第一話
「初めまして、お嬢さん」
いつも通りの日常だった。
朝起きて、学校に行って。
放課後は図書当番で少し帰るのが遅くなって。
それなのに。
色素の薄い髪に、翡翠色の瞳。
整った顔立ちと日本人離れしたその瞳の色が、彼を一層際立たせている。
「綾野志貴ちゃん、だね?」
目の前の青年は、彼女を見て悪戯っぽく微笑んだ。
すっかり遅くなってしまった。
足早に靴を履く。
人影のまばらな校舎を後にし、急ぎ足で校舎へ向かった。夕陽に伸びた長い影が彼女の後を追いかける。
春が近くなったとはいえ、まだ風は冷たい。頬を掠めていく透明な外気。息を思い切り吸い込むと、肺の中まで透明になった気がする。
ふと、影が彼女を追いかけるのをやめた。
「誰だろう?」
校門の前。
まだ咲かない桜の下に、長い、長い影が伸びていた。
そっと近づいてみると、その影の持ち主は男性だった。
背の高い、色素の薄い髪をした。
翡翠の瞳は、ただ遠くを見ていて。
少しだけ、この風に似た透明な色に吸い寄せられるようだった。
「誰か、待ってるんですか?」
気がつけば、彼に声を掛けていた。
人と話すことの苦手な彼女は、自身がこんな行動に出たことに存外驚いていた。
声を掛けられたことに気がつくと、彼はゆっくりこちらを振り返った。
「初めまして、お嬢さん」
一瞬だけ、その透明な瞳が揺れた気がした。しかし、それもすぐに戻って綺麗な翡翠の瞳をこちらに向ける。
「綾野志貴ちゃん、だね?」
「え?」
綾野志貴。
どっちが名前だか苗字だか分からない、彼女の名前。
もちろん、彼とは初対面。
彼の口から出た言葉に、一瞬耳を疑う。聞き違い。淡い希望を抱き、口を開こうとした彼女より早く、言葉が紡がれる。
「君を、待ってたんだ」