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ヒント

 明かしてみれば大したことはない。

 タネなど、手品と一緒で往々にしてそんなものである。

 実際にダイスケがやったことも、それほど大したことではなかった。


 ダイスケは言った。


「はじめに断っておくが、間違いなくタブは初期化されていた。これはまぎれもない事実だ。オレがタブを使えたのは、単純にそうできるようにしたからってだけだよ」


「できるように……した?」


 首をかしげるエーコの横で、取り巻きの少女がワナワナと肩を震わせていた。

 食いついてきたのは、むしろそっちの彼女だった。


「嘘! そんなはずない! 完全に初期化したんだから、そんなに簡単にできるわけないし!!」


 すでに開き直って、その事実すら隠そうとしないことにはダイスケも苦笑いである。

 しかし、それを指摘してやるのは、さすがに今さらだ。


 ダイスケは頷く。


「普通ならそう思うだろうな。あれだけしっかり初期化されてれば、手のほどこしようなんてない。けど、現実にはそれすらリカバリする方法は存在している」


 取り巻きの少女に憎しみのこもった目でにらまれるが、ダイスケは気にも止めない。

 それは事実だからだ。


 そしてそれこそがダイスケが取った唯一の方法でもあった。


「バックアップだよ。オレはバックアップを取ってたんだ」


 単純にして明快。


「で、でも――」


 それでも不可解とばかりに、取り巻きの少女が反論してこようとするが、それをダイスケは自らの言葉でさえぎった。


「タブの初期化の対象にサブストレージも指定していたから、保存されていたバックアップファイルもその時に一緒に消えたはず、そう言いたいんだよな?」


 無言で取り巻きの少女が頷いていた。


 当然の主張であり、出てくる疑問だ。

 そしてそれをダイスケも否定しなかった。


「実際そうだった。タブのサブストレージもまっさらだった。けど、それでもオレは問題なかったんだよ」


 ダイスケは笑う。


「なぜか? 答えは至極単純だ。オレがバックアップファイル自体を内部ストレージには置いていなかったからだよ」


「!!」


 衝撃を受けたように取り巻きの少女が、うめき声を上げていた。


「……どういうこと?」


 慣れない言葉の応酬おうしゅうで、いまいちピンとこなかったらしいエーコが、不機嫌に聞いてくる。

 他人に初期化をやらせていたような人間だ。

 情報機器に関しては、あまり詳しくないのだろう。


「そうだな……。簡単に言えば、オレは日頃から、このタブに保存しないバックアップファイルを他に用意してたってことだ」


 つまりは、外部ストレージ――過去の時代で言う外付けHDDDやUSBメモリの類――に、だ。

 そこに彼はバックアップファイルを保存していた。


 しかし、ダイスケがそれをタブレットに接続している様子は誰も見ていなかったはずだった。

 そこにさらなる疑問が生まれていた。


 一体どういうことなのか、と。


 だが、取り巻きの少女はすぐに気がついたようだ。


「ネットワーク……」


「ご名答」


 ダイスケは手を叩く。


 そう、それはクラウドとも呼ばれているものだ。

 ダイスケはオンラインストレージ内――過去に存在していたド○ップボックスや、ワンドラ○ブのようなもの――にタブレットのバックアップファイルが定期的にアップロードされるように、設定をはじめから変更していたのである。


 前世で手痛い経験をしていたからである。

 PCのハードディスクがクラッシュして、大切な論文やデータなどが一切合切消失。


 あの時の――それこそ何時間とかけて作成した物が、一瞬にして失われるという経験は、生まれ変わったいまとなっても忘れられない出来事だった。

 ゆえに、それからというもの、ダイスケはどんな時にでも用心深く、ファイルをはじめとする全てのデータを、外部にバックアップするようにしていたのである。


 というわけで、それが真相だった。

 そしてダイスケはそのバックアップを復元し、タブレットの状態を初期化前までの状態にしたに過ぎなかったのだ。


「で、でも、ネットワークだって繋げられなかったはず!」


 取り巻きの少女が前のめりになって言っていた。


 それはその通りだった。

 この学校のネットワークに繋げるには工場出荷状態から、新たに設定をしてやる必要がある。

 校内のネットワークは、ケーブルが刺さっているだけでは繋がらないのだ。

 セキュリティが存在しているからである。


 だから、本来ならば情報機器を管理している人間を呼ばなければ接続することなど出来ないはずなのである。

 

 が、少女は一つ見落としていた。


 ダイスケのタブレットは初期化の前の状態であったならば、問題なくネットワークに繋げることが出来ていたという点だ。

 

 つまりその時にセキュリティの設定を確認し、覚えていれば、それもほとんど意味をなさないということである。


 さいわい、そのセキュリティの認証を得るのに必要な設定――この場合はセキュリティコードが必要だったのだが、それが時間によって変動するタイプのものではなかったということも大きかった。


 だからダイスケは、ただ記憶していたそれを入力してやればいいだけだったのだ。

 

 何故なぜそれを覚えていたかは、ちょっとした実験をしていたせいだった。

 まあ、取り立てて身のある実験でもなかったので、言及はしまいが。


 そして、ダイスケは言っていた。


「やってやれないことでもなかったよ」


 そのセリフをどう受け取ったのか、取り巻きの少女が絶句していた。


 さらに、それを聞いた、少しでもそのあたりの知識のあった生徒たちがさすがにざわついていた。

 相手は自分たちよりも年下の五歳児。

 まさかそんなことが出来ると思っていなかったはずだろうから、それも当然だった。


「……だったらどうして? どうして、はじめから誰かを呼びにいこうとしたの?」


 おずおずと取り巻きの少女が聞いていた。


 ダイスケはしばし答えようかどうか迷ったが、まぁ、いいかと頷いた。


「だって、変だと思わないか? こんな子どもが普通にタブを直したら」


「――!!」


 すでに取り巻きの少女は言葉もないようだった。

 こっちをまるで信じられない物でも見るようにして、そのまま後ずさっていた。


 かなわない、その目は心の底からそう言っていた。


 エーコはその様子に――取り巻きの少女のおののく姿に驚き、さすがに悟ったようだった。


 あきらかに自分が劣勢に立たされているのだと。


「ふ、ふん。そう。わかりましたわ。でしたら今回のところは痛み分けということにしておいて さしあげましょう。えぇ、痛み分けです。感謝なさってください。私の温情を、不適合者ハスクのくせに受けられるのですから」


 ――痛み分け?


 ダイスケは呆れて二の句が継げない。


 どこをどう見たらそうなる?

 だが、彼女の面目めんもくを保つためにはそう虚勢を張って言わね、ばこの場ではやっていられないのだろう。


「で・す・が! このままでは済ませませんわよ! あとで絶対にほえづらかかせて差し上げますから!!」


 びしっとエーコがこちらに指をさしていた。


 ほえ面……。


 久しぶりに聞いた単語だった。

 一体いつの時代の三下のセリフだと思うダイスケ。


 しかし、それはそれとして望むところではある。


 それをはねけ、やり込めればやり込めるほど、こちらは優位になっていく。

 自分の地位を確立していける。

 他人に存在を認めさせることが出来る。


 ……まぁ、あまり目立つのは好ましくはないが、それはコインの表と裏のようなものである。

 仕方がないことだ。


 だからダイスケは言っていた。


「期待してる」


 満面の笑みを浮かべて、その少女の言葉に応えていた。


「!?」


 エーコはそれに一瞬 ひるんで、ふんすと鼻息を荒くすると、きびすを返して、取り巻きを従え行ってしまっていた。

 その中の取り巻きの一人、ダイスケとやり合った少女と、去り際に一瞬目が合っていた。


 だが、すでにそこには敵意らしい敵意は見えなかった。


 ダイスケがそれに応えるようになんとなく頷いてやると、彼女は焦ったように走って行ってしまっていた。

 別になんら悪意を向けたつもりはなかったのだが、怯えさせてしまっただろうか。


 まぁ、なんにせよ、これはこれでよかった。

 ようやく一段落付けるからである。

 休み時間に、ようやく休める。


 ダイスケは、ん、と両手を伸ばして背伸びをしていた。


 もっとも壁に掛けられていた時計は、次の授業まであと五分もないことを教えていたので、苦笑いするしかなかったが。




 そうして、つつがなく一日の授業が終わり、放課ほうか

 しばらく教室のタブレットで調べごとをしてから、旧棟に帰ったダイスケは、超広帯域電磁波計測器ガウスメーターを片手に再び出かけようとして、ノバラに引き留められていた。


 ちょうど玄関先だった。


「ダイアちゃん、調子はどう?」


 ノバラは文字通り、ダイスケの顔色をうかがうように身をかがめてダイスケの顔をのぞき込んで来ていた。

 気になっていたようだ。


 それはすでに舎監しゃかんとしての職務の領分を越える配慮だが、子ども好きで世話好きな彼女としては、それが普通なのだろう。

 その献身さは舎監というより、むしろ寮母といっても差し支えがない。


 ダイスケは頷く。


「おかげさまで、もう大丈夫です」


 すでに倒れたときのお礼は昨日のうちに済ませていたので、ここでまた繰り返しはしない。


「そう、それならよかった。顔色も確かに良さそうだし。でも、まだ何があるか分からないんだから無理はしちゃだめよ?」


「気をつけます」


 ダイスケは頭を下げる。


 と、それだけ言ってダイスケは寮を出て行こうとするのだが、どうやらノバラには別の用があったようだ。

 さらに言葉を続けられ、この場を離れようとしていたダイスケは足を踏み出し損ねていた。


「――それと、頼まれていた件なんだけど」


「頼まれていた――っていうと」


 ダイスケは記憶を引っ張り出す。


 おそらく資料庫にいった日の夜にノバラに頼んだ件のことだろう。


 あの日、資料庫の地下で会った、リー老人。

 彼のことを調べるようにお願いしたことだ。


「えぇ」


 とノバラは肯定すると、どうもかんばしくない表情を見せるのでダイスケは戸惑った。


「何か……あったんですか?」


 聞くと、


「何かあったというか……ダイアちゃん、その人に会ったと言ったわよね?」


「言いましたけど、どうしてですか?」


「何か変わったことをされたとか、そういうのはなかった?」


「?」


 なぜそんなことを聞くのだろう。

 あまりにも突拍子とっぴょうしもなさすぎて、意味が分からない。


「なにがあったんですか?」


「それが……」


 ノバラはおずおずと話し始めた。


「いなかったから……」


「いなかった?」


「えぇ。いろいろ聞くところに聞いたんだけれど、リーという名前でも、ロネという名前でも、そんな用務員はいないってことだったの。

 しかもあなたが言っていた特徴。あれもしっかりと伝えて確かめてみたんだけど、あれだけ分かりやすい特徴があるのに、誰も知らないって言うばかりで、結局そんな人はどこにもいないということが分かった。

 だから、あなたが会ったという人は一体誰なのかって話になって――」


 言い辛そうするノバラの様子から、ダイスケは何が起きたのかおおよその事を察する。


「つまり、不審者かもしれないという結論になったということですか?」


「えぇ、申し訳ないんだけど……」


 まぁ、確かに素性の知らない人物がこの学校にいれば、確かにそういう結論になってもおかしくはない。

 しかも、ここは教育機関だ。

 そういったことには非常に敏感になるのかもしれない。


 が、しかしだ。

 あの老人が不審者ということはまずあり得ないことである。

 なぜならあの老人は、あの資料庫の地下室にあった本の場所を詳細に知っていたからだ。

 ただの不審者であったならばそんなこと分かるはずがない。


 たとえ空き巣であったと仮定して、あの部屋の内部を探し回っていたから詳しかったとしても、あんなピンポイントで教えることは絶対に不可能なのだ。


 ゆえに、あの老人はこの学校の関係者だとダイスケは思っていた。


「他の職員だっていう可能性はなかったんですか?」


 ダイスケは尋ねる。


「もちろんそっちも当たったわ。けど、居なかったの。なんなら自分の目で職員名簿を確認してみる? こっちは用務員さんと違ってほとんど変わらないから、教師をはじめとする職員の顔写真も全員分載ってるわ」


「いいんですか?」


「別に見られて困るような細かい情報が載ってるわけでもないし」


「なら、お願いしても?」


「じゃあ、こっちへ来て。付いてきてもらっていい?」


 と言って、ダイスケは普段ノバラが仕事をしているらしい、旧棟の一室に案内される。


 基本的に彼女の仕事は、個室でするようなことがそれほど多くはないので、部屋のつくりは簡素で、小さい。

 置かれていたものも簡単な机と書架、あとはぺたぺたと書類やらメモやらがピンで留められた壁掛けボードくらいで、ずいぶんと小振りな事務所といった様子だった。


「見てくれる?」


 ノバラがそこでダイスケに差し出したのは、彼女が普段から使用しているらしい、ディスプレイ透過型のタブレットだった。

 その画面に、職員の顔写真と名前、それと担当教科などの簡単な紹介文が一緒になって表示されていた。


 いわゆるそれは、学校紹介用に作られたカタログのようなもののデータ版の、一ページだった。

 そこには見慣れた顔がいくつも載っていて、ノバラが言うには、在籍している限りはここに職員全員分が載るとのことだった。


 ダイスケは顔と名前、それを確かめるように一人ずつチェックする。

 そこにはノバラの顔写真も載っており、いまより少し若い彼女の姿が載せられていた。


 以前はいまよりも少しスリムだったようだ。

 ただ、それは太ったというわけではなく、舎監しゃかんの業務でたくましくなったための変化のようであるらしい。


 チラリとノバラを見て比べてやると、さすがに苦笑いされていた。


 そんなこんなで最後まで顔と名前を確認していったわけなのだが、結局、結果はノバラの言ったとおりだった。

 髪型や、髭、その当たりの変化を差し引いてもそれらしい人物はのっていなかった。


「分かってもらえた?」


「十二分に」


「でも納得はしていないって顔ね?」


「それはまぁ」


 それでもどこかに見落としがあるとダイスケは思っているからだ。

 名簿に対するそれではなく、ここに載っていなくても、あの老人がいてもおかしくはない可能性の方だ。


 ダイスケは考える。

 なにかヒントは無いだろうか。


 あの老人が語った言葉の中に。


 と、そんなことを考えながら、かたや手持ちぶさたな手では、なんとなくタブレットをいじって、頭を悩ませていると、ふとそれが目にとまっていた。


 はじめは意味もなくただ見ていただけだったのだが、次第に意識にそれが上り、


「……?」

 

 二度見。


「!!」


 ダイスケは目を見開いて、タブレットで表示されていた、そのとある一ページに釘付けになっていた。

 それは先ほどと同じく学校紹介のカタログではあったのだが、職員の紹介がされているページではなかった。


 それを見て、ダイスケは思わず声を上げ、そしてそれはすぐに笑い声へ変わっていた。

 ノバラが不審な目で見てくるが、彼はそれを気にも止めなかった。


 ダイスケはあの時――老人が、資料庫の地下で忽然こつぜんと消えたあの時、まるで老人のことを幽霊だと思った。


 そう、そんなことがあそこではあった。

 だが、それはそれで、はじめから間違いではなかったようなのだ。


 幽霊だった――


 そう、幽霊だったのだ。

 あの老人は生きてはいなかった。


 その証拠がいま、タブレットに表示されていた。


「ダイア……ちゃん?」


 ノバラが不審を通り越して心配そうに見ていた。


 ダイスケは、首を横に振った。


「大丈夫。これはその……ちょっとした思い出し笑い? の親戚みたいなもんです」


 そう言ってタブレットを押しつけるようにノバラに返すと、ダイスケはこう続けていた。


「すみません。それと急ぎの用が出来たので、ここで失礼しますね。ありがとうございました」


「え?」


 唐突すぎるダイスケに、ノバラがついて行けない様子で目をしばたたかせていたが、ダイスケはそのまま構うことなく部屋をあとにしていた。

 止める声が後ろからしていたが、ダイスケは聞かなかった。

 足早に歩いて行く。


 意外なところにヒントが落ちていたからだった。

 それは地下書庫に繋がる貴重な情報と言っていい代物だった。


 ダイスケはポケットに入れていた超広帯域電磁波計測器ガウスメーターを、服の上から握った。


 ワクワクしていた。

 笑みが止まらなかった。


――コイツは面白くなってきた。


 そうダイスケは胸中で呟くのだった。

ディスプレイ透過型のタブレット… 単純にパワーがオフになっているときは、シースルーになっているタブレット。


追記:次話、遅れたらすみません。m(_ _)m


* なお、HDDがクラッシュしたわけではありません。

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