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異世界へ(2)


 まあそのことで亜樹を否定する気はないし、劣等感を抱いて亜樹に対して不平不満を抱く自分が悪いとも思っている。


 おおらかなところのある亜樹は、杏樹が兄のことで劣等感を抱いていることは知らない。


 いや。


 もしかしたら知っているのかもしれない。


 優しい亜樹なら知っていても見てみぬフリをするだろうから。


 わかっていても当の亜樹から指摘されるほど惨めなことはない。


 その亜樹がしょうがないなと言いたげに、杏樹の握った手に力を込めてくれた。


「ほら。こうしてれば怖くないだろ? とにかく渡らないと向こうへ行けないんだから」


「うん……」


 ビクビクして足が震えがちな杏樹の手を引っ張って、亜樹が先頭を歩いてくれる。


 その様子にクラスメイトや、見知らぬ生徒にまで冷やかす声がかかったが、亜樹はそれには怒鳴り返すだけでやりすごした。


 亜樹は外見だけなら美少女だし、黙っていれば清楚な感じの大人しい少女といった印象だが、その実かなりハキハキ話す明るい性格だった。


 それが愛嬌となり、更に人々に親しまれるのだが。


 杏樹も同じように明るい性格だが、どちらかといえば可愛らしい可愛さではなく勝ち気な明るさだった。


 そのため男の子にも口うるさいと敬遠されがちである。


 思い出されるのは小学校の卒業式のときのこと。


 ずっと仲の良かった男の子が引っ越すことになったのだ。


 家はそれほど近くなかったが、よく行き来はしていた。


 亜樹とも仲の良かった彼は、ふたりよりもひとつ年上の男の子で、ふたりにとって本当のお兄さんのようなものだった。


 その彼が卒業する年、突然引っ越すことになったと知らされたのだ。


 このとき、杏樹は泣いて泣いて夜を過ごしたものだが、毎日つるんで遊んでいた亜樹は泣かなかった。


 引っ越すときも卒業式のときも、ムスッとした顔のままで、彼とは口を聞かなかった。


 意地っ張りなところのある亜樹だったから、たぶん泣くまいと意地を張っていたのだろう。


 卒業式の翌日が引っ越しの日で、その日になっても亜樹は頑な態度を崩そうとはしなかった。


 だから、見送りに行ったのは杏樹だけなのだが……そこでなにが起こったか亜樹は未だに知らない。


『杏樹ね。翔お兄ちゃんのこと大好き……』


 生まれて初めての告白。


 これが別れの日だと思うから言えた。


 もし彼が地元の中学に通うのなら、たぶん言わなかっただろう。


 もう逢えない。


 そう思う心が杏樹に大胆な行動を取らせた。


 答えはあまりにもむごすぎるものだったが。


『……ぼくも杏樹のことは好きだよ? 亜樹の次に好き』


『翔お兄ちゃん……』


 翔は杏樹より亜樹が好きだと言った。


 紛れもない告白で、この答えはないんじゃないかと、後になって思ったものだった。


 同性を、それも実の兄を引き合いに出すことはないんじゃないか、と。


 だが、今思えばそれが素直な答えだったのかもしれない。


 向こうも告白されたことなんてなかっただろうし。


 お互いにまだ子供だったから、答えは素直な本心を告げることだけ。


『ごめんね? ぼくが今1番好きなのは亜樹なんだ。だから、杏樹の気持ちは嬉しいけど謝ることしかできない』


『亜樹ちゃん。呼んでこようか? 翔お兄ちゃんが最後に逢いたがってるってっ!!』


 いい加減、自分でもお人好しすぎるなあと思うのだが、翔の心が亜樹の元にあると知って、杏樹は反射的にそう言っていた。


 やはりこれが最後という意識が、杏樹を縛っていたのだろう。


 本当ならひとりになって泣きたかったのに。


 もちろん彼が引っ越して行ってから、杏樹は初めての失恋に散々泣いたのだが。


「呼んでこなくていいよ。亜樹は意地っ張りだから、きっと顔を合わせたら泣いてしまうと思ってこないんだと思うから。それにね、杏樹。約束するよ。必ず逢いにくるから」


「翔お兄ちゃん……」


「ぼくがもうこんな小さな子供じゃなくなって、自分で移動できる年になったら必ず逢いにくるよ。そのときを楽しみにしていてほしい」


 それだけを言い残して、高瀬翔は遠くへ引っ越していった。


 杏樹が亜樹のことで劣等感を抱くようになった原因が、この初恋にあった。


 初恋の相手はよりによって告白されたとき、杏樹ではなく兄の亜樹が好きだと言ったのだ。


 これで拘らない方がどうかしている。


 懐かしい思い出。甘酸っぱい初恋の味。


 その高瀬翔から4年ぶりに連絡が入ったのは、高校に入学してすぐのことだった。


『ぼく。翔だよ。高瀬翔。憶えてるかい?』


 翔からの電話を取ったのは、偶然、亜樹だった。


 亜樹は驚いた顔をした後で嬉しそうに笑ったものだ。


 懐かしい幼なじみの声を聞いて。


『久しぶりだなあ、翔。オレだよ、亜樹っ!!』


『えっ!? 亜樹!? 懐かしいなあ。おまえさあ、ぼくが引っ越すとき、見送りもしなかっただろう? ちょっと恨んでるんだぞ』


『男が一々小さいことを気にしてるんじゃないって。で。どうしたんだよ? いきなり?』


『うん。杏樹から聞いてるだろう? ぼくがひとりで移動できる年になったら逢いに行くって』


『そう言えばそんなことも言ってたっけ』


『冷たいなあ。とにかく一度、ゴールデンウィークに訪ねていくから。紹介したい奴もいるし。その後で夏休みに本格的にそっちに行くよ。ホテルでもとって』


『昔の家は売ったのか?』


『いや。10年間契約で人に貸してあるんだよ。実は4年前の引っ越しにしてからが、原因が父さんの海外転勤にあったんだから』


『へ? じゃあ翔は今、どこにいるんだ?』


『祖父母のところだよ。外国に行くのはいやだと言い張った結果、そうなったんだ。そっちに行こうと思ったら2、3時間かかるくらいの距離があるかな』


『ふうん。なんで外国についていかなかったんだ? 中学になってたらまだしも、あのころなら区切りもよかったんじゃないのか?』


 小さい内から外国で暮らせば、自然と慣れる。亜樹はそう思ったらしかった。


『日本にいたかったんだ。捜してる人がいたから』


『捜してる人って?』


『うん。だから、そういった込み入った話をゴールデンウィークにしたいんだよ。それで紹介したい奴と一緒に夏休みを過ごせたらなと思って。迷惑かな?』


『いいよ。待ってる。ゴールデンウィークっていったら、オリエンテーションが終わった後だから家にいると思うし。それより杏樹に代わるからさ、ちょっと待ってくれよ』


『あっ。代わらなくていいよ、亜樹っ!!』


『なんで? 杏樹だってきっと喜ぶと思うのに……』


『うん。ちょっと心の準備ができてないっていうか。とにかく杏樹とは訪ねていったとき、直接逢うことにするよ。伝えたいこともあるし』


『ふうん……意味深』


『バカ。変な勘繰りするなよっ!! とにかく杏樹には一言だけ「ごめん」って伝えておいてくれる?』


『どうして翔が謝るんだ?』


『そういえば杏樹にはわかると思うよ。とにかく後は連休のときに』


 亜樹がそうして頷くと、最後に翔は亜樹に「彼女はできたのか?」と冷やかしてきた。


 これには冷たい言葉で答えた亜樹なのだが。


 亜樹からそれを伝えられたとき、翔がなにを謝ったのか、杏樹にはすぐにわかった。


 あれから成長することで、あのときの自分の処置のまずさに気づいたのだろう。


 それにしても話したいこととはなんだろう? と、あれ以来、だれかを好きになることを否定してきた杏樹は、今だに燻りつづける初恋に戸惑いながら、そんなことを考えていた。


 きれいに思い出にできなかった杏樹は戸惑いながら、そんなことを考えていた。


 憧れの男の子が帰ってくる。


 そう思うと嬉しくてその日はなかなか眠れなかった。


 それでいて今もなお亜樹に拘っているらしい翔に、杏樹は気落ちしてもいたのだが。


 最後に逢った日のことを思うと、翔が亜樹に彼女のことを訊いたのは、単なる好奇心だけとも思えなかったから。


 そんなことを考えていたのがまずかったのだろう。


 杏樹はユラユラと揺れる吊り橋を、気をつけて渡っていたつもりだったが、後方が大きく揺れたとき、バランスを崩して真っ逆さまに落ちていった。


「杏樹っ!!」


 とっさに手を掴んでいた亜樹が杏樹の手を引っ張るが、所詮同じくらいの体格で救えるはずもなく、ふたりはもつれ合うようにして、谷間へと落ちていった。


 高く水しぶきがあがる。


 思っていた以上に勢いのある川の流れに押されながら、亜樹は必死になって杏樹を探した。


 どんなときも杏樹を護るのは亜樹の役目。


 そう思ってどんな場面でも守ってきたのにっ!!


 今ここで御破算にしてたまるかっ!!


 逆らえない水の流れに押されながら亜樹の蒼いピアスが鮮やかな光を放つ。


 吊り橋の上から悲鳴をあげる生徒たちや、亜樹や杏樹の名を呼ぶ教師の声も聞こえたが、亜樹が意識を保っていられたのはそこまでだった。




 どうでしたか?


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