#93~始動〜
ガングレトと共にハルトが眠る部屋を後にしたヘラは、空間魔法を使用して”医学”の称号を持つ”アスピオス”と”鍛治”の称号を持つ”へパイトス”の二人が作業を行なっている”儀式の間”へと足を運んだ。
儀式の間へと到着したヘラとガングレトの前には、今回の計画で使用する巨大な魔導装置が設けられており、ハイブリットエルフのエレナと人形のメーディアの二名は既にその巨大な魔導装置に繋がれ装置の一部となっていた。
そして儀式の間で作業をしていたアスピオスとへパイトス、そして魔導装置及び二人の警護を任された執事のガングラティと”人虎”の称号を持つ”マガン”の四人は一旦作業を止め、儀式の間に訪れたヘラとガングレト元へと向かった。
「進捗の方はどうだ?」
ヘラはアスピオスとへパイトスに計画の進捗について尋ねた。
「主様…。先ほど魔導装置の最終チェックが終了したところです。後はコルアの作る結界が完成さえすれば、主様のお声一つでいつでも起動する事が可能です。」
「へパイトスと同じく、ハイブリットエルフとメーディア二名の健康状態も良好でございます。そして万が一に備えて二人には随時麻睡薬を投与し、目覚めぬようにしております。」
「計画の途中で意識が戻ってしまえば、計画自体に支障をきたしてしまうからな。その辺の事はガングレティと相談してお前達に任せる。頼んだぞ。」
「かしこまりました。」
ヘラはアスピオスへパイトスにそう言うと目の前に設置されている巨大な魔導装置に視線を向け、装置に繋がれているエレナの姿をじっと見ていた。
「どうされましたか主様?」
一緒に同行していたガングレトは、装置に繋がれているエレナをじっと見つめているヘラの姿が気になったのか、少し心配な表情で声を掛けた。
「いや、何でもない…。ただ少し考え事をしていただけだ。」
「そう…ですか……。それなら良いのですが、少しでも何か気になる事があれば、いつでも私達に何なりとお申し付け下さい主様。」
「そうですよ主様!!その為に私達がいるんですから!!!何かあればこのマガンに何なりとお申し付け下さい!!!」
ガングレトに続いて大声でそう口を開いたのは、”人虎”の称号を持ち陽気な雰囲気を醸し出している”マガン”だった。
「相変わらず元気が良いなマガンよ、お前のその笑顔を見ると私まで元気になる。もし何かあった時は頼んだぞマガン。」
「もちろんです主様!!!」
ヘラに頼りにされている事に喜びを隠しきれないマガンは、口元が緩み満面の笑みを見せていた。
「さて、となれば後はコルアの結界が完成次第という事だな…。コルアの力を持ってすれば結界を作るのにそう時間は掛からんはずだ。お前達四人はそれまでここで待機していてくれ。私とガングレトはコルアの様子を見てくる。」
ヘラは、アスピオス、へパイトス、ガングレティ、マガンの四人にそう言うと、ガングレトと共に空間魔法を使用しコルアの元へと転移した。
◇
<死者の国エリューズニル最上階 天文の間にて>
ガングレトと共にヘラは空間魔法を使用しエニューズニルの最上階に設けられた”天文の間”に向かうと、そこにはコルアを中心に複数の教団のメンバーが囲むように魔法陣を展開し結界の作成に取り掛かっていた。
「流石”魔女”の称号を持つコルアだな、この短時間でここまでの結界を作り出す事が出来るとは恐れ入った。」
「はい、流石でございます。」
ヘラは、コルアが予想を上回る程の勢いで自身に与えられた役割をこなしている事に驚きを見せつつ、ヘラとガングレトの二人はコルア達の邪魔にならないよう、結界が完成するまでの間、天文の間の隅の方でコルア達の作業を見守った。
…
……
………
…………
それからしばらくすると、コルア達が作り出した結界が完成し死者の国全体を包み込み計画を実行するにあたっての全ての準備が整った。
無事に結界を作り出したヘラと複数の教団のメンバー達は余程の魔力と精神を消耗したのか、結界を作り出したと同時に、その場に項垂れるように崩れ落ち息を荒げていた。
ヘラはその場に項垂れているコルア達の元へ足を運ばせると、労いの言葉を掛けた。
「コルア、それに他の者達も結界の作成ご苦労だったな。」
「主様!!」
コルア達は結界を作る事に集中しているあまり、ヘラとガングレトが天文の間に訪れている事に気付いておらず、ヘラの姿と声が聞こえた事に驚きの表情を見せると、姿を見せたヘラに失礼が無いよう直ぐさま疲弊した身体を起き上がらせようとするも、余程の魔力と精神力を消費したのかコルア達は思うように身体を起き上がらせる事ができずにいた。
「皆、そのままの体勢で良い。気にするな。」
ヘラは疲弊し切ったコルア達に向けて回復の魔法を施すと、改めて労いの言葉をコルア達に掛けた。
「皆、この短時間で結界を作り出した事、改めて感謝する。これでついに計画を始動する事が出来る…。」
「いえ、私達は主様より与えられた役割を誠心誠意、全力で全うしただけでございます。」
「そう謙遜するなコルアよ、お前に至ってはもう一つの役割もこなしているではないか。直ぐにとはいかないが、計画が上手くいった暁には今回の計画の貢献者として褒美を与えよう。」
「あっ!!ありがとうございます主様!!!」
「うむ。他の者にもそれ相応の褒美を用意するとしよう。」
ヘラの粋な計らいにコルア達は喜びに満ちた表情を見せていた。
「さて、コルア達にはしばらく休息した後、引き続きこの場所で結果の維持に努めてほしい。何かあれば直ぐに知らせてくれ。」
「かしこまりました。」
「次にガングレトよ、お前は儀式の間に居る者達以外の十三騎兵達に計画を始動する事を伝えて来てくれぬか?私は先に儀式の間に戻って計画の始動に向けて備えておく。」
「かしこまりました。では早速行って参ります。」
ガングレトはそう言うと空間魔法を呼び出し、儀式の間に居るへパイトス、アスピオス、ガングラティ、マガン以外の十三騎兵達に計画を始動する事を伝えるべく空間魔法の中へと入って行き、ヘラもコルア達に結果の事を託すと、空間魔法を呼び出し儀式の間へと戻って行ったのだった。
儀式の間に戻ったヘラは、ヘパイトス、アスピオス、ガングラティ、マガンにコルア達が結界を張る事に成功した事を伝えると、計画始動に向けてへパイトスとアスピオスに魔導装置の最終調整とチェックを命じた。
そして計画を始動する事を他の十三騎兵の者達に伝え終えたガングレトも儀式の間へと戻り、へパイトスとアスピオスの二人も魔導装置の最終調整が完了した事をヘラに伝えた。
「では始めるとしよう…。」
そう言うとヘラは亜空間を呼び出しその中から透明な水晶を取り出すと、その水晶を手に持ったまま頭上に掲げ魔法陣を展開させた。
すると手に持っていた透明な水晶が展開した魔法陣に共鳴しヘラの手を離れ、宙を浮遊しながらヘラの目線へと移動すると、死者の国に居る全ての者、そして地上界にいる神聖教団の者達の脳内にヘラの姿が映し出された。
「皆、私の姿が脳内に映し出されているだろうか…?……ガングレティどうだ?」
「はい、私の脳内には無事に主人様のお姿が映し出されております。」
「他の者達はどうだ?」
ヘラの問いかけにヘパイトス、アスピオス、マガンも自身の脳内にヘラの姿が映し出されている事をヘラへと伝えた。
「さて、無事に皆の脳内に私その姿が映し出されている事が確認出来たと同時に、突然の出来事に驚いた者も中にはいるだろうが…、このように皆の脳内に私の姿を映し出したのには幾つかの理由がある。まず一つ目の理由は、転生者ハルトを器に兄様達の片割れの魂を同化させ新たな”冥界の王”として無事に復活させる事が出来た。今はまだ眠ったままの状態だが、いつか皆の前に姿を見せる日も近いだろう…。」
ヘラは続いて二つ目の理由を話し始めた。
「次に二つ目の理由は、コルア達の頑張りもあって思ったよりも早く結果を作る事に成功し、計画を実行するにあたっての魔導装置の最終調整も、ヘパイトスとアスピオスのおかげで無事に終えいつでも計画を始動する事が出来る。だが計画を始動する前に皆に知っておいて欲しい事があるのだ…。」
ヘラはゆっくりと自身の素顔を隠している白い仮面へと手を伸ばすと、その仮面を外し皆に自身の素顔を披露した。
仮面を外したヘラの素顔は、色白でまだ幼さの残る可愛らしい顔立ちの持ち主で、今までその素顔を誰一人として見たことは無く、神聖教団十三騎兵、そして死者の国に居る住人達は、冥界の女王として今まで君臨して来た姿からは想像できない顔立ちに驚きを隠しきれずにいた。
ヘラは自身の近くに居るガングレト、ガングレティ、ヘパイトス、アスピオス、マガンの方を振り向くと、その五人は言葉を失ったような表情をしながらヘラの素顔を凝視していた。
その光景にヘラは少しだけ笑みを見せると、再び目の前に浮遊している水晶に視線を戻し神聖教団十三騎兵、そして死者の国に居る住人達に向けて会話を続けた。
「この様子だと皆が思い浮かべていた素顔とは程遠いようだな…。だが、これが死者の国を治め死を司る女神ヘラの素顔だ!!そしてこれからは私はこの仮面を捨て、ありのままの素顔で生きて行く!!!」
素顔を見せたヘラは愛らしさが残る幼い顔立ちながらも、決意と覚悟に満ちた表情で神聖教団十三騎兵、そして死者の国に居る住人達に向けて力強く言い放った。
「今回私がなぜ仮面を外し素顔を見せたのかというと、これは計画を始動する上で”ある意味私なりの決意の表しの一つ”だ。そして皆の脳内に私の姿を投影させたのも、死を司る女神である私自身の素顔を皆に知ってもらいたい。そして計画を始動する宣言を私自身の言葉を皆に届けたかったかったらだ。」
脳内に映し出されたヘラの姿と言葉に、神聖教団十三騎兵、そして死者の国に居る住人達はその言葉に耳を傾け視線を逸らさずにヘラを見ていた。
「そして今ここに!!計画を始動する事を宣言する!!!」
その言葉にヘパイトスとアスピオスは魔導装置を起動し、ついにヘラの計画が始動したのだった…。