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二話目 それは思わぬ副産物だった

 朝の空気はすがすがしい。鳥はピチクソ木立で鳴きやがるし、初秋の陽射しは優しくいたわるように降り注ぐ。澄み切った青空の下を歩くのが、辛いことだと思ったのは初めてだ。いっそのこと土砂降りの方が気持ちは和んだだろう。

 目深にかぶったキャップを、弾除けのヘルメット以上に大事に思いながら、俺は背を丸め校門をくぐる。何人かのクラスメートに遭遇したが、運よく正体がばれずに済んだ。教室以外の場所で、笑いものになるのはどうしても避けねばならない。

 校門には風紀係の教師がいたが、ちらっと目を向けただけで声は掛けられなかった。俺は安堵して、地面を見つめたまま急ぎ足で教室に向かった。まったくこんなつまらないことで、罪人並みにこそこそしている自分が嫌になる。が、野球が好きだが坊主頭は嫌だと、部活を諦めた友人の気持ちが痛いほどわかった。大人が思うより、思春期とは悲喜こもごも感傷的なものなのだ。

 三階の教室の扉の前で気合を入れるために大きく息を吸い込んだ。ワイワイと俺を追い越す生徒たちは、まったくキャップをかぶった俺に気付いていない。今更ながら金髪で長髪のイメージにおそれ入る。

 覚悟を決め、開いたままの扉からぬうっと中へ入った。

「うっす」

 と、何気ないふうを装い、窓際の一番後ろの席へどさりと鞄を置く。キャップをかぶったまま、ゆっくりと椅子に座った。途端にざわめきが消え失せた……。

「おい、そこは篠崎の席……」

 クラスメートの一人が言いかけた言葉を呑みこむと、あんぐりと口を開けた。そして、全員の目が俺に向いた。一瞬しんと静まり返る教室に、俺は寒気を覚えて俯いた。そこへ後ろでふざけていた奴が、俺のキャップを素早く奪い去った。

「えええっ!」

 めまいがする。俺の周りに人盛り……。クラスメートは口々に罵詈雑言(俺にはそう聞こえた)を浴びせかけた。

「おまえ、篠崎倫太郎だよなあ」

「まちげーねえ。マジやばい」

「いやだあ。ひどすぎるう」

「マジー? こんなのリン君じゃなあい!」

 その他わけの分からない感想はさておき、座ったまま身じろぎもせず、机をじっと見たままの俺の頭上を言葉が飛び交う。

勝手な言いぐさに、いらっとしてついに顔を上げ叫んだ。

「いいだろう、別に! おまえらに関係ねえよ!」

 その途端に誰かが「ぶっ」と噴き出した。続いてどどっと笑いが起きた。女子の中には笑っているのか泣いているのかわからん奴もいて、クラスはこの上もなく楽しい雰囲気に包まれた……。

 金髪のシャイなギタリスト篠崎リンは、こうして美しくも短い生涯を閉じたのだった。


 午前中の授業がやっと終わり、俺はホッと息を吐いた。

 やってくる先生たちに、

「そうか、心を入れ替えたんだな」

 と、バシバシ背中を叩かれ、クラスのやつらにしつこく理由を聞かれ、女子にまじまじと顔を見られ、おまけによそのクラスからの見物人に指を差される。動物園のパンダだって、ここまで人を喜ばせはしないだろう。

 俺は何だか知らないが、いつもより多くの人間に囲まれ、自由を奪われていた。前の席の大輔が、

「推薦入試にこだわるなんて、リンらしくねえな」

 と振り向いた。

「だから、こだわったのは姉ちゃんで……。ああ、マジどうでもいいよ」

俺が溜息交じりに答えると、隣に立った山本がメガネを押し上げて言った。

「リンはけっこう成績いいからな。素行はわるいけど」

「うるせーよ!」

「でも、リン君、マジにあってるよ。長髪も良いけどさ。頭よさそうに見える。私は好きだな、その頭」

「山岸に好かれたかあねーよ!」

 今日一日、こんな会話の応酬かと思うと、気分は落ち込むばかりだ。俺は仰け反って、頭の後ろで手を組んだ。そして盛大に溜息を吐いた時だ。廊下側の窓ガラスがガラリと開けられた。

「ウソだろ?」

 そうつぶやき、覗き込んだ四つの顔がポカンとして俺を見た。

「やべ! メンバーだ」

 俺はがん首そろえたケイオンの仲間が、いらぬ言葉を発する前に廊下へ飛び出した。

「も、もしかして、キミは篠崎倫太郎君だよな?」

 ドラムの金代十哉トウヤが恐ろしげに眉をひそめる。縁なしの丸いレンズのメガネを持ち上げ、しげしげと頭を見る。彼は陶酔型ドラマーで本番には力を見せつけるタイプだが、外見は茶髪のパーマ頭の陽気なドラえもんだ。俺がぐっと睨みつけると、トウヤは二重あごをひっこめ両手を上げて降参ポーズをとった。ったく! 

「おい、リン! 何があった……」

 ベースのアラン(本名は荒川正志という)が、サイドに銀色のメッシュの入った黒いストレートヘヤを後ろで束ね、ひょろりとした体で前に立つ。痩せ細ったこいつが警察官志望だなんて、誰が聞いてもジョークだと思うだろうが、警察小説の主人公十津川警部へのあこがれは本物なのだ。おかげで正義感は仲間の中では一番で、個性的なメンバーの調整役といったところだ。

「せんぱい~っ! ケイオン解散かって、女子に質問攻めにあったじゃないですかあ」

 ライトブラウンのボブレイヤーに乗ったピンクのナース帽を押さえながら、唯一の二年生である小柄な田上豪が、大きな目をぱちくりさせて甘ったるい声で言った。完璧名前負けで、実はナースのコスプレが趣味……いや、生きがいのキーボードだ。本番は勿論、練習中もナース帽がないと乗らないと言う中性的なヤローで、うちのバンドのアイドル的存在でもある。

「ゴウ、うちのバンドが質実剛健をモットーとしているのを知らなかったのかよォ。ああ、くるしい」

 ボーカルの加藤将太――ショーが苦しそうにひきつけながら言った。ワンレンの長い金髪から覗く片目が涙で潤んでいる。ちらっと目を向けると、俺と同じくらいのやせた長身を折り曲げて、ついに大声で笑い出した。

「ショー、笑い声がデスヴォイスになってるぞ」

 悪魔の笑い声を上げるショーにトウヤが言うや否や、四人ともぶあっと笑いだした。まあ、朝から散々奇異な目で見られ、クラスでは悲鳴とともに爆笑の渦に呑まれた俺には、すでに耐性は出来ている。こいつらの反応など承知の上だ。

「うっせーな!」

 俺は腰に手を当てると全員を睨みつけた。

「推薦入試のために切ったんだろう? いや、俺らは意外性に圧倒されただけさ。マジ似合ってるし」

 真面目なアランが涙目で、同情するように肩に手を置く。俺は脱力して、大きくため息を漏らした。

「違う。理香子に寝ている間に切られたんだ。ぐちゃぐちゃに」

「うっそう! 理香子姉さんって、いつもバンド応援してくれてたじゃないんですかあ?」

 素っ頓狂なゴウの声に、皆が俺を取り囲んだ。

「リン、何があったというんだ? 昨日は具合が悪くて休んだんだろう? それにその耳の包帯……。まさか、理香子姉さんがあほな弟に耐えきれず、思い余って虐待を……」

 と、デカ風にアランの目がぎらつく。

「違うって。入試を心配した理香子に、髪を切られただけだ。耳は近所の美容院でカットされて……」

「美容院で耳をカット?」

 全員が口を揃えて言う。

「ああ、その美容師は姉ちゃんの幼馴染で、ショックで俺の耳をちょん切って、理香子は泣くし……かっちゃんはまた遠い街へ行くつもりだし……」

 かっちゃんと姉ちゃんのことが頭を過る。俺は頭をイラついて掻きむしり、髪を振り上げようと首を振ったが、空振りだった……。

「は? 理香子姉さんを泣かしたのかよ?」

「かっちゃんって、誰なんです?」

 俺は話が見えずに眉間に縦皺を寄せるメンバーを見回した。

「とにかく授業が終わったら部室へ行くから、説明するよ」

 メンバーはショー以外は心配そうに俺を見た。

「わかった。じゃあ、部室で待ってるよ」

 アランがひきつけて笑っているショーを抱きかかえて、みんなを促した。

 手を上げ、それぞれのクラスへ帰っていくメンバーを見送り、ついでに遠巻きに俺たちを見ていた見物人を一にらみした。でも、羊君たちはいつものように怯える様子がない。ただ珍しそうに眺めている。そこで俺ははたと気が付いたのだ。髪を切っただけで、オオカミから羊へ変化したらしいことを。確かに制服を着た短髪は、校則のお手本のようなものだ。だが、こんなつまらないことで、先生やみんなの見る目が違ってくるなんて、なんだか、複雑な思いがよぎった。

 ため息を吐きながら教室へ戻るとき、女子とぶつかりそうになって立ち止まった。

「あっ」

 俺は思わず飛び退いた。小柄なクラスメートの柳瀬麻衣が、強張った顔で見上げている。どきんと心臓が跳ねる。

「ごめん」

 通り道を開けると、柳瀬麻衣はぺこりと頭を下げ、廊下へ出た。柔らかそうな長い髪が首筋で二つに括られている。小さな唇は引き結ばれ、長めの前髪から覗く大きな二重の目は伏せがちになった。

 相変わらず可愛い! ドキドキと鼓動が駆け足に打ち出した。

 彼女はそのまま去って行くと思ったが、ふいに俺を振り返った。

「あ、あの、篠崎君……」

 微かな声で名前を呼ばれた。俺は驚いて「え?」と顔を向けた。

「そ、その耳のけが……大丈夫ですか?」

「あ、ああ、これ? 大したことないけど。もう痛みはないし……」

「そう、よかった」

 彼女はニッコリと笑った。両頬のえくぼがくっきり出来ている。そして、躊躇いがちに踵を返すと、そのまま廊下を歩き去った。

 俺は彼女の後姿を呆然と見つめた。

 柳瀬麻衣は真面目で本当におとなしい女の子だ。実のところ、男と親しく話しているのも見かけたことはない。いつも教室の隅で本を読んでいるか、親しい数人の女子と一緒にいるかだ。小柄でとても可愛い子だけど、クラスでも存在は薄い。

 だけど、俺はそんな彼女が可愛いと思うし、ずっと気に掛かっていた。ただ、こっちから話すなんて照れくさかったし、声を掛けたとしてもケイオンのリンじゃあ逃げ出しただろう。

 彼女の方から声を掛けてくれて、怪我を心配してくれるなんて……。

 これはもしかして、この頭のせいなのか? 

 落ち込んで重かった心が、少しだけ軽くなった気がする。

 柳瀬麻衣の笑顔を思い浮かべ、にんまりせずにはいられなかった。



お読みいただいて 有難うございます。


ほぼ一日おきのペースで更新を目指しています。

よろしくお願いします。

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