契機
いいいいいいいいいいいいいやぁあああああああああああああああ!
ダイスケは胸中で絶叫していた。
「だうぁ~~~っ!」
実際にはそんな声になっていたが、それもこれもアネットがキランとメガネを怪しく光らせて、ダイスケを脇に抱え、そのままマルソーの部屋から連れ去ろうとしていたからだ。
「頭開く。開頭必至!」
「いやいやいや、待て待て待て! 俺が預かってるガキなんだぞ!」
必死にアネットの抱えたダイスケの両足を掴んで、止めるマルソー。
「えっ、えっ、拷問? これ引き裂きの拷問~?」
と、なぜだかすでにその歳で凄いことを言いながら、マルソーとアネットがダイスケを取り合う姿を見る少女。
ダイスケは半分死を覚悟していた。
あぁ、このままオレは、内蔵でもぶちまけて天に召されてしまうんだな――
短い人生だった。
二度目だけど。
などと、思っていると、
「あー、コホン。すみませんがお取り込み中よろしいでしょうか?」
それはまさに天の声だった。
いや、違う。
バルの声だった。
「子どもが見ています」
バルが、少女に視線を向け、ハッとしたアネットとマルソーがバツの悪い顔をして、冷静さを取り戻していた。
子どもの前で大人げない態度を見せるものではない、そんな自覚があったらしい。
「あと、とりあえずこの子は俺が預かっておきますね」
そう言ってダイスケはバルになんとか命を救われて、彼の腕の中へと身を移していた。
掴まれていた足と、抱えられていた脇がひどく痛い。
ダイスケはさすがに涙目だ。
「で、報告書を提出しておきます。いいですか隊長?」
「お、おうっ。ご苦労さん」
それからバルはダイスケをベッドの上に戻すと、すぐに出て行こうとするが、思いついたように振り返って、
「あ、そうそう。システム管理者から聞いたんですが、最近隊長、やたら船内データベースにアクセスしまくってますよね? どうかしたんですか?」
「あー……」
マルソーがチラリとダイスケを見て、苦い顔をしていた。
もちろんダイスケがやっているなどと言えるわけがない。
アネットもいるのだ。
「さ、最近、物忘れが激しくて……」
目は泳いでいたが、
「なるほど。そういうことならまぁ、仕方ないですね。そう言っておきます」
とても納得しているようには見えなかったが、何か事情があると言うことをバルは理解したらしい。
聡い部下である。
バルはそのまますんなりと部屋を出て行ったのだった。
が、
「……健忘」
アネットがぼそりと言っていた。
「ぬっ」
本気でマルソーが嫌そうな顔をしていた。
「隊長で我慢する」
「な!?」
「じゃなきゃ、ダイスケ?」
「……」
究極の選択。
「いいいいいいいいいいいいいやぁあああああああああ!」
あえなくマルソーはアネットに連れ去られていた。
なむ~。
それを他人事のように遠い目をしてダイスケは見送っていた。
骨は拾ってやるぞ、と心のうちで呟いて。
しかし、それはそれでいいが少女はどうする気なのか。
まだ、この部屋に残っているのだが。
「ダイスケ?」
少女に聞かれ、まいいかと思いながら、ダイスケは頷いていた。
「おーおー!」
少女が拍手をする。
そしてなぜだか、抱きついてきて、
チュッ。
ダイスケはほっぺにキスをされていた。
おませさんである。
「おやおや、こんなところに」
と、そうしていると見知らぬ男が部屋に入ってきていた。
少女の声を聞きつけてきたらしいが、普通に船内に入ってきているところを見ると、武装商隊の関係者かなにかか。
「パパ!」
少女がそう言って見上げていた。
ということは、この男がグリフィードか。
同じ青い髪に、小麦色の肌。
やや下がりがちの目。
少女と違って、ずいぶんと柔和な面持ちの男だった。
少女のやや勝ち気そうな目元は、どうやら母親似であるようだ。
おかげで美人に育ちそうである。
「ダイスケ、ダイスケ!」
少女が上機嫌でダイスケを指さす。
「ほほー。お友達になったのかね?」
しかし、少女は首を振っていた。
「ダンナ、ダンナ」
「……」
途端にキッと鋭い目つきで、男はダイスケを見ていた。
ゆらりと動いたその右手が、一瞬のうちに腰にぶら下げていた、何かの柄らしき物を引き抜く。
ヴォン!
なにもなかった柄から突如として伸びたのは、淡い赤色をした光の刃だった。
LOA式のナイフだったらしい。
どんな反応だよ!?
赤ん坊相手だぞ!?
ダイスケは頬を引きつらせていた。
「パパ!!」
「……」
娘に必死に袖を引かれ、男は不満そうに舌打ちしていた。
「パパ!!」
「ハァ……わかったとも」
渋々ナイフを収めると、まるで汚いものでも見るかのようにダイスケを一瞥して、男は少女の手を引いていた。
「さぁ帰るよ」
バァンッ!
言葉こそ優しかったものの、男は思い切りドアを閉めて少女と一緒に出て行ったのだった。
あとに残されたのは静寂ばかり。
なんだったんだ……?
ダイスケは呆気にとられていた。
だが、これが間違いなくはじまりだったのだ。
この少女との長い長い因縁の――
そして月日はあっという間に流れる。
ダイスケは五歳を迎えようとしていた。
ようやく人としてそれなりの待遇を受け始め、言葉も不自由なく話せるようになり、ダイスケはいっちょまえに武装商隊の一員として、見習い仕事などをこなすようになっていた。
もっとも中身は二五歳。
仕事など出来て当然ではあったが、その事実を知らない周囲としては非凡な働きぶりだと、評判はすこぶる良かった。
惜しむらくはLOAが使えないことだったが。
それさえなければ、と残念がる声をダイスケ自身も遠くに聞いたが、彼本人は思いのほか気にしてはいなかった。
ないものはない!
二五歳ならば至っておかしくはない境地。
見た目以上には大人だったのだ。
さて、それはさておき、そんなダイスケが現在任されている見習い仕事だが、その内容は主に船内に運び込まれたLOAの整理であった。
武装商隊ではLOAを扱う機会が実に多いのだ。
それは武装商隊というものが、砂に沈む遺跡から様々な遺物を探し当てる、ファンタジーで言えば冒険者のようなものだからである。
次から次へと運び込まれてくるLOAを分類し、細かく整理して、所定の位置に収めるまでがダイスケの仕事だった。
それは好奇心の塊のようなダイスケにとっては、まさに願ったり叶ったりの仕事であった。
なぜなら、LOAの現物を見られる上、その中には希少な、これまで発掘されていなかった未知のLOAもあったからだ。
それが彼の探求心をくすぐらないはずない。
が、しかしだ。
それでも最近、一つだけダイスケにも不満に思うことが出てきたのだった。
未知のLOAのことで、だ。
ダイスケはこのLOAを未知のLOA、といつもそう一括りにして分類していた。
彼以外の人間は、未知でもしっかりと機能別に分類していたのだが、ダイスケは不適合者であるせいで、実際にLOAを動作させられず、詳しい機能を調べられなかったからだ。
それがこのところ、どうしても許せなくなってきていたのである。
頭ではLOAの構造を完璧に理解しているし、それだけの知識をダイスケはこの数年で得てきていた。
それ故、その知識をまったく生かすことが出来ない、この生殺しのような状態がストレスになりはじめていたのである。
だから、あるときダイスケは思い切ってマルソーにこう相談していたのだった。
「オレも未知を調べたい」
船の資材置き場でのことだった。
その一角は、いらない発掘品やガラクタが集められ、積み上げられて山のようになっており、いまやそこはダイスケが暇さえあれば居座っている専用のスペースとなっていた。
たまたまそこを通りかかったマルソーを、ダイスケは捕まえたのである。
マルソーは口にくわえたタバコを吹かしながら、床に直に座り込んで、なにやら工作の途中だったらしいダイスケを見下ろしていた。
「未知? あぁ、別にそいつは断る理由もねぇが、それはそれとしてどうすんだ? LOAの起動は?」
ダイスケは頷いていた。
「だから、そのために欲しい物があってさ」
「ふむ。欲しいもんね。お前さんの普段の仕事ぶりには、目を見張るもんがあるからな。いいぜ。なにが必要なんだ?」
「小型の蓄光器」
「小型の……畜光器?」
マルソーは訝しげな顔をしていた。
別に蓄光器というのが分からないわけではないだろう。
蓄光器というのは一般的なものだ。
ラヴィスを貯めておくことが出来る、いわばバッテリーのような物のことなのである。
LOAには身近な生活機器以外にも、車輌や重機などといった大型のものもある。
それを動かすには、搭乗者一人のラヴィスでは圧倒的に量が足りないため、大容量のラヴィスを供給する畜光器というものが必要になるのだ。
いま二人のいるこの船も、その畜光器に貯められたラヴィスで動いているのである。
「それも簡単に携帯できそうなくらい小型なヤツ」
ダイスケは人差し指と親指の間を五センチくらいあけて、これくらいちんまりとしたヤツとアピールしていた。
それに対するマルソーの返事は早かった。
「ねぇな、それは」
「……『ない』? この船にってわけじゃなく?」
戸惑うダイスケに、さも当然のようにマルソーは頷いていた。
「あぁ、そうだ。よーく考えてみろよ。大概の人間がLOAを使えるんだぜ? なんでそんなもんが必要になる? そもそもLOAってのは、燃料とかエネルギーパックとか弾薬とか、そういうのを持たなくてもいい、その携行性を実現するためのもんなんだぜ? そんなもんを作って組み込もうって発想がすでに本末転倒だろ?」
確かに。
ダイスケは不本意ながらも納得させられていた。
だから、これまで学んできたデータベースにも、大型の蓄光器のことしか書かれていなかったのか。
「けど、それでも小型の蓄光器があれば、使い方によっては有効なこともあると思うんだよ」
「お前に限ってってことか?」
違うとダイスケは頭を振っていた。
ダイスケはずっと考えていたことがあった。
なぜ自分には媒介器のコアが反応しないのかと。
適合、不適合があるのはわかるが、そこには反応しない条件があるのではないかと。
それを素人ながらも長いあいだ調べてきて、原因こそ分からなかったものの、つい先日、面白い発見をしたのである。
そしてダイスケはこの武装商隊の技師に手伝ってもらい、その実証に成功していたのだった。
さらにその結果を踏まえ、ダイスケは夜なべして作ったその成果を、いまズボンのポケットから取り出していた。
「なんだそりゃ?」
ダイスケの手のひらにのっていた物は、ゴム風船を連想させる小さな球だった。
サイズはピンポン球ほど。
色は赤色だ。
その球の中にも何か入っているようだったが、中は見えないようになっていた。
「これは――」
とダイスケはマルソーに言いかけ、周囲に誰もいないことを一度確認してから、こっそりその球の正体を耳打ちした。
「!?」
目を剥いてマルソーが驚いていた。
「……マジで言ってんのか?」
ダイスケがにやりとしていた。
もちろん、と。
「使い切りだから、試せばなくなるけど、これの実証も終わってる。なんならいま試してみる?」
ダイスケは言って、マルソーが腰にぶら下げていたLOA式ナイフを指さしていた。
そこには柄だけしかない、専用のホルダーに収められているそれがあった。
不適合者でなければ扱える、一般的なナイフだ。
「……い、いいわ、やめとく。お前がこの手のことで嘘ついたことなんてねぇしな。信用するぜ」
「なら?」
「あぁ、わかったよ。そいつが量産化できれば、こっちのでかい利益になる。
小型の蓄光器を作ってやるよ。作ってくれそうなヤツにも心当たりがあるしな。ちょうどこれから補給に寄る街にいるんだよ。
それとお前のことで、ちょっとした用事もあるし」
「用事?」
「お前、もうすぐ五歳になるだろ? もちろん中身じゃなくて、ガワがな。この時代には、ちょっとした習慣があるんだよ。砂漠の男にはとくに大切とされてる、な」
マルソーは神妙に言っていた。




