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リー老人

 資料庫1F――


「……あった」


 ダイスケはぽつりと呟いた。


 ここにあることは間違いないと踏んでいた。

 が、さすがにこの広い資料庫のどこにあるかまではダイスケにも知る術がなかった。


 ゆえに唯一協力を得られる少女、エルセリンデとともに、すでに幾度もここの捜索を行っていた。

 今回でその回数は、一三回。

 その一三回目にして、ようやくそれは見つけられたのだった。


 ダイスケは凝視していた、円筒形のケースの蓋をパタリと閉じていた。

 手に取っていたそれは、直径五センチ、幅一五センチほどの金属で出来たケースだった。


 同じようなそれが、ほこりを被っていた木箱の中に、緩衝材として入れられている木毛もくもうに埋もれるように、他に二つあった。

 木箱の古さからして、おそらくそのケース自体もかなりの年代物であるのだろうが、表面に薄いフィルムがコーティングされているためか、経年による劣化はほとんど見られなかった。


 おそらく中身ともども、十分に使えるだろう。


 そう、ダイスケは見立てていた。


 そして満足げな顔をして、あらためて手分けして探してもらっているエルセリンデに教えようと、呼びに行こうとし、その声はしたのだった。


「ふむ。少し前にアクセスされた痕跡があったが、あれはオンシじゃったようじゃの。検索しておったのは、その場所かの?」


 降って来たのはしわがれたソレ。

 屈んだまま、ダイスケが顔を上げると、木箱を挟んだ正面に、杖をついた老人が立っていた。


 ずいぶんと久しぶりだった。

 そこにいたのは自称、用務員のリー老人だったのだ。


 もう何度もここに足を運んでいるというのに、会ったのはここを訪れたあの日以来だった。


「もしかしてとは思ってましたけど、やっぱり来たんですね」


「ふむ。予想しておったか。あいかわらずさといの。ならばワシがなんであるかもすでにわかっておると理解してもいいんじゃな?」


「そうですね。さながら地下書庫の管理者、そう言ったところですか?」


 互いの視線が油断無くからむ。


 リー老人は、ダイスケが性別を偽っていたことを一目で見抜いていた。

 その飄々(ひょうひょう)とした風体とは裏腹に、その眼力は侮れないものがある。


「なるほどの」


 少しだけ困った顔をしてリー老人が顎髭をでていた。 


「いまさら肯定することでもないんじゃろうな。して、時間もない。それならばさっさと本題に入るとしようかの。

 オンシに聞いておきたいことがある。

 オンシ自身のことを教えて欲しいんじゃ。オンシは何を欲しておる? それを聞かせてくれんかの? 何のためにそれを持って行こうとしておる?」


 ダイスケはその質問の意図に思慮を巡らせる。


 『それ』というのは、もちろんダイスケが手にしているケースのことだ。


 おそらくこれは審査の類の問答だった。

 コレを――ケースを持ち出すことの可否が、ダイスケの答えによって決まる。


 下手なことは言えなかった。

 が、取りつくろうことにもまた意味がない。

 問われているのは本心だ。


 ダイスケは顎に手を当て、しばし考えていた。

 そして顔を上げ老人に真っ直ぐ目を向けていた。 


「……強いて言えば、助けるためです。そのためにこれが必要になるからです」


「助ける、と? つまりどういうことじゃ?」


「一番、知識を望んでるのはオレじゃないからです。もちろん、知識が――力が欲しくないワケじゃない。けど、オレのソレはちょっとした興味でしかなくて、ただの好奇心に毛が生えた程度のもんだからです。

 けど、アイツはそうじゃない。

 そして、オレは単純に見てみたいと思ったからなんです。

 オレが諭した一人の女の子が、特別な知識を得たら、どう変わろうとするのかを。

 だから、助けてみたいと思ったんです。

 そういう意味じゃ、その変わる姿に興味がある――つまり、好奇心で動いてるってのは同じなのかもしれませんけどね」


「ほっほっほ。なんとも変わった趣向じゃの。しかもそれをこうまで臆面おくめんもなく言い切ってくるとは、またずいぶんと肝がわっておる」


「隠すことほどのことでもないですから」


「ほっほっほ、なるほどの」


 リー老人は楽しそうに笑っていた。


「しかし、それでも実際に口出して言えるか言えなんか大きな差じゃぞ?」


「そういうもんですか?」


「うむ、そういうもんじゃ。だからこそ、ワシは認めようと思う」


 予想外にあっさりと認められて、ダイスケは拍子抜けしていた。

 だが、世の中、意外にそんなものなのかも知れない。


「なれば、これを持て行くと良い」


 リー老人が片手を差し出していた。

 何かをつまむようにするその手に、チャリと音がしたかと思うと、手のひらの死角となったところから、鎖の付いた古めかしい真鍮色の鍵が現れていた。


 ユラユラと揺れるソレ。


 ダイスケはそれに手を伸ばすことを一度、躊躇ためらったが、結局それに手を伸ばしていた。


 リー老人が鎖から手を放すと、上向けたダイスケの手のひらに、鍵が落ちてくる。

 予想外にそれには重みがあって、ダイスケはやや戸惑っていた。


 しかし、それもわずかな間だけだ。

 鍵はすぐに消え失せていたからである。


 ダイスケの手に落ちた鍵は、わずかな光の滴を撒いて、その場で跡形もなくなっていたのだった。


「なに。心配することはない。それはもともと形ある物ではないからの。オンシにももうわかっておるんじゃろう? ワシがどんな存在であるかも。

 つまり、それも同等の物ということじゃよ。それが示す、メタファーにしか過ぎぬ。

 ゆえに、それ自体が意味するものは、すでにオンシのものとなっておる。求める場所へと至る、扉の鍵はもうオンシのもんじゃ」


 その言葉を聞きながら、ダイスケは鍵を受け取ったはずの手のひらを拳にした。


 おそらくこの老人が真の意味でどんな存在であるか、理解していなかったらその言葉も同様に理解できなかっただろう。


 この老人と同等の物――


 となると、やはりその鍵もまた実存しない物ということだ。

 なぜなら、この老人には実体がないからである。


 だが、それは幽霊というカテゴリにあてはまるものではなかった。

 この老人は、そんな曖昧あいまいに存在しているものではないからだ。


「ちなみに聞くのじゃが、どうして分かったんじゃ?」


 老人が肩の荷が下りたとばかりに、それまでの堅苦しい雰囲気を取り去ってそう聞いてきた。


「『どうして』?」


「ワシのことじゃよ。まさかあの伝記からというわけではあるまい」


 ダイスケは苦笑いした。


 そう言うということは、この老人はわざとあの伝記を選んで渡して来たのだろう。

 あれには自分の正体が分かるような情報が載っていない、そのことを知っていたからこそ。


「学校紹介のカタログを見たんですよ。そしたらそこにあなたが載っていた。もちろんそれは職員紹介の項目じゃない項目です。けど、それが見つけられたから、もしかしてと思ったんですよ」


「学校紹介からか……なるほどの。まさかそんなところからバレるとは、思いもせなんだが、さすがじゃの。

 しかも、そこからワシの正体にまで思い至るあたり、やはり聡いの、オンシは」


 リー老人は盲点だったと顎髭を撫でながら笑っていた。


「ま、しかしじゃ、そのあたりはさすがに想定外じゃったが、これといって問題が起きずにここまでこれたことには、正直ホッとしておるよ。さすがに前回のようになるのはワシとてごめんじゃからの」


 と、リー老人は付け足すように言っていたが、当然その言葉をそのまま聞き逃すほどダイスケも抜けてはいなかった。


「前回?」


 その単語で頭に浮かんでいたのは、ノバラやウルルシュから聞かされていた、自主退学した生徒の話である。

 まさかこんなタイミングで関わる話が出てくるとは思いもしていなかったが、少し考えればそれも不思議なことではなかった。


 その生徒が記憶を失ったのは、地下書庫を探していたからだ。


 だから思わずダイスケは聞いていた。

 思いの外、重々しい声で。


「……記憶を失ったのは、あなたのせいだったんですか?」


 ぴたりとリー老人の髭を撫でる手が止まっていた。

 ダイスケが何を聞きたいか、老人はすぐに察しが付いたからだろう。


「ふむ。それはそうとも言えるし、そうでないとも言えるのぉ」


「無責任な」


「ほっほっほ。ワシはそんな高尚こうしょうな存在ではないからの。そうとしか言えん時もある。

 それに言っておくが、なにも奪う目的で奪ったというわけではないんじゃ。ただ単に、それは欲する物を得るためのリスクじゃったということだけじゃ」


「リスク?」


「そうじゃ。そもそも記憶をうしのうたわらべも、なんの覚悟も無かったわけじゃあない。これについては了解もしておった。何が起きるかは、ワシもわからんかったからな。

 つまりじゃ。説明するに、それはこういうことなんじゃよ。

 オンシにはいま、ワシは普通に見えておるじゃろ? じゃが、この状態は普通ではあり得ないことなんじゃよ。一般的な人間には、ワシの姿を認識することはそもそもできん」


 認識が――できない?


 ダイスケはそれを聞いて目をしばたたかせていた。


 気にも止めたことはなかったが、そういえば、この老人と前回会ったときは一対一だった。

 それゆえ分からなかったのだろうが、まさかそうなのかと、今さらながら驚かされていた。


「して、そういうわけじゃから、普通はまずワシを認識するために、特異な処置を受け入れてもらわねばならんのじゃよ。そうしなければ、地下書庫なども遥かに先だからの。

 オンシには言っているこの意味がわかるじゃろ?」


 ダイスケは無言で頷いていた。


「ゆえに童は選択したということじゃ。認識力を得るために、自らリスクを負うことを」


 だが、結果は示されているとおりだ。


「つまり、その生徒はそのリスクに飲まれただけになった、そういうことなんですね?」


「そうじゃ。残念なことじゃが、まだ普通の子どもには脳に対する負荷が大きかったようでな。申し訳ないことをしたと今では悔いておる。

 ワシを認識するために必要なプロトコルの情報量が、あまりに大きすぎ結果じゃな。おそらく記憶を失ったのは、それが近々の記憶を圧迫したということなんじゃろう」


 リー老人がそのことを、自分のせいとも、そうでないとも言ったのは、それゆえのようだった。


 ちなみに、そのあと生徒が行方不明になっていた件については、老人に聞くと、記憶を失い、心身を喪失した状態から抜け出すまで、しばらく保護していたことが原因のようだった。

 意識を回復するまでに数日かかったらしい。


「けど、そうなると一つ疑問が出てきます。オレの場合です。オレは一体どうなってるんですか? オレはまだ五歳ですけど、どうしてあなたと会えてるんですか?」


「それは見た目だけじゃろ?」


 リー老人はおかしそうに笑っていた。


「それに、オンシの場合は、それ以上にそこに至る課程が違っておったから結果もまったく違っておったんじゃよ。すでに想像がついておるのかもしれんが、オンシが使っている部屋、あそこにも秘密がある。

 オンシはあそこにいたおかげで、ゆっくりワシとまみえる素地そじが作れたんじゃ」


「部屋……? 給電システムが関係してるってことですか?」


「そうじゃ。あれはただの給電システムではない。

 オンシは、マイクロ波が内耳ないじ蝸牛かぎゅうを刺激して音を生じさせることは知っておるかの?」


「フレイ効果ですね?」


 ダイスケが言うと、老人はいささか驚いた顔をしていた。

 ダイスケは、そこからさらに続けていた。


「なら、やっぱりそうなんですか?」


「やっぱり……とな?」


 老人が眉をひそめていた。


「一つ、考えていたことがあったんです。フレイ効果で生み出された音が、仮に精密かつ高度に制御することができたとしたら、その特殊な聴覚刺激で、脳にさまざまな情報をインプットすることができるんじゃないかって」


 老人がこれでもかと言うくらいに目を見張ってダイスケを見ていた。

 相当な驚きだったらしい。


「な、なんと恐ろしい男の子じゃ。まさかそこまでメカニズムを察してしまうとは。女装していることを除けば、将来楽しみで仕方がないの」


「……いや、いまそれ言うトコですか?」


「ほっほっほ」


「で、話を元に戻してください。どうなんです? 本当にそんなことが出来るんですか?」


「すまんすまん。そうじゃ。オンシの言う通りじゃよ。オンシの言ったとおり、フレイ効果によってそれは可能じゃ。そしてそれによってオンシの脳には、ワシを認識できるようにするプロトコルが少しずつ流されておった。

 つまり、非常にゆっくり、時間を掛けて、素地が作られておったわけなんじゃ」


「こっちの了解も得ずに?」


「ほっほっほ」


「笑って誤魔化した……。まぁ、いいけど」


 と、非難がましく言ったのは、そこで使用された技術自体が、とんでも無く危ういものであるからだ。

 他人の認識を外部から強制的に変えさせるということは、イコール、容易に思考の変更、もしくは洗脳も行えるということだからだ。


 とは言え、今回はそんなこともなかったのでダイスケはあっさりと流したわけだが、本当を言えば――繰り返しになるが――実に恐ろしい技術である。


「……で、ちなみにですけど、あなたとはじめて会ったその日、オレは意識を一度失っています。脳疲労だなんて、聞き慣れない診断を受けたんですけど、その原因も、やっぱりそのあたりに関係していたということですか?」


「うむ。そうじゃろうな。ワシをはじめて認識したことによる負荷が大きかったんじゃろう。

 これについてはワシのせいというのは、言い逃れはせん。必要なことじゃったからの」


 とは言え、ダイスケにもいまさらそれについて何かを言う気はなかった。

 それがなければ地下書庫には至れないことは容易に想像が付くからだ。

 ただ確認出来ただけで十分だった。


「わかりました。思ってたとおりだったんで、オレとしては逆に安心しましたよ」


「ふむ。そうかの? それはよかった。して、他にもまだ聞きたそうな顔をしておるが、何かあるのかの?」


 ダイスケは小さく笑う。


「話が早くて助かります。だったら、あと二つ。二つだけ、教えてもらえませんか?」


 ダイスケはすぐに思いついた疑問を頭の片隅に寄せながら、口にしていた。


「ふむ。なんじゃ?」


「一つは、記憶を失った生徒の名前。それを教えてくれませんか? そして、もう一つはあなたが本物かどうか教えてください」


 言って、ダイスケはリー老人を見上げていた。


「カウス=アロネ=リーシテルト。いまここにいて、その姿を取っているあなたは、あの聖カウスなんですか?」


 リー老人は柔和な表情を崩さず、それを聞いていた。


 ダイスケは思い出していた。

 ノバラの部屋で見せられた学校紹介のカタログに、記載されていたものを――


 それは学校の沿革について説明しているページだった。

 そこにこの学校の設立者である、聖カウスの顔写真が載せられていたのだ。


 この老人から渡された伝記には、載っていなかったそれ。

 無論、挿絵では聖カウスの姿は載っていたのだが、この老人と同一人物であると判別できるほど詳細なものではなかったのである。


 だが、もちろん理解はしているのだ。

 この老人が本人ではないことは。


 伝記には聖カウスの没した記録も残っていた。

 しかし、それでも本人である可能性はあるのだ。


 なぜならこの老人は――

 その正体は――


「ダイアちゃん!!」


 そこにそんなタイミングで差し込まれたのは、エルセリンデの声。


 そしてそれに呼ばれたかと思えば、突如として、リー老人の腹の辺りからエルセリンデの顔がにょきりと生えていたのだった。


 文字通り、そう、にょきりと、である。


老人の正体を先延ばしにするあまり、ちょっと分かりにくい書き方になっててすみません。


けど、察しがいい方は、この時点ですでにリー老人の正体も、地下書庫の正体も想像ついているかも知れませんね。


追伸:なんでこの時期はこんなにイベントが多いんでしょうか(汗) 次回は本格的にお時間頂きそうです(涙)

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