其の五 小春の入学数日前
「星杜学園1年 波原小春 168㎝ 60㎏。 けっこう大食い!」の裏側を、同じ時間の流れで明かす番外編です。本編を一度読まれた方も、番外編を読んでから再び読んでみると、また別の面白さを味わえるかも!^^
生徒会室にて。
早見坂
「さて、と。我々の望み通り、桐生も波原も、ともに我が星杜学園に無事に進学してくれたな」
藍原
「ええ、本当に良かったです。それで、どうでした? 波原小春さんの感じは?」
映研部長
「面白い子でしたよ。藍原さんは、オリエンテーションの日、どの子が波原さんか分かりましたか?」
藍原
「ええ、そりゃあもう。なんたって、映画の出来不出来に多いに関わってくる存在になるわけでしょう? 真っ先に探しちゃいました」
早見坂
「そういえば、彼女は、女子にしてはかなり身長が高かったな」
藍原
「ええ、私も最初見た時はびっくりしました。女子の中で頭ひとつ飛び出てましたから」
映研部長
「あの日は、予定通りに職員室に桐生と波原の2人を呼び出してから、そこでちょっとしたアンケートを受けて貰いました」
早見坂
「別に桐生まで受けさせる必要はなかっただろう?」
映研部長
「あ、いや、それがですね。『始めての中学校から星杜学園に入学する生徒さんには、皆アンケートを受けて貰ってます』とか適当な事を説明したんですけれど、桐生という生徒は、こちらの意図を瞬時に理解してくれたようでした。講堂の方でオーディションが進められていることも分かっていたんでしょうね。波原さんの気を、アンケートに集中させてくれていました」
藍原
「やっぱり桐生くんは、波原さんのお相手にはもってこいだわ」
映研部長
「で、肝心の波原小春の方なんですが……一言でその人柄を表現すると、良く言って純粋・素直、悪く言えば単純そうな感じがしました。皆と同じようにオーディションの案内を送っていても、たいした問題はなかったでしょう。そういった事にはたいして興味もなさそうでした」
早見坂
「彼女は両親を亡くしているようだが、その後もまっすぐ健全なまま生きてきたということか?」
映研部長
「まぁ身長が高くて女らしくない部分や、自分の名前には多少コンプレックスはありそうでしたが。それと、引き取られ先にも遠慮をしているようですが、実際には温かくて明るい家庭なんじゃないでしょうかね。彼女の性格そのものこそが、温かい家庭で守られてきた事の証しだと感じましたが」
藍原
「波原さん……華奢ではないかもしれないけれど、でも身長が高くて手足も長いので、映画映りはきっとバッチリね。桐生くんも180㎝近くあるような長身な生徒だから、2人が並ぶシーンは絵になりそう」
映研部長
「彼女の持つ特殊な力もかなりなものを感じました。藍原さんが描いている主人公としての資質的には、彼女は申し分ないでしょう。ただ……ひとつ残念な事には、彼女は演技に関しては全くダメだろうというのが、ぼくの率直な感想です」
藍原
「え、そんな……」
早見坂
「そうか。そうなると、桐生が言っていた通り、波原には映画撮影に関しては伏せなければならないな」
映研部長
「はい、その方がいいかと。それにしても、波原さんは、なぜ星杜学園を受験しようと思ったんでしょうか。彼女、この学園についての知識は、全くと言っていいほど持っていませんよ」
早見坂
「そこは、あの桐生のことだ。言葉たくみに波原を誘って、受験するように仕向けてくれたんだろう。我々も、桐生に対しては気を引き締めていないと、足をすくわれる事もあるかもしれないな」
藍原
「波原さんには申し訳ないんですけど、本人には何もお話ししないまま巻き込んでしまう、ということで良いでしょうか」
早見坂
「それしかないだろう」
藍原
「それじゃ早見坂さん、彼女に何かあった時には責任とって下さいね?」
早見坂
「おいおい、そこは私の責任になるのか?」
藍原
「そうですよ。責任者っていうのは、そういう立場でしょう?」
早見坂
「まったく……藍原にはかなわないな」
映研部長
「力を持つ生徒たちには、それをコントロールする術を身につけて貰う事になるわけですし、藍原さんの脚本に則って波原さんが研鑽していけば、映画の設定上ではあっても、他の生徒よりも早くにコントロール力を身につける事ができるかもしれませんね」
藍原
「波原さんの力は相当なものと聞いていますし、早くコントロールできるようになれば一石二鳥というものね」
早見坂
「しかし、現時点ではその力を本人が自覚できてないところが最もマズイ。普通の生徒なら、自分の力について大なり小なり自覚しているもんなんだがな。早めになんとかすべきなんだろうが……。その点、桐生は、力をコントロールする術についてあれこれ聞いてきていたし、案外、もうコントロールする力はものにしているかもしれないな」
藍原
「あら、それは頼もしいお話ですね。桐生くんが力をコントロールできているという事であれば、脚本内容をもう少し面白くできそうな気がします」
映研部長
「それじゃ……主人公に波原小春さん、主人公に深く関わっていく謎のクラスメートは桐生誠也くんということで決定ですね。とりあえず全校生徒に、波原さんに映画の件を漏らすことはご法度ということで通達しておきます」
早見坂
「あぁよろしく頼む。なにせ映画の出来は、主人公の演技にかかってるからな。いや、今回は演技じゃなくて、素ということになるんだろうが」
藍原
「でも……台本も読まないで、果たして私の書いた通りの筋書きで進んでくれるものでしょうか」
早見坂
「その点については私も心配な点ではあるんだが、桐生が自分に任せてくれれば大丈夫だと大見栄を切っているし、とりあえず大丈夫だという事にしておこう。時々に応じて細かな修正は必要になるかもしれないが」
藍原
「そうだと良いんですが……」
自分たちの台本に、桐生と小春の氏名を書き込む3人。
藍原
「それじゃ、波原さんと動きを共にするクラスメートの人選に移りますが、最初に私の希望を述べてもいいですか」
映研部長
「お願いします」
藍原
「多少の脚本変更は余儀なくなりますが……特徴あるというか、キャラ立ちしている生徒の方が映画そのものが生きますし、この主人公を慕うクラスメートには紫月友哉くんを推したいと思っています」
早見坂
「紫月友哉……か。確かにオーディションでの言動は興味深かった。特技は料理、親の職業は鍵屋だったか。なんとも気の弱そうな感じで、とうていクローン人間と闘えそうに見えないところが、ギャップがあって面白いかもしれない」
藍原
「実は、紫月くんは私の中学校の後輩なので、良く知っているんです」
早見坂
「そうなのか。まぁ藍原がやりやすいんなら、私としては構わないが……部長はどうだ?」
映研部長
「僕にも特に異存はありません。脚本を書かれた藍原さんのイメージに合うのが一番良いと思います」
早見坂
「では、紫月友哉……決定、と」
映研部長
「そうなると、仲良し3人組の残る一人は、女子生徒ですかね」
藍原
「はい。女2、男1という組み合わせが面白いと思います。女2人の中にいても、紫月くんのような草食系の感じですと、そんなに浮く感じもありません」
早見坂
「って事は……あのちっこくて、まるっとした女子生徒が面白いかな。オーディション時に披露してくれた一発芸には多いに笑わせて貰ったものだ」
同時に同じ光景を思い浮かべ、思い出し笑いをする3人。
藍原
「それって久遠麻莉子さんの事ですよね? でも早見坂さん、彼女は特に小さい方ではないと思います。波原さんの隣に立つと小さく見えるかもしれませんけど、波原さんの隣に立てば、たいていの女子生徒はそう見えるでしょう」
映研部長
「いやぁ、あの子、なんだかかわいいですよねぇ。あの口調がなんとも……僕の好みのタイプっていうか……あ、すみません、そんな事、誰も聞いてませんね」
藍原
「部長さんの好みのタイプ、っと。はい、メモメモ」
映研部長
「藍原さん、いじめないで下さいよ」
早見坂
「じゃ、残りは久遠麻莉子で決まりだな」
こうして、引き続き、主だった登場人物が次々と決められていく。