目的
ダイスケは思慮を巡らせた。
ボンドは知っていると言った。
何を、とは言わず、わざと内容を伏せて、だ。
それは表だって言えないことだと暗に言っていたが、さてそれがいったい何であるかが問題だった。
さしあたって考えられるのは――
……三つくらい、か。
ダイスケは候補を上げる。
一つは、ダイスケが男であることを知っていて、本当はマルソーの秘蔵っ子であるということを知っている可能性。
もう一つは、帰還者であることを知っている可能性。
だが、こちらはおそらく可能性としては低いはずだ。
帰還者であるかどうかなど、本人の意志以外に確認のしようがないことだからだ。
そして最後は、ただ単にこちらの情報を引き出すために、カマをかけているという可能性だ。
三つの中では、おそらくこれが一番可能性が高いとダイスケは考えていた。
というのも、これまでボンドとの接点は昨日の検査でのわずかな時間以外に、ほとんどと言っていいほどないからだ。
それに周囲の人間がダイスケのことをほとんど認知していないこの状況では、こちらの情報を収集することもほぼ出来ないに等しいし、例え学園側に提出した書類が、どこからか漏洩したとしても、そこにはダイスケの内情を晒すような致命的な内容は書かれていない。
だから、これがもっともあり得そうではあるのだ。
が――
と、ダイスケはスプーンを横に置いて、ふと慎重な顔をする。
トレーの上に乗っていたコップを手にとり、ゆっくりと水でのどを潤した。
そうは思いながらも、妙に釈然としない。
ボンドがなんらかの意図を持って、接触してきているからだろうか。
そうなると、漠然と情報を引き出すためだけに、こんな五歳児に近づくかと言えば、答えは明白。
否、である。
となると、三つめでもないのかもしれない。
ならば、それ以外の可能性を探るべきだが……。
やはり情報不足か。
これだけでは他にめぼしい答えも出てこない。
このまま返事を送らせるのもよくはないし、埒もあかない。
仕方がないので、ダイスケは現時点での特定は潔く諦めることにした。
まずは出来ることをする。
こちらが不利になる内容を晒さないという対応――
努めて違和感なく、首をかたむけ、無垢な表情で、こう言うのである。
「……なにをですか?」
なにも知らない振りをしたのだった。
まったくどの口が言う、という対応である。
「!」
しかし、これがまた実に効果的であるから、五歳児の形というのは恐ろしいものだ。
ボンドはそれを聞いて、わずかばかり驚いたように目を大きくし、戸惑い、そして慌てて言い繕ったのだった。
「あぁ、そうか、そうだよね。ごめん。やっぱり人違いか」
そもそもダイスケが演技をするなど、考えてもいないといった様子である。
だが一方では、どうやらボンドはその答えを期待していたようでもあった。
そう聞いて、ひどくホッとしたような表情を見せていたからだ。
ダイスケはそれを注意深く観察していたのだった。
――なるほど。
さらにいましがた彼がこぼした、『人違い』という言葉。
これはヒントである。
一見、ただの言い訳のようにも聞こえるが、そうではない。
ボンドが誰かを捜しているのは間違いないようだ。
すかさずダイスケは聞いていた。
「誰と間違えたんですか?」
「え? あ、いやっ、そ、そうだね。ちょっとね。そうかと思ったんだけどね」
しどろもどろにボンドは答えてくる。
「女の子ですか? ……いえ、男の子?」
ゆっくりと確かめるように聞きながら、ダイスケはボンドを上目で注視する。
そして――
小さく笑った。
ボンドが男の子と言ったタイミングで、困っなぁと周囲を気にするように見ていたからだ。
探していたのは男の子であるらしい。
人間、何か思うことがあるときほど、こうして表情や仕草に出てしまうものである。
「いや、あの、そろそろ勘弁してもらえないかな? 勘違いしたのは悪かったけどさ。ね?」
苦笑いしながらボンドは頭を下げていた。
「そうですか? わかりました。それなら仕方ないですね」
ダイスケはわざとらしく肩を竦めてみせた。
が、その実、胸中でほくそ笑んでいたことは間違いない。
なぜなら、分かったからだ。
これらのやりとりでだけで、ボンドがダイスケに接触してきた理由が。
ここにボンドが、自らが『マルソーの秘蔵っ子』として振る舞っていることを付け足せば、それはさらに分かりやすくなる。
ボンドはおそらく確認したかったのだ。
もう一人の編入生であるダイスケが、マルソーの秘蔵っ子ではないことを。
自分の嘘が、バレないことを。
そのために、ダイスケが不適合者であるにもかかわらず、自身の欲しい答えを得やすくするため、ボンドは柔和な対応を貫いた。
そして、わざわざ『知っている』などと言って、確かめようとしたのである。
ただ、そのおかげで深まった疑問もあったが。
ボンドのそもそもの目的である。
それがわからない。
その栄誉を得たいがために『マルソーの秘蔵っ子』などという名を、わざわざ騙る人間にはどう見ても見えないのだ。
――なら、警戒される前に。
ダイスケは笑みを浮かべる。
幸い、この状況ならば情報も得やすい。
ボンドはまだ、ダイスケをちょっと優秀な五歳児くらいにしか見ていないからだ。
が、
「ボンド」
絶妙なタイミングでその横やりは入る。
危うく舌打ちしそうになったくらいだ。
ダイスケはボンドとほぼ同時に、その声の主に顔を向けていた。
そこ立っていたのは――
ビート。
「あぁ、さっきはすまなかったね」
言ったのはボンドだ。
ビートは一度、チラりとダイスケを見たが、いまはボンド優先であるらしく、視線をボンドに向けたままだった。
どうやらご機嫌斜めであるらしい。
眉間にしわが寄っている。
「説明してくれんだろうな?」
ボンドに向かってビートが押し殺した声で聞く。
大勢の生徒たちが居るこの場所では、さすがに目立つことをするつもりはないのか、それなりに控えめではあった。
「説明?」
「そうだ。オレはお前を妹に紹介するために連れて行ったんだ。なのにそれがコレはどういうことだよ?」
「どうといわれても……ね?」
いや、オレに確認されても。
目線をくれるボンドに、ダイスケは苦笑いする。
「答えによっては、こっちだって考えがあるからな」
とそのタイミングに合わせるように、また、ずいぶんと人相の悪い、小太りの少年と、ひょろっとした背の高い少年がビートの後ろに立つ。
威圧感満載である。
おそらく二人はビートの取り巻きだろう。
さすがエーコの兄。
やっていることがまったく同じ――いや、もともとエーコがそれをまねている可能性の方が、この場合は大きいのか。
しかしボンドはそれを見ても、なんら怯んだ様子も見せなかった。
むしろ余裕さえ感じられる。
もっともその様子を冷静に眺めているダイスケも、大概であるが。
彼も彼で、とばっちりが来ないように願いながら、楽観的に状況を見守っていた。
そして、このまま一騒動あるのかと思いきや、事態の変化はめまぐるしい。
いや、当然といえば、当然か。
ここは学食。
生徒以外の誰かがいたとしてもおかしくはない場所である。
「コホンッ」
そこに割って入る咳払い。
言葉はすぐに続いた。
「なにか揉めていますか?」
その場にいた全員の視線が、その声の人物へと注がれていた。
ダイスケは目を見張って、思わず彼女を見上げた。
緊張に、身を固くする。
――れ、レイラ=アシュクール!?
動悸を覚え、胸を押さえていた。
過剰な反応だとは思いながらも、それを抑えられない自分が疎ましくなる。
しかし、ダイスケの反応などまだ可愛い方だ。
「なんでもねぇよっ」
ビートなど悪し様に言うのだから。
彼は取り巻きたちに、目線で行くぞと指示すると、一度レイラを睨め付け、そのまま去っていくのだった。
ずいぶんと露骨である。
ただ、その割りにはあっさりと退いていったが。
それだけ教師の肩書きは大きいのか。
「ありがとうございました」
ボンドが丁寧に頭を下げていた。
「いえ、気に病むようなことでもありません。どのみちここには来なければなりませんでしたから。それより、もうかまいませんか?」
どうやら彼女は、こちらに用があったようだ。
ここに居合わせたのも偶然ではないらしい。
「僕らは、かまわないですけど……」
ボンドが微妙な顔をしていた。
何か後ろめたいことでもあるのだろうか。
「そうですか。では」
とレイラは言うと、そのままボンドではなく、ダイスケに目を向けていた。
どうやら用があったのはダイスケであったらしい。
え? オレ?
とダイスケは目を白黒させていた。
「先ほどあなたの教室にうかがったのですが、あなたが担当するとのことだったので探しに来たのです」
「担当?」
ダイスケは頭上に?を浮かべていた。
あまりに唐突すぎて、頭の切り替えが出来なかった。
一体なんのことを言っているのか。
「教材準備係というのが出来たそうで、それをあなたがする、と」
「……なんすかそれ?」
思わず素の声が出ていた。
「授業の教材を準備する係だそうで、はじめて聞きましたが、それをあなたが受けられたと聞きました」
そんな覚えはもちろん無かったが、
む……。
まさか……。
ダイスケの脳裏に浮かんだのは、一人の少女の顔だった。
教室を出てくるときに見せた、あの怒りに満ちたエーコの顔。
「それで早速あなたにお願いしようと思いましたが……どうかしましたか?」
芳しくない表情をするダイスケに、レイラが気付いたようだった。
「あ、いや、その……」
言葉を濁す。
どう答えたものか。
思案のしどころである。
ここで、そんな係は受けていませんと言うことはもちろん簡単である。
しかし、クラスの大半がダイスケを疎ましく思っている現状で、そうすることに効力があるとは思えない。
経験があるからだ。
受けると言っていなくても、言ったことにさせられる。
嘘をついているのはこちらだと、決めつけられてしまう。
集団に個が相対するというのは、事実はどうあれそういう事態を招くことがある。
それに相手は嫌がらせのつもりで、こんなことをしているのだ。
むしろ、ここはそれを逆手にとって、嬉々としてやっているのを見せつけるのも手である。
それにその作業の内容を少し聞いてみたところ今回に限って言えば、実利もありそうだからだ。
「いえ、大丈夫です。わかりました」
ダイスケは答えた。
「本当ですか?」
レイラ自身、そんな係があるのか少し疑っているのか、そんなふうに返して来た。
しかし、ダイスケははっきりと頷いていた。
「はい、問題ないです」
「そうですか……。では、次の授業からよろしくお願いします」
そう言われ、ダイスケはレイラからリストを受け取ったのだった。
見上げた食堂の時計は、昼休みがあと三〇分もないことを教えていた。
どうやら少し急がなければならないらしい。
次の授業と言うことは、この昼休み中に準備をせねばならないということだからだ。
そうなるとさすがにボンドから情報を聞き出すことも厳しい。
――仕方ない。
残念ではあるが。
ダイスケはチラリとボンドを見やりそう思いながら、昼食を手早く済ませていた。
ボンドもさっきのレイラとのやりとりは聞いていたので、ダイスケが何も言わなくとも説明は必要なかった。
「それでは行きますね」
「うん。またね。何かあれば協力するから、その時は遠慮無く言って」
「ありがとうございます」
ボンドに小さく頭を下げて、ダイスケは食堂をあとにした。
しかし、そのまますぐには教材を取りに行くことはしなかった。
まずは警備室に行く必要があったからだ。
鍵を借りなければならなかった。
「はいよ、話は聞いてるよ」
気のいい守衛のオヤジから、ダイスケは鍵を借り受ける。
それは資料庫のものだった。
そう、実はこれがダイスケが係を受けた一番の理由だった。
堂々と資料庫に入ることができる。
そのいい口実が出来たのである。
ただ今回は時間がないので、目的のものを探すだけで手一杯だろうが、今後も教材係は継続されるだろうから、いつでも資料庫内を探ることができるはずだ。
――あのお嬢様のおかげだな。まさか向こうも、本気でこっちが喜んでるとは思ってないだろう。
ダイスケはほくそ笑んで、資料庫まで行くのだった。
そうして資料庫前――
そこでダイスケはふと奇妙なものを見ることになるのである。
「……」
資料庫というのは、その建物だけで独立した建物になっているのだが、その扉の前を、なにやら見覚えのありすぎる人物の生首が、あっちでもない、こっちでもない、イソイソふらふらと右往左往していたのである。
どうにかして入れないかと思案しているようだ。
だが、生首というのはもちろん正確ではない。
単に身体が隠されていて、そう見えるというだけだ。
光学迷彩――分かりやす言うと透明マントと言うヤツのせいだった。
そういうLOAが、この時代には普通に存在しているのだ。
ただ使える人間は非常に限られていて、ラヴィスの全波長に適正がある人間で、一般的にそれは『白のラヴィスを持つ者』と呼ばれているが、そういった人間にしか扱うことができないものなのだが、どうやらその人物はそれが扱えるようだった。
「……なにやってるの?」
ダイスケが白い目を向けつつ そう聞いてやると、そこにいた人物は、なんとも間の抜けた顔をして、なんとも間の抜けた声を出していた。
「あ」
エルセリンデであった。
白のラヴィス、ようやく本編に出せました(汗
透明マント、固有名としてたぶん大丈夫だとは思うんですが……。




