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すっかり落ち着いてしまい、いつも僕が座っている椅子に妖精が足をぶらぶらさせながら座っている。
椅子を取られた僕は、近くの机の上に座っていた。
「どうして君は椅子の下なんかにいたの?」
「ちょっとだけ君に近づこう思ってここに入ってみたら、いつもよりも少し早く君が来たものだから、慌てて隠れたとこまではよかったんだけど、隠れたのがいつも君が座っている椅子の下だって気づいたときにはもう遅くて・・・」
意外とドジな妖精なのかもしれない。妖精にもいろんな種類がいるのだろうか?
「あ、そういえばタンコブとかはできてない?」
「うん。大丈夫みたい」
「それはよかった。君の他にも妖精っているの?」
「そりゃもちろんいるさ。でもみんなはあんまり出てこないけどね。人間に会いに来るなんて滅多にしないことだもの」
どうやらこの妖精は好奇心旺盛な妖精らしい。話を聞いていてそんな気がしていたが、今の答えで確信した。
「君は僕と何がしたいの?」
「これといっては・・・しいて言うならおしゃべりかな」
「おしゃべり?」
「そ。人間がどんなことを考えてどんなふうに行動してどんなことを感じるかを知りたいんだ」
「でも僕は・・・」
今の僕は普通の人間とは少し違っているかもしれない。何に関しても無気力でやる気がない。多分母が死んだ事を未だに受け入れられないのだと思う。父がいるけど、やっぱり母の存在も父と同じくらい大きい。その大きな存在が居なくなったんだ。ショックだって大きいさ。
「いいんだ。むしろ君が元気になれば私も嬉しいよ」
「どういうこと?」
「妖精ってね、幸せを望む生き物なんだ。だから悲しい顔をしている仲間を放っておくことなんてできないし、笑っていてくれるのが私たちにとって一番嬉しいんだ」
両手を大きく広げてとびきりの笑顔で微笑む妖精。
僕は妖精の笑顔につられるように笑おうとした。しかし笑い方を忘れてしまったのか、上手く顔が作れなかった。心の中では楽しんでるつもりなのに、外側がうまくついていかなかった。
そういえば最近笑ったことなかったかも。最後に笑ったのいつだっけ?
「君・・・笑えないの?」
とても不思議そうな顔で妖精が尋ねる。僕は自分の頬に手を当てて上下させてみるが、うまく笑顔が作れなかった。
「残念だけど、そうみたい」
「どうして?」
「僕の母親がちょっと前に死んじゃったんだ」
「死ぬって何?」
「何って・・・君達は死なないの?」
「よくわからない」
妖精は死ぬことがないのかな?
「えーと、死ぬっていうのは、この先絶対に会えなくなるってこと・・・かな」
「寿命が来て消えちゃうってことか」
「それそれ。人間の言葉では『死ぬ』っていうんだ」
「それは悲しいね」
「うん・・・」
「でも妖精の寿命は結構長いから一緒に居る時間のほうが長いよ」
「そんなに長いの?」
「うん。長い人で50個ぐらいかな。あ、『個』っていうのは妖精時間のことね」
意味は通じてるけど、やっぱり単位がちょっとおかしい。こっちで『個』って言ったら数を数える時に使う言葉でも、妖精語(?)だと時間を表すらしい。
「人間の単位でわからない?」
「君がいつもくる時間は1反ぐらい」
時刻は午前1時。もしかして『反』っていうのが『時』っていうことなのか?
僕は妖精に色々質問をして妖精時間と人間時間の照らし合わせをしてみた。
結果、妖精時間と人間時間には若干のズレがあるようで、『10年=約7個』という計算になることがわかった。つまり『50個』というのは『71歳』という計算になる。人間よりも妖精の平均寿命の方が短いのだ。
「君たちのほうが短いじゃないか」
「そう?50個って長いよ?1反事(1時間のこと)でも長いと思うのに、それがたくさんだよ?」
「そうだけど・・・」
「思い返してみたら短いかもしれないけど、それはそれで楽しいよ?あんなことしたなぁとか、あの時こんなこと考えてたなぁとか思い出すだけで、その時の記憶が蘇ってきたりとかしないの?」
「人間だって思い出すことはできるさ。でもその人ともう会えないってわかったら、悲しくならないの?」
「・・・人間はよくわからないよ」
「僕も妖精のことがわからないよ」
「・・・ねぇ、明日も来てもいい?」
「ここに?」
「そう。君の事がもっと知りたくなってきた」
「僕も君のことを知りたいな。僕の話ばっかりだったから、妖精のことも聞いてみたい」
「それはよかった。じゃあまた明日もこのぐらいの時間に来るね」
そう言って妖精は手を振りながら天窓へと飛んで行き、ガラスにぶつかるかと思った瞬間に姿を消した。




