其の九(2) 星杜学園最大の秘密……?
番外編で、こんな事が起こっても良いのでしょうか?(笑
次回で、番外編も最終話になります。これはこれで、書いていて楽しかったなぁ~☆
一度心を決めた早見坂は、もう二度とためらわなかった。これまでにも、友哉が生徒会室で藍原に詰め寄る場面を見てきていたが、藍原の心が砕けそうになっているのが見えてしまった以上は、封印してきたその力を解放することをためらう要因は、早見坂には見あたらなかった。
早見坂はゆっくりと立ち上がると、一歩ずつ友哉に近付いていく。友哉も、突然にまとう雰囲気が一変した早見坂を感じたようで、多少たじろぐ様子が見て取れた。
「紫月」
「なっ、なんですか」
「おまえの言っている事は間違ってはいない」
「そりゃ、そうでしょう」
「だがな。すまないが、藍原をこれ以上追い詰めるわけにはいかないんだ」
「お言葉ですが、今の発言だと藍原さんを追い詰めるわけにはいかなくても、小春さんを追い詰めるのは構わないように僕には聞こえましたが?」
友哉も決して負けてはいなかった。友哉のどこにこんな心の強さがあったのか、麻莉子も友哉の剣幕に何も言えないまま立ちつくしている。
「小春くんは大丈夫だ」
「だから! 僕はこれまでにも何回も質問してきたじゃないですか!? なんで貴方にそう言い切る事ができるんです!?」
友哉から視線を外すと、早見坂はゆっくりと話し始める。
「私には……見えるんだよ。分かるんだ」
「何が……ですか?」
「私には小春くんの心の有り様が分かるんだ」
生徒会室の中にいる3人が、一瞬不思議そうな顔をした。
「小春くんはまだまだ大丈夫なんだ。彼女は、君が思っているよりも、ずっと自分を律する力が強いし、これは誉め言葉と受け取って貰いたいんだが、君が思うよりもずっと楽天的なんだよ」
「会長……?」
藍原も不安そうな表情で、早見坂の顔を見上げる。
「なぜ貴方がそこまで断言できるのか、僕には全然理解できません」
早見坂の瞳が強い光を放った。
「いいんだ。理解して貰う必要はない」
「はっ!?」
友哉の顔がみるみる紅潮していく。
「僕を……僕をバカにしてるんですか!?」
「紫月友哉、今一度、君に問おう」
「なんですか? ぼくは下手なおどしには屈しませんよ」
「君は、小春くんの心が壊れないのであれば、今のままの状況で映画撮影を続行することに異論はないな?」
「小春さんが大丈夫なのであれば、別に僕が文句を言い立てる理由はありません」
「よかろう」
突然に生徒会室内の空気が変わるのを、その場にいた3人は感じとり、一抹の恐怖を覚える。
「あっ、あの会長。いったいこれはどういう……」
「琴音。私は、おまえの心が折れることはどうしても耐えられないようだ」
「会長……?」
藍原も何が何だか分からないままで、とまどいを隠せないでいる。
「いったい何だって言うんですか? 僕だって、小春さんの心を壊してしまうような事は決して許しませんから!」
一瞬ひるんだ友哉も、再び怒りを抱き始めている。麻莉子は、ずっと金縛りにあったように硬直している。
「よかろう、紫月友哉。残念ながら、これからの君に与えられる道は二つに一つだ。今から私が言う言葉をよく聞いて、自ら決めたまえ」
「……?」
「そして麻莉子くん。君には、紫月くんが選んだ方に従って貰うことになる。すまないが、麻莉子くんには選択の余地はない。しかし、紫月くんが麻莉子くんに相談するならば、意見を述べる事はもちろん構わないがな」
「さっきから会長は何の事を話しているんですかっ!?」
「紫月友哉!」
会長に、いきなり名指しされた友哉は、その迫力に一歩後ろへ後ずさる。
「君が選択できる一つめから話すことにしよう」
「なんでもいいですから、早く話して下さい」
「これまでの映画撮影の事は全て無かったことにする。藍原琴音が脚本を手掛けたところから全ては存在しない過去としよう。誰の記憶にも残らない、それは私だけの中にある一つの事実となる」
「はい? 何を言ってるんですか!? あなたにそんな力があると……でも……?」
「会長!! もしかすると……これまでずっと……隠されていたんですか!? 会長も特別な力をお持ちだったんですか!?」
友哉と藍原の驚愕は、あまりにも大きすぎた。
「その場合は、君たちが小春くんと築いてきたその熱い友情とやらも無かったことになる。ただのクラスメートだ。いや、残念ながら同じクラスになれるとは限らないな」
「そ……んな」
友哉が絶句する。
「そして、残るふたつめの選択だが」
話すのを逡巡しているような間が開いたが、早見坂は友哉にゆっくりと聞かせ始める。
「君たちの記憶だけを少しだけ操作する。小春くんに対する、君たちが持っている後ろめたさや不安感の全てを消去する事にする。もちろん麻莉子くん、君の記憶もだ」
「……」
麻莉子の目が大きく見開かれた。
「紫月くん、小春くんの事は私に任せてくれ。彼女の心は、私が常に把握している。これからもそのつもりだ。彼女の心のバランスが崩れそうになる前に、責任持って対処する事を約束しよう」
早見坂の突然の言葉に、友哉は理解が追いつかないようだった。
「急いで返事をする必要はない。ゆっくり考えてから答えを聞かせて貰えればそれでいい」
早見坂は、肩の荷が降りたと言わんばかりの様子で、ふーーーっと大きく息を吐いた。
「わかりました。そうですか、会長は特殊な力を持つ人だったんですね。でも、これまではあえてその力を封印してきた。けれど、藍原さんの心に触れた時に、その封印を解かずにはいられなくなった――と、そういう事ですか」
「紫月くんがどう理解しようと、私は構わない。どちらにせよ、君たちには今日ここで見た事も、交わした内容も、全ては記憶の中から消去されるんだからな」
友哉は全てを理解したようだった。
麻莉子の方を振り向くと、これまでとは打って変わったような優しい、いつもの声で話しかける。
「麻莉子ちゃん、信じましょう。いがみあっていてもろくな事はありませんよね」
「そ……そうだよね、友哉くぅん」
「僕、決めちゃっても……いいですか?」
「うん、いいよぉ。だって麻莉子ねぇ、頭あんまり良くないから、よく分かんないしぃ」
「ありがとう、麻莉子ちゃん。僕たちは、これからもずっと仲良し3人組ですよ」
友哉の口がゆっくりと開く。
「映画はこのまま撮影を続けましょう。僕たちの記憶を操作することも受け入れます。でも、これだけは約束して下さい。決して小春さんの心を壊さないで下さい。壊れそうになった時には、早見坂会長がきちんと守って下さい。小春さんが小春さんのままでいられるように……彼女がずっとこのまま……」
友哉の声は、途中から涙声に変わっていた。
「必ず。必ずその約束は守ろう」
「だから、僕たちの中から、楽しかった思い出は無くさないで下さい。小春さんと麻莉子ちゃんと3人で積み重ねてきた経験を無くさないで下さい!」
話した後でうつむいた友哉の肩に、早見坂はゆっくりと自分の手を置いた。
「すまない、君たちにまで辛い思いをさせて、辛い選択までさせてしまった」
友哉は、うつむいたままで鼻をグスグスとすすっている。
「このまま撮影は進めさせて貰う。紫月くんと麻莉子くんは、最後まで重要な役割を担っているから、気を抜かないでくれな。出来あがった映画をみなで観て、笑い合おう。小春くんは、全国大会で上映されて、きっと有名になるぞ」
「は……い」
泣き笑いのような顔の友哉が、早見坂に向かって笑いかけた。
「藍原さんにも……僕、ごめんなさい。小春さんを守りたくて、藍原さんの気持ちにまで思いが至りませんでした」
「いいのよ、私だって波原さんにずっと申し訳なくって」
「これって、どこかで間違ったんでしょうか。こんなふうに、みんなが辛い思いをするようになるなんて」
友哉は何かを思い巡らせているようだった。
「もう何も言うな。今更どうこう考えたところでしょうがない事だ。自分たちが選んだ道を、全力で進むしかないんだ」
「そうですね」
友哉と麻莉子は、大きく頷いた。
早見坂が、静かに自分の右腕を上げる。床と並行になるまで上がった右手は、2人の前でピタリと止まった。