#98〜ヴァラマ帝国〜
「ちょっ!!へ…ヘラ!?」
僕は不意の出来事に動揺してしまい思わず声を裏返してしまった。
そんな動揺している僕の姿を見たヘラはニンマリとした顔で僕の顔を覗き込んでくるが、僕は恥ずかしさのあまり覗き込んでくるヘラの顔を見る事が出来なかった。
「どうしたのですかお兄様?」
「べっ…別に!どうもしてないよ!!」
「ふ〜ん。じゃあなぜお兄様は顔が赤いのですか?」
「そっ…それはぁ…。」
仲が打ち解けて来てからというものの、たまに僕が困った様子を見せるとヘラはここぞとばかりに嬉しそうに僕を茶化してくる事がある。まさか自分の妹にこんな小悪魔な一面があるとは思ってもみなかった…。妹の行く末が少しだけ心配になる。
「そ〜れ〜は〜?何ですかお兄様???」
小悪魔な一面が発動してしまったヘラはニンマリと不敵な笑みを浮かべながら、少しずつ僕との距離を詰め寄って来る。何とか助けを求めようと近くで見守っているガングレトさんに助けを求めるも、ガングレトさんはまるで母親が戯れ合っている兄妹をそっと優しく見守るように僕とヘラの事を見ていた。
このまま小悪魔ヘラのペースに飲まれてしまう前に先手を打たなくては…!!
そして兄としての威厳を保つ為にも、ここは一つ妹に目に物見せてやるしかない!!!
「ヘラ…。」
「どうされましたお兄様?なぜ顔が赤いかぁーーーーー」
僕はヘラの言葉を遮るように握られている両手を握り返し、そのままヘラを少し強引に壁の方へと追いやり身体の動きを封じた。
「へっ!?おっ…お兄……様…!?」
予想外の僕の行動にヘラは驚きと戸惑いを隠せない表情を見せていた。
「まったく…。甘やかしたら直ぐヘラは調子に乗る…。」
僕は出来るだけ声を低くしていつもとは違う雰囲気を醸し出す事を意識しつつ、妹のヘラに詰めよいながらそう言った。
「えっ!?あっ…。その……お兄様…。わっ……私はっ………。」
ヘラは頬を赤らめながら僕の方を見ては視線を逸らしてを繰り返しており、その表情はまるで恋する乙女のようだった。
その恋する乙女のような表情に僕は一瞬胸がドキっとしてしまったが、実の妹だと自分に言い聞かせ兄としての威厳を保つためにも僕は負けじとヘラの顔を見つめた。
…
……
………
…………
……………
時間にして数分。
妹のヘラに目に物見せてやろうと思っての行動だったが、先に限界が来たのは僕の方だった。
ヘラの頬を赤らめ恋する乙女のような姿に耐えきれず、僕はヘラから視線を逸らしてしまった。そして視線を逸らした僕を見たヘラは再び小悪魔のような笑みを浮かべた。
「ふふっ。慣れない事をするからですよお兄様。」
「ごもっともです…。」
どうやらヘラの方が僕よりも一枚上手だったようだ。
それから少し和んだところで次にヘラはオーディンに引き取られた僕がどうなったのか、そしてなぜ僕が眠ったままの状態になてしまったのかについて続きを話し始めた。
「次に、オーディンに引き取られたお兄様がどうなったのか、そしてなぜお兄様が眠ったままの状態になってしまったのかについてお話しします。第二次多次元大厄災が終局した後、オーディンはこの世界の秩序を保つために数多の神と天使、そして人間の英雄達を集わせ地上界にある帝国を築きました。」
「ある帝国?」
「はい。それがヴァラマ帝国です。」
ヴァラマ帝国…僕はその名に何処か聞き覚えがあった。
「今やこの世界はヴァラマ帝国を中心に動いており、偽りの神、天使、英雄達が作り上げた仮初の平和が今も尚続いています。そしてそのヴァラマ帝国を率いているのは、人間の英雄の中でも神や天使にも匹敵する力を有した”英雄王 アーサー・ペンドラゴン”…。そしてオーディンに引き取られたお兄様は、オーディンの息子である雷神トールの元で戦士として鍛え上げられヴァラマ帝国の騎士となり、その後、”真円卓の騎士”の一員となったのです。」
「僕がヴァラマ帝国の…?”真円卓の騎士”の一員に……!?」
「第二次多次元大厄災によって、英雄王 アーサー・ペンドラゴン率いる円卓の騎士のメンバーの大半が命を落としました。アーサー王率いる円卓の騎士達は、当時の人々にとって希望の象徴でした。それを踏まえてオーディンは地上界にヴァラマ帝国を築く際に人々との新たな希望の象徴として、そして次に来る厄災に備えてアーサー王を中心に”真円卓の騎士”を創設したのです。」
その人々の希望の象徴の一人として、オーディンの息子であるトールに育てられた僕が任命された…。
ある意味オーディンのコネで入ったようなものか…。
「じゃあ僕はしばらくの間、ヴァラマ帝国で”真円卓の騎士”として活動していたって事か…。」
「その通りです。」
オーディンの元で育てられその後の自分の経緯は分かったが、それから僕はどうやって死者の国に幽閉された妹のヘラと再会し、なぜ僕が眠りに付く事になってしまったのだろう…?
「オーディンの元で育てられてヴァラマ帝国の”真円卓の騎士”になるところまでは分かったけど、それからどうやって僕はこの死者の国に幽閉されたヘラの事を…?今でこそこの場所はヘラが管理しているけど、当時はオーディンがこの場所を管理していたんじゃ…。」
「ある日、いつものように私がこの死者の国で一人過ごしていると、突然私の目の前に一人の男性が現れました。」
「その現れた男性っていうのが…」
「お察しの通り、突然現れたその男性はお兄様でした。私には巫女として受け継いだお母様の記憶があったので、一目見て直ぐに目の前に現れた男性が私のお兄様だと分かりました。そしてお兄様は私を見つけた瞬間、勢いよく私の方へ駆け寄ると私の手を握りそれから私の事を強く抱きしめてくれたんです。」
そう話すヘラの表情には笑みが溢れていた。
「お母様から受け継いだ記憶の中でお兄様の存在は知っていましたが、私はこの死者の国に幽閉され、オーディンのよって施された呪縛を解かない限りこの場所から外に出る事は出来ません…。なので私はこの先ずっとお兄様や他の誰とも会う事は無いとその時まで思って生きてきました。でもお兄様が…、お兄様が私の事を探し出して見つけてくれたんです!!そして私の手を握って…強く抱きしめてくれて……。初めて一人じゃないんだと…他者の温もりがこんなにも温かいものなんだと教えてくれたんです。」
「ヘラ…。」
生まれてから僕と再会するまでの間、ヘラは一人孤独にこの場所で過ごしていただなんて…。
それにヘラは巫女として母さんや歴代の巫女達の記憶を引き継いでいる。それ故に他者との関わりを持つことの大切さや、愛情などの概念が受け継いだ記憶としてヘラの中には存在するが、ヘラ自身がそれを実感し体験した事は無い…。
もし眠りに着く前の僕が自分に妹という存在がいるという事を知らずにいたら、きっとヘラは今もこうしてこの死者の国で一人孤独に過ごしていたかもしれないと思うと、僕は胸が痛くなった。
「それから再会した私達は、再会するまでの間の互いの出来事を話しました。もちろん私の出世の事やお母様とお父様の事についても包み隠さず全部…。そして私はこの死者の国と私の存在をどこで知ったのかをお兄様に尋ねました。」
「僕は何て?」
「ヨトゥンヘイムの民に導かれてここまでやって来たと。」