変身
ある朝、山田花子が気がかりな夢から目覚めた時、自分がベッドの下で一つの大きなスライムに変わってしまっているのに気付いた。
‥‥‥は?いやいやいや、嘘でしょ‥‥‥
でもどこから彼女が見ても変化は訪れなかった。
自分は寝惚けているんだ。そう思った彼女はひとまず一回寝ようとベッドの上へ苦労してよじのぼり、長めの二度寝をした。
――――――――――――
目を開く。良かった。なんかいつも通りな感じがする。
いやー、今日は変な夢見たなぁ。そんな事を思いながら私、山田花子はいつもみたいにベッドから降りる、筈だった。
あれ?身体が動かないぞ?
分かった。さっきの夢の続きか。
でもそれにしてはやたらと現実感のある夢だなぁ。今日は親友の佐久良が来るから寝惚けてちゃいられないのに。と、最初は呑気な事を考えていたが、10分経っても20分経っても変わりそうにない。段々と焦ってきた。
ひとまず辺りを見回してみる。
そしてベッドがぐしょぐしょに濡れているのと、どう考えても身体がある筈の膨らみが掛け布団の上から見えないという2点から私は一つの真理を導き出した。
「げ」
思わず声が漏れる。
自分は戻ってなんかいなかったのだ。そしてベッドは自分の体を吸収して濡れてたんだ。そう考えれば全てが繋がる。
謎解決。良かった‥‥‥いや良くない!
どうしよう。
即座に人としての自分の死を考える。
私は親の仕送りとアルバイトで生計立ててる一人暮らしの大学生、山田花子なんだ。別に総理大臣とかいうわけでもない。誰にも生きている事にも気付かれずに失踪届けが出されて7年後に死亡届が受理されるんだ。
うん。悲しすぎる。まぁひとまずこの事は考えてもキリがないから一回別の事を考えよう。
直面している問題は今日来る佐久良をどうするかだ。
どうやって来させないようにするか。いやいや、助けてもらえるかなぁ。ひとまず動けないんだからどうしようもないけど。
一生懸命頭を絞る。
――――――――――――
ピンポーン
結局何も決まらずに時間だけ、いたずらに過ぎてしまい佐久良が来てしまった。
「花子ーここ開けてー」
外から声だけが聞こえてくる。もうここは腹を括るべきだろう。
「ちょっと今動けないから入ってきてくれない?」
言った直後に気付く。あ、鍵は佐久良に渡してねぇんだから開けられるわけ無いか。
ってかこんな姿になっても言葉は喋れるのかよ。自分で驚いてしまった。
「ほーい」
そんな声と共に彼女は入ってくる。あれ?鍵かけてなかったっけ?まぁいっか。今の現状では家に誰か入って来ても変わんないよな。
ガチャッと音を立ててリビングのドアが開く。
「あれ?花子どこ?」
「ここここ。ベッドの中。」
「開けるよー。ってかぐしょぐしょじゃねーか、おい。」
ガバッ
その時の彼女の顔を私は一生忘れないだろう。
初めて人の表情が抜け落ちるのを見た。リアルに。
なんか片目が鼻の下まで移動してるし、耳も毛が生え、尖り出した。お互いを見て一瞬の静寂。直後
「「ウワーーーーー!」」
叫び声が鳴り響く。でも、彼女の次の言葉はもっと私を驚かせた。
「あちゃー。花子もかぁ。」
「え?」
どうやら彼女の話によると彼女は朝起きたらなんと、タヌキになっていたらしい。
じゃあなんで人間の体になれたのかというと、変身能力。
確かにタヌキは変身出来るって言うけど、あれは伝説の話だよなぁ‥‥‥まぁもっとあり得ないことが起きているのは事実なんだから変身出来てもおかしくはない。
ふと思い立って彼女は家に置いてた観葉植物の葉っぱをちぎり取って頭に乗せたら(観葉植物でどうにかなると思ったこいつもすげーな)、なんと不思議。変身出来たらしい。もうツッコミどころ多すぎてどこから突っ込もうか分からない。因みに鍵がなくても家に入ってこれたのは、この能力を応用して鍵を作り出したかららしい。
「いや、確かに佐久良の話も気になるっちゃあ気になるけどひとまず私を助けてよ」
「あーごめんごめん。今布団から出してあげる」
こいつが飲み込み早くて良かった。もう少し遅かったらスライムになってたんじゃなくて布団になってたからな。どっちもどっちか。
彼女は台所にあった、さえ箸をとって来た。何をするのかと思いきや、その箸がだんだんと形を変え柄杓になる。いや、仮面ラ〇ダー ク〇ガかよ。二段階変身出来て棒を持つと…って。しかもなんか柄杓っていうセレクトが面白い。もう片方の手には台所に干してあったザルが握られている。それも形を変え、タライになった。和風やな。
「それにしても花子がスライムになるなんて‥‥‥ブフッ」
わたしをすくっている(どっちもの意味で)最中、遂に彼女は噴き出した。
「なんだよ。佐久良だってたぬきになってんじゃんかよ」
「いや、先週言った言葉思い出してみて」
仕方ない。今は彼女に付き合っとくか。そう思い、私は先週の事を思い出してみる。
え~っと‥‥‥最後に佐久良と会ったのはお泊り会の時だっけ。あん時なんかスライムの話したかなぁ。
‥‥‥あっ。完全に思い出した。
そういえばあの日一緒にRPGやったんだった。そんでもって一面の最初の敵、スライムに一瞬で殺されてある言葉を吐いたんだ。
『なんだよ、スライムなんて。単なるウ〇コのなりぞこないじゃないか』
過去の自分を殴りたい。
そんなことを思った直後に私が思い出したっぽいと気付いた彼女が問いかける。
「プクーッ ウ〇コのなりぞこないになった気分はいかが?」
過去の自分を殴る前にこいつだけは殴らせてもらいたい。
そうこうしているうちに無駄口を叩きながらも、せっせこ彼女がすくいだしてくれたお陰でタライの中に入れた。
でもドロッドロでどうしようもない。
そんな事を思ってた。
コポコポコポ
「‥‥‥うん?ぅおおおいっ!何入れてんだ!」
「え?洗濯のりだけど?こうすれば形になるでしょ?」
いや、洗濯のりだけど?じゃない。スライムを形少し固定したいなら確かに洗濯のり増やすけどさぁ‥‥‥それよか友達を大切にしようか。
何はともあれ、そして経過はどうであれ私は形のちゃんとあるスライムになれた。
そして気が付く。佐久良の変身のそれに当たる私の特殊能力に。きっかけは、洗濯のりを入れ終わった後だ。
「はぁ、はぁ。それにしても沢山ある空想の生き物の中でウ〇コを引くのすごいよ。」
「もうそろそろ笑うのやめとけ。叩くぞ」
「大丈夫大丈夫。だって叩くその手が無いでしょ」
ムカッ
そう思った瞬間、何かが私の中から出てきて彼女に向かって一直線に飛んでいった。
ゴッ
鈍い音をさせて彼女に直撃。
「痛っ」
「へ?」
その飛んだものを見てみると、なんと洗濯物干し竿。
どうやら私は何か生成する能力が付いたらしい。
これで彼女に煽られっぱなしの悲しい生活は回避できたという事か。なんか面白くなって次々と叩かれたりしたら痛いものを出してみる。孫の手、辞書、輪ゴム‥‥‥etc
頭をさすりながら佐久良が無理矢理、話を元に戻す。
「ひとまずさぁ。わたしたちなんか人外になっちゃったっぽいじゃん?」
そう言うや否や、彼女は目をキラキラと光らせて(無駄に変身能力があるから本当にピカピカ光る。眩しい)ある提案をする。
「人じゃないんだったらいっそのことコードネームでもつけてみよーよ」
「をい」
しょっぱなにそんなどうでもいいことかよ。そんなツッコミをものともせず彼女は私の名前を決めてくる。
「うーん…じゃあ、朝起きたら哺乳類でも無くなってたんだから、フランツ・カフカの『変身』と似てるってことで、風浦可符k…ウグッ」←先ほどの物干し竿
「それはやめとけ。某アニメ化人気作を描いた元下ネタ漫画家さんに訴えられる」
「痛いなぁ。それじゃあ、香風…ゴッ!」←孫の手
「もっとやめとけ。四コマ業界の方々に叱られる。狙ってるのか?まずカフカから離れよっか」
「仕方ない。じゃあカフカからとってそのままカフにしとくよ。なんか味方に付く化け物みたいな感じしてていいじゃん。大体最後ら辺で死ぬの」
「結局離れないのかよ。ってか勝手に殺すな。もういい。それにする。誰にも叱られない」
「次はわたしね。何にしようかな。」
「なんでもいいから版権かかりそうにないやつにしとけ」
「じゃあタヌキなんだからPontあぁぁっ」←辞書
「本当に分かってるのか?今どんどん撤退してるやつじゃねーか。名前の使用料でも取られるぞ」
「まったく‥‥‥痛いなぁ。それじゃ年号でも付けといて、平成狸ぽんぽkオフッ」←輪ゴム
「5月の二人姉妹に目玉ほじくられたいのか!もう少しまともなの選べ!」
「ちぇーっ仕方ない。じゃあ、ポンで良いよ。」
「柑橘類みたいな名前だな。まぁ良いけど。」
マンションの一室から始まるスライム、花子改めカフとタヌキの佐久良改めポンが織りなす、社会復帰を目指す物語が今、始まる。
(いつになったら彼女たちは冒険に出るのだろうか。ボソッ)