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幼馴染の「サービスタイム」が終了した日 ──告白の練習だと思っていたら、僕は最初から負けていた

作者: 青空のら

 その手には乗らない。その口車にも乗らない。

 いつも手のひらの上で転がされてしまう。

 だから、変わると決めたんだ。



*****



「ねえ、この部屋暑くない?」


 紗雪がTシャツの裾でぴらぴらとあおぐ。季節感がないというかなんというか。そもそも今は一月だ。


「そりゃあ、ガンガンに暖房焚いてるから暑いに決まってるだろ?」


 室温は25度を超えている。まあ、冬場の北陸の室温とすれば低いくらいだ。


「鈍いわね。そうじゃないわよ。いつものあれ──出しなさいよ」


 右手をこちらに差し出してくる。僕のことは、使いっ走りか何かだと思ってるに違いない。


「取りに行けばいいんだろ? それでなに味がいいの?」

「バニラに決まってるでしょう? いくらなんでも、さすがにいちご味とか要求できないわよ」

「意外だね。遠慮という言葉を知っていたんだ?」

「うるさいわね。いいから早くアイス持ってきなさいよ!」


 紗雪の声に、押し出されるように僕は部屋を出た。おかしいな? なぜ、自室から追い出される?



*****



「お待たせ」

「遅いわよ!」


 一応、社交辞令で言っただけだ。一階へと二階の往復時間で怒られるとは思わないだろ?

 黙っていちごアイス練乳がけを差しだす。


「さすが祐輔、わかってるじゃないの。いただきます!」


 僕の手から奪い取るようにアイスを持っていくと、僕が座るのを待たずに食べ始めた。

 黙っていれば可愛い。いや、かなり可愛い。

 ハムスターが餌を食べるように黙々とアイスを食べる。

 時々、目を細め、ほっぺたを緩めて


「美味しい! 幸せだわ」


 と呟く姿にいつも騙されるのだ。見慣れているはずなのに、いつもドキッとさせられる。

 餌付けをした動物にねだられて、ついつい餌を与える気持ちがなんとなくわかる気がする。


「さてと、勉強を始めますか」

「ええっ? どこかへ行こうよ」

「雪がなければね。今の時期はあきらめなよ」

「むう! いつもそればっかだよね? 少しは別のこと言えないの?」

「仕方ないよ。除雪した雪が歩道に積み上がって、人が一人通れる幅しかない。車道は雪が溶けた水でべちょべちょ。下手に歩いていると車に泥水を掛けられる。車を持たない僕たちじゃあ、駅まで行くのも小旅行だよ」

「だったら、早く免許取りなさいよ」

「18歳になったらね。まだ二人とも16歳じゃないか。流石に冬場の二輪車は自殺行為だもの。あきらめて、勉強しよう」

「やだやだ、どっか行きたい。雪に閉じ込められるのはやだ」

「ははは、仕方ないよ」


 乾いた笑いが僕の口から漏れる。


「一番の近場が祐輔ん家なんだよ。家にいても退屈。でも、他に行くところがないから、ここに来ちゃう。そろそろ、祐輔も飽きたでしょう? 私は飽きたよ」


 そう言いながら、紗雪が無許可で僕の布団の上に大の字に寝転んだ。

 自分の部屋を散らかすと片付けなくてはならない。だから僕の部屋を散々散らかして、満足して帰っていく。もう、小学校の頃からの定番行動だった。


「あっ、せっかく整えてるんだから汚さないで」

「ふん、パジャマ姿の祐輔に言われたくはないわよ」


 自室で部屋着でいるのに怒られた。意味がわからない?


「いや、パジャマじゃなくて部屋着だよ」

「でも、それで寝るんでしょう? だったらパジャマじゃない」

「うぐぐ」


 口論で勝てた試しがない。


「仕方ないわね」


 紗雪が両手を空に向けて伸ばした。引っ張り起こせという合図だ。


「やれやれ。自分で起きられるでしょう?」

「何か言ったかしら?」

「──」


 仕方なく紗雪の両手を掴んで引っ張り上げる。油断をしてはならない。

 ドサッ。

 油断はしていなかったはずだ。しかし、いきなり紗雪に引っ張られ重心を崩して倒れてしまった。


「重たいわよ」


 イタズラで引っ張った張本人が文句を言う。


「仕方ないだろ?」


 慌てて体を起こした。


「鈍臭いわね。ここは普通壁ドンみたいに、両手を布団について身体を支えるところでしょう」


 それは紗雪の手を掴んでいる限りは無理な注文だ。冷静に考えてから言って欲しい。


「壁ドン?」

「何でもないわよ。うるさいわね」


 なぜか頬を赤らめた紗雪が顔をそらした。


「そろそろ靴下履いて、勉強を始めようよ。靴下も乾いた頃だろ?」


 近いからと長靴を履かずに我が家に訪れた。たった三件隣だけれど、道路自体がびちょびちょ。うちに来るまでに靴下がびちょびちょになった。

 そんな状態なのに出かけるなんて正気の沙汰じゃないし、野放しにしておけない。いや、しちゃいけない。

 それが飼い主の責任だ。いや、飼ってないし、野良のようなものかな?

 その辺りは本人にどう思っているのか直接聞くしかないけれど──


「あれ? 女子高生の生足だよ。貴重だよ。見たくないの?」

「そういう問題じゃないと思うけど?」

「じゃあ、どういう問題? ねぇ、どういう問題? じっくり見たっていいんだよ? 他の人の視線もないんだよ?」


 いつもこうやってからかってくる。距離感が近いのも問題だ。他所でも同じようなことをやらかさないかと心配になるのも仕方ない。

 いつから紗雪の保護者になったんだ?


「女子高生というブランドがいつでも、どこでも、永遠に使えると思わない事だよ。学生の本分は勉強だろ?」

「むう!」

「それに女子高生の生足だって、ありがたがるのは若さを失ったおじさんたちくらいだよ。僕たちみたいな若者には効果ないよ」

「あれ? 本当かな? うりうり」


 紗雪が足の爪先で僕にちょっかいを出してくる。反応したら負けだ。


「本当だよ。そこまで女子高生という若さを売りにするのはどうかと思うよ」


 何事もなかったように会話を続ける。


「ふんだ!」


 すねた紗雪がそっぽをむく。


「まだ、僕だからいいものの、他で同じような事をしたら、大変な目に──」


 言い終わる前に食い気味に紗雪が反応した。


「大変な目に?」


 目をキラキラと輝かせてこちらを見ている。何かを企んでるようだ。なんだろう?


「──大変な目に遭うんだから、気をつけないと」

「あら? それだけ?」

「えっ? うん」

「ふーん、それだけなんだ? 他に何か言う事ないの?」


 何を求めてる? 何を求められてる? うーん、わからない。お手上げだ。


「せっかく人が心配してるのに」

「心配だけなら誰でもできるんだよ。本当にわかってる?」

「えっ? うん、もちろんさ」

「本当かな? まあいいわ。どうやら祐輔は私のぴちぴちの魅力に興味がないようだし、しょうがないわね」


 やれやれと紗雪がゆっくりと立ち上がる。


「どうしたの? アイスの食べ過ぎでお腹痛くなった?」

「そんなところよ、デリカシーのなさにうんざりよ。私、彼氏作るからね」

「えっ?」


 突然の予想外の宣言に思わず固まってしまう。


「決めたわ。だから、彼氏に遠慮して、これから祐輔の所には来ないわよ」

「なるほど……それなら仕方ないよね」

「ちょうど、バスケ部のキャプテンから告白されてるの!」

「あの女癖が悪いと評判の? 前の彼女とは一月経たずに別れたんでしょう? その前は、マネージャー二人に二股かけていたってバレて、マネージャー全員やめて騒動になってたじゃないか!」

「あら、それだけ魅力的だってことでしょう?」

「そういう問題じゃないからね。僕の気持ちも考えて欲しい」


 知らぬ間に口から言葉が飛び出していた。


「誰と付き合うかなんて、私の自由でしょう?」

「心配なんだよ。まさかこんなに男を見る目がないとは思わなかったよ、本当に」

「何よ、その残念な子を見るような目は」


 言葉通りだよ。実に残念すぎる。


「だったら、祐輔も彼女を作ればいいじゃない! 自分が作れないからかってヤキモチ妬かないでよね」


 この気持ちをヤキモチと言うのだろうか?

 幼い子供が包丁で遊んでいるのを眺めているような、この気持ちが?


「いや、僕だって告白くらいされてるよ」

「嘘!?」

「いや本当に」

「そんな嘘信じないんだから! そもそも、真琴に頼んで噂を流してもらってるから──」

「うん? 何か言った?」


 突然、独り言並みに音量を下げられたのできちんと聞き取れない。


「何でもないわよ。こっちの話──それで、誰から告白されたの?」

「別に隠すことじゃないけど、今言わないといけないことかな?」

「うるさいわね。う、嘘だからいえないのね。見栄張るのも大変ね」

「1組の佐藤さんに、2組の篠原さんと木本さん、3組の坂東さん、東雲さん、中石さん、あとは4組の──」

「うるさいわね!」


 いきなり機嫌の悪くなった紗雪が僕の発言を止めた。


「ひどいな、言えって言ったのは紗雪だろ? 断固、文句を言わせてもらう」

「祐輔のくせに! 祐輔のくせに──」


 突然泣き出して、僕を困惑させる。

 情緒不安定すぎて、一人にさせれないよ。

 その場に座り込んだ紗雪の背中をゆっくりとさする。

 それでも落ち着かないようなのでゆっくりと頭を撫でる。

 そうして、しばらく経つと紗雪も落ち着いて泣き止んだようだ。


「じゃあ、どうして付き合わなかったのよ?」


 口を開けば、僕の恋愛事情のことばかり。そんな風に聞かれても、人に語るほどのものは何もない。


「僕が彼女と付き合ったら──」

「付き合ったら?」

「紗雪が一人になって可哀想じゃないか」

「それは祐輔も同じでしょう? 私が彼氏を作ったら祐輔も一人になって可哀想じゃない」

「ははは、確かにそうだね」


 でも、本当になぜ彼女たちからの告白を断ったんだろう?

 紗雪を一人にしておけないと思ったのは本当だ。


「なら、二人とも彼氏彼女を作ってダブルデートでもする?」


 上目遣いに見上げてくる紗雪はあざとくて可愛い。いったい何を狙っているのだろう?

 わかっていても可愛いと思ってしまうのが悔しい。


「四人でダブルデート──」


 僕と紗雪と見知らぬ彼女と見知らぬ紗雪の彼氏。

 うーん、全く、ぜんぜん──


「イメージがわかないな」

「そうね。イメージがわかないわね」

「そうだね。隣に紗雪がいるのまではイメージできるんだけどね」

「そうね。隣に祐輔がいるのまではイメージできるわ」

「お互いに想像力が貧相だ」

「ええ、相変わらず祐輔の発想力が乏しくて残念だわ」

「ええっ? 僕だけが悪いみたいに言わないでくれる!?」

「気づいてないから鈍いのよ。明らかに祐輔一人が悪いのよ」


 紗雪に言い切られて、本当に僕が悪いような気にさせられる。そんなはずはないはず。


「鈍いのもほどほどにしなさいよ」


 なぜか、紗雪に怒られた。仕方ない、話題をそらすしか方法がなさそうだ。


「イメージがわかないのは仕方ない。だから、シミュレーションしてみればいいんだよ。僕と紗雪が──」

「そんなこと言っても騙されないんだからね──」

「彼氏彼女がいると想定して、二人でデートしてみればいいんじゃないかな? よくはわからないけど」

「デート!? 本当にデート!」


 デートという単語に紗雪の目が輝いた。恋に恋するお年頃だけあって、相手は関係なしに“デート”には憧れがあるようだ。

 危ない男に捕まる前に、しっかりと注意しておく必要がありそうだ。


「それはもう告白されたも同然よね」

 またしても音量を下げた独り言で、きちんと紗雪の言葉が聞き取れなかった。

「祐輔!」


 紗雪に肩を掴まれて、正面に座らされた。

 お互いに正座して向かい合う。しかも、珍しく紗雪が緊張しているのがわかる。まるでお見合いでも始めるかのように──


「あらためて祐輔の口からきちんと言って欲しいの。わかるでしょう?」

「二人でデートすることかな?」


 確かに、その話をしていた最中だったはず。しかし、それがなぜこの状態に?


「そうね。でも、デートする前に大事なことがあると思うの。女の子はね、そういうことが一番大事なのよ」

「──」

「オッケー、わかったわ。なら練習ということにしましょう。祐輔、まず女の子とデートする前にやらなきゃいけない事があるの知ってるかな?」

「えっ?」

「やっぱり、その様子じゃ知らないようね。なら教えてあげるわ。女の子とデートするにはその前に告白しなくちゃいけないの。祐輔だって告白されたんでしょう?」

「確かに」

「そういう事。だから、練習しておきましょう。さあ、私に向かって、愛を告白しなさい」

「でも──」

「何恥ずかしがってるの? 私じゃ嫌なの?」

「そんなことはないけど」

「じゃあ決まりね。覚悟を決めなさい、男でしょう!」

「わかった」


 どうやら、言わないといけないらしい。


「紗雪、好きです。僕と付き合ってください」

「ええっ、どうしようかな? そんなに私と付き合いたい?」


 上目遣いに見つめてくる時点で、僕をからかっているのは間違いない。でもいまさら引くわけにはいかない。


「大事にします。僕の彼女になってください」

「えへへ、やっと言ってくれたね。喜んで彼女にしてください」


 紗雪が僕の胸に飛び込んで来る。練習にしては激しくて、僕はそのまま押し倒されてしまった。


「練習だよね?」

「さっきまではね? それとも祐輔は私のことが嫌い?」

「そんなことはないよ」

「じゃあ、練習ということにして、幼馴染にもどりたいの?」

「──嫌だ」

「えへへ」

「絶対に嫌だ。紗雪は僕の彼女だ。もう離さない」

「私もよ。えへへ、でも、一つだけ言っておかないといけない事があるの」

「──」

「ちゃんと告白してくれて彼女になったから、今日でサービスタイムは終わりなんだ」

「!?」

「生足出すのだって、勇気いるんだからね」

「──」

「もしかして、また見たいのかな?」

「──」

「うーん、どうしようかな? そんなに見たい?」


 僕に向かって小首を傾げた紗雪がペロリと唇の端を舐めた。


 Fin

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