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護身用

「マジで!?」


 思わず子どものふりをするのも忘れて、ダイスケは素のままの歓声を上げていた。


 ペンが開け放ったロッカーの中に仕舞い込まれていた物は、大小様々な銃器だった。

 ただしそれらはLOAではなく、いまや旧式アンティークと呼ばれる実包を装填する銃だったのである。


 そう。ダイスケがもといた時代、人が持ち得た汎用携帯武器のそれだ。


 しかも、ペンはずいぶんとこのアンティークにこだわりがあるらしく、その中にずらりと並べられていた銃器の大半は、大昔のそれを忠実に再現したものだったのである。


 ダイスケ曰く、サバゲーは男子のたしなみ。

 ダイスケが本物ではないにせよ、手にしたことのあるモデルも、その中に多く並んでいた。


「まぁ、あくまで護身用ってんだから、その名の通りのもんがいいんじゃねーか」


 ペンはロッカー内に設けられていた棚から、ずいぶんと小型の銃を一丁、取り出していた。


 上下に二つの銃身を持った、装填弾数はたった二発という、中折れ式の拳銃。


 通称デリンジャー。


 まさに護身用のために開発された拳銃だった。

 子どもの手にすら収まるほど小さいそれは、開発メーカーによって形や機構が違っているが、ダイスケがペンから渡されたものは、口径の大きな珍しいタイプの物だった。


「スネークスレイヤー……」


 ぼそりと呟いたダイスケに、ペンがぎょっとしていた。


「知ってやがんのか!?」


 ダイスケはその声を横に聞きながら、SSスネークスレーヤーを両手で構え、撃鉄を引いていた。

 さらにトリガーを引くと、カチリと撃鉄が元に戻る。


 シングルアクションで、撃鉄を引くたびに、発射される弾が上下入れ替わる機構のものだった。


「マニアックな部類の銃ですよね」


 ダイスケは過去の記憶を手繰たぐり寄せながら言っていた。


「こんなちっさいのに45ロングコルト弾か、ショットシェル――散弾を込められますし。スネークスレイヤーっていうのは、まぁ、そのままの意味なんでしょうけど、正直実用性があったかどうかは未知数。

 他のデリンジャーと比べれば確かに銃身は長いから、射線も安定するのかもしれません。ですが、それでもあくまでデリンジャーですからね。オレは嫌いじゃないですけど」


 と、淡々と語るダイスケを、ペンが唖然と見ていた。


「……なんなんだお前?」


 と、そこでマルソーに肩をつつかれて、ダイスケは自分があまりに饒舌に語りすぎてしまっていたことに気づかされていた。

 ペンの驚きようが、凄まじかったのだ。


 はぐらかすように、


「あ、でも、この弾とかあるんですか?」


 焦って聞く。


「……」


 が、ペンは耳に入らなかったらしい。


「あの~」


 と言うと、ようやくペンは「お、おう」と返事をしていた。

 慌てて同じロッカーの下の方から、二種類の弾薬の入ったケースを持ってくる。


「ちなみにだが、ダイスケ。お前ひょっとして、撃ち方とかもだいたいわかってたりするのか?」


 聞いてきたのはマルソーだった。


 ダイスケはさっきと同じようにSSを両手で構えていた。


「経験はないけど、まぁ、おおむねは」


 と頷く。


 とくにこの銃の場合は威力の高い銃弾を使用する。

 反動もそれだけ大きいし、いまのダイスケの体格が五歳児の平均だということを加味すれば、こうして両腕でしっかり銃を支えるように撃たなければ、まともに撃つことは出来ないはずだ。


 下手をすると反動で肩が抜ける恐れもある。

 が、そのあたりは実際撃ってみなければダイスケにも判断がつかなかった。

 なにせ、ダイスケが撃ったことのある銃は、弾がBB弾のガス銃がほとんどだからだ。


「なるほど。なら、オヤジにいちいち撃ち方を指導してもらうまでもねぇか。ここの地下で適当に練習させてもらえば問題ねぇな」


「お、おい、それはいいが、マルソー。なんなんだこの坊主は? やけに詳し過ぎんだろ?」


「いや、まぁ、その話はおいおいな」


「おいおいって――」


「それよりダイスケ。お前は銃はコイツで問題ないのか?」


 ダイスケはSSを手の中で何度か握りなおしながら、頷いた。


「サイズ的にも、とくには問題はないかも」


 SSの把手はしゅも手に馴染んでいた。


「そうか。なら、オヤジ。あと弾をいくらか用意しといてくれよ。ショットシェルもな。一万ずつもあればいいか?」


「い、一万って……」


 ダイスケが呻く。


 火薬類取締法がこの世界にもあれば、完全にアウトな弾数だ。


「けど、そうは言っても、ここに来ることはしばらくあるかわかんねぇんだぜ? 他の場所にも置いてあるとも限らないしな」


「それは――そうなのか」


「だろ? つーわけだから、オヤジ」


「あ、あぁ。わかった。お前らが街を出るまでには船に運ばせとくぜ」


「それと例の件も忘れないでくれよな」


 マルソーはペンに言って、ペンは頷いていた。


 おそらく小型の蓄光器スフィアのことだろう。

 奥の事務所に行っている間に話しておいたのかもしれない。


「よし。なら、ここの用事はこれでいいな」


「おっと、ちょっと待て」


 ペンが言っていた。


 するとペンはダイスケにそれを放り投げていた。


「サービスだ」


 何かと思って、受け取ったそれを見れば、それはSSを収める専用のホルスターだった。

 腰にぶら下げるタイプではなく、左脇に差し込むハーネスタイプの物で、それとは反対の右脇には小さいながら、銃弾のケースが入れられるようになっていた。


「サイズは大人用だからな。ちょっと身体に合わせてみろ、適当に仕立て直してやるよ」


 おお!


 ダイスケは大興奮で、それを掲げていた。


「わりぃな、オヤジ」


「気にすんな。それよりマルソー。寸法を坊主に合わせるからホルスターを、後ろから支えててくれるか?」


「了解」


 言われるままマルソーがダイスケの後ろからホルスターのハーネスを身につけさせると、案の定それはぶかぶか過ぎて、まともに採寸できず、マルソーがつり下げてようやく寸法がとれていた。

 テキパキとペンがホルスターのハーネスベルトを調整していく。


「おう。いいぜ。これでおっけいだ」


「あいよ。なら、オヤジ。ダイスケはとりあえず預けてくぜ?」


 マルソーが言い、意外そうにダイスケはマルソーを見上げていた。

 聞いていない話だったからだ。


「明日の準備だ」


「明日の?」


 マルソーに言われ、何かあっただろうかとダイスケは首をかしげていた。


「言ったろ? お前は五歳になるんだ。受けてもらわなきゃいけないことがある」


 あー。


 そういえば船でマルソーが、五歳に行われる習慣があるとかなんとか言っていたか。

 ダイスケはいまさらながら思い出していた。


「だから、そのために教会に申請に行く必要があってな。なーに、簡単な手続きをしに行くだけだ。お前の試射が終わるころには戻ってくるよ」


 と言うと、軽く手を振ってマルソーは店を出て行ってしまうのだった。


 五歳に行われる習慣。


 はて、どんなものなのだろうか。


 ダイスケは眉を潜めていた。


 教会と言っていたことから、宗教がらみのことなのだろうが。

 そうなるとダイスケには余計に見当がつかないのだった。

 日本の習慣からすれば七五三なのだが。


「さて、坊主。お前は地下の射撃場で練習だ。んで、そうなると嬢ちゃんだけが、残っちまうわけだが、どうするよ?」


 ペンが姫を見ていた。


「ん~」


 姫は言葉こそ悩むような素振りを見せていたが、その意志は明らかだった。

 顔に出まくりだったのだ。


 目をこれでもかと言うほどキラキラと輝かせて、旧式アンティークを見ていたのである。


「……ま、聞くまでもねーか。いいぜ。お前さんもついてこい。アンティークの常連が増えるのは大歓迎だ」


 ペンは顎をしゃくって、二人にこの奥だと言っていた。




 それからマルソーが戻って来るまで、およそ二時間くらいだろうか。

 地下射撃場でたっぷりと射撃訓練をしたダイスケたちは、マルソーが帰って来ると、工房から場所を移動していた。


 そこは街のこじんまりとした食堂だった。

 時刻は一八時過ぎ。

 夕飯には悪くない時間だった。


 三人で一つのウッドテーブルを囲んでいた。

 なんやかんやで姫もまだ一緒だったのだ。


「なんかあったのか?」


 ダイスケはテーブルの上に出された、分厚いポークソテーにかじりつきながらマルソーに聞いていた。


 珍しくマルソーが気むずかしい顔をしていたからだ。


「ん? あぁ、ちょっと工房に寄る前に気になることがあってな」


 それからマルソーは気にするように姫を見ていた。


「嬢ちゃん。嬢ちゃんは、この街にずっといるんだったよな? ひょっとしたら詳しいことをしらねぇか?」


「詳しいこと? なんのことだ?」


 姫が聞き返していた。


不適合者ハスクを鴨にしてるヤツがいるんだよ」


「鴨……。あー」


 チラリと姫はダイスケを見て、


「聞いたことがある」


 マルソーががっくりと肩を落としていた。

 ますます沈鬱な表情だ。


「つまり、どうゆうことなんだ?」


 ダイスケが聞くと、マルソーはこう話してくれていた。


 工房へと戻る途中、一人の少年が高価なLOAを盗み出そうとして捕まっていたと。

 その少年がこうわめいていたらしいのだ。


『オレは不適合者ハスクを治してもらうんだ!』


 と。

 つまりいくらか金を積めば、不適合者(ハスク)を治してやると吹聴ふいちょうしてるやからが、この街にはいるらしいのだ。

 それがマルソーには気になったらしい。


「そういうんなら前寄った街でもあっただろ?」


 ダイスケは言うが、マルソーは首を横に振っていた。


「それと今回のはちょっと違うんだよ。実際に実行に移すガキがいたってことと、この嬢ちゃんが耳にするほど、その話が広まってるってことがちょっと引っかかってな。

 つまり、何か企んでるヤツがいるってことだ」


 ダイスケは顎を揉んでいた。


「考え過ぎってことは?」


「ない」


「ホントに?」


「あぁ。考えてみろ。その類の話は昔からある都市伝説みたいなもんだぜ? それをただのガキが、いまになって信じて行動を起こすなんてのは有りえねぇだろ?

 きっかけがあったんだよ。それを信じさせるような何か、がな。

 そうなると裏で動き回ってるヤツの影を疑うのは当たり前だ。

 いるんだよ。不適合者を鴨にして、金もうけをしようと腹で黒い思惑を練ってるヤツがな」


 不適合者ハスクが本当に治るというなら、どんな犠牲を払ってでも治したいと思う者は多い。

 不適合者ハスクというだけで、この時代には不遇な扱いを受ける。

 いわば不適合者ハスクは、カーストの最下層に位置する者達だからだ。


 表面上は大きな身分差があるわけではない社会だが、それでも適合者であるか、不適合者であるかの壁は厳然げんぜんと存在し、不適合者は無碍むげに扱われることが当然のこととなっている。


 ハスクと呼ばれるのもLOAが使えないせいで、一人前に仕事も出来ない、見た目だけのまがいものという差別意識から来た言葉なのである。


 ゆえに不適合者は、だまされる者も後を絶たないのだ。


「……けど、それがオレたちになんの関係が?」


 ダイスケは聞いた。


 ダイスケとしては関係のない話ではないが、それでマルソーが苦い顔をする理由が分からないのだ。


「明日のことだ。それに影響しねぇかちょっと気がかりでな」


「ひょっとして、影響するようなことをオレはさせられるのか?」


「直接はねぇな。ただ、こういう不穏な空気が漂ってるときは、思いがけないことが起きるもんだ。

 とくに俺たちみたいな山師やましはな、その気がなくても巻き込まれちまうもんなんだよ」


 それは砂漠の男の勘というヤツだろうか。


 たまにマルソーは口にするのだ。


 砂漠の男の勘だ、と。


「で、結局のところ、オレは明日なにをさせられるんだ?」


「あぁ、そうだな」


 ガリガリとマルソーは頭を掻く。


「仕方ねぇか。ホントは当日のお楽しみだと思ってたんだけどな。

 さて、ここで問題だ、嬢ちゃん。五歳と言えば?」


 マルソーは人差し指を立てて、オムライスをほおばっていた姫に聞いていた。


 姫は口の中のものを飲み込んで、ナフキンで口元を拭うと、ダイスケを見ていた。


「ふむ。ダイスケは今年で五歳なのか? ならば決まっているな! 始教しきょうの洗礼だ!」


 びしっと姫は人差し指をマルソーに突きつけていた。


「ぴんぽーん! 正解。1ポイント獲得」


「うっし!」


 小さく姫が拳を握っていた。


「……シキョウ? センレイ?」


 ダイスケが聞くと、胸を張り、偉そうに答えたのは姫だった。


「教団の教えはじめの儀式だ」


「あぁ」


 マルソーが同意し、補足していた。


「俺たち武装商隊キャラバンの人間をラフィンズ・ベイグが支援してくれているのはお前も知ってるよな? 仕事の斡旋にはじまり、人材の紹介や、砂漠の航海に必要な資材の調達とかも教団はしてくれてる。

 それを受けるための登録申請を兼ねた、入会の儀式みたいなもんがあるんだよ。砂漠で生きていく心得を学ばされるんだ。

 だから、教えの始まり――始教しきょうって呼ばれてる」


「具体的には?」


「そうだな。そいつはつまり――」




「――こういうことだ」


 翌日、そうマルソーに言われ、ダイスケが立つことになったその場所は、街の外れも外れ、街と砂漠のほぼ境界にあたる場所だった。


 目の前には、まだ夜明け前の深く青い空と、延々と広がる砂漠の景色がある。


「砂漠の男が砂漠を数日かけて踏破する。基本だろ?」


 マルソーはダイスケ用にあつらえたバックパックを持って、にやりとして見せていた。


「……」


 ダイスケは頬を両手で挟み込んで、絶望的な顔をしていた。

*スネークスレイヤーは、ボンドアームズ社製のデリンジャーです。


*教会は建物。教団は宗教団体。そういう使い分けをしてますので、よろしくお願いします。

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