No.20 【唯物の死神 ナヘマ】 Act4 キムラヌート
アアアアアアアッ!! 身体が痛い、痒い、痺れる、感覚が、苦しい、辛い、傷が、吐き気が、心が、目が、鼻が、耳が、口が……あらゆる感覚や精神が可笑しくなる。
気持ち悪い、気持ち悪い━━━それを遥かに越える衝撃的な苦痛。あらゆる感情…精神が侵されていく。
〖……ナヘマ様。一刻もの脱出を推奨します。このままでは、身体の形も保てず崩壊する危険があります〗
……そんなの分かってるわよ。自分の身体なんだから。でも、身体が動かせない。
動いてくれないのよ! 切断した左手から入ってくる。
口や鼻からも……あらゆる毒が私に向かってやって来るのよ。
━━━全てはあのマンドラゴラのせい。私は勘違いしていた。いや、勘違いさせられていた。あのマンドラゴラは聖女が操っていたのだと。
違った。それは違ったわ。全てはあのマンドレイクの……知性ある何かの罠。
アイツは私が今、こうなる事を全て計算していたんだわ。そして、油断しきった……ただ、あの弱そうな聖女を狩るだけの簡単な事と油断していた私を意図も簡単に罠に嵌め、追い詰めた。
凄いじゃない。この【唯物の死神 】と呼ばれ、根の一人に選ばれた私をたったの一人と二匹でここまで追い詰めるなんて、奇跡よ。奇跡……でも、そんな奇跡は許されない。
許してあげない。だって私は唯物のナヘマなんですもの━━━
黒髪鎌娘が蠱毒の沼に沈んで数十分位たった。森には再び静寂が訪れようとしている。私はここの所、夜の特訓で疲労が貯まっていて、直ぐにでも寝床(土)へと入り眠りに就きたいが……
それはあの娘が確実に終わった事を確認するまではお預けだ。
〈上がって来ないということは、生き絶えたか?……どんな強者であろうと、流石にあらゆる毒虫達や害獣達の猛毒が混ざった場所へと入れば状態異常というものには抗えぬか〉
「キュキュイッ!」
「ルオオ!」
〈何? 耳が痛くなるからもう喋るなだと? それは仕方あるまい。私の今の種族は曼陀羅華マンドレイクなのだ。喋れば異音となり、周囲を不快に……〉
【権能の使命を行使します。行使後、一時的に全ステータスが飛躍的に上昇しますが、後に退化としてスキル、魔法、称号のいずれかに障害が発生しますが宜しいでしょうか? ナヘマ】
突然、【蠱毒】の沼から私が普段から聴き慣れている世界観測の声とは異なる音声が聴こえて来た。
「良いわよ。それであの聖女…いや、あのマンドレイクにやり返せるならね」
【畏まりました。では……こちらは貴女様の勝利を願っています。行ってらっしゃませ。唯物の死神様】
「ええ……【権能】行使……《キムラヌート》」
薬草、小兎、下界の主の三匹のうち、異常にいち早く気づいたのは、薬草である私だった。
【蠱毒】の沼より現れようとしている怪物の殺気を感じ取り、先ず最初に行った行動はスキル【吸収】と【収納】を使い。シルヴァとグラスヴォルフを安全な空間へと逃がす事だった。
スキル発動……【吸収】【収納】
「キュキューイ?」シュンッ!
「グルル?!!」シュンッ!
〈やはり、これでは終わらなかったか……お前達は私が巻き込んでしまった。だからお前達だけでもかなら逃がそう。私が死ねば数日後にスキルは解かれ、【収納】の空間から脱出出来るだろう。脱出後はソフィア嬢と共にしばらく身を隠し……〉
「……アンタ。何を呑気に喋ってんのよ。処刑の時間よ。スキル発動【大鎌】」
ザスンッ!
〈ぐっ!……私の蔓(手)が細切れに〉
何?! 一瞬で私の居場所が分かっただと? それに黒髪鎌娘のあの姿はいったい……
その娘は髑髏の仮面を顔に付け、黒いフードを被っていた。全身に黒色のオーラを纏わせ。私に気付かれる事もなく近付いてきたのだ。
「何を驚いているのかしら?……【権能】の使えばアンタが私に咬ました、あらゆる猛毒も一時的に無効化したわ。ペナルティはあるけど、私をコケにしたアンタを狩れるなら別に良いわ。闇魔法発動【常闇の悲】」
〈くっ! 先程の魔法とは威力が違う……〉
スキル発動……【蠱毒】
二週間前と同じ様にスキル【蠱毒】と闇魔法【常闇の悲】とやらの撃ち合いになった。
なったが……今回の撃ち合いは私が一方的に負ける結果になってしまった。
ドガアァァアン!!
「弱……スキル発動【強制】【大鎌】」
ザスンッ!
〈ガァァァア!!〉
私の根(足)が切られる。
「何、苦しんでるのよ。私が受けた苦しみはこれ以上よ。マンドレイク……スキル発動【斬殺】」
スパンッ!
〈アアァァァッ!!〉
次に切られたのは花軸(腰)だった。切られた身体の下から草の汁(血液)が地面に流れる。
「タネが解れば呆気なかったわね……終わりよ。魔法の規模をアンタ限定にしてあげる。苦しんで逝きなさいよ。深淵魔法【常闇の底】」
私の周囲に闇の球体が出現する。私を呑み込もうとする闇が、私を終わらせようとする死が目の前に出現した。
〈くそ……こんな所で私の人生が終わるとは……だが、これも運命なのか……〉
私がそう告げ、今の最悪の状況を受け入れようとした瞬間だった。
「させません! スキル発動〖祝福〗〖抱擁〗!! 光魔法発動〖世界樹の光〗」
パキンッ!
「な?……私の深淵魔法が割れて消えた?」
〈ソフィア嬢……〉
突然現れた修道女……いや、ソフィア嬢が放った光魔法により、黒髪鎌娘が私に放った闇の球体は硝子の破片が割れる瞬間の様に粉々に砕けた。
「だ、大丈夫ですか? ヘルナさん!……てっ! 何ですか? その傷……」
彼女は私の近くに走って来た。そして、切り刻まれた私の身体を見て、青ざめた表情を浮かべた。
〈馬鹿者。何故、来たのだ。ソフィア嬢! 黒髪鎌娘の狙いは君なんだぞ! 君がここに来ては彼女の目的が達成される……君が死ぬ事になんだぞ!〉
私は珍しく感情的に怒ってしまった。私を心配して、死ぬ危険がある彼女に対して怒ってしまったのだ。
「なっ……なんですか。その言い方! 初めてちゃんとお話したと思ったら怒るなんて……こんな姿になってまで私を助け様としてくれるなんて……何をやってるんですか。ヘルナさん……それで貴方が死んじゃったらどうするですか……」
〈……ソフィア嬢〉
彼女は切り刻まれた私の身体を持ち上げ、抱き締めた……そして、涙を流してしまった。
ああ、私は彼女を泣かせる為にこんな無謀な戦いをしていたんじゃない。
私は……私はこの娘に明日を、明日を迎えられる日を、人生を歩ませてあげたかったのだ。この娘に笑顔で明るい未来を歩んで欲しかったから頑張ってみたんだが……それもこれまでのようだ。
「……ユグドラシルの聖女がただの草の為に涙を流すなんてね。無様すぎよ。さようなら、聖女のその使役者のマンドレイク。スキル発動【大鎌】」
「……あ、あ、そんな……ヘルナさん……私達。殺され……」
ソフィア嬢が絶望的な表情を浮かべた時だった。その時、世界観測の言葉が私の心の中に聴こえてた。
〖全ての進化行程が完了しました。これよりギエナ・セフィロ 種族・曼陀羅華を幻草種・草霊へと退化させます。尚、退化後はスキル、称号、魔法の向上、及びステータスの上昇が行われ、損傷した身体も修復されます〗
〈ああ、分かった。それを待っていたぞ。世界観測……〉
━━━この戦いの終わりの知らせが……世界観測の報せが私とソフィア嬢へと聴こえて来た。




