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帰還者

 ダイスケは筋肉質なマルソーの腕に抱かれながら、唖然とそれを見上げていた。


 砂漠に浮かぶ巨大な金属の船。

 その船は、どういう構造になっているのか、地面から一メートルほど浮かんで制止していた。


 船体の色はグレー。

 大きなクレーンや、無数のロボットアームが取り付けられていなければ、ダイスケの知る日本の護衛艦によく似た船だった。

 船首付近には、巨大なドリルにまたがったビキニの姉ちゃんの絵が描かれていることもあって、厳めしい船体の割にはどこかナンパな雰囲気があった。


 マルソーは誇らしげな様子で、それを見上げながら、


「オレの砂上船さじょうせん、エリーゼ号だ」


 と白い歯を無意味に光らせながら言っていた。


 ひょっとして、この人は凄い人なのか?


 そんなことを思いながら、ダイスケは自分を抱える、こんがりと日に焼けた男の顔を見上げていた。


「隊長!」


 と、近くから声。


 そこからすぐ近くに設けられていたタラップから、頭に緑色のバンダナを巻いた青年が、身体半分を外に出し、マルソーを呼んでいた。


 マルソーはそれに応じるように片手を上げる。

 再びダイスケを見て、


「実はこう見えても、俺は武装商隊キャラバンの隊長なんだよ。人にはそう見えねーってよく言われるがな」


 ダハハハと笑ってマルソーは勝手に説明していた。


「だから、隊長!」


 バンダナの青年が、さらに呼び、


「おっと悪い悪い。コイツに説明しててな。んで、なんだよバル?」


「砂嵐です。急いで乗船してください」


「砂嵐? ふぅむ。そりゃ仕方ねぇな。すぐ行く」


 マルソーは遠くの空を見やると、ダイスケを抱えたまま走り出す。

 カンカンカンと金属のタラップを登り、中に入ろうとして、思い出したように言っていた。


「おっと、そうだった。一応言っておくが、俺とお前が前世の記憶持ち――帰還者リターナーってのは内緒だからな? ま、言ったところで、誰も信じやしねーかもしれんが、念には念ってヤツだ」


 それからマルソーは船内に入ると、声をかけてくる部下らしき人間に応じつつ、ダイスケを船内の医務室に案内するまでに、ざっとこの世界のことについて話をしていた。


 ここはダイスケがもともと生きていた時代の、三千年後の未来であり、一度は文明が崩壊した、その後の世界であると。

 そして彼、マルソーはダイスケと同じように、前世の記憶を持って生まれ、この世界で生きていくことを余儀なくされた人間なのだと。


 それらの話は、にわかにダイスケには信じられないものだったが、それを信じるしかないような光景を、ダイスケはこの船に入ってから見せつけられていた。


 それらしいギミックもないのに、宙に浮かんでいた光の球は、薄暗い船内を照らす照明のようであったし、マルソーの正面に、付き従うように浮かんでいた半透明のスクリーンは、端末の画面であるらしかった。


 それ以外にも例を上げればきりがなく、そこにはダイスケがいままでSF映画の中や、アニメの中でしか見たこともないような――それこそ魔法としか思えないような光景や現象がいくつもあった。


『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』


 アーサー・C・クラークの言葉、まさにそれを示したかのような光景だった。


 圧倒的な未来のそれだったのだ。


 ダイスケはそれに激しい感動を覚えていた。

 嬉々として目を輝かせ、それらを見ていた。


 彼の前世は理工学部の学生だ。

 この状況を喜ばないでいられるはずがない。


 気付けば彼の中にあった不安など、好奇心の前にはすっかり霞んでしまっていた。


 だがそれも――

 その未来が突きつける現実を、彼が思い知らされるまでの、ほんのわずかな時間にすぎなかったが。



 医務室。


 そこでダイスケを迎えてくれたのは、白衣を着た女医師だった。

 歳は二十代も前半くらいだ。

 メガネをかけていた。

 ちょっとばかし無愛想で、覇気がなさそうだったが、美形だった。


 マルソーはその女医師をアネットと呼んで、ダイスケを彼女の腕の中に預けていた。


「こいつを任せる。俺はちょっくら艦橋ブリッジまで行ってくるからよ」


「わかった。手はず通りにやっておく」


 アネットは抑揚の少ない声で言うと、マルソーが出て行くのを見送って、ダイスケをベッドに寝かせていた。


「!」


 その瞬間、ダイスケはごくりと心の中で生唾を飲み込んでいた。


 なぜなら彼女が、やけに胸元の開いた服を着ていたからだ。

 ちなみに彼女の胸のボリュームは、小柄なナリからすれば意外に大盛りである。

 しかもなぜだかノーブラ。


 ということは、そんなふうにダイスケの前で屈めばどうなるか。


 そう。

 中が見える――


 ダイスケも男だ。

 それを期待し、すっかり鼻の下を伸ばしていた。


 が、もう少しでその先端まで見えそうというところで、


 え?


 なぜだかアネットが急に機敏な動きをしはじめたのだ。


 サっとダイスケの片腕を取り、ベッドの端にくくりつけてあったベルトで固定する。

 さらにササッともう片腕と両足も固定してしまう。


 気付けばダイスケはベッドの上で大文字に、完全に拘束されている状態になっていた。


 ちょっ!?


 そしてその状態で彼女が持ち出したのは、大人の手首ほどもあろうかという太さの大きな注射器だ。


 ダイスケは青ざめていた。


 アネットのメガネが怪しくきらりと光っていた。


「……赤ん坊のくせに、目つきがなんか邪悪」


 ひぃいいいっ!!


 ダイスケは明確な殺意を感じ取っていた。


 アネットはいまにも、その注射器をダイスケにぶっさそうと振り上げて――


「……そういうや言い忘れてたんだが、アネット――

 って、ぅおい! なにしてやがる!」


 絶妙なタイミングだった。

 そこで偶然戻ってきたマルソーが、それを目の当たりにして、アネットを必死に止めにかかっていた。


「相手はガキだぞ!?」


「チッ」


「『チッ』っとか言うな、『チッ』とか! しかも本気で残念そうな顔をしやがって。どこまでマッドだお前っ」


 マルソーに強く止められ、渋々アネットは注射器を普通のサイズのものに持ち変えていた。


 拘束具の方は、マルソーが外していた。


 ホッ。


「……頼むぜアネット? あぁ、それとさっきは言い忘れたんだが、アレを検査するヤツもついでに用意しといてくれよ。そん時までにまた来るから」


「わかった」


「……」


「……なに?」


「もうしねーよな?」


「当たり前」


「わかった。信用するからな?」


「まかせて」


 そうしてマルソーが再び医務室を出て行くと、アネットは堂々と特大の注射器に持ち替えて――


「ア~ネットぉ?」


 入り口から顔だけ出して、マルソーが白い目でアネットを見ていた。


「気のせい」


 あらぬ方を見て、背中に注射器を隠すと、アネットはスースーと吹けない口笛を吹こうとする。


「次やったら、いま隠したもん没収するからな?」


「……」


「わかったな?」


「……わかった」


 と、今度こそ本当にマルソーは行ってしまった。


 アネットの方は渋々小さな注射器に持ち替えて、ようやくダイスケの採血をはじめたのだった。


「……これだけ怪しい子どもなんだから、ちょっとくらい痛くしたって問題なさそうなのに」


 その最中、ボソリと彼女はとんでもないことを言っていた。


 ダイスケは戦々恐々である。


 それはさておき、アネットは、ダイスケから採った血液を手近にあった四角い装置の中に入れて、なにやらそこで血液の検査を始めたようだった。

 近くに表示されていたホロディスプレイ(さっきもマルソーが見ていた半透明の画面)に目を向けながら、手にしていた書類にペンで何かをチェックしている。


 そっちに集中しているせいか、ダイスケはその間ほったらかしだった。

 ダイスケとしては、むしろこっちの方がありがたかったが、少しは愛想くらい良くしてもいいのにと思ってそんなアネットを観察していた。


 だが、彼女にはどうやらそういった思考が一切ないようだった。

 マルソーのマッドと言った言葉。

 その通りの性格なのかもしれない。

 黙々と作業をこなしていた。

 

 そんな具合で、後は何事もなく時間が過ぎ、アネットも作業を終えて一息つこうとしていた。

 そんな時だ。


「よっ。どんな感じだ?」


 マルソーが再び医務室に戻って来たのだった。


「問題はなさそう」


 アネットは机の上の書類を取り寄せて、そう答えていた。


「病気とかの耐性とかも、だよな?」


「そう」


「ふぅむ。それならいいか」


「けど……」


 アネットが気にかけるように言い、マルソーはアネットを見ていた。


「たぶんこの子、普通より遺伝子的にタフかもしれない」


 タフ?


 ダイスケは、マルソー同様にアネットに注意を向けていた。


「遺伝子の病的不均衡がほとんどなかったから」


 意味がさっぱり分からない。


 それはどうやらマルソーも同じだったらしい。

 彼は複雑な顔をして顎をしごいていた。


「お前さんの言うことは相変わらず難し過ぎだ。ま、心にはとめとくぜ。それよりもいまは――」


 と言い、なにが言いたいかを察したアネットがこくりと頷いていた。


 彼女はすぐ近くの事務机の上に、用意していた物に目を向けていた。


 そこに並ぶのは、三つの石だ。

 光を反射するほどぴかぴかに磨かれた表面の、立方体の形をした透明な石。

 色は赤、緑、青と違うが、サイズや形はまったく同じだった。


「よっし! 期待してるぜダイスケ!」


 にんまりとしたマルソーが、アネットから受け取ったゴム手袋のような物を手にはめると、その立方体の一つ、緑色の石を、ダイスケの手を取って、その手のひらの上にのせていた。


 マルソーが期待する目でその石を眺める。

 その横でアネットが、さして感情も持たぬ目で見ていた。


「……」


 なにも起きない。

 

 石は相変わらず普通の石だった。


 手のひらの上に置けば、何か変化が起こるのだろうか。


 あからさまにマルソーが落胆した目をしていた。

 だが、そうは見せないように、すぐに取り繕う。


「ま、そうだよな! さすがに白のラヴィスを期待するなんてのは、都合が良すぎだよな!? 次だ次!」


 そう言って今度は、青い石をダイスケの手のひらに乗せる。


 ……。


 これも反応無し。


 一体なんの意味があるのだろう。


 ダイスケは不思議そうな顔をしてそれに付き合っていた。


「い、いや、まぁ、そうなると赤ってことかっ。男ならやっぱ赤だよな、赤! 情熱の赤だし、いいじゃねーか! うんうん」


 そう景気よく言いながら、なぜだか顔に緊張感をにじませて、マルソーは最後の石、赤色の石をダイスケの手のひらにそっと置いていた。


「…………」


 沈黙。 


 赤色の石は、他の石と同じでさっぱり変化を見せなかった。


 マルソーは呆然と石を見、それからダイスケの顔を見、再び石を、そしてダイスケの顔――

 何度か往復させて、とうとう我慢できなくなったか、なんとも悲しげな表情を見せて、ダイスケから顔を背けていた。


 が、すぐにバッと勢いよくアネットを振り返る。

 何かを思いついた顔だ。


「いや、待て、アネット! お前、実はこれ全部故障してて――」


 そう言いながらマルソーは、アネットの手のひらの上にあった、それを見て黙り込んだ。

 丁度アネットが片付けようとして、彼女はその全ての石を揃えて持っていた。

 そして、それら全てがキラキラと輝いていたのだ。


「……」


 マルソーは、中途半端に言いかけた口をそのままに、やっぱりなんとも悲しげな表情をして、顔を背けていた。


「……コアは全部正常」


 アネットは淡々と言っていた。

 

 ダイスケにはその儀式のようなものが一体なんの意味があるのか、やっぱり分からなかった。

 だが、すぐそのあとにマルソーからこっそり耳元で理由を教えられて、愕然としていた。


 え?


 えええええええええええええ!?


 胸中で絶叫するのを、彼は止められなかった。

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