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二話目 それは思わぬ副産物だった (2)

「リン! 弁当タイムだぞ」

 教室の入り口で、柳瀬とのひと時(?)の余韻に浸っていた俺に、大輔が声を掛けた。

「あ、ああ。わかってる」

 咳払いして自分の席に戻ると、クラスメートがそろそろと集まってきた。目当ては分かっている……。姉ちゃんの作った弁当を、いつものように見分したいのだ。俺は中学高校とクラス中に話題を振りまいてきた理香子の弁当に、今更気恥ずかしさなど感じない。おもむろに鞄から取り出すと、包みを解いて、勢いよくプラスチックの黒い蓋を開けた。

「ええェ――?」

 弁当を覗き込んだ面々の顔が唖然として、言葉を失くす……。

「リン、まさかおまえがつくったのか?」

 大輔が真剣な目を向けて訊く。

「い、いや。姉ちゃんだ……」

「信じられん……」

 メガネの山崎もじっと弁当を見る。他の生徒も頷く。

「卵焼き、から揚げ、ウインナー、ポテトサラダ、レンコンの煮物……」

 大輔が中身を並べ上げる。

「普通だ……」

 山崎が同意を求めるように、面々の顔を見回す。

「まったく、テーマが感じられない。ありきたりの弁当だ」

 その声に、クラスメートが次々と見に来た。そして口々に尋ねる。

「本当だ。どうしたんだ、リンの姉ちゃんは」

「病気なのか?」

 俺もじっと弁当を見て、ゆっくり頭を振った。

「病気じゃね―が、悩んでいる……」

 かっちゃんのことがこれほど姉ちゃんを追い詰めていたとは知らなかった。俺は恐る恐るから揚げを口に入れる。

「うっ」

「どうした? リン」

 口の中に広がる鶏肉の味と匂い……。

「まったく、味がついてねー」

 噛むのをやめて呟いた俺をみて、大輔が卵焼きを摘まむと口に放り込んだ。

「げっ! 卵のそのままの味!」

 と、叫んで吐き出した。そう、どのおかずも「そのもの」の味だった。味付けを忘れる程、姉ちゃんは混乱していたのだ。

 これは何とかしないといけない……。俺と親父の生死にかかわる。

俺は姉ちゃんの涙を思いだしながら、味のない弁当を味わう前に飲み込んだ。


 やっと午後の二時間が終わり、軽音部の部室へと向かった。

 もうキャップはかぶる必要はない。金髪の時ほど注目を浴びずに、歩いて行ける。時々女の子から物珍しさに指を差されたが、俺は学校にカメレオンのように同化している気がした。

 北校舎への渡り廊下を歩いていると、ふと中庭の校舎の影に柳瀬麻衣の姿を見た。俺は思わず足を止めてしまった。太い銀杏の木と校舎の壁の間に隠れるように立って、柳瀬は男子生徒と話をしているのだ。とても親しい感じで、二人の間はそのまま抱き合えるような距離だ。

 相手は小柄で、だぶっとした綺麗な制服を見ると一年生らしい。自信無げに俯いて、柳瀬の話に頷いている。彼女は相手の顔を覗きこみ、真剣な表情で見つめている。そして、その男子生徒の手を自分から握った。

 一瞬にして体が凍りついた。二人がとても親密であることは一目瞭然だ。

 柳瀬は一言二言語りかけると、男の手を放した。そして、名残惜しそうに小さく手を振ると、踵を返しこっちに歩いてくる。彼女が顔を上げた時、見つめていた俺とばっちり目が合った。柳瀬の潤んだ瞳が丸く見開かれる。見られたことに怯えたような表情だった。

 柳瀬は俺を避けるように、方向を変えると走り去った。男の方もすでに姿はなかった。

 カレシなのか? と思うと、何だかがっくりして、おまけにイラついてきた。まあ、おとなしいとはいえ可愛い子だし、年下の男がいても不思議ではないが……。同じクラスでも親しいわけではなく、今日の昼休みにちょこっと声を掛けられただけだと言うのに、まったく自分の苛立ちに理由が浮かばない。俺は溜息を吐くと、そのまま北校舎へ入った。

 

二階の音楽室の隣の、視聴覚ルームが俺たちの部室だ。文部科学省推奨のありがたいビデオや、性や犯罪やら、よからぬ世迷言を生徒の頭に植え付ける部屋だ。うるさい吹奏楽部に対抗できるだろうとあてがわれたわけだが、暗幕のあるこの部屋を案外メンバーは気に入っている。

「うっす」

 と扉をひき開けると、四人のメンバーは練習もしないで俺を待っていた。

「少年リン君って、感じだよなあ」

 丸メガネを持ち上げて、トウヤが細い目をすがめる。

「いっその事よォ、スキンヘッドにしたらハクがついたんじゃねーか?」

 ショーが笑いをかみ殺して言う。

「からかうのはやめてやれよ。リンにも事情があったんだし」

 と、アランが手を振ってショーを咎める。

 俺は大きくため息を吐いて、みんなの前の椅子にどっかと座った。

「朝起きて、無残な頭を見てみろ。一生家から出られなくなるところだった」

「でも、理香子姉さん、やるよなあ」

 アランが同情するように言うと、トウヤも、

「姉さんはリンの母ちゃんだからな。よほど進学のことが気がかりだったんだろう。俺は専門学校に決めたからいいけど、うちの大学への進学は成績と素行も問われるからなあ」

 と真剣な顔をして、ぽったりした唇をつき出した。

「素行が悪いわけじゃねえよ、俺らは。ただ髪を染めてロックやってるだけじゃんか。喧嘩したり授業さぼったりしたことだってねえ。俺は別にうちの大学へ絶対進みたいと思っているわけじゃねえし」

 そう言った途端、夏休み前の面接で提出した、進路希望の紙が目に浮かんだ。大学に行けという親父の言葉に、これといってやりたいこともなかった俺は、我校の母体でもある関東大の経済学部と書いた。付属高校に入学したのは進学が容易だと思ったからだ。進学うんぬんよりよりも、卒業してもバンド活動を続けると言うことの方が大切だった。まあ、その安易さがこの頭へとつながったわけだが。

 だが、二年生のゴウを除いて、他のメンバーは俺よりはしっかり進路は考えているようだ。

 トウヤはドラムの次に好きなPCの専門学校へ行く。アランは頭が良いから、国立大を希望している。ショーは父親の後を継ぐために工学部の建築課を受験するつもりだ。そして、俺は……。

「リン、バンド活動は続けるよな?」

 トウヤが考え込んでいた俺の顔を覗きこんで言った。

「当然だろ! 文化祭だってもうすぐだ。最後に盛り上がらなきゃあ」

「そうだよな」

 トウヤがにっこり笑う。メンバーが頷く。

 それぞれの進路が決まっても、バンドは解散しないと皆でかたく誓ったのだ。高校の三年間を有意義にしてくれたロックと仲間。今の俺には一番の宝物だ。

「さあ、練習しようぜ」

 俺が立ち上がると、ショーが呆れた顔で言った。

「おまえ、ギター持って来てねーだろォ? 口パクでやんのか?」

「ああ、そうだった……」

 がっくりして椅子に座ると、ゴウがショーの後ろから顔を出して訊いてきた。

「リン先輩、その耳のけがは美容院で切られたって言ってたけど」

「ああ、姉ちゃんの幼馴染が美容師なんだ。へんな話なんだけど、どうやら姉ちゃんのことを好きらしい。結婚するかもってジョークで言ったら、ぶっちんと切られた」

「ショックでということですか?」

「うん。なんだかしらねーけど、ずっと好きだったらしい」

「おまえ、マジで踏んだり蹴ったりだな」

 と、ショーが相変わらず奇妙な低い笑い声を出す。

「二人はどうやら相思相愛らしいんだけど、姉ちゃんが意地を張っててな。ホント、女心はわかんねーよ」

 俺の周りをメンバーが取り囲む。眉を寄せた顔は、どれもこれも悪辣として……人相が悪い……。

 その時、俺はぴんときたのだ。姉ちゃんとかっちゃんを結びつける方法!

「なあ、実はみんなにたのみがある。弟として、理香子をまともな女にしてやりたいんだ」

「まともな女?」

「そうさ。意地をはらねーで、男を好きになれるようにな」

「男を好きに?……」

 ますますメンバーの眉根は寄ってきたが、俺はこの名案に酔っていた。



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