第十四話
ようやく王都に到着したのは、陽も少し傾きかけたころだった。
本やテレビの中でしか見たことのない立派な凱旋門をくぐると、これまた中世ヨーロッパを思わせるような石造りの城が姿を現す。
思わず窓から顔を覗かせて、外の景色に見入っていると銀の甲冑を身につけた一行がこちらに敬礼をしているのが見えた。子どもみたいに身を乗り出しているのが恥ずかしくなって、思わず顔を反らす。
城内と一口に言ってもいろいろあり、この辺りは、城で働く人たちの生活する場になっているのだという。
甲冑に身を包む騎士、深緑のローブを纏う魔術師、可愛らしいメイド服を着た女の子や、商人が道ゆく人に声をかけているのが見えた。
服装や髪色一つとっても、漫画やゲームの中でしか見たことのないようなものばかりだ。
そういえば、と隣を盗み見る。
『騎士』である彼はその名に沿わず黒髪に黒い瞳。身につけているものはまるで明治時代を思わせる外套のようなもの。背中に背負う大剣がなければ間違いなく誰も彼が『ナイト』だとは分からないだろう。
そんな彼と四六時中いっしょにいるせいか、自分も和服を着ているせいか、異世界に来たと言うよりは昔の日本に迷い込んだ気分がしていたのだが。
「・・・俺はもともとこの国の人間ではない。だから、ああいうものは性に合わない」
窮屈だから、と言い直す彼の視線はやはり前を見たままで。
---また、だ。
ざわめき。心の片隅に生じた違和感。何か、大切なことを忘れているような。不快感とは違う。初めてではない。彼と会話をするたび、少しずつ大きくなっていく何か。いや、本当はもっと前に。この世界に来る少し前にも感じた。
しばらく考えた末、その正体を突き止めた。
(・・・私、一言も声に出してないのに)
思考した直後に、それに対する返答が返ってくる。なぜ、今まで気づかなかったのだろう。
仮面のせいで表情から推測するのは不可能。残るは声のトーンと仕草くらいだが、どちらもあまり変化させないので大まかな感情くらいしか分からないのではないか。
偶然と言われればそれまでだが、それにしては数が多すぎる。
知らぬが何とやら。
恐ろしいことに気づいてしまった。
「あの、ナイトさん・・・」
「着いたぞ」
ガタン、という小さな揺れとともに馬車は静かに停止した。
「御子様!」
素早く馬車から降り、彼に声をかけようとした矢先、背後から呼び止められる。
振り向くと、そこにいたのは鮮やかな新緑をそのまま写し取ってきたような髪をした少女。ひらひらのフリルのついた給仕服が可愛いらしい。年は、志貴と同じくらいだろうか。
よろよろと危なっかしい足取りで志貴の前に来る。
「わ、私は御子様が王都にいらっしゃる間、身の回りのお世話をさせて頂くエマと申します!」
「えっと・・・」
道中に聞いた。名ばかりといえど、御子なのだから、王都ではそれらしくしておく必要があると。
塔では比較的自由に生活していたが、ここではそうはいかないらしい。
「あ、あのそんなに緊張しないで下さい。私はシキと言います。今日からよろしくお願いします」
そう言うと、緊張気味だった彼女は多少は落ち着いたのか、いくらか和らいだ表情で微笑んだ。
「ありがとうございます!やっぱり御子様はお優しいんですね。お話の通りだぁ。・・・あ、どうぞこちらに。お部屋までご案内します!」
何やら勘違いをされている気がするが。メイドの少女に半ば引きずられるようにして城内へ入っていった。