其の六 小春の入学式 2~3日前
そろそろ小春が入学してくる頃ですが、実は小春の入学前から、裏側でいろんな事が動いていたのです。本編で最初だけ登場した教師の矢崎も、重要な役目を担っていました。本編を読まれたみなさん、この教師、覚えていらっしゃいますか?^^
藍原
「そういうわけですので、今後、撮影の打ち合わせ等については、私が直接、出演者のみなさんと個別に打ち合わせていく予定でいますけれど、それで構いませんか?」
早見坂
「了解だ。全体的なストーリー、結末に関しては、出演者自身にも分からないようにしておいた方が面白いだろう」
映研部長
「それじゃ藍原さん……脚本の内容についていくつか確認させて欲しいんですが」
藍原
「はい」
3人、具体的な撮影についての段取りを詰めていく。
映研部長
「僕たちの方は、藍原さんの脚本が一番良い形で映像に残せるよう、裏方を中心に詳細な打ち合わせを進めます。波原さんが登場しない場面については問題ありませんが、やはり主人公の登場場面を大っぴらに撮影できないっていうのは、前代未聞ですよねぇ。なかなかに難しいところです。でも、なんとかしてみせますので、どーんと大船に乗ったつもりでいて貰って大丈夫です」
藍原
「そう言って貰えると、本当に心強いです。私、映画がどういう風に制作されるのかは全然分からなくって……。ですから、脚本に問題があるようなカットは、どんどん修正しますから言って下さいね。でも、うまく撮れなくても、新しいシーンのお膳立てはいくらでもできますし、それほど心配はいらないんじゃないかしら」
映研部長
「そうですか。それを聞いて気が楽になりました」
早見坂
「そうすると残る問題は、撮り直しのきかないラストシーン撮影だけか」
藍原
「確かに最後のシーンは一番重要ですし、最も難しい撮影になるでしょうね。まぁ、どちらに転んでも、私としては良いんですが、できれば第一案の方で終われれば理想的ですね」
早見坂
「第一案の終わり方は、なかなか切ないからな。さて毎年の事ではあるが、これから長丁場になるな。創立記念前夜祭は12月24日か……」
映研部長
「今回は、いろんな意味で取り組みがいがありますね。念願の賞取りも夢じゃないかもしれないって事で、映研所属の生徒たちも皆、早々から気合い入りまくりです」
藍原
「ええ、一緒にがんばっていきましょうね。どうぞよろしくお願いします。私もいよいよ動きだすかと思うと……ドキドキで」
早見坂
「生徒会側も全面的にバックアップしていく。藍原も、生徒会の副会長だしな」
藍原
「はい、よろしくお願いします」
早見坂
「では、あーゴホン。今日この時点から、脚本に則って藍原の事を、『琴音』という呼び名に変えようと思うんだが……それは構わないな」
藍原
「はい、もちろんです。早見坂会長」
早見坂
「よろしく頼むぞ、琴音」
藍原、にっこりと微笑む。
職員室にて、英語教師の矢崎朝子と。
矢崎朝子
「そう、わかったわ。それじゃ、私は生徒から嫌われる教師役として白羽の矢が当たったってわけね」
藍原
「すみません、先生。でも、朝子先生の授業は、とてもわかりやすいって生徒たちの間で評判ですし、なんたって朝子先生、お綺麗でお優しくて生徒からの人気も抜群じゃないですか。私には、朝子先生以外にこの教師役を頼める先生は思い浮かびませんでした」
矢崎、まんざらでもなさそうな様子。
藍原
「だってね、先生。大きな声では言えませんけど……本当に嫌われてる先生にはお願いなんてできないじゃないですか」
矢崎朝子
「藍原さんは、教師相手というのにお上手ね」
スカートからスラリと伸びた足を、上品に組み替える仕草も様になる矢崎。
藍原
「まずですね、主役の波原さんが自分の力を自覚されていないようなので、いつその能力が発動されるのか分からないところが、最初のハードルになります」
矢崎朝子
「で、私が授業でネチネチと波原さんをイジめ続けていれば、いつかその力が発動してくれるんじゃないか、と」
藍原
「はい。同じ中学校から来た桐生くんがそう言うものですから、まずはそこからやってみようと思います。朝子先生、ご協力よろしくお願いします」
矢崎朝子
「ええと……(脚本にざっと目を走らせながら)、授業中に波原さんの能力が発動した際には……その事が特別な力じゃないという認識の立場で、私はそのまま授業を進めればいいだけなのね」
藍原
「そのようにお願いします。波原さんには、最後まで『自分の力を他の生徒に知られたくない』と思っていて貰わないと、何かと都合が悪いもので……。朝子先生、お力をお貸しください」
矢崎朝子
「はいはい、だいたいは了解したわ、大丈夫。藍原さん、私、凄くイヤな教師役を演じてみせるから、その代わりにせいぜい美人に撮ってちょうだいね」
藍原
「朝子先生は元が美人なんですから、それ以上美人に映ってどうするんですか」
矢崎朝子
「まぁ。ほんとに藍原さんったら……」
2人、クスクスと笑う。
生徒会室に呼び出された麻莉子と友哉。藍原さんの向いに座って神妙な顔つきで、脚本に目を通している。
藍原
「紫月くんと久遠さんは、主人公を含む仲良し3人組の役に選ばれましたので、主人公役の波原小春さんと同じクラスになります。波原さんとお2人が仲良くなっていく過程から撮影が始まりますが……波原さんには、撮影が終了するまでは、映画であるという事は漏らさないで下さいね」
麻莉子
「あのぅ、それって波原さんには何も知らせないで、映画撮影を進めるってことですかぁ?」
藍原
「そのつもりです」
麻莉子
「でもぉ、普通の人だったら、途中でおかしいって感じると思いますよぉ」
藍原
「その時は、その時でまた考えます」
麻莉子
「そうですか、わかりましたぁ」
藍原
「紫月くん」
友哉
「はっ、はいっ!」
藍原
「また同じ学校で過ごせるなんて嬉しいわ。いい映画ができるように、協力をお願いね」
友哉
「ぼっ、ぼく、頑張ります! ね、久遠さん、頑張りましょう」
麻莉子
「うん、そうだねぇ~。映画に出演するなんて、それも主人公のマブダチ役でなんて、凄い事だよねぇ~」
藍原
「基本、脚本に沿ってシーンを撮影していきます。とりあえずはセリフもあるけど、でも流れが変わらなければ、どんどんアドリブを入れちゃっても大丈夫ってことにしましょうか。楽しい、生きた会話の方が、人物に魅力が出るものね。ここでお2人を見ている限り、素のままでも全然いけそうだわ」
藍原、嬉しそうに2人の顔を交互に眺める。
麻莉子
「そうですよねぇ~。ワタシ、紫月くんと会話した瞬間に、この人とならワタシのキャラを存分に生かしてくれそうって感じたんですぅ~」
友哉
「えぇぇ、久遠さん、それって……僕、もしかして褒めて貰ったんでしょうか」
藍原と麻莉子、噴き出す。
藍原
「良かった! 紫月くんと久遠さんを選んで正解だわ。私の脚本が、最大限に生かされそうな気がしてきちゃった」
友哉
「藍原さんにそんなふうに言って貰えるなんて、もう感無量ですっ!」
麻莉子
「紫月くんったらぁ~、なんだか顔が赤いよぅ~」
3人すぐにうちとけ合い、具体的な撮影内容の話し合いを和気あいあいと進めていく。