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マイフェイト

作者: 皆倉あずさ

 突然だけど、僕はお金持ちなんだ。裕福という意味でね。普段はこんなこと自分から喋ったりすることなんてないんだけど、ここだけの話として言うんだ。だってさ、考えてもみなよ、四六時中「僕はお金持ちなんだ」なんて誰彼構わず喋り回ってる人がいたらどう思う? 僕にだってそのくらいのモラルはあるってことなんだ。だから僕は、お金の話をする代わりに、映画の話とか、音楽の話とか、勉強の話とか、そういう当たり障りのない話題で世の中を立ち回るんだ。

 それでも、こんなことを言ってしまった時点で、君は僕のことをいけすかない奴だと思うかもしれない、いや、きっとそうだろう。でも僕は、君がそう思う気持ちも分かっているつもりだ。つまり、経験としてだ。だって僕がその話題をひけらかさなくなったのは、僕の身近にそういうことをひけらかす奴がいて、そいつが本当にいけ好かない奴だったんだけど、まあそのことがあってからだしね。ずっと前の話。

 つまりね、僕は確かに、大きな庭付きの高級住宅に住んで、家にはお手伝いさんとかもいて、欲しいものは大抵何でも手に入るような子供時代を送ったわけなんだけど、上には上がいるっていうことなんだ。これは別に嫌味で言ってるんじゃない。ただ、いわゆる上流階級の人たちって、普通の人たちよりも更にお金とか、そういうことに敏感なんだ。加えて、その家の子供たちなんか最悪だ。いつだって家のことを笠に着て、ふんぞり返って歩いてる。そうだな、奴らにベンジャミン・フランクリンの肖像画を切り貼りして服を作ってやったら喜ぶかもしれない。がさがさした鎧だよね。そんな奴らを小さいころから大勢見てきたもんだから、何と言うか、小学校の随分早い時期だったと思うんだけど、すれちゃったんだ。不良になった。まあそれだけの話なんだけど。

 それで、学校では「とんがった奴」っていう変なあだ名をもらったし、親にも反抗して庭の倉庫に自分の部屋を増設してそこに住んだりもした。裏山でウサギを獲ったりもしたんだよ、本当の話。でもその調理は僕にはどうしようもなくて、仲のいいお手伝いさんがこっそりやってくれたんだけど。でも冬になって、そうも行かなくなった。寒くて寒くてどうしようもなくなって、こっそり自分の部屋から布団を運び出そうとしたら、その現場を母さんに見つかってこってり絞られた。確か中学生くらいだったかもしれない。両親は二人とも、僕が冗談をやっていると思っていたんだ。貧乏ごっこみたいな、そんな感じの遊び。

 でもそのことで随分辛い思いもしたんだ。つまり、裕福な暮らし拒絶するっていうことで。信じてもらえるといいんだけどさ。つまり、僕はすっかりお金というものが大嫌いになってしまっていたんだけど、それがなければ生きていけないっていうことも分かってたんだ。だってさ、僕が不良で自堕落な生活を送っていた時にだって、僕の父さんはお金を稼いでいたわけだし、それで家族の生活は賄われていたんだ。そのことを考えると、実にやりきれない気持ちになった。僕だって、あのがさがさ鎧を着ている奴らとさして変わりないんじゃないかってね。

 一番しんどかったのは、この世に貧乏な子供たちがいるっていう事実だね。そして彼らがそのまま大人になるっていうことだ。僕は自分のお金を全部その子達にあげたっていいと思ってた。本当の話。

 だからある時、近くの大きな公園で寝起きしていた人に、お金をこっそり置いていったことがあるんだ。そしたら、これが本当に悲しくてやりきれないんだけど、彼はそのお金を見つけると、上着のポケットに入れた。それから僕はずっと彼を遠くから見ていた。でも何もしようとしなかったし、何も変わらなかった。毎日同じ服を着て、裏通りのゴミ箱から拾ったようなご飯を食べて、ぼろぼろの毛布に包まって眠っていた。つまり、僕の差し出したお金は、変化のためではなく、ただ持続のために使われてしまったってことなんだ。

 どうしてだと思う? これは僕の勝手な想像なんだけど、彼にはその生活が染み付いていたんだ。この癖みたいなものは、もう決して落ちることはないんだって、そう思った。もしそうなら、逆だってそうなんじゃないか? 僕はこの裕福な暮らしを決して捨てることは出来ないんじゃないだろうか? もうね、これは呪われた話だよ。金持ちも貧乏人も、そうじゃない人も、決して逃れることは出来ないんだ。

 一ヶ月位したら、警察がやって来て、その人はどこかに連れ去られていってしまった。それ以来、彼を見かけたことはない。

 僕らのような生まれつき金持ちの人間に言えることって、お金の本当の価値を見誤ってるってことだ。あのゴードン……小学校の時に親切にも僕を貧乏人呼ばわりした奴なんだけど、あいつは金を踏み台か何かと勘違いしている。身長を伸ばす代わりに札束を積んで、誰よりも目線を高くしようとするんだ。こんなことを言ったら僕がお金の本当の価値とやらを分かっているような感じだけど、全然そんなことはない。僕はこの問題を一旦棚上げしたんだ。つまり、お金についてあれこれくよくよ考えるのは止したんだ。だってお金があるのはどうしようもない事実だから。それに、お金ってのは誰かに自慢するためにあるんじゃなくて、自分に使うためにあるんだ。これも本当に我慢ならないことなんだけど、僕にはあと何十年遊んで暮らしたって怒られないくらいのお金があるわけだから(自慢したくて言ったんじゃない、事実の提言としてだ)、それをどんな形であれ自己満足として使ってやろう、そう決めてしまえば、あとは他人を巻き込むのは止めよう、そう思ったんだ。


 だからげろを我慢したくなるような不愉快な話はこれでおしまい。

「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を意識してみました。

別訳も読んでみたいけど機会がない……

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分はお金が入ると、その日に大量に本を買い込んじゃうんで財布にお金が溜まりません。 だから、毎日のように「金ぇ~金ぇ~」と耳鳴りがしますね(笑) でも、この作品を読んでもう少しお金のあり方…
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