試作型
エルセリンデに頼み事をして部屋から送り出すと、ダイスケはしばし考え込んでから、ようやくウルルシュの持ってきてくれた箱を開封していた。
一番上に添えられていた手紙を読みながら、ダイスケは中の物を確認していく。
まずはじめに出てきたのは、手のひらサイズの縦長の計測器――超広帯域電磁波計測器だった。
この部屋の、無線給電パネルのマイクロ波を調べるために、ペンに頼んでおいたものだ。
給電可能な機器の種類を、ひとまず特定しておこうとの腹づもりだった。
いまとなっては実はそれ以上の使い道を考えついていたので、さらなる活躍の場があるのは分かっていたが、まぁ、それについては追々触れていく。
それよりも先に、どうして電子機器の無いこの時代において、超広帯域電磁波計測器なんかがあるのかと不思議に思われるかも知れないので説明しておくと、光子技術が主である今の時代だからこそ、これは現在もなお存在しているのである。
なぜなら自然界にも普通に電磁波は存在しているからだ。
場所によってはその電磁波強度が異様に高い場所というものもあり、LOAの作動に大きな影響を及ぼす場合もあるのである。
とくになんらかの建物を建設する際、その場所の電磁波強度が強すぎてLOAが使えない、などとなったら目も当てられないため、不動産鑑定士をはじめとする、建築に携わる者にはこれは必須の機器となっているのである。
それゆえ、この超広帯域電磁波計測器は、この時代にも普通に存在していて、案外手にも入り安いものとなっているのだ。
と、話は戻るが、箱にはもちろんその超広帯域電磁波計測器だけが入っていただけではなかった。
他に入っていたのは、ここにいては手に入らない特殊な工具や道具の類だ。
それらもダイスケが頼んでおいた物である。
が、中にはそれ以外の――頼んだ覚えのないものもいくつか混ざっていたのだった。
ダイスケが訝しげに手に取ったそれ。
見たことのある、ゴム風船を思わせる赤い玉――
「フレア?」
そうだった。
ペンに頼んだ覚えはなかったが、確かにそれはフレアだった。
しかも、それがザクザクと大量に入っていて、それとはまた別に、見慣れない部品らしきものがいくつも入っていた。
どうしろと?
そう思うダイスケだったが、とりあえず部品らしき物を全て取り出してみて、思わず納得した。
それを組み立てると、非常に見覚えのある形になりそうだったのだ。
分解された状態になっていたが、おそらくこれはSSだった。
学校に持ち込むには検閲があって、武器などは本来持ち込めないようになっているのだが、それにひっかからないようにこうして分解して、ペンは入れてくれたようだった。
ただ、そのSSは従来とは違う改造が施されていたようで、見慣れないパーツがいくつか含まれていた。
ペンの同封されていた手紙によると――
『通常の銃弾以外を使用できるように、新機構を追加してみたぜ』
とあった。
そのせいで通常の銃弾は見当たらず、その代わりにその新機構とやらに関わるものが、他に中に収められていた。
一つは、バングルと一体となった特殊な手袋。
そしてもう一つは、その穴の空いたバングルに填められる たくさんの金属球。
どうやらその金属球が銃弾の変わりであるらしいが、サイズとしては直径が2センチはあるので、SSの弾倉には込められるようにはなっていない。
ならばどうするのかと、手紙を読み進めると――
「!!」
ダイスケはしばし無言になり、そして頬をゆるませ、ついには声を上げて笑っていた。
使用方法が書かれていたが、どうやらこの金属球、アレの試作型であるらしかったのだ。
そう、アレ。
ダイスケがペンのもとを訪れた、目的の一つであったアレ。
ただ、この手紙自体も検閲に会う可能性をペンは考えたらしく、その具体的な名称については書くのは避けていて、それ以上このことについては書いてはなかった。
……いや、そもそもそれは蛇足である。
もともと使い方はダイスケが考案したものなので、ペンはその通りの要望に応えただけなのだから。
「すでに試験済みだとはあるけど、当然こっちでも試してみないとな?」
ニヤニヤとひどく邪な笑みを浮かべるダイスケなのだった。
*
そして日付は変わって翌日。
ようやく自室静養から開放されたダイスケは、教室の自分の席に着き、タブレットを立ち上げて、まず唖然とさせられていた。
自分が蔑視されているのはもちろん分かっていたが、一日来ない間に、まさかここまでやられているとは思わなかったからだ。
教室の机がタブレットになっていることは、以前にも少しだけ書いたが、この学校では基本的に教科書やノートといったものは無く、そのすべてがそのストレージ内に収められている。
そこに悪戯をされていたのだ。
これを悪戯の一言ですませていいかは疑問の残るところではあったが、とにかくひどく悪質なそれだった。
個人用に設定されているタブレットは、通常は誰にでも起動できるわけではなくロックがかかっている。
そのロックは個人がそれぞれ持つラヴィスの固有波形によって認証され、解除されるのだが、ダイスケにはそれが出来ないため、ロック解除はパスワード入力で行うことになっていた。
そこを狙われたのだ。
パスワードがいつの間にか盗み見られていたらしい。
そのせいでタブレットは完全に初期化され、全てのデータを消されてしまっていたのである。
パワーを入れてみれば、まっさらな状態でタブレットは立ち上がっていたのだった。
しかもネットワーク設定ですらそれであるため、同期が取れず、時間、日付などは工場出荷状態で、いま表示されている時間は深夜といった有様だ。
これで顔を引きつらせるなと言う方がさすがに無理だった。
そしてそんなタイミングを見計らってやって来たのが、
「あら、どうかされたのですか?」
相も変わらず取り巻きを引き連れてやって来たエーコなのだった。
どの口が言うと思いながら、ダイスケはニヤニヤとする彼女を見上げていた。
「……トラブルだ」
端的に答えていた。
そう、トラブルだ。
ただし、人間関係の。
そして、そのトラブルの原因はおそらく目の前の彼女であろうが、当然それを示すような証拠は何も残されていない。
「あらあら、それは大変ですわね。ですけど、それも仕方がないことではないかしら? なにせ不適合者なんですもの。機械だって普通どおりに動くはずがないですわ。ねぇ、そうですわよね? 皆さん?」
クスクスと取り巻きたちの陰湿な笑いが教室に響いていた。
だが、明確な証拠がない以上、ダイスケも相手に文句も言えない。
だからダイスケは深く息を吐き出して、怒気を押さえ込むと、あらためてエーコを見上げていた。
「ま、そうだな。そういうこともあるかもな。そう思っておくとするよ」
当たり障りのないことを口にする。
それにはエーコに意外そうな顔をされていたが、そこからさらにダイスケが何かを言うことはなかった。
ダイスケはとりあえずタブレットに視線を落とす。
早い内にどうにかしたいと思ったからだった。
このままでは地下書庫の資料を集めようにも、それも出来ない。
となると、ここはやはり学校の情報機器を管理している担当者を呼んでくるべきだろう。
たしか、管理者は職員室にいたはずだった。
ダイスケは立ち上がる。
すると、そこでエーコが言い出したのだった。
まるで計ったように。
「あぁ、そうですわ」
ずいぶんとわざとらしい言い方だった。
ダイスケはぴたりと動きを止めて、彼女を見上げていた。
嫌な予感がした。
「今日はあの方、お休みらしいですわよ?」
「『あの方』?」
「なんでしたかしら? 機械を管理している――」
とそこで取り巻きの一人からエーコは男性の名が耳打ちされていたが、そこまで聞かずとも彼女が何が言いたいのかダイスケにも分かった。
苦々しい顔をする。
要は情報機器の保守担当者が今日は学校にいないということだ。
ダイスケは浮かした腰を再び元に戻し、大きくため息をついていた。
これではタブレットが使えなかった、昨日と大差ない。
いや、それどころか環境としては、むしろ悪化していいると言っていいだろう。
「そうそう、それに」
さらに嬉しそうな顔をしてエーコは言って来ていた。
「今日の一限は、小テストだそうですわよ? あなたがどれほどの成績か、私たち非常に楽しみにしていますの。まぁ、あなたが無事に答えられるかどうかはわかりませんけれど」
そして口元に手を当てて高慢そうに笑う。
周囲からもクスクスと笑い声が聞こえてきて、ダイスケは口元を引きつらせていた。
その小テストというのは、編入時の筆記試験のように紙を使った答案用紙は使わないテストだった。
タブレット上に表示され、ネットワークを介して答案も回収される。
さらに機械的に、即時答え合わせも行われて、クラスの順位も公表されるようになっていた。
その結果には不正の余地はないので、なんらかの悪意が施されるようなことはないのだが、そもそもネットワークに繋がっていない時点で、ダイスケには回答する方法がない。
しかも悪いことに一限の授業の教師は、とくに不適合者を目の敵にしているような人物なのだ。
タブレットがネットワークに繋がっていないからといって、ダイスケになんらかの配慮をするような手合いではなかった。
おそらく小テストはそのまま行われるだろう。
そしてダイスケは〇点の汚名を被ることになるのはほぼ確実だった。
だが、点数を取れなかろうが、赤っ恥を掻こうがダイスケにとってどうでもいいことだ。
許せないのは、一点だけだった。
言いようにやりこめられる。
このことだけである。
他人の思惑に操られることだけは我慢がならないのだ。
それをきっかけに、さらに他人から侮られるようになれば、連鎖的に、そして日常的にそれは繋がっていきかねないという理由もある。
だから、ここは早々になんとしておくべきだった。
が、保守管理の担当者は居ないときている。
さて、どうすればいい。
ダイスケはタブレットを見る。
授業の開始まではもうほとんど時間は残されていない。
*
教室がしんと静まりかえっていた。
驚きと動揺に教室が包まれていた。
その中でも一番驚いていたのはおそらくエーコだった。
彼女は何を思ったのか、立ち上がって愕然とダイスケを見ていたのだった。
いま、教室の前――光子ボードには小テストの順位が表示されていた。
そして、その一番上、つまりはその小テストでの一位の欄には、エーコを二位に押さえた生徒の名――そう、ダイスケの偽名である、ダイア=クラハマの名があったのだった。
点数は満点。
テストの回答に不正は不可能なので、それは間違いのない結果だった。
もっとも出題内容自体が、小学生レベルの問題なのでダイスケがそれを間違うことはまずないのだが。
しかし、クラスメイトたち大半が気にしていたのは実はそんなことではなかった。
なぜダイスケが小テストに参加できたか、だ。
小テストは授業のはじめに行われていた。
その時までに、タブレットを復旧させるためにダイスケが誰かを呼んだ気配もなかった。
それなのにどうやって?
エーコは苛立ちを顕わにしてダイスケを見ていた。
そして一つの結論に考え至ったようだった。
かなり見当違いな結論に。
「あなたっ!」
怒気を孕んだ声を上げて、彼女は取り巻きである少女の一人を、睨み付けていたのだ。
その視線を受けて、びくりと震えた少女が慌てて首を横に振っていた。
「いえ、エーコ様、確かにあたしは言われたとおりに――」
「だったらこれはどういうことよ!?」
エーコはタブレットの初期化に失敗したのだと、自分の取り巻きを疑ったのだった。
もっともそのせいでダイスケのタブレットは、自分たちがやったと暴露してしまっていたが、いまとなってはそれももうどうでもいいことのようだ。
ダイスケは何事もなかったかのように、すました顔でその様子を見ていた。
「何かあったのかね?」
男性教師が不審そうに二人を見て、当然その詳細を話すわけにはいかない二人は、気まずそうに口をつぐむと、何でもないと席に座り直していた。
そしてクラスメイトたちがヒソヒソと話しはじめていた。
「タブ、使えなかったんじゃないのかよ?」
「……しかも満点? なんなんだあいつ?」
「誰か協力してやってんじゃね?」
「嘘? 誰よ?」
「あいつ不適合者だぞ? ふざけんな」
「やべっ。妹にしてぇ……」
「カンニングよ、カンニング。そうに決まってるわ」
一部不適当な声もあったものの、生徒たちの動揺はやはり大きい。
まぁ、どんな評判にせよ、この難局を切り抜けられたことは間違いないようだった。
ダイスケとしては一安心だ。
そして、その後の授業も当然のごとくそのまま事なきを得、一限目は平穏無事に終えられていた。
が、そのまま何もなく――とまではさすがにいかなかった。
休み時間に入るなり、例によってエーコが凄い顔をしてノシノシとダイスケの机の前までやってきていたからである。
「謀りましたわね!!」
開口一番言ったセリフがそれだった。
どうやら彼女は本気で、タブレットが初期化されていなかったのだと思ったようだった。
これにはダイスケも呆れるばかりだった。
「謀った?」
ダイスケが聞き返すと、
「私を騙したのでしょう!? わざとタブが使えない振りをして!! 許しませんわよ!!」
ダイスケは困った顔をして、エーコの横にいた取り巻きの一人を見た。
「別にそんなことはしてないよ。というか、初期化はされていた。そうだろ?」
取り巻きの少女に聞いてやる。
「……」
無言だったが、目がそれをはっきりと肯定していた。
憎々しげにこちらを見下ろしていたからだ。
それにもし仮に彼女の言うとおり初期化されていなかったとしたら、そもそもダイスケが初期化されていたことに気付くはずがないのだ。
どうしてそこに考えいたらないのだろうか。
「ワケの分からないことをおっしゃらないでくださるかしら? そんなわけがないでしょう!!」
ダンとエーコがダイスケの机を手の平で打っていた。
「そんなわけが――ない? 本当に?」
ダイスケが鋭くエーコを見る。
「!!」
あきらかに動揺する少女。
「……仕方ない」
ダイスケはやれやれと頭を振っていた。
種明かしが必要なようだった。
「わかった。答えはすごく単純で明快なんだが、必要ならそれも吝かじゃあない」
と、言って不敵な顔で小さく笑ったのだった。
ガウスメーターは、現代ではかなりお安く買えるみたいですね。
それとアレの試作型、ようやく出せました。(汗
ちなみにタブレットですが、これももちろんLOAです。
ダイスケでも起動できるのは、教室のタブレットに限っては外部からラヴィスが供給されているからです。
タブレットのせいで肉体的に疲労して、集中力が乱されることを嫌った学校側の配慮みたいですね。




