第十五話
結局、その後ナイトには会えなかった---と言うより会う暇はなかった。
通された部屋に到着するやいなや、用意された服に着替えさせられた。
エマが選んでくれたと言う服、というのは元の世界で言えば『パーティドレス』というやつだ。
深い青色の生地にキラキラと光る石を散りばめた、それこそ物語の中のお姫様が着ているような。
髪まで綺麗に結い上げられて、どこに連れて行かれるのかと思えば、さっそく王様に謁見するらしい。
「シキ様?大丈夫ですか?」
「は、はい!」
普通なら緊張するところだが、あいにく頭は違うことでいっぱいで、他のことを考える余裕はないようだ。
「・・・少し考え事を」
「わっ、すみません!お顔が見えないものですから、つい。そういえば、シキ様のお国でも、仮面を被る風習があるのですね」
問われて、一瞬沈黙する。
面の存在をすっかり忘れていた。
(ほんと、不思議なんだよね・・・)
面を着けたままでも、日常生活に差し当たり問題はなかった。
無理に外そうとしない限り、この面は物質をすり抜けることができるようだ。なので、食事も取れれば普通に会話をすることもできる。
そして、彼女が一番心配していたことも杞憂に終わった。
(この格好で歩いても、誰も不審に思わないんだね)
そのはず、この国では、ある種の魔術師や、時折訪れる異世界人の中にはフードや仮面で顔を隠して生活する風習があるらしい。道を歩いていてもそのような人には結構な確率ですれ違った。
---しかし。
(でも、このままでいいのかな・・・)
これから会いに行くのは、仮にも『王様』だ。この国で一番偉い人。正装はしていても、こんな顔も分からないような怪しい格好をした者がのこのこ出て行ったら、『むむ、怪しいヤツ。貴様は打ち首じゃあー!』などと言われ兼ねない。
そんなシキの憶測を裏切って、前を行くメイドは朗らかに笑った。
「あ、それは大丈夫です。ルイス様はそのようなことは気にされないお方ですから。あ、どうぞこちらです」
ここで待っているように、と連れてこられたのは大層立派な木目模様の扉の前。
「ルイス様、メイドのエマです。御子様をお連れ致しました」
数瞬間を置いて、中から入れと言う声とともに重そうな扉が開いた。
開けた視界に飛び込んできたのは、敷き広げられた赤い毛氈。
さらに視線を上に向けると、一際高い壇上に置かれた玉座に座る男が微笑んでいるのが見えた。
「よくぞ参った、御子殿。さぁ、こちらへ」
ルイス様と呼ばれたその王は近くで見て案外若いことに驚いた。
年齢は分からないが、見た目だけなら20歳代と言っても誰も疑わないだろう。
若いから、と言って頼りなさそうに見えないのはきっと、その瞳のせいだ。髪と同系色の、サファイアブルーの瞳。その奥に宿る強い光は、自信の表れなのだろう。目が合うと、不思議と安心感に包まれる。
「シキと申します。この度は・・・」
「ああ、そんなに畏まらなくても良い。・・・それより、ジークハルトはどうした?御子殿の護衛を任せたはずだが」
「ルイス様、ルーク様は都合がつかないとのことでしたので、代わりにナイト様が・・・」
少し後ろに控えていたメイドが口を開く。『ルーク』その響きには聞き覚えがある。
(確か・・・)
彼に聞いた話では、四家来の一人だったと記憶する。「頼りにならない」と評されたその人は、本来彼女の護衛に任じられていたようだが、姿を見たことは一度もない。
「・・・仕方のないやつだ」
ルイスは諦めたような顔でため息をついた。
「ところで」
彼はこちらを向き直ると、いつもの表情に戻り何事もなかったかのように話し始めた。