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都会

〈宗教都市クーリエ〉


 マルソー率いる武装商隊キャラバン砂上船さじょうせん寄航きこうしたこの街は、これまでダイスケが訪れたこの時代の街の中では、もっとも大きな街だった。


 中心部に、いまや世界宗教の一つとして数えられるラフィンズ・ベイグ教の数少ない支部があるため、それをよりどころとする人々が集まって、この街はこれほど巨大な規模を誇るようになったのだという。


 ダイスケは寄航の寸前、砂上船の甲板デッキから街の全景を眺めていたが、見渡す限りに広がる整然とした石造りの建物や、一つ一つの建物に施された精緻せいち意匠いしょうを見て圧倒されていた。


 前世では日本から出たことがなかったが、おそらく西洋にある古代都市の名残が残る地域というのは、こんな街だったのではないか。

 そんなことを想像していた。


「さて、まずはペンだな」


 ダイスケが、船の左舷さげんからのばされていたタラップを降りると、先に降りていたマルソーがなにやら思案するように、そこで呟いていた。


 そこは砂上船専用に設けられていた埠頭の一角だった。


「ペン?」


 思わず書く方のそれを想像して、ダイスケは声に出していた。


「お前さんがなにを想像してるかは、何となく分かるけどな、それじゃあないからな? お前さんの言った例のヤツを作ってくれるエンジニアのことだ。もっともその用事がなくても、あのオヤジには会いに行く予定ではあったんだけどな」


 と、そんな話をしている途中で、


「……忘れ物」


 覇気のない声が上からして、ダイスケが振り返ると船の甲板デッキからこっちを見下ろす人影があった。


 アネットだ。


 そこからマルソーに向かって何かを放り投げていた。


「おっと、そうだったそうだった」


 マルソーは片手でそれを巧みにキャッチする。


 受け取ったそれはマルソー愛用のツールベルトと道具一式だった。

 護身用のナイフや銃をはじめ、マルソーが外出する際にいつも携帯すべき道具が、そのベルトのホルダーには収まっている。

 船内では付けていないことも多いが、街に出るとなると必須の装備なのだ。


 大きな都市であるとはいえ、治安はダイスケのよく知る日本のように、良好な場所などこの時代にはほとんどと言っていいほどないからである。


「人さらいが増えてるらしい。気をつけて」


「おう」


 とアネットの言葉に、気軽にマルソーが手を挙げていたが、


「違う。ダイスケ」


「えぇ~? なんだよ、つれねぇな~? 昨日の夜はあんなに二人でもり――」


 びぃんっ!


 即座に飛んできた注射器三本が、慌てて一歩後退したマルソーの足下に突き刺さっていた。


「……アネット。いま、本気で狙ったろ?」


 青い顔をしてマルソーがアネットを見上げていた。


「気のせい」


「気のせいってことあるか!」


「だったら、思い過ごし」


「一緒だろうが!!」

 

 まったく仲がいいのか、悪いのか。


 ダイスケはやれやれと頭を振ってマルソーのもとを離れると、少し先で船の畜光器スフィアにラヴィスを供給する、業者の人間とバルが話しているところに足を運んでいた。


「お? コイツは珍しい船員さんだな。武装商隊キャラバンカデンツァもいよいよ人手不足が深刻ってか?」


「ハハハ。ご冗談を。隊長の隠し子ですよ」


 バルが軽口を叩き、業者の男がガハハハと笑う。

 頭をツルツルに丸めた、なかなか体格のいい男だった。

 どうやらバルともマルソーとも親しい間柄らしい。


「オレっちは、ヨーゼってんだ。よろしくな坊主」


 男――ヨーゼはダイスケの頭をぐりぐりと乱暴に撫でていた。


「ダイスケです。お世話になります」


 頭を下げていた。


「ほへー、コイツはまたあの野郎にしちゃしっかりしつけられてるじゃねぇか」


「船でも一人前以上に働いてくれてますよ、彼は。みんな大助かりです」


「ほほー。あのバルが褒めるとは、そいつは将来有望だな。

 そうだ。お前さん、この際俺っちの娘の婿むこになってみねぇか? お前くらいの娘がちょうどいるんだよ」


 その場でかがみ込んだヨーゼがニコニコしながら、ダイスケの肩を掴んでいた。


「ハッ、バカ言え。ンな家に婿入りなんかしたら、将来食うにも困るに決まってんだろ? こっちが願い下げだぜ」


 そこに、なぜだか頬に切り傷を作ったマルソーがやって来ていた。


「あんだと? バカはてめぇだ、マルソー。俺っちの娘がどれほど美しいか知らずに言ってやがんだろ?」


「見なくてもわかるぜ。お前をそのまんま女にすりゃいいんだろうが?」


「ガハハハ! 筋骨隆々で髪は無し、俺っちにそっくりな美人さん! ――って、バカやろ! どんな娘だよ! しばくぞ!」


 言いながら、ヨーゼとマルソーは笑いあい、互いの拳と拳をぶつけ合っていた。

 それが馴染みのもの同士の挨拶であるらしい。


「それはそうと、ずいぶんと久しぶりだったじゃねぇかマルソー? ここに来るのもよ」


「あぁ、しばらく稼げる遺跡があったんでな。ずっとそっちに付きっきりだったんだよ」


「けっ、景気のいいことで。こっちとは大違いだな」


「なに言ってやがる? ここで余裕ぶっこいて話してるヤツが言うセリフかよ?」


「ちげぇねぇ」


 と笑うとヨーゼは、なにやら自分を呼ぶ声を聞きつけたらしく、身体をそっちへと向けていた。

 仕事で呼ばれたらしい。


「なら、またあとで一杯やろうぜ、マルソー」


「あぁ」


「もちろん、お前のおごりでな」


「あぁ、お前のおごりで」


 両者は互いに引きつった笑いを浮かべ、結局どっちも譲らず、そのおかしな笑みのまま、しばらくにらみ合っていた。


「んじゃ、坊主もまた明日な」


 そう言うと、ヨーゼはエリーゼ号の方に走っていったのだった。


 その背中をマルソーは、どこか懐かしそうに見送っていた。


「アイツは、俺がカデンツァを立ち上げる前に一緒にいた武装商隊キャラバンの、もと同僚なんだよ。いまはおかに上がっちまったが、ああ見えても腕の立つ船乗りだったんだぜ?」


 マルソーは言っていた。


 人に歴史あり。

 そういうことなんだろう。


 ダイスケは黙って頷いていた。


「隊長」


「おう。バル」


「その格好、もう行かれるんですか?」


「あぁ。俺がいない間、船の守りは頼むからな」


「了解です。気をつけて行ってきてくださいね」


「おうよ」


 相変わらず生真面目な、その青年の言葉をマルソーは満足そうに聞くと、ダイスケの背中を押していた。


「うっし。なら、いくか?」


 白い歯を無意味に輝かせて、マルソーはダイスケを見おろしていた。




 そうしてダイスケがマルソーに連れて行かれたのは、街の中心部よりはやや外れ、商業地区の一角にある、ひなびた工房だった。

 軒先に掲げられていた、錆びて傾いた看板にはこう書かれていた。


 クラハマLOAエンジニアリング


 開けっ放しにされていたアーチ状の搬入口、そのシャッターの下をくぐって中にはいると、中はガラーンとしていた。

 薄暗いままで、人の気配もない。


「っかしいな。留守か? 行くっつっといたんだけどな」


 マルソーが首を捻って奥へと入っていく。

 事務所が奥にあるらしい。


 ダイスケは工房の中に置かれている工具やLOAを、あちこち物珍しく思いながら眺め、ふと気になって足を止めていた。


 視線?


 そう。入り口の方から誰かに見られている気がしたからだ。

 そういえばここに来る途中にも、誰かに見られているような気はしていた。

 人の往来が激しい商業区のメインストリートを通ってきたので、たまたま見られていたのかとも思ったのだが、どうやら違ったらしい。


 ダイスケは手近にあったレンチを手に取ると、息を殺して入り口に近づいていた。


 ゆっくり、ゆっくり足音をさせないよう、忍び足でシャッターの下まで行き、


「!!」


 不意に小さな人影が、外から顔だけのぞかせて、こっちの様子をうかがおうとしているのが見えていた。


 いまだっ。


 すかさずダイスケはその小さな人影の腕を取って、中に引っ張る。


「ぬきゃー!」


 甲高い声だった。


 女の……子?


 そうらしい。


 そしてダイスケはどうやら強くその腕を引きすぎてもいたようだった。

 人影は、引っ張られる力に抵抗できずに、そんまま中になだれ込んできていたからだ。


 それはダイスケにとっては、ほとんど体当たりのようなものだった。

 それを真っ正面からしたたか食らってダイスケはレンチを投げ出し、そのまま床に押し倒されていた。


「いっつー……」


 どこをどうなったかはわからないが、ダイスケは人影――少女にマウントポジションをとられていた。


「まったく、大胆だな!」


「大胆?」


 そんな少女の声がして、ダイスケは自分に乗っている少女を見上げていた。


 入口から入り込む光で逆行になり、顔がいまいち判然はんぜんとしないのだが――

 長い髪が視界に入った。

 入り込んでくる風に、その青い、長い髪が揺れていた。

 風貌はまだはっきりとしないが、溌剌はつらつとした雰囲気を纏った一〇歳くらいの少女だった。


「やっと会えたな!! ダイスケ!」


 ダイスケは目を細め、


「……まさか」


 少女は頷いていた。


 彼女のような髪の色は、この時代でもやはり珍しい。

 印象深い色なのだ。

 だから、ダイスケも忘れるはずがなかったのである。


「……姫?」


「やっぱり覚えていたか!」


 少女が満面の笑みを見せていた。


 そう言われて、ダイスケはしまったと口に手を当てたが、もう遅かった。

 

「わかってたぞ。お前はどこか違うと、私には分かっていた。すごいだろ!?」


 そして少女は抱きついてくる。

 というより、それはしがみつくという行為に近かったが、ダイスケをぎゅっとしてそのままゴロゴロゴロゴロと右へ左へ、床を転がっていた。


 そう、四年と数ヶ月ぶりの再会。

 彼女はあのグリフィードの娘だったのである。


 なぜこんなところにいて、どうしてあんなわずかな時間のことを覚えていたかは、まったくの謎だったが、彼女であることだけは間違いなかった。


「って、なにやってんだ、お前ら?」


 マルソーが奥から戻ってきて、呆れたように見おろしていた。


 そこでようやく少女――姫から解放された、ダイスケは、ぐらんぐらんと回る視界の中で、なんとか立ち上がり、


「バッタリ会った」


「そうだ!」


 と、姫が横に並んで、元気に片手を上げてダイスケの言葉に追随していた。


「って、その髪。お前はグリフィードのおやっさんとこの?」


「そうだ!」


「つか、なんでこんなとこに――」


 とさらにマルソーが言いかけて、思い出したようにポンっと手を打っていた。


「寄宿学校か?」


「正解! 一ポイント!」


「あ、これはこれはどうも」


 へいこら頭を下げるマルソー。


 どうやらマルソーは、このクーリエにラフィンズ・ベイグ教団が主催する寄宿学校があることを思い出したらしい。

 おそらく彼女はそこに通っていて、たまたまダイスケのことを見つけたのだろう。

 

 とは言え、以前あったときとは比べものにならないほど、ダイスケは成長して見違えるようになっているというのに、一体この少女はどんな観察眼をしているのだろうか。

 まったく人並み外れた感性の持ち主である。


「あのなー、うちは託児所じゃねーんだがな?」


 奥から、やけにテンションの低い男の声がして、ダイスケが顔を向けると、そこからのっそのっそと出てくる人物がいた。


 表にさらされている肌の方が少ないくらい、髪と髭に顔を埋もれさせた、強面の大男だった。


「おっと、わるいなオヤジ。コイツらどっちも関係者なんだよ」


 マルソーが言っていた。


 おそらくその大男がこの工房のあるじなのだろう。


「ペン=クラハマだ」


 マルソーはダイスケにそう紹介して、ダイスケのことも大男――ペンに紹介していた。


 ペンは何日も洗ってないだろう脂ぎった長い髪の頭をガリガリと掻いてから、ダイスケをマジマジと見て、


「なんだ? 注文してきた武器ってのは、まさかこんなガキが使うヤツなのか?」


「まぁ、そうなんだが、そういうのは言いっこなしだろ?」


 マルソーは苦笑いしていた。


 姫はそんなペンのことが怖いのか、サッとダイスケの前に出てダイスケをかばうように立っていた。


 ペンのその異様なたたずまいは、確かにエンジニアというよりホラーハウスの主と呼ぶ方がしっくりくる。

 

「大丈夫、大丈夫」


 ダイスケは落ち着かせるように後ろから姫に言ってやると、姫は下唇を噛んで、必死に恐怖を我慢している顔を向けてきていた。

 まるで梅干しでも食べているときのような顔だ。


 それにダイスケは思わず笑っていた。


「……ダイスケぇ~」


「ごめんごめん。でも、オレは大丈夫だからさ。ありがとう、姫」


 非難がましく名前を呼んでくるその少女の手を、勇気づけるようにダイスケはそっと握ってやる。


 少女の方が頭一個分は確実に背が高かったし、大きかったが、中身はダイスケと違って正真正銘の子どもなのだ。

 年上だからと、めいっぱい虚勢を張って守ろうとしてくれたのは嬉しかったが、そもそもダイスケにはその必要もない。


「……うん」


 少女はちょっぴり恥ずかしそうに頷くと、顔をほんのり赤くして、ダイスケの横に戻っていた。

 なぜだか嬉しそうにも見える不思議な表情だった。


「ほぉ。なるほど」


「分かってくれるか?」


 ペンがその様子を見ていて、何かを感じたらしい。


 マルソーがにやりとしていた。


「じゃ、早速 見繕みつくろってもらえるか?」


「あぁ、しゃーねー。わあったよ」


 マルソーがペンに目配せし、ペンは了承すると頷いていた。


「なら、そっちの嬢ちゃんだが、とりあえずそこで待っててくれるか? ちょっとだけコイツを借りるからよ」


 ペンが言うと、ダイスケは安心させるように姫に微笑んでいた。


 姫は素直にこくりと頷く。

 すんなりと手も放してくれていた。


「おい、坊主。こっだ。こっちに来やがれ」


 ダイスケは言われたとおりにペンの元に行くと、ペンは近くにあったダイヤル付きのロッカーを開け放った。


 そしてダイスケはその中に入っていた物を目の当たりにして、わなわなと肩を振るわせたのだった。


 猛烈な興奮を覚えたせいで。


「マジで!?」


 思わず子どものふりをするのも忘れて、ダイスケは素のままの歓声を上げていた。

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