LOA
この時代には、古代の遺跡から発掘される、高度な科学技術によって作られた多くの機器が存在している。
とりわけ、その中のLOAと呼ばれているものは、ダイスケから見れば、まさしく未来の機器と言うべき物だった。
なぜなら、それは人体から媒介器を使用して抽出した特殊な光――〈ラヴィス〉をエネルギーとして動作するものだったからだ。
理系男子なら、これを聞いて興奮しないはずがない。
そしてこのLOAの適正を調べるための検査が、さっきの医務室での一連の行為だった。
その際に使われた赤、緑、青の石はコアと呼ばれているもので、人体からラヴィスを取り出す際の、媒介器の心臓部に当たる物だった。
ラヴィスは人によって抽出される波長に偏りがあるので、この時代の人間は生後すぐに、こうしてコアに触れて、どんな波長のコアがより自分の身体からラヴィスを抽出しやすいのか、適性を調べるのだ。
そうすることで、より効率よくLOAを扱えるようにするためである。
が、まれに今回のダイスケのようなケースもあるのだった。
どの波長も適合しない。
その確率は、実に数千人に一人の割合だと言われていた。
彼らは総じて、不適合者と呼ばれ、社会的にも認知されていた。
だが、その実、彼らが背負うものはその名以上に大きいものだったのである。
なぜなら波長が合わないと言うことは、コアによってラヴィスを抽出できないということだからだ。
つまり彼らにはLOAを扱うことが出来ないのである。
この時代において、ありとあらゆる生活シーンに深く入り込んで存在しているLOA。
それが使えないというのは、彼らは生まれたばかりであるというのに、過酷な人生を歩まねばならないことを決定づけられてしまった、ということなのである。
そう、いまのダイスケのように。
彼にはコンロの火を付けることも、掃除機のスイッチを押すことも、ライトを点すことすら不可能なのだ。
この時代における機器は、ほとんどがLOAであるが故に。
マルソーからその事実を聞かされ、ダイスケが愕然としたのも当然のことだった。
「まー、アレだよ、アレ。人間、得意不得意は必ずあるってもんだ」
マルソーが拳の上にのせていた透明なコインを、親指で上にはじき飛ばしながら言っていた。
そこは船内にあるマルソーの個室だった。
ダイスケはというと、その部屋にある簡易ベッドの端っこで、膝を抱えて丸くなっていた。
どんよりとした不健全な空気を背負っている。
はしっと落ちてきたコインを掴んで、マルソーはそんなダイスケにため息をついていた。
「けど、こいつを受け入れてねぇとお前はなんもはじまらねぇぞ?
ようやくはじまろうとしてる人生なんだ。もちろん、このままってわけにもいかねぇ。
ものは考えようだ。前世じゃ、LOAなんてもんはなかったんだ。それと同じだと思えば、どうってことはない。そうじゃないか?」
だが、ダイスケは動かなかった。
ぴくりともしない。
起きているのか、寝ているのか。
マルソーはコインを手のひらの中でもてあそびながら、ダメかと呟くと、諦めた顔をして肩をすくめていた。
「なら、せめての慰めになるかはわからんが――」
そう言ってマルソーはそれを懐から出していた。
手のひらよりも一回りほど大きなプレートだ。
透明な樹脂らしきものでできた板の様に見えるが、どうやらそれはただの見た目通りのものではないらしい。
「コイツにはラヴィスは必要ねぇ」
そう言ってマルソーは、プレートの右上に描かれていた赤い丸いマークを押していた。
すると、そのプレートの表面に次から次へとアイコンらしきものが表示されていた。
「コイツは、船内ならどこにいても使用できる端末だ。これで、この船のデータベースに入ることが出来る。IDは俺のに設定してあるから、船員のプライベートフォルダ以外は、ほとんど見ることが出来る。それでこの世界のことをたっぷり勉強しておけ。
力がないなら、知識でカバーするんだ。足りない部分は、それを極めれば十分な助けになる。
それに、お前は興味津々なんだろ? この世界に。
だから、これで満足行くまで学べ。
それがこれからのお前には必要なことでもあるはずだ。そして赤ん坊のお前がいま、唯一できることでもある。
時間はあるようでない。無為に過ごすな」
マルソーはプレートをベッドの上に投げると、座っていたパイプイスを軋ませ立ち上がっていた。
そして彼が部屋を出て行こうとしたときだ。
コンコンッ
ノックだった。
「隊長」
バルと呼ばれた青年の声だ。
「なんだ?」
言いながら、マルソーはドアを開ける。
バルは不審そうに部屋の中をのぞき、
「アレ? いま誰かと話してたような声がしてましたけど――」
ダイスケしか見あたらずバルは小首をかしげる。
「……ん、あいや、空耳じゃねぇのか?」
苦笑いしながらマルソーは、そのままバルを部屋の外に押し戻して、自分も出て行く。
「で、用は?」
「はい、今後の進路のことで――」
とやりとりする声が部屋の外からして、それがだんだん遠のいていく。
二人はこれからどこかに向かうようだった。
その気配を感じながら、ようやくダイスケは頭を上げていた。
そしてのその顔に浮かべたのは――
にんやぁ。
いやらしい笑い。
飛びつくように身を投げ出して端末を手にしていた。
この男、意外と打たれ強かったらしい。
なかなか現金な赤ん坊なのであった。
それから三ヶ月――
ダイスケは日がな一日端末にかじりつき、どんどん知識を吸収していった。
字を読むことには、まったく苦労はしなかった。
なぜならすべて日本語で書かれていたからだ。
文字はダイスケの前世の時代と変わっていなかった。
おそらくその時代にはすでに、書類などが電子化されていたからだろう。
文字が崩れて変化することがなかったようだ。
おかげでダイスケが知識を得るには、そこは最高の環境となっていた。
いまやダイスケは本の虫、ならぬデータの虫であった。
「よく飽きねぇなぁ」
そうマルソーが横から時々声をかけてきていたが、ダイスケには飽きる理由が見あたらず「だ」と返事をして、相変わらずベッドの上で端末を睨み続けるばかりだった。
もともと勉強好きだったというのもあるかもしれないが、もといた時代から蓄積された三千年分の知識が、いまここにあると想像したら、ダイスケにはそれだけでそのデータを読みあさるには、十分な理由だったのだ。
ロマンがあった。
大河があった。
スケールのでか過ぎる叙事詩のようなものだったのである。
ちなみにその頃には、さすがに声も出せるようになっていて、まだ呂律の方はまともではなかったが、ある程度の意思の疎通も図れるようになっていた。
と、そこからさらに一ヶ月ほどが過ぎた、あくる日。
マルソーがこんなことをダイスケに言っていた。
「やっぱこれからはもっと注意しねぇとダメかもな」
唐突だった。
「ふあ?」
どうした? と言う意味でベッドの上からダイスケは発声していた。
それをマルソーは慣れたもので、意味をくみ取って、パイプイスに座りながら頷いていた。
「ほら、お前って一応、一歳未満児だろ? けど、俺、普通に話しかけてるからよ。周りの奴らが最近、あからさまに変な目で見て来やがるようになったんだよ。赤ん坊にそんなこと話したって、理解できるわきゃないだろ的な感じでな」
そこでマルソーはなにかを思いだしたらしく、深いため息をついて、
「で、アネットが俺に頭に異常があるんじゃないかとか、健忘の疑いがあるとか言ってマジな診察を勧めてきやがってさ。すっげぇ面倒なことになった。
頭を開かせろとか、脳みそ入れ替えてやるからとか、な。
お前のことは帰還者で、前世の記憶があるから、普通の人間と同じように扱うのは当然だ、なんて言ったらかえって俺が疑われるだろうし、詳しく説明してバラすわけにもいかねぇし、コイツがまた収めるのがなかなか骨でな」
「ふもー」
ダイスケは頷いていた。
だから、最初の話になるらしい。
「ンなわけだからよ、これはもっと気をつけることにすっから、お前も人目がある時は、赤ん坊らしくしててくれるか? プライドが許さないってのもあるかもしれんが、頼むからよ。
これも船内の精神衛生を保つためだと思ってな?」
ダイスケは腕組みして、
「だう!」
分かったと意志を示していた。
「物わかりの言いヤツで助かるぜ」
マルソーはほっとしたようだった。
と――
コンコンッ。
ドアが叩かれていた。
来客のようだ。
「なんだ?」
マルソーが中からドアを開けると、その表情が途端に強ばっていた。
外で待っていたのはアネットだったからだ。
「頭なおった?」
彼女の言葉に、本気でマルソーは苦い顔をしていた。
恐らく頭の件で、アネットとの間に相当マッドなやりとりがあったに違いない。
ダイスケは自分の時のことを思い出して、そう想像していた。
「で、なんか用――」
と言いかけて、マルソーは気付いたようだった。
アネットの後ろに隠れている小さな人影に。
そもそもアネットがこうしてマルソーの部屋を訪ねるというのは、珍しいことでもあったのだ。
「……この子」
アネットがぼそりと言うと、タタタタタとアネットを回り込んで、幼い少女が部屋に入って来ていた。
四、五歳くらいだろうか。
青い髪の溌剌とした少女だ。
マルソーに劣らず、こんがりよく焼けた健康そうな肌の持ち主だった。
白いワンピースという身なりからして、育ちは良さそうだ。
「お?」
戸惑う、マルソー。
「って、この子は――」
「そう。グリフィードさんの娘。ついてきてた」
「あぁ、なるほど。あのおやっさん、いま丁度資材の配達にきてっからな。ってことは、さながらこの子は姫様ってとこか?」
「そーそー、あたし姫ーっ」
ニヒヒヒヒとマルソーの足にくっついて、人なつっこく笑う少女。
物怖じしない性格らしい。
「けど、またなんで俺のとこに? ひょっとして俺に光源氏計画を発動させようと――」
「ダイスケ」
「即行無視か!」
「ダイスケ」
「ダイスケ」
「ダイスケ」
「だぁーっ! わかったわかった! コイツを見に来たって言いたいんだろ?」
マルソーが、連呼するアネットを煩わしげに制すると、ダイスケに視線を向けていた。
ベッドの上にちょこんと座っていたその存在に、それで少女もようやく気がついたようだった。
「おー! ちっちゃ!」
言ったのは少女だ。
「……」
まぁ、そうだろ?
そう思いながらダイスケは、にこにこと愛想を振りまいていた。
「おーおー!」
なぜだかそれだけで少女は大興奮だ。
ダイスケのいるベッドまで駆けてきて、
「あたし姫。よろしく!」
丁寧に両手でスカートを持ち上げて、小さく会釈をしていた。
予想外に礼儀正しかった。
自分で姫と言うだけあるのかもしれない。
「おう~」
思わずそれにダイスケもぺこりと頭を下げていた。
何の気無しだった。
だが、直後にハッと彼は深刻なことに気付いた。
「……」
ダイスケは顔を下に向かせたまま、頬を引きつらせていた。
気配で察したのだ。
場が凍り付いてしまったことに――
ダイスケはしばらく頭を上げることを躊躇っていた。
このまま寝たふりでもしようか。
そんなことを考えるが、それこそ不自然だ。
それにさすがにこのままというわけにもいかない。
おずおずと頭を上げ、そして見るのだった。
あの表情のほとんど変わらないアネットが、驚きの顔でダイスケを見ていたのを。
マルソーはその横で、あちゃーと顔を手のひらで覆っていた。
少女はほとんど変わらなくニコニコとしていたが、おそらく彼女には理解できなかったからだろう。
ダイスケは胸中で絶叫していた。
しまったぁああああああああっ!
どう考えても、この歳の赤ん坊が、言葉を理解し、状況を理解して頭を下げるなどあり得ることではない。
マルソーにも、さっき人前では赤ん坊らしくしろと言われたばかりだというのに。
しかもそれを見たのがアネットというのが、また失敗だった。
絶対に彼女はマッドな行動に出るに決まっている。
ダイスケは青ざめていた。
これはヤバイ。
はっきりとそう思うのだった。




