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手紙

すみません。遅くなりましたm(_ _)m

 コンコン。


 控えめなノックがダイスケの部屋に響いたのは、その日の午後になってからだった。

 安静を言い渡されていたダイスケは、相変わらずベッドにいたが、いまは身体を起こして、ウルルシュに差し入れてもらっていた本に目を向けていた。


 やってきたのはおそらくウルルシュかノバラのどちらかだろう。

 二人は午前中にも何度か様子を見に来ていたので、そう思いながらダイスケがドアに向かって返事をすると、そこから思いがけない人物が入ってきて、少しばかり驚いていた。


 エルセリンデだったのだ。


「め、迷惑だったかな?」


 彼女はどこか緊張した面持ちでそう聞いてきた。


「……いや、そんなことはないけど」


 ダイスケは戸惑いながら答えていた。

 本にしおりを挟んでぱたんと閉じる。


 少なくとも彼女には嫌われていたはず――

 そんなふうに思っているダイスケとしては、彼女がここに来たことがひどく不思議で仕方がなかったのだ。

 が、ダイスケの様子をうかがうように見るエルセリンデの姿からすると、やはり心配してきてくれたのは間違いなさそうだった。


 となると、昨日の資料庫での一件があった直後の体調不良だったせいで、自分にも責任があるのではないか、そんなふうにでも彼女は考えたのだろうか。


 ダイスケがそんなことを考えていると、


「……えっと、まだ、身体は調子悪いの?」


 エルセリンデを思いの外、不安にさせてしまったらしい。

 急いでダイスケはかぶりを振って、それを否定していた。


「いや、問題ないよ。ただ、意外だったからさ」


「意外?」


「エルが来てくれたことが、その……意外だったんだよ」


「な、なにそれ?」


「いや、いい方が悪いか。そもそも誰かにこうして心配してもらうようなことが、あるなんて思ってなかったから。オレのことは昨日話してあっただろ?」


 ダイスケは少しだけ投げやりに、そして少しだけ前のめりに話をしていた。

 その言葉の裏にあったのは、自分が不適合者ハスクだという身の上だった。


 それはエルセリンデも知っているので、彼女もそこにすぐに気がついたようだった。

 彼女には昨日、資料庫にいたときに教えていたのだ。

 ダイスケは不適合者ハスクなのだと。


 しかし、昨日もそうだったが、彼女はそれをまったく気にした様子はなかった。

 それは彼女が以前にも――この学校に入る前にも、同じような不適合者ハスクの知り合いと一緒にいたことがあったかららしい。

 しかも普通に友人として付き合っていたようだ。


 そしてそのせいか、それを聞いた彼女はどこか怒ったふうに眉尻をつり上げて、今度はダイスケにこう言っていた。


「あ、あのさ。いまさらそれ、言うことかな? キミが不適合者ハスクだってなんだって、キミがキミなのは変わらないわけなんだしさ? だから、僕がこうしてるのはとーぜんのことだと思うんだけど? それにキミは僕の―― キミは僕の……えっと、僕の……なんだっけ?」


 適当な言葉が思いつかなかったらしく、勢いよく言い出したものの首をかしげて迷走をはじめるエルセリンデに、ダイスケは笑っていた。


 思いがけず、彼女から元気をもらうダイスケ。

 ダイスケはその言葉を引き取るように続けていた。


「――仲間。同じ地下書庫を探す仲間。――だろ?」


「……あ……う、うん。そう! それそれ!!」


 一瞬、エルセリンデは悩んだものの、次の瞬間にはそんなことなど無かったかのように、うんうんと頷いていた。


「――って、なんかちょっと一瞬、不満に思わなかったか?」


「やっ、思ってないし! それであってるし?」


 エルセリンデがあらぬ方を見る。

 ともすれば口笛すら吹きそうな態度だ。


 あきらかにはぐらかされていたが、些細ささいなことだ。


「まぁ、いいけど」


 と、ダイスケはそのまま話を続けていた。


「なら、こうして来てくれたんだ。言っておくよ」


 ダイスケは目をパチクリさせるエルセリンデに笑う。


「その、ありがとう、エル。嬉しいよ」


 こうして見舞ってくれたことも、さっきの言葉も。

 予想外に彼女の口から聞けたことが、思った以上に気持ちをほぐしてくれていた。


「!?」


 それでエルセリンデは驚いたのか、大げさに目を大きくして、


「あ、や、別になんでもないし! こんなことくらいでなに言ってるんだよ! 普通のことだろ!!」


 なぜかむきになる。


「普通って……」


 それは彼女も本当は分かっているだろうに。

 残念ながら、彼女が言うほどに、これが普通なことではないのだと。


 不適合者ハスクに対する世間の荒波は、実に厳しい。

 それは入学試験の一件からもわかることだ。


 不適合者ハスクだからといって、まともに採点結果を考慮してさえもらえない不条理。

 それがまかり通る世の中なのだ。


 こうして普通に接してくれるエルセリンデが、どれほど希有けうかは言うまでもないことである。


 が、


「……どうした?」


 そのままエルセリンデが無口になっていたので、じっとダイスケが目を向けると、


「べ、別に何でもないよ!」


 ぶんぶんと顔を横に振っていた。


 見れば、心なしか彼女の顔が赤かった。


「熱でもあるのか?」


 思わずダイスケは彼女の額に手を伸ばす。


 と、


 パシンッ!


 思い切りその手を、彼女にはたき落とされていた。


 遠慮がなかったのは認めるが、そこまで嫌がられるとは思わなかったのだ。


「わ、わるい」


「そ、そうだよ!」


「……」


 なんとも気まずい空気が漂う。


 ダイスケとしても彼女のそれは少しばかりショックだったようで、しばし言葉が出てこないようだった。


 しかし、さすがにこのまま無言になれば空気がさらに悪くなるのは目に見えていたので、エルセリンデが焦ったようにその場を取りつくろっていた。

 主にはぐらかす方向で。


「そ、そう! そうそう! そうだよ!」


 思いついたように言う。


「?」


 ダイスケの停止した思考が、それで再起動していた。


「あれからその、何か分かった?」


 何か分かったと、そう言われて思いつくことはそう多くない。

 二人の間に共通する話題といえば――


 おそらく地下書庫のことだ。


「こっちはごめん。特にはないんだけどさ……」


 言ってから、コリコリとバツが悪そうにエルセリンデは鼻を掻いていた。

 いつもとくらべると、どこか遠慮がちないい方なのは、やはり手を叩いたことを気にしているからだろう。


 ダイスケは肩をすくめ、それ以上は気にしないことにして頷いていた。


「まぁ、少しだけ」


「!?」


 すると、現金なものだ。

 エルセリンデは、途端に目を輝かせはじめた。


 それまでの殊勝な態度は、あらかた吹き飛んで、どこかへ行ってしまっていた。


 ダイスケは思わず笑い、さらに続けていた。


「聖カウスの伝記を読み終えた。そこでちょっと気付いたことがあったんだよ」


「伝記?」


「そこにあるヤツ」


 ダイスケは顎をしゃくって、机の上に置いてあった伝記の存在を教える。


 エルセリンデが目だけで読んでも良いかと許可を求めてきて、ダイスケは頷いてそれを許していた。


 エルセリンデはそれを手に取ると、パラパラとめくり、一瞬ものすごい渋い顔をしてその中身に目を通していた。

 文字が非常にこまかかったからだろう。


「これ読んだんだ……」


「まあな」


 中に書かれていた、内容の詳細については省くが、その伝記の中で描かれていたカウスという人物について端的に書くと、かなり特殊――としか言いようがない人物だった。


 人格的には清廉潔白な人格者。

 しかし彼は普通ではなく、異能としか言いようのない能力を有していたのだった。


 たとえば、その最たるものは彼には魔物を従える力があったということだ。

 いまだ魔物の制御、あるいは使役というものは成功していない――にもかかわらず、その当時の聖人であるカウスは、それが出来、しかもそれを利用し、多くの慈善事業を行っていたらしいのだ。


 公共設備の建設に魔物を投入して協力してみたり、この地域の遺跡を発掘したり。

 また、時には異常繁殖した魔物を、魔物を使って駆逐したり、もしくは従属してりして無害化することもあったようである。


 そして、さらにもう一つ、ダイスケが気になった彼の異能。

 それを異能と呼んでいいかは判断の別れるところだが、彼が行くところではLOAロアが使用できなくなる、神域化しんいきかなる現象も起きていたというのだ。


 伝記の中には、それは聖人の持つ神気しんきとやらがこの現世に影響を及ぼすため、だとあったが、ダイスケにとっては正直眉唾だった。

 それ以外に詳しい解説はなにもなかったからだ。


 エピソードとしては、それによっていさかいを収めた、などという逸話は残されていたが、聖カウス自身としては、その能力については苦労していたというようなことが書かれていて、あまり歓迎はしていなかったようだった。


 つまり、神域化の能力自体は、望んだものではなく、何らかの理由で受け入れねばならなかった能力――いや代償だったかもしれないとダイスケは結論づけていた。

 となると、自ずと何の代償かなどというのは考えるまでもないことで、おそらくそれは魔物を使役する能力の代償だった可能性が高かった。


 そしてそれこそがダイスケが、この伝記で得たもっとも重要な情報であった。


「で、それを読んで思ったんだよ。聖カウスを考える上で、オレほど適任はいないかもしれないって」


「?」


 エルセリンデが顔を上げて、不思議そうにダイスケを見ていた。


 分からなくて当然だった。

 言葉が不十分だったからだ。


 ダイスケはそこにさらに付け足していた。


「理由は単純だよ。聖カウスは形は違えど、不適合者ハスクだったからだ。オレと同じに、ね」


「!!」


 余程、その事実が衝撃だったか。

 エルセリンデは、目をまん丸にして驚いていた。


「カウス様が不適合者ハスク……!? そんなまさかっ」


 そして言ってから、「あ」と言う顔をしてすまなそうにエルセリンデはダイスケを見ていた。


 ダイスケは気にするなと、手で合図をしていた。

 そしてかまわず先を続けた。


「けど、重要なのはそこじゃない。そこから読み解けることの方だ。

 聖カウスが不適合者ハスクだったということは、おのずと彼が構築できる環境にも制限が出てくるってこと。それはつまり――」


「つまり?」


 エルセリンデが固唾かたずをのんで見守っていた。


 ダイスケは頷いた。


「地下書庫は特別なLOAロアを使ったりなんかして、隠蔽いんぺいされている可能性が低いってことだよ。

 だから、それ以外の方法で隠されている可能性を探れる人間が必要になってくる」


 ダイスケが自分のことを適任と言った理由はそこだった。


 その隠蔽には、光子技術が使われる以前の技術が関わっている可能性が大きかったからだ。

 それはダイスケの部屋に、無線給電システムがあることを考えれば容易に推測が出来る。


「も、もしかしてダイアちゃん。キミにはもう、どこにあるか目星めぼしはついてるの?」


 エルセリンデに聞かれ、ダイスケはすぐに首を横に振っていた。


「さすがにそれはまだだな。なんせ、外に出られないんだから」


 そう、安静を言い渡されているダイスケは、ここから出ることを許されていない。

 いつもどおり教室に行くことができていれば、教室のタブレットで校内ネットワークの図書を探して知らべられもしただろうが、いまはそれが出来なかった。


 ただ、もちろん安静にしていなければならないのも、それは今日に限ったことではあるので、明日になればそれも可能になるだろう。


 この学校――とくに建物の歴史や変遷へんせんについては調べておくべきだった。

 それを調べていけばおそらく地下書庫のヒントも出てくるはずだ。


「じゃ、じゃあ僕になにか協力できないかな!?」


 エルセリンデが目をキラキラさせてせまって来ていた。

 顔が恐ろしく近いところまで近付いていたが、本人はかまわない――というかほぼ無自覚らしい。


 しかし、それではさすがに居づらいので、ダイスケが苦笑いしながら、その両肩を押して遠ざけようとすると、


「はーん。チューか? チューやな? チューなんやな?」


 どこから生えたか。

 ウルルシュがちょうど二人の顔と顔の間、そのど真ん中に、顔面ドアップで登場したのである。


 ぎょっとするようなタイミングだ。


「!?」


「!?」


 当然、一斉にのけぞったダイスケとエルセリンデ。


「い、いつの間に……!?」


 うめいたのはダイスケだ。

 心臓が飛び出すかと思うほどだった。


「ほんの今さっきやで? ただ、ドアがあいとった。ちょっと不用心やと思うで?」


 にしてもノックくらいしたらどうか、とダイスケは呆れたようにウルルシュを見る。


 が、この際それは後回しだ。

 それ以上に気にかかったことがあったからだ。


 どこから話を聞かれていたか。

 それが問題だった。

 さっきの地下書庫の話、それもやはり聞かれていただろうか。

 

 もしそうならば非常に面倒なことになる。

 絶対に止められるのは目に見えているからだ。


 ダイスケは危惧するが、


「で、どないや? そんな仲なん?」


 ニタニタと嬉しそうに笑うウルルシュ。


 そばで、エルセリンデは真っ赤である。


 それを見れば明らかにダイスケのそれが杞憂きゆうだったというのは知れるが――それ以前に、この女、何をのたまっているのか。


 ダイスケが白い目でウルルシュを見返す。


「……オレら女同士なんですけど?」


 そうさせたのは、そもそもウルルシュだっただろうに。


「最近はそういうのでも意外といいらしいで?」


「!?」


「!?」


 まさかという顔でダイスケは一瞬、エルセリンデと目を見合わせて、それから二人で同時にウルルシュを凝視する。


 もしやウルルシュは――


「ぷぷぷ。じょーだんやて、じょーだん。決まってんやろ~?」


 バンバンとダイスケの肩を叩いて喜んでいた。


 にしても、たちが悪い冗談である。

 しかも、それを呆れたダイスケに責めさせるまもなく、


「ほい、これ」


 どん! とウルルシュは、抱えていた小ぶりの木の箱を床に置いて、ダイスケにもエルセリンデにも、それについては何も言わせなくしてしまっていたのだった。


「あんたにやで」


 続けて言う。

 どうやらウルルシュの本当の目的はそれをここに持ってくることだったらしい。


「オレに?」


「おやっさんからやで。なんか頼んどったんちゃう?」


 言われて、あぁ、そういえばとダイスケは頷いていた。

 思い当たるものがあった。


「それに、これもやな」


 さらにウルルシュが懐からそれを出していた。


 手紙だ。

 それは、この時代には珍しい茶封筒のそれだった。


 表にはダイスケ宛――赤い文字で『To ダイア』と書かれていた。

 裏にはとくに他の表記はなく、差出人も書かれてはいない。


「ほな、確かに渡したで~」


 とウルルシュはそのままスタスタと部屋を出て行く。

 もう少し粘るのかと思ったが、意外とあっさりしたものだった。

 どうやらまだ他にも仕事があったらしい。


 それでも部屋を出て行く寸前、なぜだかダイスケに向かってウィンクしていたが、一体なんのつもりだったか。

 考えるのも馬鹿らしいので、あえて無視を決め込むと、ダイスケはその手紙をサイドテーブルの上に置いた――


 と、そこで気がついた。


 視線――


「?」


 そう、エルセリンデのそれ。


 ダイスケが彼女を見ると、その顔が強ばっていることに気付いた。

 彼女はその手紙を――ウルルシュによってもたらされたそれを、凝視していた。


「どうか……したのか?」


 ダイスケが心配そうに聞くと、一瞬エルセリンデは迷いをその顔に見せたものの、意を決したようにこう言っていた。


「それ、いますぐ開けてもらえないかな?」


「手紙?」


 確かめるように聞くと、彼女は頷いていた。


 一体どうしたというのだろう。

 ずいぶんと切羽詰まったような表情だ。


 ダイスケはわずかに逡巡しゅんじゅんしたが、結局気圧されるように頷いて、彼女に言われるまま手紙に再び手を伸ばした。

 おずおずと封を開ける――


 すると出た来たのは、三つ折りになった紙片だった。

 真っ白な紙。

 そしてその広い紙面のど真ん中に、たった一行だけ、こう書かれていた。


『地下書庫を探すな。すぐに止めなければ命の保証はしない』


 ダイスケは無言になる。

 頬が引きつっていた。


 エルセリンデが開けて中身を確かめて欲しいと言った理由が、ダイスケにもすぐに理解できた。


 脅迫文。


 顔を上げると、青い顔をしたエルセリンデと目があっていた。


「……もしかして、もうそっちにも?」


 紙を裏返して文面を彼女に見せると、エルセリンデは無言で頷いていた。


 どうやら文面もまったく同じだったらしい。

 彼女の顔色が変わるのも当然だった。


 それでも今まで彼女がそんな素振りも見せていなかったのは、それが自分のことで済んでいたからのようだ。

 かまわなかったのだろう。

 自分にこれまであまり頓着とんちゃくしてこなかった彼女としては、自分に害があることは。


 だが、さすがにダイスケの身にまでその脅迫が及んでくるとなると、平然としてはいられなかったようだ。


「敵がいるってことか……」


 ダイスケは呟く。


 これをただの悪戯で片付けるには、いささか無理がある。

 そもそもダイスケたちが地下書庫の場所を探っていること自体、知っている者などほとんどいないはずなのだ。

 なのに、それを知っているということは、常に地下書庫に関して気を配っている人間がいるということだった。


「……無理はしないほうがいいよ」


 不安そうな声でエルセリンデは言っていた。


「あぁ、そうだろうな」


 ダイスケは考え込むように頷いた。


「うん。とくにダイアちゃんは注意した方がいい。体調がどうなるかも分からないし。うんん、その……正直、これ以上こっちのことに巻き込みたくないって思いもある」


 エルセリンデの視線がわずかに中空をさまよっていた。

 ややもしてダイスケを見定めると、彼女は真っ直ぐダイスケを見て続けたのだった。


「……だから、ごめん。さっきはいろいろ言ったけど、もう、止めにしよ? これは僕だけでやるよ。だからさ、その、キミはもう――止めてくれないかな?」


 ぎゅっとエルセリンデの手のひらが拳になる。

 ダイスケはそれを見逃さなかった。


 おそらく最大限、ダイスケのことを考えての言葉だろう。


 だからだ。

 ダイスケは、その言葉にゆっくりと頷くのだった。


「……そうか。そういうことならわかった」


 彼女はそれを聞いて寂しげに顔をうつむかせていた。


 自分で提案したこととは言えやはりショックだったのだろう。

 隠そうとしていたが、それを隠しきれていなかった。


 だが、彼女は勘違いしていた。

 ダイスケのそれは答えではなかったからだ。

 了解した、という彼女の意志を確認にしたに過ぎなかった。


 だから、ダイスケはすぐにこう続けていた。


「オレには、我慢できないことがいくつかあるんだ」


 繋がらない言葉だった。


「?」


 戸惑うようにエルセリンデは顔を上げていた。


「で、その中でも、人が見えない位置から、陰湿に、姑息こそくにこうやって攻撃して来るヤツは本当に我慢がならない。さらに、そいつの言いなりになるなんてのは、まっぴらご免なんだ」


「……どういう?」


 ダイスケはエルセリンデの言葉を聞かなかった。


「だから、エル」


 ダイスケは彼女をまっすぐ見つめた。


「ちょっとオレに付き合って、このヤローをぶん殴ってやる気はないか?」


「!!??」


 エルセリンデが目を剥いて驚いていた。


「で、でも、さっきはわかったって」


「あぁ、わかった。エルの意見は、な。でもその通りにするなんて一言も言ってない。そうだろ?」


「そ、そんなっ」


「って、言うわりにはなんか、ちょっとホッとしたようにも見えるけど?」


「ち、ちがっ――」


「嫌か?」


 真剣にダイスケは尋ねる。


「……」


 エルセリンデはしばし言葉が出てこないようだった。


 だが、


「嫌か?」


 ダイスケが再び聞いてやると、エルセリンデはその瞳に、じんわりと涙を浮かべて言ってきたのだった。


「……ず、ずるい」


「ん?」


「そんなのずるい」


「そうか?」


「だって、キミ。そんなの格好良すぎるし……。格好良すぎだよ!! なんでキミは女の子で――なんで年下で……」


 唇を噛んで、エルセリンデが顔をうつむかせていた。


「ま、どっちも本当じゃないけど」


 ぽつりとダイスケはこぼしていた。


「え……?」


 ポカンとダイスケを見るエルセリンデ。


「それより、相談だ」


「ちょっ、いまの何? 本当じゃないって――」


「相談だ」


「だから――」


「相談――しないのか?」


「いやっ、す、するけど――」


「なら、相談だ」


 ダイスケはにやと笑って押し切る。 


「まずは相手が嫌がってることを、正々堂々とやる。そうすればむこうも尻尾を出さざるを得なくなるからだ。つまり、分かるだろ? オレたちは今までどおりしてればいいってことだよ。今までどおり、地下書庫の正体をあばこうとしてればいい」


 どこか不満そうにそれを聞いていたエルセリンデではあったが、


「やるだろ?」


 ダイスケが聞くと、とうとう根負けしたらしく、降参だと眉尻を垂らしてため息をついていた。


「もう……わかったよ! なんだってキミはそんな強引かな!? 言うとおりにすればいいんだろ!」


 そしてダイスケは拳を彼女の前に突き出していた。


「なら、しばらくの間よろしく頼むよ。オレの相棒」


 エルセリンデはそれの何に驚いたのか、一瞬ドキリとして胸に手をあて、それからどこか熱を帯びたような目でダイスケを上目に見ていた。


「ふ、不本意だけど――本当はそんなことしたくないんだけど! 今回だけだよ! ホントに今回だけだよ!!」


 あくまでそう言いはっていた。


 そしてダイスケの拳にも、あくまで仕方がなさそうに、求められたからと言わんばかりに、彼女はおずおずと自分のそれをのばし、彼女はぶつけていたのだった。


 はにかみながら、ひっそりと微笑みながら。


文章がまったくかけなくなる時が、なぜだか来るんですよね……。


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