登、校
こんばんは
校舎に入ると、 改めてその規模を実感する。
設備は整っていそう。廊下は長い、天井もまあ高い気がする……天井に関してはもしかしたら緊張感がそう思わせてるのかもしれないけど、少なくとも廊下が長いのは事実だ。
(えーと、私のクラスは…)
受付で伝えられた教室へと向かう。
【1-C】
ここが、私が一年間過ごすクラスだ。
受付に貼られていた紙を見るに今年の一年は全9クラスらしく、そんなにクラスがあれば三年間話すこともない相手もいるだろう。
そう考えたらここでの出会いはとても価値のある物だと言える。
とはいえ…
(どんな人がいるんだろ…)
やはり緊張する。
教室の中からは話し声も聞こえるし、もうグループができてるんじゃかいかとか、そもそも中学からの知り合いがいる子も多いだろうとか。
…ふと、ここ一年間の不安感とかストレスとはまた別の、学生らしい事で悩んでいることに気づいて妙に可笑しい気持ちになる。
こういう類の悩みは、大抵立ち止まっていたとしてもどうしようもない場合が多い。この15年間で学んだ事だ。
つまり、勇気を出して行くしかない。
扉に手をかけ、開け
「ねえ」
「うわっ!!」
肩を叩かれた。
驚いた猫がピョンと飛び跳ねる動画を思い出す。
今の私の状態は正しくそれだと言える。驚きすぎて背中を少しつりそうになったし、よく分からないところに鳥肌がたっている。
恐る恐る振り向くと、目の前にネクタイがあった。
「アンタ、ここのクラス? 私もなんだよね」
見上げて、声の主の顔を確認する。
ツーサイドアップの金髪、芸能人みたいに整った顔。
そして、なにより。
とにかくデカい。
私の身長も女子の中では比較的高い方ではあるけど、その比じゃない。180cmはあるんじゃないかってぐらいだ。
「教室、入んないの?」
「あ、ああ うん
いやまあ入ろうとはしてたんだけど、
ほら、初めての空間ってちょっと緊張するっていうかさ」
「えぇ〜、ホント?“ちょっと緊張″みたいな顔じゃなかったけどな〜」
少し恥ずかしくなり誤魔化そうとする私に目線を合わせて、ニヤニヤと笑っている。
そして真ん前に顔が来て改めて思う。とてつもない美少女だ。この子の外見を見れば、誰もが女優かモデルだと思うだろう。
ダイヤの原石どころかダイヤそのものだ。
…まあ初っ端「アンタ」から入るところはかなり怖いけど。
「教室一緒に入る?」
「…ありがとう…、お願いします……」
でもどうやら、人間性もいいらしい。
教室に入ると、やっぱり隣の彼女がかなり目を引くのか、先にいた子達からジロジロと見られる。しばらく見てからまた会話に戻る子達、こちらを見ながらこっそり何かを話している子達、反応はそれぞれだ。
ただ、余裕を持って来たからかまだ人数も揃っていないようで、刺さる視線も思ったより少なくて安心できる。教室前方のモニターを見ると、席はまだちゃんとは決まっていないので適当な席に座ってほしい、という旨のメッセージが表示されていた。
彼女に先導されて、真ん中に空いてる二席に並んで座る形となった。まだ何もしてないのにドッと疲れが出てくる。少し気を張りすぎたらしい。
「とりあえず少しは安心…ありがとう、助けてくれて」
「別にいいよ、私もなんとなく声かけただけだしさ」
歯を見せて笑いながらそう答える彼女を見て、なんてスッキリサッパリした爽やかさだろうと思わされる。
それを見てると勝負なんかしてないのに、なんだか負けっぱなしな気がして
「私、上里 冷奈よろしくね!」
自己紹介だけは先にさせてもらう。
助けてもらった手前、そういうところはちゃんとしておきたいのだ。
すると、目の前の彼女も微笑みながら片手を差し出してくる。
そして
「私の名前はワルツ・ログ
ワルツって呼んで、よろしく」
「ワルツか! うん、よろしく!」
握手に応えはするものの、かなり意外に感じる。まさか海外の子だとは思わなかった。いや、両親のどちらかがという可能性もあるけど見た感じ日本人だと思ってたし、日本語もペラペラ。綺麗な金髪も、もしかしたら染めてるのではなく地毛だろうか。
気になりはするけど、複雑な家庭事情かもしれないと考えると聞く気にはなれない。
でも、まずは一人目の友達ができたっていうのは大きな一歩だ。まさかこんなすぐにとは思わなかった。
でも、やっぱりこういう話は出るもので…。
「冷奈はどんな能力なの?」
「あぁ〜〜……」
「その、なんというか…うーん……」
それはそうなる。
能力者学校で初めての会話となったらそれを聞くだろう。分からないけど、『今朝の朝食なんだった?』ぐらいベタな話なのかもしれない。
「あ〜、 言いたくないなら大丈夫!!
プライバシーの話だからね〜」
言い淀んでいると意外にもあっさりと引き下がってくれた。ワルツが気を遣ってくれるタイプなのか、それとも個人の能力っの話ていうのはかなりプライバシー的に突っ込んだ話なのか。
分からない部分は多いけれど、とりあえずは胸を撫で下ろす。
「私は、身体能力強化系なんだよね」
「特に力を強化するのに特化した能力、 めっちゃメジャーでしょ?」
「ははっ、そうだね」
そうなのか。
能力者だけの環境に一人で踏み込むのを怖がってはいたし、実際まだ不安は大きい。でもあくまでそれは、今まで非能力者学校に通っていて、同年代の能力者との付き合いがなかったからというだけで、生きていたら能力者の知り合いは普通にできるし、それが別段珍しいということはない。
ただ、本当に私は能力のことを詳しくは知らないのだ。
例えるなら、英語は少しは分かるし、それを話す外国の人のことも見はするけど、ちゃんとした意味では英語のことは理解できていないみたいな。
そんなところだろうか。
にしても、プライバシー云々と言いながらも割と軽い感じで話してくれたな。
ワルツがあまりそこを気にしないタイプなのか、それとも信頼してくれているのか。後者だとしたらいささか早すぎる気もするけど、嬉しいかもしれない。
その後は、今朝の朝食の話だとか、今後の勉強の話とかの他愛もない話をしていた。今までの学生生活とやっていることはそう変わらない筈なのに、女子高生になったというだけで特別感が生まれるのは何故なのだろう。
キーンコーンカーンコーン
「あれ、もうそんな時間」
音を聞いて、チャイムがなる時間まで話していたことに気づく。
周りを見るといつの間にか教室が生徒で埋まっていた。そんなに夢中だったのか私は。
すると、
「おはよう!!!!!!!!」
教室の扉が大きな音を立てて開かれる。
挨拶の声は鼓膜を揺らす。
みんなが耳を塞ぐのが見える。
つい体をのけ反らせてしまうぐらいの爆音。
教室の全員が怯んでいるのも気にせず、声の主である女性は教壇に大股歩きで歩いて行って
「改めて、おはようございます!!!!!!!!!」
異常なほどに響きすぎる。
なんだこの声。
「あれ、もしかして音量調整ミスってる…?」
全員が全力で頷く。
「いや〜、ホントにごめんね〜 ちょっと気合い入れすぎたみたい…」
この状況を生み出している本人はまずったような顔をして頭を掻いるし、もう何が何だかといった感じだ。
もしかしてこれも…
(あれってそういう能力なのかな?)
(ああ、多分そう)
こそこそとワルツに聞いてみる。
声をデカく出力できる、そんな能力もあるのか。
チューニングが終わったのか、改めて女性が話し出す。
「私が一年間みんなの担任をやらせてもらう、 大道 声子と言います!」
「 みんなよろしく!」
声子先生か。
調整してもまあそれでも響く声だ。
見た感じ若そうな女性の先生だし、色々と相談もできそうだと思う。
「じゃあ今から体育館に行くから並んで〜」
名簿順に名前を呼ばれ、教室の外に一列に並んでいく。
名前順なので、どうしてもワルツとは離れる形になってしまい、少しだけ心細い。しかも私の前後の子はどうやら知り合いらしく、私を挟んでずっと喋っている。
前の子はベージュ色のボブの所謂白ギャル、後ろ子は薄い褐色肌、黒上ロングの黒ギャルだ。制服もガッチガチにアレンジされていて、挟まれたことにより普通に着ている私の方が、異質に見えてしまう。
しばらくするとクラスの全員が並び終わったようで、先生についていく形で歩き出す。
前後の2人は列が動き出しても変わらず喋り続けている。学校の大きさを考えるに、体育館に着くまでは少々時間がかかりそうだ。そんな空間でそれとなく、真隣どころか私を挟んで行われている会話を『別に聞いていませんよ』、みたいな顔をして遠くを見つめ続けるのは、いささか居心地が悪い。だから、早く体育館に着いてほしいという気持ちが蓄積していく。
「てか思ってたんだけどレイナっち、髪キレイだね〜」
「本当、とてもツヤツヤ」
と思っていたらいきなりだ、後ろからは髪を触られ、廊下の先の蛍光灯を映していた視界内には、前の白ギャルの顔がドアップで現れる。
「な、なんで私の名前を?」
「えー、さっき並ぶ時に先生に名前呼ばれてたじゃん! ちゃんと聞いてたよ〜」
「アタシ、五十嵐 颯 よろぴ!」
「私は宇月 寧美、
友達からはネイって呼ばれている、よろしく」
「う、うん」
「私、上里 冷奈、よろしくね」
白ギャルが颯で、後ろの黒ギャルの方が寧美か。よし、覚えた。
でも凄いな。声かけからの自己紹介までのスピード感が。てか初っ端からあだ名がつけられている。
流石ギャル、常人とは持ってるエネルギーが違う。やはり人類皆ベストフレンド的な感じなのだろうか。
にしても….、
「あの、ずっと触ってるけど、そんな気に入った?」
背後から櫛でとかすように私の髪に触れている寧美に質問してみる。特別嫌とかではないけど、髪に触れている指が、その先にある私の背中に当たる度にちょっとこしょばいのだ。
「あ〜、ごめんね? うちのネイが、
触れ心地がいいもの見つけるといつもこうなんだよ ね〜」
「も〜〜、レイナっち困ってるよ〜??」
「ああ、ごめん、つい」
「結論から言うと、とても良い」
「ここまでのものは中々ない、髪ソムリエの私が言うんだから間違いない筈」
「またそんな事言ってさ〜…」
「ははっ、嫌ってわけじゃないから気にしないで〜」
別に構わない旨を前と後ろに伝える。
申し訳なさそうな顔をしてる颯に対して、そんなことも気にせず「トリートメントは何を使ってるのか」と寧美が聞いてくる。
割と表情がコロコロ変わって奔放に見えるけど、意外とちゃんとしてそうな颯に対して、真顔でドンと構えているしっかり者に見えて、結構不思議ちゃんっぽい寧美。全然違うタイプに見える2人の、その凸凹感が見てて面白くも感じる。
ちなみに、使ってるトリートメントは普通に市販のものだ。
「2人はこの明松に来る以前からの知り合いなの?」
なんとなく気になっていた事を聞いてみる。
「おお、やっぱりそういう風に見えるか、そうなんだ」
「私たちはそれはながーい年月を共に歩んできた、言わ ば、魂の、「うん、幼稚園からの幼馴染」おい」
あまりにバッサリと寧美の言葉が切られる。でも知り合いなんだろなとは思っていたけど、幼稚園から高校まで関係が続いているというのは凄い話だ。
「てかレイナっちは知り合いとか来てないの〜?」
「ほら、朝一緒に教室入ってきたあの子とかさ、
確かワルツ・ログちゃん、だっけ? いや〜、一目見てビックリしたよ〜!!」
「『クラスメイトにモデルきた〜!』ってめっちゃテンション上がったもん!」
「あ〜、ワルツとは今日初めて知り合って…」
話の流れで、私が緊張して教室に入るのを躊躇っていた時にワルツが助けてくれた話をする。
話を聞いている颯は、少し顔を振り向かせていた形から、完全に後ろを振り向いて乙女の顔をしてるし、寧美は腕組みをしながら時々相槌を打っている。
「え〜、めっちゃスマート〜! 性格もイケメンなんだ〜 完璧じゃん!」
「この前の月刊キャンディで、そういうの読んだ」
まあ、確かに。
ワルツの振る舞いは、少女漫画に出てくるちょっとぶっきらぼうに見えて、でも実は…みたいなキャラクターに見えないこともなかった。
でもおそらく『アンタ』呼びがそう思わせてただけで、社交性もあるように見えるし、人間性もいいと私は思っている。
ただ、やっぱりオーラとかが凄いから勘違いされやすい面はあるのかもしれない。
ワルツさえ良ければ、後でこの2人を紹介しようかな。
「はーい、ガールズ達」
「盛り上がってるところ悪いけど、もうすぐで体育館つくよ〜!」
声子先生に言われて、体育館が近いらしいことに気づく。
にしても長かった。教室間の移動時間をちゃんと考えないと普通に遅刻しそうだと、今からそうなった時のことを考えて憂いてしまう。
(じゃ、また後で話そうね!)
(また後で)
2人に耳打ちされ、改めて前に向き直る。
体育館が、離れにある独立した建物になっているというのは割と見る。私の小、中学もそうだったし、明松もその形式がとられているっぽいけど、ただ一つ違うことがあるとしたら
(体育館もでっか〜…)
私の知っている体育館の4倍ぐらいの面積はある。
これじゃあ母をこの中から目視で見つけるのは、流石に難しそうだ。
保護者席に先に着いていた沢山の人達を尻目に、声子先生の誘導に従って私たちも席に着く。
Iクラスまでの生徒が揃うと、遂に式が始まる時間になった。
人生…、まあ大学まで行くとしたら入学式は4回経験することになる。そう考えたら貴重な物なのかもしれない…けど、正直退屈だ。妙に眠くもなるし、頭では大切な行事だと分かっているからこそ、精神的に踏ん張らなくちゃいけないのが余計に辛い。
特に、校長からの式辞なんてそれの代表みたいものだ。
ただ、それは、入学式という特別な行事の中での普通が、守られている場合の話だ。
校長として紹介され、壇上に上がってきた女性がその普通に収まった人間だとは、なんとなく、少なくとも私はそう思えなかった。
(綺麗…)
遠目で見ても分かるほどに色白で、腰あたりまで伸びた黒い髪、真っ白のスーツの胸元には、それまた大きめの白いリボンが目立つ美しい人。
でもよく分からないけど、その白さは何かを隠すための物であるように感じられて…どこか、異様だった。
ワルツも颯も寧美も知り合ったばかりだけど、それでも皆んな見ていて眩しいものを感じた。
スポットライトを当てられる存在。または、光を放つスポットライトそのもの。
だけど壇上に立つ女性は、スポットライトを当てられる存在でも、その蚊帳の外の人間ですらない。
舞台を見上げた時に見える照明の更に上、天井最奥の闇のようだった。
そして、思い出す。
2年前ぐらいにニュースアプリで見た、明松の新校長就任のご当地ニュース。
歴代最年少で校長になった才女みたいな話で印象的だったから、私も少し覚えている。
「皆さん、おはようございます」
「明松女子高等学校校長の、」
たしか、名前は
「白菱 朱舞です」




