#96〜悪戯好きの神と孤高の魔女〜
妹のヘラと向き合ってから数日の月日が経ち、ヘラとガングレトさんのおかげもあって身体の方も順調に回復し今では杖無しでも歩けるまで回復した。
妹のヘラとは最初こそ互いにどこかぎこちない関係が続いていたが、一緒に過ごすにつれて関係も良好になり今では互いに冗談を言い合えるまでの仲になっていた。
そして日常生活を一人で何も支障無く過ごせるようになったある日、ガングレトさんが僕の部屋を訪ねて来た。
「主様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「こんにちは、ガングレトさん。時間なら大丈夫なので中へどうぞ。」
「失礼します、主様。」
いつもなら妹のヘラと一緒に訪れる事が多いガングレトさんだが、今日に限っては珍しく一人で僕の部屋を訪れた。
「いつもならヘラと一緒に訪れるのに、今日は一人だなんて珍しいですねガングレトさん。」
「はい。その事ですが、今日は主様に大事なお話がございます。」
「大事な話し…ですか…?」
ガングレトさんはいつになく真剣な表情で頷いた。
てっきりこの場所で話をするのかと思いきや、ガングレトさんは僕に『ついて来て下さい』と言うとこの部屋を後にし僕もガングレトさんに続いて部屋を出た。
どこか別の部屋に移動して話をすると思っていた僕の予想は見事に外れ、ガングレトさんはこの屋敷の外に出るとしばらく道なりに歩いて行き、気付くと目の前に古びた聖堂のような場所が見えて来た。
「着きましたよ、主様。」
「ガングレトさん、この場所は…?」
「この場所は”ある方達”を祀った聖堂でございます。」
「”ある方達”…ですか?それはーーーーーーーー。」
「この聖堂の中でヘラお嬢様が先にお待ちになっておられます。行きましょう主様。」
僕はガングレトさんが言う”ある方達”という人物が誰なのか気になり、ガングレトさんに尋ねようとしたが、尋ねる前にガングレトさんはこの聖堂の中で妹のヘラが待っていることを僕に伝え、一人先に聖堂の中へと入って行った。
聖堂の中に入ると、そこは神秘的な装飾が施された屋敷とは違いシンプルな作りになっており、壁や天井を見渡すと作られてからかなりの時間が経っているようにみえた。
そんな聖堂の奥には一人の男性と女性の銅像が建てられており、その銅像の前で妹のヘラが祈りを捧げていた。
「ヘラお嬢様、主様をお連れしました。」
ガングレトさんの呼び掛けに気付いたヘラは、静かにこちらを振り向くと僕に向けて小さく微笑んだ。
「お兄様を連れて来てくれてありがとう、ガングレト。」
「いえ、私はメイドとして当然の事をしたまでです。」
「たとえそうだとしても、ガングレトには感謝しているわ。それとお兄様も、わざわざこの場所まで足を運んでくれてありがとうございます。」
そう言うとヘラは律儀に頭を下げ、僕とガングレトさんに向けて感謝の気持ちを伝えた。
それはそうと、ヘラが祈りを捧げていた男性と女性の銅像がさっきガングレトさんが言っていた”ある方達”なのだろうか?
それに目覚めてからしばらく経つが、未だに目覚める以前の記憶は戻っていない…。ヘラやガングレトさんとの関係は築けたものの、思い返してみれば目覚める以前の記憶などに関して僕は二人から何も教えてもらえていない…。
ガングレトさんのいつになく真剣な表情といい、大事な話をする為に僕をこの場所に案内したという事はそういう事なのか…?
「この男性と女性の銅像が気になりますかお兄様?」
「あっ、えっ、まぁ…そうだね。ガングレトさんからはこの場所は”ある方達”を祀った聖堂って聞いたけど…。」
「はい。ガングレトの言う通り、この場所は”ある人物二人”を祀った聖堂で、この男性と女性の銅像こそ”その人物達”であり、私達のお父様とお母様です。」
「!?」
内心もしかしたら自分達に関係のある人物だとは思っていたが、まさかこの銅像の人物二人が自分の両親だったとは…。
「この銅像の男性と女性が…僕とヘラの両親……?」
「はい。神柱最高神オーディンの義兄弟にして私達のお父様、”悪戯好きの神”として後世に語り継がれし者”ロキ”と、ヨトゥンヘイムに君臨せし”魔獣を操りし孤高の魔女”アングルボザ”が私達の母親です。」
「”悪戯好きの神ロキ”と”魔獣を操りし孤高の魔女”アングルボザ”……。」
目覚める以前の記憶が戻っていないはずなのに僕はなぜか、”オーディン”、”ロキ”、”アングルボザ”の三人の名を知っているような気がした。少しずつではあるが記憶を思い出して来たという事なのだろうか?
「そして今居るこの聖堂は、今は亡きお父様とお母様を讃える為に私とお兄様が作った思い出の場所でもあるのです。」
「この聖堂を僕とヘラが?それに今は亡きって……。」
「その言葉の通りお父様とお母様は、もうこの世にはおりません。」
「そんな…。一体何が…?」
「神々を分断させるきっかけとなった人間を賭けた戦い、ホムンクルス大戦。その戦いでは秩序勢と混沌勢に分かれこの世界を含む五つの世界を巻き込み、その内の一つの世界を犠牲にし一旦収束し、この戦いは”第一次多次元厄災”と呼ばれるようになりました。」
「第一次多次元厄災?」
第一次という事はその次も同じような戦いがあったという事だろうか?
「そして第一次多次元厄災を起こしてしまった原因となった人物、創造を司る神クリアラスを巡って今度はゼウスとオーディンとの間で争いが起き、神、天使、人間、数多の種族、そして残る四つの世界を巻き込んだ”第二次多次元大厄災”へと発展しました。」
「”第二次多次元大厄災”…。そんな大規模な戦いが二回もあったなんて…。」
「私からすればこれは戦いというより大虐殺と言った方が正しいと思います。この戦いのせいで多くの命が犠牲となり、私のお父様とお母様も第二次多次元大厄災でその命を落としました。」
そう話すヘラの表情は険しくその色白で小さな手は力強く握られていた。
それに『私からすればーーー』という言葉から察するに、ヘラと僕もこの多次元大厄災を経験したという事だろうか?
「そうか…。父さんと母さんもその戦いで犠牲に……。」
「はい…。お父様は人質に囚われた母様を助けるべく一人奮闘しましたが、後一歩のところでお母様を助ける事が出来ず二人とも命を落としてしまいました。そしてお母様を人質にし二人の命を奪ったのは、義兄弟で神柱最高神でもあるオーディンとその息子トールです!!!」
「!!!!」
自分の両親の命を奪った人物がまさか義兄弟でにして、神柱最高神であるオーディンとその息子だったとは思ってもみなかった…。
自分達の両親の最後を話すヘラの瞳からは大粒の涙が溢れ出し、唇を強く噛み締め体を震わせながら泣き叫ぶのを必死に堪えていた。
「わっ…わた………しは…っ………。」
「ヘラ!!」
気付くと僕はヘラの元へ駆け寄り、身体を震わせ今にも泣き出しそうなその小さな身体をそっと抱き寄せた。