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そして僕は妖精と毎日話すようになった。今となっては寝る前の日課となっているが、その時間が楽しみで楽しみで仕方なかった。
僕が話している時はとても楽しそうに聞いてくるし、逆に妖精が話している時は僕の方が興味津々で聞いている。そのくらい興味深い話なのだ。だって全く知らないことばかりなんだよ?一番驚いたのは、妖精の世界には山があり、その山にはそれぞれ意思があって、気分によっては動いているってこと。他にも、正月みたいな行事があって、その時には家族全員で湖に出かけて水浴びをするとか、四季のような季節は無いし、寝る時だけ羽が消えるとかどれもこれも嘘のような話ではあったけど、それが妖精の世界なんだ、と考えてしまえばとても興味深い話だった。
「でさ、私はその時に言ったの。『だからそんなにのぞき込んでいたら羽が寝ている時は消えないわよ』って」
「何それ。妖精のジョーク?」
「ジョーク?」
「えーと、わざとふざけた言い方をするってことかな」
「あー。冗談ってやつね。そうそう。だって羽が消えていないと寝にくいでしょ」
こうやって僕も妖精も互いの言葉を教え合いながら話していた。
しかし、そんな楽しい時を過ごしても、僕の笑顔は自然な笑顔にならなかった。
どうしても引きつってしまうし、ひどい時には涙が出ていたときもあった。そのたびに妖精は悲しそうな顔をしていたが、すぐに笑顔で話を続けてくれていた。
そんな妖精との生活が1ヶ月ぐらい続いていたある日。いつものように夜に父の書斎へ向かおうと部屋を出て階段を降りた時、書斎の前に父が立っていた。
「父さん・・・」
「最近よく書斎に来ているけど、そんなに眠れないのかい?」
少し変わった話し方をする父。僕が物心ついた頃からすでにこの話し方なのでもう慣れている。
「うん」
「もしも僕に出来ることがあるなら協力したいのだけど・・・」
「大丈夫だよ。父さん。本当に寝れないだけだから安心して」
「それが安心できないのだよ。朝はちゃんと起きているのに夜になると寝れないというのは、病気かもしれないと疑いたくなるんだ。母さんが死んでさみしいのはわかる。わかるけれども、それを乗り越えないと母さんも悲しいと思うんだ」
父がこんなこと考えてたとは思わなかった。母が死んで以来、父は寂しさを誤魔化すかのように仕事に専念していた。そのおかげもあってか不幸な暮らしではなかったけれども、どこか寂しいものがあった気がする。一緒にご飯を食べなくなり、父と会話する機会も減っていってしまった。
「仕事に専念して君には貧しい生活をして欲しくないと思っていたのだけれど、それが裏目に出てしまったのかい?眠れないのはストレスが原因だっていうから、もしかして僕に何か言いたいことがあるけど言えないのかい?」
悲しそうな顔で僕に尋ねる。でも僕は答えることができなかった。父のことが嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。たった一人の家族と呼べる存在だし、こんなに心配してくれている。しかし僕は父になんと答えればいいのかわからなかった。
もっと話をして欲しい?それとも母が死んでしまったのを悲しいと言いたい?
よくわからない。
「まぁ無理に言ってくれとは言わないよ。でも僕は君のことを第一に考えているのだけは覚えていて欲しい。僕にとって君は生きる希望なんだ」
「そこまで言わなくても・・・」
「あはは。少し大げさ過ぎたね。じゃあ僕は明日も仕事があるから寝るよ。おやすみ。あまり夜ふかししないようにね」
僕の横を通って階段を登っていく父の寂しそうな背中を見送った。
生きる希望か・・・
僕にとっての生きる希望ってなんだろ?
少し暗くなってしまった気分のまま書斎の扉を開くと、いつものように妖精が元・僕の特等席に座っていた。
「こんばんわ」
「こんばんわ。どうしたの?浮かない顔をしているよ?」
僕の顔を見るなり、悲しそうに眉の両端を下げる妖精。そんな妖精に僕は父との今のやりとりを話した。
妖精は真剣な顔で聞いていたかと思うと、僕の頭を撫で始めた。驚いた僕は思わず手を払ってしまった。
「ちょ、ちょっと、何っ?」
「何って、気分を落ち着かせてあげようかと思って」
「よ、妖精では普通なの?」
「普通っていうか、おまじないみたいな?」
「おまじない?」
「落ち込んでいる気分を回復させるおまじない。落ち込んでいる人の頭を撫でると元気が出てくるはずなんだけど・・・」
プラシーボ効果ってやつか。いきなり頭を触られたから何かと思った。
「君は落ち込んでいるんじゃないの?」
「そう・・・なのかなぁ?」
「私は父様のいうこともわかるよ。妖精も消えた妖精のために明るく生きていくっていう考え方だからね。そうしないと報われないもん」
「でも残された身にもなってみてよ」
「じゃあ消えてしまったほうの身にもなってごらんよ」
そう言われて少し鳥肌が立った。死んだ母のことを考えると悲しくなる。でも今考えろと言われたのは、その母の気持ちだ。
きっと死んでしまって辛いだろう。僕も辛かったんだ。そして残された僕と父を見守る事しかできなくて辛いのだろう。僕だってそうだ。
「・・・・・・」
「その顔は何か理解した顔かな?」
「・・・うん。悲しいのは僕だけじゃないんだ。僕も悲しければ父さんも悲しい。そして死んでしまった母さんも悲しい。きっと母さんを知っている人はみんな悲しいんだ。それでも明るく元気に生きていこうとしているのは、死んでしまった母さんを安心させてあげたいからなんだ」
「そういうこと。母様のことを忘れようとして頑張っていたのかもしれないけど、いなくなってしまった人間のことを忘れるなんていうのは無理だもの。それは妖精も同じ。だからこそいなくなってしまった人間や妖精のために頑張って生きていこうと思うことが大事なんだ」
僕はこの妖精に出会えて良かったと思う。こんなに大切なことに気付かされたのだから。
「さぁ。行っておいでよ。君が話す相手は私じゃないはずだよ」
妖精に背中を押されて、書斎を飛び出した。夜中だけどそんなことを感じさせないような音を出しながら階段を登って父の寝室へと向かった。
父と話終えて書斎に戻ってくると妖精の姿は無かった。なんとなくそんな気はしていたので驚きはしなかった。
いつもの椅子に座ろうとしたとき、椅子の上に一枚の紙が置いてあるのに気づいた。
僕がいない時間に、ここで本を読んでいると言っていたのは本当だったようで、綺麗な字ではないが日本語でこう書かれてあった。
『ごかいしてるかもしれないけど、私は男だよ。妖精はみんなこんな見た目なんだ』
「なんだよそれ。書置きしてまで言うことかよ」
そしてまだ続きがあった。
『楽しかった。ありがとう』
妖精が通っていったであろう天窓を見ながら微笑んだ。
「僕も楽しかった。ありがとう」
おしまい。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




