プロローグ
眼科に行ったところまでは覚えている。
それなのにどうして、こんなところにいるのだろう。
相浦大介は、ただ遠くまで広がる砂漠のど真ん中にいた。
玄武岩の砂礫が混じった黒砂の砂漠。
見渡す限りが、砂で覆われていた。
砂丘のさらに遠く見えるのは、また砂丘と砂丘――
日差しが有れば、おそらく灼熱に包まれていてもおかしくないこの広大な場所で、ダイスケは声すら出せず、ただそこにいた。
……いや、違う。
声は出そうと思っても出せないのだ。
いまさらながら彼は自分の身体の異変に気が付いていた。
視線がいつになく低い。
そういえば自分は、二つの足で立ってすらいない。
なぜ手足で地面を這っているのか。
手を持ち上げた。
いやに小さな手が目に入った。
プニプニとやけにはれぼったく、頼りない。
彼のよく知る、自分の手だったものとは全く違っていた。
「!」
ダイスケは息をのんだ。
焦りを覚えていた。
急いで、くまなく自分の姿を確認し――
愕然とした。
オレじゃない!?
ようやくそのことに気付いた。
ダイスケは今年の誕生日が来れば二一になるはずだった。
だというのに、なぜこんな身体なのか。
赤子だったのだ。
まだ二足の足で歩けもしない、そんな幼子の身体が彼の身体だった。
だが、ダイスケは夢を見ているわけではなかった。
五感が認識していた。
これが現実なんだと。
この砂の感触は嘘ではないのだと。
ダイスケは間違いなくここにいた。
理由も、原因もなにもかもわからないまま、彼は砂漠にいた。
「いよぉ? 気分はどうだい?」
どれだけそうしていたか。
呆然としていた彼にかけられた声。
焦点の合わなかったダイスケの目が、上を向いていた。
次第に鮮明になるその人物の顔。
いつの間に来たのだろう。
ダイスケを上からのぞき込んでいた。
頭に、赤と青の綿で織られたターバンを巻いた、三〇代くらいの男だった。
「お前がダイスケだな? オレはマルソー。マルソー=ブラッディアルバ。お前と同じ帰還者だよ。迎えに来たぜ」
男はそう言って、さわやかな笑みをダイスケに向けていた。