其の九(3) 星杜学園最大の秘密……?
これにて番外編、終了です。読んで頂き、ありがとうございました!
番外編で明かされた凄い秘密が、星杜学園の第二弾、第三弾に関わってくる……!?
友哉も麻莉子も、その場ですぐに覚悟を決めたようだった。
「早見坂会長。僕と麻莉子ちゃんはすべてをあなたに委ねます。だから……だからどうか最後まで小春ちゃんの事、守って下さい」
「わかった。君たちの思いを私は決して無駄にはしない。決して忘れない」
一生懸命声を押し殺してはいたが、麻莉子はわんわんと泣いていた。
それからしばらくの後。
「それじゃ藍原さん、最後までよろしくお願いします」
「えっ、ええ……紫月くん、こちらこそどうぞよろしくね」
「そうなんだぁ。小春ちゃんったらぁ、ここで毎日修行してるんだぁ~。小春ちゃんってばぁ、わりとマジメなんだねぇ~」
友哉と麻莉子は、にこにこと笑っている。
「次回の撮影シーンについては、小春さんが動きやすいように麻莉子ちゃんとこれから打ち合わせる事にしますね」
「そうだな。小春くんの事は、君たちが一番よく分かっているだろうしな」
「もちろんですよぅ~。小春ちゃんが何を考えて、どんな反応をするのかなんてぇ、友哉くんとぉ麻莉子には、すっかりお見通しですもぉん」
2人、顔を見合わせてうんうんと頷きあっている。
「僕たち、今日のところはこれで失礼します。また何かあったらおじゃましますので、相談にのって下さいね」
「もちろんよ。いつ来て貰ってもいいんだから、遠慮は無用よ」
「はい、ありがとうございます」
友哉と麻莉子の声が揃う。2人は、早見坂と藍原に軽く会釈をすると、生徒会室を出ていった。
生徒会室に残った早見坂と藍原の間には、かつて経験したことのない空気感が漂っていた。先に口を開いたのは藍原だった。
「会長……」
「なんだ」
「なぜ今まで黙ってらしたんですか」
「なんというか……二度と再び自分の持つ力を使う事はしないと決めていたんだがな。使わなければ、仮に力があったとしても、無いのと同じ事だろう?」
「それじゃ二度と使わないと決めたその力を……私なんかのために……」
藍原が心底すまなさそうな顔をする。
「勘違いするな、琴音。正確に言えばおまえのためじゃないぞ」
「はい?」
「私が、おまえの辛い姿をそばで見ていられなくなっただけの話しだ。おまえにそんな辛さを味わわせたくなくて自分のために使ったって事だよ」
「会長……」
藍原の頬に、涙が一筋こぼれ落ちる。
「ほぅ、藍原琴音でも泣く事があるんだな」
早見坂が、藍原を茶化す。
「もちろんですわ。会長は、私をいったい何だと思っているんです?」
「これは失敬、失敬」
藍原がくすっと笑った。
再びしばらくの沈黙が訪れる。
「琴音も……紫月くんと麻莉子くんの先ほどの様子は見ていただろう?」
「は……い」
「すまないが、琴音もあの2人と同じようになる」
「ありがとう、ございます。私が、これ以上もう苦しまないように、会長がそうして下さるんですね」
藍原は、全幅の信頼をおいて早見坂を慕っていた。
「怖くはないか?」
早見坂が優しく藍原に問いかける。
「なぜそんな事を聞くのですか?」
「私がどんなふうに琴音の記憶に手を加えるのか、分からないんだぞ」
藍原はにっこりと笑った。
「何も問題ありません。私は、会長を……恭一さんを全身全霊で信頼していますもの」
「琴音……」
早見坂の視線が、一度床に落ちた。
「辛い思いをさせた。だが、これが俺のできる最高の責任の取り方だと思っている」
「責任?」
「あぁ、そうだ。おまえは一番最初に、この私に言ったじゃないか。『波原さんに何かあったら責任をとって下さいね』って」
「まぁ。覚えていて下さったんですか」
藍原が、少し驚いたふうで早見坂を見つめる。
「当然だろう。それが責任者の務めだからな」
早見坂が正面から藍原の身体をゆっくりと抱きしめる。
「会……長?」
「これからも、映研部長と二人三脚でバリバリと映画撮影を進めてくれ」
早見坂の声が、藍原の耳元で聞こえる。
「わかりました」
藍原の腕も、早見坂の背中に自然と回された。
「私は全面的にバックアップしていく。同じ事は繰り返さない」
「はい」
抱きしめられた藍原は、早見坂の胸の中で返事をした。
「心配するなよ、琴音。これまでと何も変わってはいないはずだ。いや、これからは今まで以上にもっとやりやすいかもしれないぞ」
「くすくすくす。会長、何度もくどいですよ」
「そうか?」
早見坂の声も、心なしか明るくなったように聞こえる。
「おまえの記憶には残らない。でも、私の中では、今日の出来事は永遠に残っていく。私の力を、個人の望みのために使う責めは、私一人が永遠に背負っていこう」
「……いいのですか?」
「もちろんだ」
「紫月くんと久遠さんから気持ちが取り除かれたのであれば、私はこのままでも良いのですよ?」
「いや、だめだ、琴音。私の力の事は、誰にも決して知られてはならないんだ。そして、その理由を説明する気も、今の私にはない。それが例え藍原琴音であろうとも、な」
藍原は大きく頷いた。
「わかりました。人は誰でも心の内に、他人には触れられたくないものの一つや二つ、抱えて生きているものじゃないですか。私にだってそれくらいの事は理解できますわ。会長、余計な事を申し上げてしまいました」
早見坂の腕の中で、藍原が少しだけ震えているのに早見坂は気付く。
「琴音……震えているようだが」
「えぇ。でも怖くて震えているわけじゃありませんから」
「それじゃなぜ震えている?」
「会長に……恭一さんにこんなふうに抱きしめられているのに、その記憶が無くなるのがもったいなくて……だから、哀しくて震えているんだと思います」
「琴音……!!」
藍原を抱き寄せる早見坂の腕に、いっそうの力がこもる。
「琴音、すまない。私はおまえの気持ちに応える事はどうしてもできないんだ」
「なんとなく……気付いていました。会長との間には、いつだって私が取り払うことのできない薄い幕が1枚ありましたもの」
「……」
「やっと今日、その幕が消えたというのに……」
藍原の言葉が終わるか終わらないかのうちに、早見坂がくっと自分の身体に力を入れた。それに呼応するかのように藍原の瞳が閉じられていき、全身の力が抜け落ちていった。
自分の腕の中から藍原が滑り落ちないようにと、一層の力を込めた早見坂の頬には光るものがあった。
早見坂は、静かに藍原を横抱きに抱えあげるとゆっくりとソファに座り込む。
その日。
自分の腕の中で意識を無くしている藍原を、愛おしげに見つめ続ける早見坂の姿が、いつまでもいつまでも生徒会室にはあった。