其の九(1) 星杜学園最大の秘密……?
番外編も、其の九にてオシマイです。
其の九は、本編には少しも関係してこないシーンになるので、これまでの番外編の文体から変えてみました。が、これが意外と長くなってしまい……(笑。残る、番外編の数回、最後までおつきあい下さいませ。
ある日の放課後、生徒会室には早見坂と藍原の二人がいた。生徒会室は、何やら重い空気が張り詰めている。無事に進んできている映画撮影が、実はこのところ少し問題が起こり、脚本を担当した藍原が胸を痛めているからだった。
「今日くらいに、またやってきそうですね」
藍原の声もどことなく暗い。
「うむ、まぁそろそろだな」
早見坂もそう答えるしかなかった。
と、予想に違わず、廊下の遠くの方から言い争うような声が2人の耳に聞こえてきた。
「やっぱり……」
「琴音、大丈夫か?」
「は……い」
伏し目がちになった藍原の長いまつげがふるふると震えていた。藍原の顔を盗み見した早見坂は、藍原の忍耐力もそろそろ限界に近いかもしれないと思い、胸が痛んだ。
「……いいんです……でしょう!?……」
「でもぉ、……だめだよぅ、小春ちゃんだってさぁ……」
「放して下さいってば……ちゃんと言わないと……」
「……とりあえずは落ち着こうよぅ……」
途切れ途切れに聞こえてくる声の主は、友哉と麻莉子に違いなかった。
藍原は、目を閉じて大きく深呼吸をすると自分に活を入れて、2人を迎えるための気持ちを整える。
「無理しなくていいんだからな、琴音」
「ええ、大丈夫です」
そう答えた藍原の顔は、先ほどまつげが震えていたことなど微塵も感じさせないくらいに毅然としていた。
2人分の足音がドタドタと響いてきて、生徒会室の前で止まる。乱暴にドンドンと扉を叩く音がして、早見坂や藍原が返事をする前にガラリと扉が開けられた。
「失礼します!」
扉の向こうに立っていたのは、やはり友哉だった。友哉の後ろには麻莉子が立っていて、友哉の腕を引っ張っている。
「友哉くん、友哉くんってばぁ……」
麻莉子の顔は歪んで泣きそうに見えた。
自分自身も友哉と同じ思いを多かれ少なかれ抱いているだろうに、今は友哉の気持ちをなだめようと必死な様子の麻莉子を、早見坂にはたいそう不憫に思った。
「紫月くん、また来たのね。今日はどうしたの?」
「藍原さん! ぼくはもうイヤです。これ以上、小春さんを騙したままで撮影を進めていくなんてできませんっ!」
普段からは想像もつかないような剣幕で、藍原に詰め寄ろうとする友哉を、とりあえず早見坂が諌めようとする。
「まぁ紫月くん。少し落ち着きたまえ。冷静にならないと、話だってきちんとできないだろう?」
だが、そんな早見坂の言葉も、友哉の気持ちに油を注いだだけのようだった。
「落ち着けって……落ち着けだなんて、よくもそんな事が言えますね! 小春さんは、今この時だって、そしてこれから12月24日が訪れるまで、ずっと悩んで苦しむ事になるんですよ! その事を分かっていますか!?」
友哉の剣幕はヒートアップしていく。
「紫月くん、私もあなたの言葉を聞いて胸が痛いのよ。やっぱり波原さんに何も話さなかった事は間違っていたかもしれないわね」
「かも、じゃありませんよ! 間違っていたんです。最初から間違っていました!」
友哉は藍原さんのファンのはずなのに、まるで親の敵でもあるかもような勢いでくってかかる。
「友哉くぅん、今さらそんな事言ってもさぁ。もうここまできちゃってるんだしぃ、しょうがないよぅ」
「麻莉子ちゃんまで何言ってるんですかっ! 小春さんは、僕たちのかけがえのない友達でしょう? 友達を騙し続けて映画撮影を続けるなんて、そんな事が許されると思いますかっ!?」
「でっ、でもぉ……」
「いいですか、麻莉子ちゃん。確かに最初は映画撮影の登場人物として小春さんと関わったかもしれません。でも僕たちは、どれくらいの時を一緒に過ごして、どれくらいの思い出が増えたか分かっていますか!?」
「分かってるよぅ。友哉くん、麻莉子にだって分かってるってばぁ」
「それなら!!」
友哉の瞳が鋭く麻莉子を射抜く。
「僕たちの大好きな小春さんに、何の理由もない苦しみを味わわせたまま、このまま撮影を進めるなんて事ができるわけなんてないでしょう!?」
「そうだけど、それはそうなんだけどさぁ……」
麻莉子は、本当に泣きそうになっている。そして、藍原が、どれほど辛い思いで2人のやりとりを聞いているのかも、早見坂は分かっていた。しかし、藍原は、2人の前で決して表情は崩さない。
「紫月くん、何度もあなたからそのお話は聞いているけれどね。でも申し訳ないけれど、私の返事は変わらないわ。このまま撮影は、波原さんには秘密のままで続行します」
きっぱりと言い切った藍原の顔を見る友哉は、心から怒っているようだった。
「紫月くん、藍原がこう言っている以上、君たちにはどうしても従ってもらわないとならない」
「あなたたちは、自ら望んで映画に出ているって事を忘れて貰っては困るわね。それに、主人公役の波原さんには何も告げないで撮影を進めるって事も、最初に説明したはずです。それを今更どうこう言われても……こちらとしても困るわ。何カ月もかかって準備をしてきて、たくさんの人々が関わってきています。紫月くんも子供じゃないんだから、自分の感情だけで突っ走るような発言は控えて下さらないかしら」
友哉の身体が怒りに震えているようだった。麻莉子が、必死に友哉をなだめようとする。
「友哉くぅん、だから言ったじゃないよぅ。私たちだけの感情では、どうにもならない事なんだからさぁ。今日のところは帰ろうよぅ」
「麻莉子ちゃんっ! 今日このまま帰って、また明日出なおして来れば良いんですかっ!?」
「……いや、もうこれ以上はぁ……」
藍原は、友哉から視線を外そうとはしなかった。
「何度ここへやって来ても同じ事です。お互い時間の無駄になりますし、いい加減、紫月くんも分かってくれないかしら」
もう何を話しても無駄だと理解したのか、友哉はとうとう早見坂の前で言い放った。
「わかりました。それでは、僕からの提案です。紫月友哉は映画出演をここで降りるか、または小春さんに真実を話して映画撮影を続行するか、どうぞそちらで選択してください」
「なっ……!?」
藍原が息を呑んだ。
「友哉くぅん、それは言っちゃダメでしょう……?」
「早見坂会長も、会長ですよ。会長ならば、もう少し目配りがあってもいいじゃないですか。最初はいいですよ、何もわからない者同士だったんですから。でも、こんなに僕たちの間には繋がり感ができて、本当に大好きな存在になって、でも僕と麻莉子ちゃんは、小春さんを騙しているんですよ? ありもしない話の中で」
「紫月くん、私は、波原さんが自ずから気が付いてくれたのなら、きちんとお話して、別の方法で撮影を進める事も考えています」
「ダメなんです! 小春さんは……小春さんはそういう人間じゃないんですよ。僕は、一緒にいろいろな事をしていくうちに分かったんです。あんなに純粋な人は他にはいませんよ。彼女はクローン人間と闘う事が自分の使命と信じて疑っていません。そして、その重さをどれ程感じているのか、本当に分かっていますか!?」
友哉は、次々と言葉を発していく。
「紫月くん、君の言うことは尤もだし、私もその点は、小春くんには申し訳なく思っている。が、小春くんは大丈夫だ。このまま最後まで進んだとしても、彼女は大丈夫だよ」
早見坂が意味ありげな発言をする。
「なんですか、大丈夫って!? 何が大丈夫だって言うんですか!? 根拠もなく、適当な気休めの言葉なんか吐かないで下さいよ!」
生徒会室の空気は、どんどん重く冷たくなっていく。今日の友哉は、いつにもまして強情に思えた。
「それじゃ、ゆっくり考えて答えを出して下さい。僕はどちらでも構いませんから。小春さんが全てを知った上で、撮影が続けられるのなら、もちろん今まで通り僕も、僕の役を最後まで演じきってみせます」
「友哉くぅん……」
もう藍原も何も言えない状態だった。早見坂は感じた、藍原の心がゆっくりと折れていこうとするのを。
ここにきて。
早見坂は、あの日、封印して二度と使わないと決めた力を一度だけ解き放つ事に決めたのだった。