうな」


 妥当な判断である。


「むぐ~っ」


 姫がもどかしそうにしていたが、強く言い切れないのは洗礼の当事者ではないからだろう。


 ヨーゼがラクダに背負わせていた携帯通信機を取りに行く。


 が、その時だった。


「いやいやいやいやいやー、こいつはすんませんね~。それについちゃあ大丈夫ですから。それには及びません。っていうか、すでに我々の方から連絡はさせてもらってますからね~」


 聞き慣れない、やけに調子のいい男の声が岩の上から降って来ていた。


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