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ダイア

すみません。大変遅くなりました。m(_ _)m

いまもなんとか生存しております。


当初はもっと早くに書き出せる予定だったんですが、これについては言い訳もございません。


新章をお届けいたします。


また、設定については確認のために前ページに、書き出しました。

思い出すのに役に立てていただければ幸いです。

 出張先で仕入れてきたペンの話を聞かされて以来、ダイスケは暗澹あんたんとした気分で日々を過ごしていた。


 リステンド寄宿学校の入学まであと二日と迫ったその日も、仮住まいとして厄介になっているペンの工房で、なんとも辛気くさい顔をして作業台の前に座って考え込んでいた。


 つい先日まで、フレアの小型化を進めようと作業台にしがみついていたのが、まるで嘘のようである。


「……ったく、坊主。いつまでそうしてんだ?」


 工房の奥からマグカップを二つ持ってやって来たペンが、ダイスケをあきれたように見ていた。


 その言葉にわずかにダイスケが顔を上げると、ペンはダイスケが何かを言うより先にさらに続けていた。

見るに見かねたらしい。


「なあ、そろそろ割り切れねぇか? 諦めるのもまた人生には必要なことだぜ。理不尽りふじんと思うかもしれねぇが、物事は成るようにしか成らねぇんもんなんだしな」


「……理不尽」


 そうダイスケが小声で言うと、頷いたペンが、持っていたカップの一つを渡してきた。


 ミルクと砂糖のたっぷり入ったコーヒーだ。

 手のひらにほどよい暖かさが伝わってきた。


 ダイスケもペンの言いたいことは理解していた。

 どうしようもないということは確かにある。


 だが、そうだからといってそこで何も出来ないと諦めるのは、ダイスケの性分にはあわないのである。

 ペンから聞かされた話をそのまま受け入れるには、やはり抵抗があった。


 だからこそだったのだ。

 だからこそ何かできないものか。


 ダイスケがいまも必死で、抜け道がないものかと思考にふけっていたのは。


 とは言え、何が起きているのかこれだけでは少々説明不足だ。

 ここで少しばかり冒頭にあった、ペンから聞かされた内容に触れておく。

 込み入ってはいるが、そう難しい話というわけでもない。


 そしてその原因は、実はダイスケとも関係の無い話ではないのだ。

 なぜならそれは先日あったヨーゼの一件に端を発していることだからである。


 その一件の首謀者がミライビであったこと、これは今さら言うこともないだろう。

 これはその後日談だ。


 あの一件でミライビが捕まったあと、教団ではその身辺調査が徹底的に行われていた。

 背後関係や余罪などを調べるためだ。


 無論、その詳細については公開されることはなかったが、さすがに表に出てしまった不正については、教団もなんの説明もなしではいられなかった。

 ゆえに教団はやむを得ず今回の一件についてだけは公表することにしたのだ。


 事件の経緯、ミライビ助祭の更迭こうてつおよび処分について。


 もちろんそれだけならばダイスケにはなんの影響もないことだった。

 そう、なんの影響もなかった。

 だが、実際そうはならなかったのは、その公表の場で一つ問題が起きたからである。


 教団の広報担当者の一人が、うっかりその場に居合わせた記者に漏らしてしまったのだ。

 リップサービスのつもりだったのだろう。


 ――事件の解決には一人の少年の活躍がありました。


 それに食いついたのが多くのゴシップ紙の記者たちである。

 こんな面白そうな話題はないと、彼らは嬉々としてそれについて調べはじめてしまったのだ。


 すでに事の経緯の中でマルソーが関わっていたことは公表されていたので、そこからダイスケの存在にたどり着くのは彼らにとっては、とても容易いことだった。

 ダイスケのもとに記者たちがやってくるのも時間の問題だとも思われていた。


 だが、そうはならなかった。

 なぜなら、そこに慌てて教団が介入かいにゅうしたからである。


 それによって急速に事態は終息することとなったが、いくつか面倒な置き【みやげ】だけは残ることになってしまっていた。


『マルソーの秘蔵っ子』


 というはた迷惑な呼び名と、


『その少年が今度リステンドに入学するらしい』


 という噂。


 これがまたダイスケにとっては実に厄介なものだったのだ。


 なぜなら今回のリステンド寄宿学校への入学は中途。

 中途ということは、察しのいい方は気付くだろう。


 ダイスケは一人でこんな時期に入学するということである。

 つまり、それで確実にダイスケが噂の少年であることがバレてしまうということなのである。


 そして、それはバレるだけで済む問題ではないのだ。

 そんな多くの子どもたちがいるような場所で、『秘蔵っ子』などと言って不適合者(ハスクがもてはやされればどうなるか。


 確実に冷遇されるのである。


 不適合者(ハスク)はカーストの底辺だ。

 始教しきょうの洗礼ですら、はじめはひどいものだった。

 それでも数人であったから、まだなんとかなった。


 これが多くの子どもを抱える学校となれば一体どうなることか。

 想像するだけで気分もこの上なく底辺になるのも当然と言えよう。


 そう、いまダイスケが必死に考えを巡らしているのはそれゆえなのである。

 ただ、いまだになんら良策の一つも出て来てはいないのだが――


 そして話は元に戻る。


 ペンはコーヒーをすすると、そんなダイスケに言い聞かせるように言っていた。


「言っとくが坊主。入学を取り消すのは無理だからな? そのへんは分かってるよな?」


 こうも考え込んでいる姿を見れば、そんな心配もしたくなるのかもしれない。

 ダイスケは頷いてそれに答えていた。


 言われなくとも、その選択肢ははじめからダイスケにはなかったからだ。

 入学を取りやめれば、ダイスケの居場所それ自体がなくなってしまう。


 マルソーはすでにこのクーリエの街を出て行ってしまっているし、このままペンのところで厄介になっているわけにもいかない。

 それに学校に行くことはマルソーとの約束なので、それを撤回する意志もない。


 ペンがダイスケの意志をはっきりと確認して頷くと、いっきにコーヒーを飲み干していた。


「おぉし。それならいい。そして安心しろ。俺だってこのまま放っておくほどバカじゃねぇ。だからな、一つだけ手は打っておいた」


 にやりとしてペンはダイスケを見た。


「相談役だ」


 端的なその言葉に、ダイスケは興味を引かれた。


 相談役?


 ペンと目が合う。


「で、まぁ、なんだ。時間的にそろそろ来ることになってたんだが――」


 遅れてんのか? とペンが腕に填めていた時計を見ると、


「おっじゃまー!」


 そのタイミングでこの場に滑り込んでくる軽快な声。

 どうやらそれは挨拶らしい。


 ダイスケが工房の入り口へと顔を向けるとそこに、こっちに向かって顔の横で小さく手を振る一人の女の姿があった。


 丸い眼鏡をかけたスーツ姿の女だ。

 歳は二〇代後半といったところか。

 ピンと一房ひとふさ跳ねたアホ毛のせいで、年齢の割には妙に若く見える。


 ダイスケが目線でペンに聞くと、ペンは「そうだ」と頷いていた。


 どうやら彼女がその相談役のようだった。

 後ろ手に持っていたキャスター付きのキャリーバッグをゴロゴロ言わせながら、女はやけに嬉しそうに工房の中に入って来る。


「ほっほー。あんたがダイスケか?」


 女は品定めするように上から下までじっくりダイスケを見て、それから手を差し出す。


「ウチはウルルシュ=ベル。リステンドでカウンセラーやらせてもろとるもんや」


「カウンセラー……?」


 少しばかり驚いたダイスケ。


「あぁ、けど、心配すんな。なにもウルにカウンセリングを頼んだわけじゃあねえ。コイツはな、ウチの工房の常連で学校に勤めてるから、何かしらお前さんの助けになんじゃねぇかと思って呼んだだけだ。カウンセラーってのは単にたまたまなだけだ」


「そ。そーゆーこと」


 と、ウルルシュはウィンク一つ。

 さらに言いながら未だに手を伸ばさないダイスケの手を勝手にとると、ウルルシュはブンブンと上下にそれを振って、強引に握手を交わしていた。


 醸し出す雰囲気はまさに『はっちゃけた姉ちゃん』である。


 ダイスケの中にあるカウンセラー像とはいささかギャップがあるので、正直、もう少し穏やか成分があった方が良いんじゃないかというのが彼の感想である。


「って、なんかいまものすっごい失礼なこと考えへんかったか?」


 じとーっとウルルシュに睨まれる。


 たらり。

 冷や汗。


 ……なるほど。

 さすが人を診る職業についているだけはある。


「まぁまぁ、挨拶はそのへんでいいだろ? それより、ウル。結局お前はどうなんだ? なにかしら案はもう出てんのか?」


 助け船――というわけでもないか。

 単に聞きたかっただけのようだ。

 ペンがウルルシュに言葉を向けていた。


 言い方から察するに、どうやらあらかたダイスケを取り巻く状況についてウルルシュには話してあったらしい。


「あぁ、それについてはホンマもうバッチリやで。さっそく取りかかってもええか?」


 ニコリと笑みを見せるウルルシュ。


 心強い言葉だ。


「……」


 が、なぜだろうか。

 そんな彼女を見てるとダイスケは妙に胸騒ぎを覚えて仕方がない。


「あ、そうそう。あんたのことはダイスケでええな? そう呼ぶで。

 ちなみにウチのことはウルちゃんって呼んでくれてかまへんから。……あー、けど、すぐ先生って呼ばれるようになってまうんかな? ならいっそのことウルちゃん先生にしとくか?」


「……『先生』で」


「ナハハハ。なんや遠慮しぃやなー」


 と言ってウルルシュはバンバンとダイスケの背を叩いていた。


「なら、さっそくやけど、はじめよか?」


 と、ウルルシュは持っていたキャリーバッグを手元に引き寄せていた。


「中に何かあるんですか……??」


「フッフッフー。それは見ての楽しみや。つーわけやから、おやっさん。とりあえず奥の事務所、ちょっと借りるけどええか?」


「おぉ、そりゃあいいが、一体……?」


 だが、ウルルシュは含んだ笑みを見せ、意味深な言葉を吐くに答えをとどめる。


「ウチの秘策をさずけたるんや」


「秘策……」


 そう呟いたダイスケに向けられたウルルシュの視線が一瞬、ひどくよこしまなものへと変わったのを、その時ダイスケは見逃さなかった。


 そして今度はよりはっきりと感じていた。

 胸騒ぎではない。

 それはすでに悪い予感であると。


 なんかすんごくヤバイ気が……。


 思わず一歩後ずさっていた。


「かまへんかまへん。ウチを信じてや」


 笑顔なウルルシュ。


 いや、つかなんだ、その能面みたいな笑顔は?


 頬を引きつらせ、ダイスケはさらに後ずさろうとするが――


 ガッ!


 えぐらんばかりの勢いで、思い切りウルルシュに肩をつかまれていた。


「かまへんかまへん」


 身をかがめ、目線を合わせてくる。

 その顔のなんと邪悪なことか。


 あまりの不安にダイスケは助けを求めるようにペンに目を向けるが、


「!」


 目をそらすどころか、こちらに背を向けてさえ来る。


 すでにペンはウルルシュにこの件を丸投げしたらしい。


 それを知ってか、


 ニンヤァ。


 ウルルシュの口が三日月を描くのだ。

 実にいやらしい笑みだった。


「……」


 あぁ、神様……。


 しかし、どうやら神はダイスケに微笑む気はこれっぽっちも無いようだ。


 あっという間に連れ込まれた事務所で、ダイスケはウルルシュがキャリーバックから出したそれを見せられて、絶句するしかなかった。


 ――!!


 ちょ待て!

 ちょ、ちょっと!!


 それをやったら話のジャンルすら変わるから!?


「かまへんかまへん、ウチを信じてや~」


「や、やめっ、オレは――」


「かまへんかまへん、ウチを信じてや~」


「いっ、いぃぃやぁぁあああああああああ」


 ダイスケの悲鳴はただ虚しく木霊こだまするのであった。




 そして二時間後。


 げっそりやつれたダイスケはウルルシュとともに工房へと戻っていた。


「……もうお婿むこに行けない」


「な、何やったんだ、ウル?」


 ペンがLOAロアの修理を止めて顔を上げると、それはもうツヤッツヤの肌をして、満面の笑みを浮かべるウルルシュがそこにいた。


「ひぃ~みぃ~つぅ~」


「あ? 『秘密』? って、お前っ、ガキにやっちゃあいけねぇ――」


「ナハハハ、なんのことぉ? やっちゃあいけないって? 具体的に言ってもらわんとウチには分からんのやけどぉ?」


 ニヤニヤとするウルルシュ。


 そう言えばペンが反論ができないことなどお見通しなのだ。


「けど、安心し。大人にあるまじき行動はしとらんて。それよりホイ、おやっさんにはこれな」


 ウルルシュがペンにA4サイズの封筒を渡していた。


「ついでに届けてくれって事務の人から頼まれてたんや。明日学校に来て書いてもろてもええんやけど、余裕があった方がいいやろってことで預かってきた。

 入学に関わる申請書類各種や。ダイスケの素性についても、伏せといた方がええんやろ?」


「あ、あぁ」


「学校で書かされたらおやっさん、正直に書いてまいそうやし。後見人の欄、マルソー=ブラッディアルバって。

 せやから間違えんように、後見人の欄は、おやっさんの名前を書いておくんやで?」


「あぁ」


「それとダイスケの名前のとこ、先に下書きで書いといたけど、それ間違いやないから」


「名前?」


 言われてペンは封筒から書類の束を取り出してみる。


「コイツは……? けど、こりゃあ――」


「かまへんかまへん」


「いや、けどだな。こいつはいくらなんでも」


「いざとなったらウチがフォローしたるし」


「フォローとかそういう問題か?」


 しかし、ウルルシュは聞く気などはじめからないらしい。

 これが最善だと彼女は思っているのだ。


 そしておもむろにダイスケの腕を取っていた。


「ほな、まだ明日の準備があるし、ダイスケ借りてくで?」


「って、おいっ」


「夕方には戻るから安心し」


 そしてとっとと工房を出て行ってしまうウルルシュとダイスケ。


 ペンはガリガリと頭を掻いて、それを見送っていた。


 彼女のことはもちろん信用していた。

 学校関係者だけあって、その内情にも詳しいからだ。


 が、しかしどうしてこうも不安を覚えるのか。


「相談相手を間違えた?」


 ペンは悩むが、すぐに考えることを諦めた。


 どうせ自分にはなにもできなかった。

 そもそも今回のことはまったくの畑違いなことなのだ。


 下手に自分がなにかをするくらいならば、まだ彼女に任せる方がうまくいく。


LOAロアのことならいくらでも良案が浮かぶんだがな」


 ため息をつきつつ、ペンは再び書類に目を通していた。


「ま、グチグチ言ってねぇで、まずは言われたことをやっておく方が先か」


 手にしていた作業用のグローブを外し、事務所に行く。


 リステンド寄宿学校はエリート校だ。

 多くの施政者ルークの諸子や、知識階級の子どもたちが学ぶ。

 しかし、そういった子どもたちばかりが学んでいるわけでもない。


 より能力のある者を育てる。

 教育機関としては当たり前の前提がある。


 だから、リステンド寄宿学校で学ぶ子どもたちの中には身分を越えて、選抜された才能ある普通の子どもたちも学んでいる。


 が、そういったもの達の入学には一つの条件があるのだ。

 誰かしら後見人を付け、自らの才能を保証してもらわねばならないという条件だ。


 その役をペンは果たさねばならなかったのである。


 もちろん後見人はマルソーでも問題はないのだが、ダイスケにしてみればいまはそれが問題となる可能性がある。

 ゆえにここに限ってはペンが後見人となることが必要だったのである。


「きっとヤツもはじめからそのへんのことが分かってて、俺のところに預けて行ったんだろうな」


 どこまでも先を読むことに長けたマルソー。

 すでにこの街を発って居ない彼の、どこか憎めない顔をペンは思い出す。


「まったく苦労かけてさせてくれる」


 小さく笑いながらそう独りごちるのだった。




 そうして次の日。


 ペンはあまりの出来事に息をするのも忘れてしまっていた。

 我が目を疑い、もう一度それを見ていた。


 なんと可憐かれんな。


「……」


 工房には、ウルルシュがダイスケを学校に案内するために迎えに来ていた。

 その彼女が奥の事務所からダイスケを連れて来て、ペンは信じられないものを目の当たりにさせられたのだ。


「……坊主なんだよな?」


 ウルルシュの横に立っていたのはダイスケだった。

 しかし、どこからどう見ても彼の知るあの少年ではなかった。


 派手さはない。

 しかししっとりと落ち着いた雰囲気をその身にまとわせていた。

 白いワンピースを着た一人の美少女。


 ペンはそこに砂漠に咲いた一輪の小さな野花を見た気さえしていた。


 そして書類に書いてあった名がふと思い出されて口ずさんでいた。


「ダイア=クラハマ」


 ダイスケはそれを聞き、ワンピースの膝のあたりを、何かに耐えるように両手でぎゅっとつかんでいた。

 そして不意に恥ずかしそう上目遣いでペンを見るのだ。


「っ!」


 あまりのいじらしさにペンは打ちのめされそうになっていた。


 必死にこいつは男だ、坊主だと自分に言い聞かせるのだった。


なお、今後の展開ですが前回同様、あまり固まってないまま書き出しているので、次更新に少し時間がかかるかもしれませんが、どうか寛大な気持ちで見守っていただけると嬉しいです。


またこれからもお付き合い頂ける方、今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m。

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