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僕は異世界の君に恋をした。  作者: リアラフ
死者の国《ヘルヘイム》編
95/126

#95〜兄妹〜

僕の事をお兄様と呼ぶその少女ヘラの声にどこか懐かしさを感じるも、目覚める以前の記憶が無いせいか僕はどう反応して良いか分からず困惑していた。



「あっ…えと……、その……。」


「お兄…様……?」



困惑しどうする事も出来ずに固まっている僕の姿を見た妹のヘラは、瞳を潤ませどこか寂しげな表情を浮かべていた。この場合、嘘でも『ただいま』と言ってヘラを安心させる事も出来たが、なぜかそうする事を僕の心が許さなかった。

そんな僕の心情を察したのか、ヘラと一緒にこの部屋を訪れたガングレトさんは落胆しているヘラの肩にそっと手を置いた。



「ヘラお嬢様、主様はまだ目覚めたばかりの状態でございます。それと一時的な症状ではあると思いますが、主様は記憶障害を患っているようです。」


「記憶…障害……?」


「はい。そのせいで主様は目覚める以前の記憶が思い出せない状態なのです…。」


「そっか…。じゃあお兄様は私の事……覚えていないんだ…。」


「ヘラお嬢様…。」



それからヘラは僕に顔を見られないよう下を俯きながらそっとベッドから降りると、肩を震わせながら僕に向けて小さく頭を下げると部屋を後にした。



「すみませんガングレトさん…。僕のせいで……。」


「いえ、主様が謝る事ではありません。ただ、ヘラお嬢様は主様がお目覚めになるのを心からずっと待ち焦がれていたのです。」



ガングレトさんの言う通り、きっとヘラはこの瞬間を誰よりも待ち望んでいたんだろう。



「主様、窓際に生けてある花を見て頂けますでしょうか?」


「花…ですか?」



僕はガングレトさん視線の方へと振り向くと、そこにはヘラの瞳と同じように赤と青が混ぜ合わさった神秘的な色をした立派な一輪の花が花瓶の生けられており、ガングレトさんは窓際に生けられたその神秘的な色をした花を見つめながら、僕が眠りについてからのヘラの様子について話し始めた。



「その花の名は”冥界の花(インフェリウス)”といい、我が国でしか咲かない花でございます。そしてこの花言葉の意味は”生と死”…。ヘラお嬢様は主様が意識を失った”あの日”から毎日欠かさず”冥界の花(インフェリウス)”を摘みに行き、主様が一日でも早く目覚めるようにと祈りを込めながら”冥界の花(インフェリウス)”を生けておりました。」


「僕の為に毎日…ですか?」


「はい。主様が眠りについてからのヘラお嬢様は皆に心配をかけないように強がっておりましたが、私を含め主様にお仕えしている者は皆、ヘラお嬢様が強がっている事に気付いておりました。それからは眠りについた主様に変わってこの国を統治すべく主人としての業務を日々全うしておりましたが、慣れない業務で疲弊し主様が目覚めない事への絶望感から次第にヘラお嬢様から笑顔が無くなってしまいました…。」



どんな経緯があって僕が今日まで眠る事になってしまったのかは分からないが、目覚める以前の記憶が無いとはいえ、ガングレトさんの話を聞いて自分の妹から笑顔を無くさせてしまった事に兄として不甲斐なさを感じ心が痛くなった。



「主様…。主様が目覚める以前の記憶が無く、思い出せずに困惑している事は十分承知しております…。それでもどうか!!どうかヘラお嬢様が主様を思うその気持ちだけは分かって頂けないでしょうか!!!」


ガングレトさんは力強くそう言うと僕に向けて深々と頭を下げた。



「ガングレトさん…。」



きっとガングレトさんも自分の側で徐々に笑顔を無くしていく妹のヘラの姿を見て、自身も同様に胸を痛めたていたのだろう。

確かに今の僕には目覚める以前の記憶が無いのは事実だ。ガングレトさんは一時的なものだと言っていたが、確実に以前の記憶が戻る保証はどこにも無い…。

でもそれが一体どうしたと言うんだ?現に僕が目覚めた事にガングレトさんも妹のヘラも喜んでくれたじゃないか!!目覚める以前の記憶が無いのならこれから知っていけばいい!!!

そうと決まれば僕がする事はただ一つ…。



「ガングレトさん。確かに今の僕には目覚める以前の記憶がありません…。この記憶障害もガングレトさんの言う通り一時的なものかもしれませんが、記憶が戻る保証もありません…。」


「主様…。」


「でもヘラが…。僕の妹であるヘラの喜ぶ顔を見た時に感じた懐かしいという感情は、紛れもなく本物でした!!だから僕は知っていきたい!!!僕が何者だったのかを!!!!ヘラにとってどんな兄だったのかを!!!!!」



僕は今の自分から振り絞れるだけの力を最大限活用し、今居るベッドから足を外に出し自力で立ち上がろうとした。



ガタン!!!



身体に力が入るようになったといえ完全に身体を動かせられるようになった訳では無く、僕はベッドから起き上がろとするも上手く下半身に力を入れる事が出来ず、まるで生まれたての子鹿のように足から地面へと崩れ落ちてしなった。



「主様!!!」



床に倒れ込んだ僕の元にガングレトさんは素早く駆け寄りに手を貸そうとするが、僕はそれを断った。その理由は、確かにガングレトさんが差し出した手を取れば直ぐに立ち上がる事も簡単だが、それでは自分自身にとって意味が無いと思ったからだ。

一人の兄として僕はここから一歩踏み出さなければならない!!その第一歩として、まずは自分一人の力で立ち上がれるようにならなければ…。



「くっ…!!!」



必死に身体を起こそうとするも、まだ思ったように下半身を動かす事が出来ない…。



(何か…何か身体を支える杖のような物でもあれば…。)



心の中でそう願った時、不思議と両手が熱くなるのを感じた。

そして両手が熱くなるのを感じると同時に自身の手元から”何か”が形成されて行き、気付くとその”何か”は”一つの杖”となり自身の両手にしっかりと握られていた。



「こっ…これは……一体…!?」



あまりの突然の出来事に僕は驚きを隠せずにいた。

まさか自分が願った物がその場に出てくるなんて誰が予想したのだろうか?

僕は驚いた表情を浮かべながら、近くに居たガングレトさんの方へと視線を向けると、ガングレトさんも少し驚いた表情を浮かべていた。



「ガ…ガングレトさん…。これは…?」


「それは主様が元々有していた能力の一つ、”クリエイティブ”でございます。」


「クリエイティブ…?僕が元々持っていた力…!?」


「はい。主様の能力の一つであるクリエイティブは、主様が思い浮かべた物を具現化出来るといった能力でございます。」



これが僕の持っている力、クリエイティブ…。

自分が思い描いた物を具現化できる能力なんて強過ぎだろ…。

ともあれ、この具現化した杖を使えば何とか身体を起き上がらせる事が出来るかもしれない!!

僕は具現化した杖に体重を預け、少しずつ身体を起き上がらせて行く…。



「くっ……!!もうっ…少し……!!!」



まだ足はふらついておりバランスを取るのは難しいが、杖があるおかげで徐々に立ち上がらせる事ができ、ついに僕は自力で立ち上がる事に成功した。



「やっ…やった!!!やりましたよガングレトさん!!!!」


「おめでとうございます主様!!」


「ありがとうございます、ガングレトさん!!」



能力を使ったとはいえ、自力で立ち上がる事に成功した僕が次にすべき事はただ一つ、妹であるヘラと向き合う事だ。



「ガングレトさん、妹のヘラはーーーーーー」


「ヘラお嬢様なら案外近くに居られると思いますよ主様。」



ガングレトさんはまるで最初から僕が次に何をするのかを分かっていたかのように、妹のヘラが近くに居る事を僕に教えてくれた。

それから僕は具現化した杖を使って少しずつ歩く感覚を身体に覚えさせながら、ガングレトさんと共に部屋のドアへとまずは向かった。さすがに身体を支えたままドアを開ける事は出来なかったので、ガングレトさんに部屋のドアを開けてもらい部屋の外へと出ると、そこには下を向きながら小さく蹲っている妹のヘラの姿があった。



「ヘラ…?」



ヘラは僕の呼びかけにまるで子猫のようにピクっと身体を反応させるも、下を俯いたまま僕に顔を見せてはくれなかった。

僕はヘラのその姿を見て、以前にも同じような事があったかのように懐かしい気持ちが心の中を過るのを感じた。


僕は杖で体を支えながらその場に腰を下ろすと、今の自分の気持ちとこれから自分がどうして行くかについてその思いをヘラへと伝えた。



「ヘラ、まずは長い間、悲しい思いをさせてしまってごめん…。それと『ただいま』って言ってあげられなかった事も…。」


「………。」


「正直、僕は今も目覚める以前の記憶が無いし思い出せていない。ガングレトさんはこの記憶障害も一時的なものって言ってたけど、必ずしも目覚める前の記憶が確実に戻るって約束しあげる事はできない…。でも、ヘラが目覚めた僕に『お帰りなさい』って僕に言ってくれた時、とても懐かしいって感じたんだ。」


「………。」


「だからヘラにお兄ちゃんから一つお願いがあるんだ。…お願い聞いてくれないかな?」


「………お願い…?」



ヘラは下を俯いたままだったが、僕の言葉に反応してくれた。



「うん。」


「お兄様からのお願いって…何……ですか……?」


「ヘラに眠る前の僕の事を教えて欲しいんだ。少し時間は掛かるかもしれないけど、ヘラと一緒に少しずつ思い出していきたいんだ。」


「………。」


「ダメかな?」



ヘラは首を横に強く振ると、目元を裾で優しく拭うと再び僕の胸へと勢いよく抱き付き少し声を震わせながら『ダメじゃないです』と僕に返事をくれたのだった。

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